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神官


「……はい、お待たせしました」


 何気ない愚痴に返ったその声に、男三人ギョッとして、その姿勢を正した。

 二人は直接、件の村民たちの有様を見ている、だから、その頭には襲撃の可能性が浮かんだのだろう。

 ホライとグラは、慌て立ち上がると、流石に武器は持ち込んでいなかったか、その手に鍋やお玉を構える。


「ウグッ」


 対して俺は、寝そべっていた体を起こし、ベッドに座ろうとしたのだが、慌てたその勢いに悲鳴を上げる頭に、呻きを漏らして額を抑えた。

 それでも視線だけは声の先へ、戸口の方へと据えると、その少し先、普通なら会話の成り立たない辺りに、僧形の女が歩いている姿が覗く。

 見覚えのある姿。そう言えば彼女は、【聞耳】【遠声】、神官には似合わぬスキルばかりを授かっていたのだったと、ほっと息を吐いた。


「なんだ、ヴィ―さんか」


 思わずそう呟くと、


「なんだとはなんですか、折角浄化しに来てあげたと言うのに」


 彼方からの声がそう答える。苦笑する俺に物問いたげな視線を向けた二人に、知り合いの神官さんだよと答えた。


「始めまして、私は技能神神殿の神官でヴィーと申します」


 そんな彼女の声に続いて、その姿が戸口を潜った。この世界の神官衣、裾の長い、フード付きのスモックの、腰を荒縄で緩く結わえて、足には編み上げのサンダルを履いている。おかげで漲りはち切れんばかりのその母性がこれでもかと強調されていて、男二人の目がそこに吸い寄せられているのが見えた。


「お二人が、シューさんの同期のお髭さんと金髪さんですよね。

 お噂はかねがね伺っております」


 そう言ってフードを降ろしたその顔は、目鼻立ちの整った優し気な顔立ちの、肌は神官らしく身綺麗だが、美容品の乏しいこの世界のこと、色の濃い肌も茶色い髪も、少し脂が抜けてパサついて見える。

 なお、まるで隣にいる人にでも話しかけるかのように、声も張り上げずにただ語り掛けている彼女だが、俺が寝ていたこの辺りは、学校の教室程の広さの部屋に簡素なベッドが立ち並ぶ、その一番奥まった辺りで、戸口はその対角側。そこから、まるで傍らにその人が居るかの如くに声が届くのだからやはりスキルは面白い。

 

「お髭?」


「金髪?」


 だが、そんな好奇心を理解できるものはこの場には他に居ないらしい。当のお髭と金髪は、間抜け面で鍋とお玉を構え、空いた片手で自分の顔を指さし困惑するばかり――俺はその間抜けな様にほうと息を吐き、彼女に向かってホライとグラだと訂正を返した。

 寝たままの身を今度はゆっくり起こして二人へと向き直り、片手でにこりと笑う女神官を指し示す。


「ヴィーさんは、声に関わるスキルを多数授かってる神官さんでな……」


 彼女は、三年位前にこの地域の中心である領都の神殿からこの町に移ってき(みやこおちし)た若い神官で、音も聞き分ける【聞耳】、遠くに声を届ける【遠声】等、音に関わるスキルを多数授かっている。家業に馴染まないスキルばかり持って生まれた為に神官を志したそうで、普通は【信仰】に捧げるそういったスキルを残し、未練が残るからと家業関連のスキルを捧げたと言う珍しいエピソードを持っていた。

 だが実際の所は、単に身に馴染んだそれらを手放すのが嫌だっただけなのだろう。


「……見ての通り、そのスキルで人をからかうのが大好きな変わり者だよ」


 そんな今の彼女は、この町の神殿学校――寺子屋のような、初等教育を行う神殿施設――で教師役を務める子供に人気の神官で、用があって出向いた時等に、腹話術だの口果音だのを使って生徒をあしらう姿をよく見かけた。

 尤も、俺個人の評価を言うなら、彼女は都落ちも納得な程の悪戯好き、人の耳元にスキルで突然囁きかけたりする不良神官なのだが……。

 ともあれ、そんな気安いやり取りを交わす俺とヴィーさんは、神官に幻想を抱く純朴な町民にとって、少しばかり刺激的なものだったらしい。


「……は、はぁ、ホライです」


 ホライは呆然、目を見開いて、まだ遠い“神官さん”におずおずとそう頭を下げ、対して遊び慣れした金髪は、彼女が近づくのを待ち、


「“変人”のシューの友人、“金髪”のグラです。以後お見知りおきを……」


 芝居がかった優雅な所作で、そう一礼して見せた。


「……変人」


 そうして彼女は、そんな二人にはいはいと頷いて、こちらにどこか納得した様な、笑みを含んだ視線を向ける。


「ま、投げ矢も投槍も、あまり使われない武器だからな」


 実際、スキル熟練に応じて威力を上げられる上に、武器術系スキルが3もあり、その扱いに十分熟達していれば、漫画の如く斬撃を飛ばすと言った芸当も可能になるのがこの世界で、だから嵩張って弾数が限られる大型投擲武器の類は、比較的評価が低い。

