輩(ともがら)
その後、何をするでもなく病室で寝転がっていた俺の下を人が訪れたのは、夕食時の事。
ただ二人の同期である【大剣】【防御】スキル使いの黒髭と、【槍術】【盾術】スキル使いの金髪のっぽ。斥候として、周辺集落に先行した一人である俺とは違い、本隊で戦っていたたった二人が、再び町に戻ってきたのは、夕飯時の少し前くらいだったらしい。
元より危険な開拓村の事、避難壕等が整備されていた為に生存確認は長引かなかったようで、一段落した本隊は一旦町に引き揚げたのだが、人の領域に入り込んだ豚頭の群れがあの集団のみとは限らない為、まだ衛兵隊の警戒態勢と自警団の動員とは続いているようだ。
にも関わらず、療養を申し付かった俺とは異なりまだ元気な彼らが、隊長にこの病室に向かうよう命じられたのは、大きな戦いは今回が初めてとなるルーキー達に、一息入れさせる為だろうか? 因みに、俺達は一昨年の入隊だが、衛兵隊の試験は実は結構な狭き門。昨年は合格者が出なかった為に未だ一番の新入りで、今年の試験の合格者を切に求めているところなのだが……と、話がそれた。
ともあれ、彼等は皮の上下に防具を付けた軍装のまま、炊き出しの夕食――肉の切れ端の入った、重めのスープと麦粥のあいのこ――を鍋一杯持って病室に現れ、その後はずっと、遅めの夕飯を掻きこみ乍ら、互いの戦いとその顛末とを語り合っていたわけだ。
「そういや、お前は徽章の一時金で何買う心算なんだ?」
そこで伝えられた…というか、彼等が運んできた通知によると、どうやら俺は、先の戦いに功有りとして、傷痍徽章が授与されるらしい。
顔立ちに幼さを残した髭面の問いかけに、その傍ら、ひょろりとした印象の白貌が、興味ありげな視線を寄越した。
「……そうだな、今回の件では攻撃力不足を痛感したからな。もうちょっと良い槍と、それから、投げ矢の補充も欲しいかな?」
傷痍徽章とは、代官所でも発行できる最低位の勲章だ。本来は戦傷した兵にちょっとした名誉と有休、一時金を与える為の徽章なのだが、余程の傷でもなければスキルで簡単に治せる事もあって、今ではちょっとした勲功に与える小回りの利く褒賞として便利使いされている。
尤も今回は、俺にお墨付きを与えつつ、手抜きで殺した訳ではないと村の生き残りに伝える為のものらしく、渡された通知の最後には、
『判断的には問題ない。よくやった…と、言いたい所だが、お前ちょっと独断専行強いから、復帰したら血のションベン出るまで特訓な!』
と言う隊長からのありがたいお言葉が記されていた。
加えて、一時金を開拓村のなにやかやに寄付するのも無しなとのお達しもあり、ならこれは戦力強化に使おうと決めていたのだが、
「おいおい、それ仕事道具だろ? もうちょっとこう、さ。色気のある話しとかないのかよ」
その何処が不満なのか、髭のホライは、ナンセンスと言わんばかりに大げさに肩を竦めて見せた。
「そうだよ、シュー。君が時々、ホライの妹と仲良く話してるのは皆の知るところだ」
それに続けて、艶のある金髪を長く伸ばしたグラが品よくそう混ぜっ返して、シューこと俺はこれ見よがしに溜息を吐く。
「そりゃあ、遇えば挨拶位はするがな、アリーと俺の間に、そんな浮いた話はねぇぞ。
大抵は『兄貴が迷惑かけてませんか』でおわりだ」
因みに、小さい頃に俺に絡んできた生き残りの餓鬼と言うのがこの髭で、それが今に繋がり、彼やそのしっかり者の妹との親交が続いているのだから奇妙な縁だが、とまれそんな古い話は、事あるごとに蒸し返される兄にとっては堪ったものではなかったらしい。
浅黒い肌をした巨漢の髭は、やめてくれと両手を上げると、しなびた顔でこう口を続けた。
「……ったく、とんだ流れ矢だぜ。
つうか、開拓村の奴らの気持ちも分かるんだが、こう、見てるとこっちまでこっ恥ずかしくてよぉ」
そうして、参ったと言う様に茄子のヘタ、短く不揃いな黒髪を掻き乱すが、対するグラはそれを一瞥もせずに言葉を連ねる。
「だが幾らなんでも、せっかくの報奨金の全てを武器の新調に使う事はないのではないかな?
折角、休暇ももらえるのだから、それで伯爵様の街まで遊びに行くなり、その土産にちょっといい酒でも買って帰るなりするとか」
割と浪費家で、珍しい金色の髪を領都の鬘屋に売る為に伸ばしていると言う同期の、我欲駄々漏れな言葉に溜息を吐きだす。
「つっても、俺の武器は自前だしなぁ。
黒豚に投げた槍は、もう使えそうにもないんだろ?」
町には武装の備蓄があり、兵士にはそれが支給されるのだが、それはあくまでも一般的な武器とお仕着せの鎧であって、当然多種多様なスキルとその構成に対応するほどの幅はない。ホライやグラは割と一般的な武器だからいいが、この辺りでは廃れた古い武器にあたる投槍兼の短槍を使う俺や、その他ニッチなスキルを持つ兵士たちは、雀の涙ほどの補助金を貰って、武器を自弁するのが普通だった。
「おう、ものの見事に砕けて、豚共をかき乱してくれたぞ。
スカアハ流と言ったか? 正直話半分に聞いてたが、あの槍を蹴りだす技は大したものだなぁ」
以前に叩いた適当な軽口を、覚えていたのか感心したように腕を組む髭に、ああと生返事して顔を顰める。
今回は、その貴重な武器の一本を砕いてしまったその上に、残りの武器も回収できていない。勿論、武器は壊れるもので、一応古い武器も予備に残してあるのだが、出来ればあれに戻りたくはないモノだと、貰えるらしい一時金の額に思いを馳せた。
「あー、そういや、村に置いてきた投矢と槍はどうなった?」
なお、そもそも打根はこの辺りには存在しなかった武器らしく、適当な呼び名がないので、対外的にはただ投矢と呼んでいる……と、言うのは完全な余談だが、ともあれそう問いかけると、二人は困った顔で目を泳がせた。
詳しい話を聞くと、どうやらあの村の生き残りが『町の兵が開拓村の住民を殺した証拠』だと、俺の武器を抱え込んでいるようで、既に回収の話をした際に、投槍の一本が怒りに任せて打ち折られてしまっているらしい。
そう言えば、開拓村にしては妙に立派な家が多いと思ったが、あの生き残り、高Lvの【剛力】スキル持ちだったりするのだろうか?
そんな下らない事を思いつつ、溜息を吐いた。
「まぁ、ソイツも落ち着いたら返してくるだろうし、穂先さえ無事なら柄はそれほどかからんから良いが……」
実際の話、【工作】スキルを持っている俺は、金の無い見習いの頃には、打根や短槍の拵えを自作して色々と試していたから、最悪、どちらも穂先と材料さえあればなんとか修復はできる。加えて有休の話もあった為に、それほどは焦っていなかった、のだが……。
「それなんですが、今回の話、場合によってはこじれるかもしれません」
そう楽観をしていた俺に、グラは、顔を顰めて溜息を吐きだした。
それに続いてホライも、困ったように顎鬚を撫でる。
「実はなぁ、例の生き残り達が、神官様方の浄化も拒否して座り込んでいるのよ」
普通の村と“開拓”村との違いは、人の領域の内に作られたか、土地を切り開き人の領域を広げて造られたかにあるが、今回潰された村は、その中でも住民主導で開拓されたものらしく、その分、住人たちにも独立独歩の気風が強いモノが多いようだった。
因みに、今回村が潰れた原因の一つは、その行きすぎた独立独歩にあるし、一寸先は闇の“エログロマシマシダークファンタジー世界”で、村単位で――それも、村の存在を領主に依存しているのにもかかわらず――突っ張る等、俺には到底考えられない選択なのだが、兎も角、彼等が今回の顛末に強く反発するのも全く分からないと言うわけではない。分からないと言う訳ではない、の、だが……。
「……俺が言うのもなんだが、そいつらは混沌にあてられてるんじゃないか?