 そんな中、より強力な投擲や投槍の為に、武器の考案や技の研鑽を重ね続ける者が変人と言われるのは無理もない話で、故に俺がそう呼ばれるのは人格的な問題からではないのだ。うん、そうにちがいない。

 真面目な話、俺の【槍術】は2だが、【万能】の底上げも含めれば遠隔攻撃も充分可能な域で、もし前世知識のケルト神話に小学校時代のサッカー経験が重ならなければ、『投槍を蹴り投げれば必殺技にならないか』などと言う頓狂な理屈を実行に移そうとは思わなかっただろう。


「ま、今日のアレを見れば、その見方もひっくり返るだろうがな……」


 そう肩を竦める俺に、お髭のホライが遠い目をしてそんな言葉を続けた。


「……ああ、確かにアレは凄まじいものだった」


 グラも何とも言えない表情でそれに同意し、気絶していた俺は、一人その首を傾げる。


「一体、俺の槍に何が起きたんだ?」


 途方に暮れてそう呟くと、ヴィーさんが他人事の様に――実際に、そうなのだが――こう答えた。


「聞いた話によると、光って唸って飛ぶ槍が、弾けて辺り一面に死の鏃をばら撒いたとか」


「……って、リアルゲイボルグかよ。そんなん、ないない」


 確かにアレは、彼のアイルランドの大英雄の必殺兵器と、幼い頃見ていたアニメの超人サッカーとをイメージした一撃ではあったが、幾らなんでもそれは無かろう。そんな懐疑を含んだ声に、その場を見ている二人は、否とその首を横に振る。


「いや、概ね間違ってはいないな。付け加えるなら、直撃を受けた豚頭人は、完全に目と耳を潰されていた。

 哀れに泣き叫ぶ黒豚が、振り回す棍棒で下僕達を叩き潰して行く様は、中々に壮観な眺めだったぞ」


 揶揄いの色をまるで含まぬ面差しで、そう腕を組んだグラ。目を丸くしてその姿を眺める俺に、ダメ押しと言う様にホライも口を開いた。


「まさか、全く偶然、ああなったってわけじゃねぇんだろ?」


 いや偶然だと返しかけて、言葉を飲み込む。あの一投の時に思い浮かべたモノは、神と人、悪神の三種族の王の血を継ぐアイルランド一の英雄の持つ、必滅の槍の一撃だ。

 ゲイボルグ、或は、ゲイアイフェ。作り手の戦士の名を冠して、ボルグの槍、或は、アイフェの槍と呼ばれるその名槍の伝承には数多があるが、その最たるものが破裂し複数の物を射貫く、敵の体内で棘をまき散らすと言ったモノ。また、通常の手段では倒せぬ敵にのみ用いられた為に、攻撃を通さぬ表皮を持つ敵の、肛門――つまり、表皮に覆われていない柔らかい部分――を貫いたと言う伝承も多い。


「……どうなんだろうな。俺は投げて直ぐ気絶したから何とも言えないが、あの投槍の基になった伝説にはそんな話もある。

 だけど、正直な話、あの一撃がそこまでの威力を発揮するとは思わなかったよ」


 砕け弾けた砕片が一帯に痛撃を浴びせ、直接受けた敵の目や耳(やわらかいぶぶん)を潰したとなれば、その威力は伝承の引き写し。

 であればそれは、全くの偶然とも考えにくい。


『……スキルにゃ、その時の体調や精神状態が大きくかかわるからな。おそらくそのせいで、箍が外れていたんだろうよ』


 ふと、先に聞いたばかりの言葉を思い出した。もし、箍が外れた為に平時の限界を超えた力を発揮したスキルが、俺が抱いた理想の一撃に沿った力を発揮したとするなら、それはあり得ない話でもない。


「まぁ確かに、あんな一撃を簡単に打たれたら、こちらの立つ瀬がありませんな」


 そう言ったきり考え込むと、グラがお道化て肩を竦めた。


「全くだ。アレを見た時俺は、引き離された間をどうやって詰めればいいやら途方に暮れたぞ?」


 すかさずホライがそう続け、それを聞いた俺の口元から、くすり、我知らず軽い笑みが漏れる。


「スキルの重ね方で良ければ、幾らでも教えられるぞ。二人も、俺と一緒に沼に沈もうぜ」


「いえいえ、あなたの様な“変人”とは違って、私たちは王道派(オーソドックス)でしてね」


 難易度高く、底深く、俺の様に特殊なスキルでも持っていなければ中々進めない道を沼に例えると、グラはそう返してにやりと笑った。


「ああ、俺達はまだ、一つ一つを突き詰めるだけで十分に成長できる。

 だからそいつは、もう少し伸び悩んだ時に頼む」


 すぐさまホライが、しかつめらしく言葉を繋げて、何とはなしに三人顔を合わせて噴き出した。

 そうして、いつものノリで、今回の件の反省点などを述べ掛けたところで……。


「……あ」


 ……ここにいるのが俺達だけではなかった事を思い出す。

 普段は騒々しい彼女だが、流石にむくつけき男三人、男臭いスキル談義で盛り上がっていたのでは絡み辛いのか?


「すいません、ヴィーさん、わざわざ浄化に来ていただいたのに……」


 奇妙に静かなこの場の紅一点に、振り返りつつ頭を下げると、再び上げたその視線の先に、何やら考え込んで彼女の姿が見えた。


「……? ヴィーさん?」


 再び尋ねかけると、彼女ははっとした顔つきで目を瞬かせた。


「ああ、すいません。何の話でしたか?」


「いえ、そろそろ浄化をお願いしようかと……。

 ところで、ヴィーさんにしては珍しい反応ですね? 何かありましたか?」


 はいと頷き、こちらに手をかざした彼女にそう言葉を続けると、整えられたその眉が僅かに寄せられるのが見えた。


「そのお話は、浄化の後でいたしましょう」


 柄にもなく丁寧な口調――それとも、これは敬意だろうか?

 俺の額に手をかざし、しかしヴィーさんは、すぐにそれを下に降ろす。

 それからまっすぐにこちらを見据えて、驚きに丸くなる目を覗きこむようにしてその口を開いた。


「シューさんは、豚頭人の群れとの戦闘中、多量のスキルを重ね掛けした為に気を失われたと聞いておりますが」


「あ、うん、そうだが」


「その際スキルが、予想以上の効果を発揮したのですね」


「あー、いや、それに関しては、実際に見てない俺には何とも……」


 そうして、らしくなく顔を引き締め、そうまくしたてる彼女の姿に、俺は思わず大きく引いて、ヘッドボードに背を付ける。


「……それは私たちがこの目で見ましたが、シューの体に何か異常でもあったのですか?」


 そこにグラが割って入って、ほっと溜息。助かったと目礼を送ると、その傍らでただおろおろと、髭が俺達を交互に見遣るのが見えた。

 敵を前にしたその時とは、似ても似つかぬその情けなさに、なぜだかふっと心が和む。


『そこらの村人町人だと、あれが普通だよな』


 俺やグラは割と気安く扱っているが、神官とは、実際に加護を下さる神々と人との仲立ちし、人間社会のインフラ基盤を……と、そんな事を考えて、ふと、何かが引っかかったような、そんな気がした。だがそれが判らぬままに、俺は彼女に向き直る。


『……現実逃避している場合じゃねぇしな』


 スキルが発したと言う異常な力と、以前試した時とは比べ物にならない程の負荷。それに、神官さんのこの反応を重ね合せれば、俺の体に異常が起きている可能性には思い至るのはそう難しい事ではなかった。


「これはヴィーさんには言ってなかったと思うんだが、今回は気絶したが、前に同じことを試した際には、ちょっと頭が重い位だった。

 アレをやる前にも、大分走り回ってスキルを酷使したから、そのせいだと思ってたんだが、何か違ったのか?」


 だからと、促す様にそう問いかけると、いいえ、彼女はその首を横に振る。


「それが混沌の汚染や体の異常と言う意味でしたら、シューさんには何も異変もありません」


「じゃあ、スキル関係ではあると?」


「それを確かめる為にも、スキルの鑑定をさせていただいても構いませんか?」


 その問いかけに頷くと、彼女は再び手を翳した。通常のスキルがそうであるように、【信仰】を扱う為に特定の動作が必要と言う事はない。ただそこは人間と言うべきか、癖と言うか、扱いやすい方法は存在し、ヴィーさんのそれは、対象へと手を翳すと言う事らしい。

 大抵の神官は、【信仰】を用いる際に聖句を唱えたり、聖印を切ったりするため、彼女のようなタイプは比較的珍しいのだが……と、不安から目を逸らすようにそんな事を考えていると、ふと目の前に浮かび上がるモノがあった。

 白い光――【信仰】の啓示。

 その顕れは、前世の終わり頃には普及を始めていたAR、拡張現実に感じがよく似ていた。視界の真中に顕れた、白い光が薄く広がり、板状に変わってその上に黒線を刻む。そうして映し出されたのは白黒(モノクロ)の、簡素な文字だけの現状表示(ステータス)


『……?? なんだ、コレ』


 そこに映し出されたものを読み取った、俺の頭に困惑が浮かんだ。

 







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