力づくで抑え込んででも浄化させるべきだと思うが……」
魔種に落ちる危険を無視してまで反抗するのは明らかに異常で、全てを乱す混沌の影響を、心に受けているのではと考えずにはいられない。
げんなりしてそう答えると、グラもああと頷きを返した。
「みんなそう思ってるよ。ただ、神官様が首を縦に振らなくてね……」
神官達が持つ【信仰】スキルは、【信仰】を持つ者の仲立ちで神への帰依を宣言し、生まれ持ったスキルの一部を天に還す事で授かる事が出来る例外的なスキルだ。唯一レベルが存在しないと言うこれは、混沌の影響を払拭する浄化を初めとした様々な効果を顕すが、誰でも入手できる半面、不適格な行動をとると剥奪される場合があるらしい。
しかも、過去に遇ったとある災害で聖典が散逸している為に、守るべき正しい戒律がはっきりしない状態に陥っているそうで、今日の神官は、経験則から創り上げられた『法』を極力破らないように生きているのだと、以前この街の神官から聞いた事があった。確かその中には……。
「そうか、神官さん達の『法』では、確か、儀式の強制は厳禁だった筈だ」
以前、ある領主の依頼で、凶悪な犯罪者のスキルを天に還そうとした神官が、【信仰】を剥奪された事例があったのだとか。
とまれ、剥奪された【信仰】を再び授かった記録も、還したスキルが戻った記録もなければ、戒律違反がポイント制なのか一発取り消しなのかすらもはっきりしないこの現状、神官さん達がこの依頼に頷くとは考え難い。そもそもその人がスキルを失う以上に、【信仰】は人々の生活に密接にかかわりあっているのだから……。
なるほど、気を失っている間に浄化を受けられなかったのも、神官を寄越すと言われたきり、誰も来ないのもこの為かと、俺は頭を抱えた。
「お前、よくそんなこと知ってんなぁ」
「いや、だって、スキルの事を知りたいなら、神官さんに聞くのが一番だろ?」
スキルは神からの授かりものであり、【信仰】を以てのみ干渉が可能で、人は自分のスキルを確認する時ですら神官の助けを必要とする。
加えて彼らは知識量も多いから、スキルを知りたいのなら神官にあたるのが一番で、幼少時、父から漏れ聞こえた話に、ここが結構きつめのダークファンタジー世界だと気付いて以来、俺は神官達とは積極的にコミュニケーションをとるように心がけていた。なお、そこに信仰や、それ以上の感情は無く、儀式の関係で身綺麗にしている神官は余り臭くないと言った理由でもない。ないったらないのだ。
おかげで兵士の試験を受ける少し前には、何人かの神官から“神官になる気はないか”との誘いを受ける位に仲良くなり、断るのが割と大変だったりもしたのだが……と、閑話休題。
「なるほど、シューのその変な知識の出本は神官様ですか」
したり顔で頷くグラに、ああと好い加減に答えて、俺は座っていたベッドに寝転がった。
「参ったなぁ、俺まだ、浄化を受けてないんだが……」
一説によれば、スキルとは混沌に対抗すべく神が人に与えたモノなのだと言う。故に、スキルを用いて戦っているときはそう大きな影響はないそうなのだが、スキルの負荷で気絶した、その間の事だけが少しだけ心配だった。
なにせ、魔種が死ぬとその内に納まっていた混沌の力が放出され、適切な儀式を行わない限り、それは凝って魔物になると言われているのだ。大量の魔種が殺されたその場所に気絶していた俺は、普段より余程多く汚染されているに違いない。流石に、直接豚に伸し掛かられていた者達ほどではないだろうが、汚染を長く放置していると、その者の魂に浄化でも引き剥がせない様な影響がこびりつくと聞いていた。
「早く神官さんが来てくれればいいのに……」
汚泥にへばりつかれたような気分で溜息を吐くと、
「……はい、お待たせしました」
そう、若い女の軽い声が、部屋の外、戸口の先から答えた。