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覚醒


 次に気が付くと、俺は寝台に寝かされていた。

 西部辺境領国、レサン代官所付衛兵隊詰所救護室。その見慣れた天井に慌て身を起こすと、ずきり、脳の奥に差し込むような痛みを感じる。体が熱い。スキルで酷使された神経が、まだ熱を持っているように感じられた。


「まだ寝てろ……」


 ……と、昔馴染みの声に続いて背後から延びた逞しい手が、俺を無理やり寝床に押し付ける。

 覗きこんだ見知った顔に、軽く頷いた。医者と言うより、武将と言った方が似合いな初老の禿頭が、さかさまにこちらを見下ろしている。

 代官所付の医師である彼の、その隆々たる筋骨は、むずがる衛兵たちをベッドに縛り付けている内にいつの間にか……とのことだが、とまれ俺は、そんな彼になにがしかを問いかけようとその顔へと視線を向けた。口を開こうとしたその瞬間、再び脳を痛みが走る。


「ああ、そんな顔せんでも、今回の件で町に死者は出なかったぞ。

 ……ぶっちゃけ、お前が一番重傷なくらいだ」


 癒せば治る怪我ばかりだったからなと、そう告げる巨漢に、俺は眉を顰めて頷いた。

 治療や医術のスキルを介した手当であれば、傷を繋ぎ合わせる事はそう難しくはない。他にも毒であるとかウィルス系の疾患であるとか、特定の原因を排除すれば快方に向かう類の傷病には、覿面効果を発揮する反面、スキルの過剰使用による負荷等、疲労や生活習慣からくる症状にはあまり効果が無いのがスキルによる治療の性質だ。

 だから俺だけが自警団の一部と共に町に返され、残りの仲間達は皆、豚共や開拓村の後始末に追われているらしい。

 なお、少し前までは母もここにいたそうだが、今は炊き出しの準備で離れているとのこと。


「しかし、随分と無理をしたもんだな。一体、幾つのスキルを重ねたんだ?」


「七つ、です」


 頭痛を堪えて答える俺に、先生は驚いたような、困ったような、納得したような、そんな歪んだしかめっ面を作る。

 そうして、ベッドの傍らの椅子に腰かけた。


「……そりゃまた、とんでもないな」


 この世界における“スキル”とは、後天的に覚えるものではなく、生を受けたその時に授かるものだ。

 誰もが、十種のスキルを同じ分だけ持っており、一部例外を除いて、それは一生変わる事がない。

 尤もこれには異論もあって、生まれた時に授かるのはスキルの種で、実際にそれが開花してスキルになるのは、スキル覚醒の洗礼を受けるその時だと言うのだが、兎も角その十種は狙って取ったものではなく、だから関連するスキルが六つも七つも重なるなんて話は非常に珍しい事だ。

 加えて、スキルには負荷以外にも、それぞれを制御しその力を引き出すにも、複数を重ねて使うにもそれぞれ個別の熟練が必要で、だから普通は、節操無くスキルを重ねるよりも、一つに集中した方が高い効果が得られることが多い。


「練習じゃ、倒れる程の負荷はかからなかったんですがね」


 そんなスキルの七段重ねを、まだ若輩な俺が普通に扱えているのには、もちろん種があった。

 スキルガチャの大当たりこと、【万能】Lv4。なお、スキルレベルの範囲は0~5、しかも5は一部の達者のみの後天変化である為、Lvの方も、事実上の上限値にあたる。これまでの記録がないらしい【万能】は、言わばスキルを使う為のスキルであり、併用スキルのLvを底上げし、複数スキルの仲立ちをすると言う他に類を見ない効果を備えていた。

 勿論、強い効果に相応のデメリットもある。単体では使えない為技幅が減る。併用する複数のスキルを鍛えないと効果が薄い。底上げ可能な範囲には限界がある為、【万能】のLvや熟練が低いと死にスキルだし、高ければ高いで他が圧迫され、お寒いばかりになる。

 そんな理由で、今の所は【万能】どころか、どっちつかずの器用貧乏に過ぎない俺が、高い火力を得る為には、ああ言ったリスクを犯すしかない訳で、日頃から少しづつ訓練を積んでいたわけなのだが。


「お前さんも知っての通り、スキルにゃ、その時の体調や精神状態が大きくかかわるからな。

 ……開拓村の話は俺も聞いてる。お前さんが被害者の介錯をしたって話もな。おそらくそのせいで、箍が外れていたんだろうよ」


 俺の言葉にそう答え、彼は自分の頭をちょいちょいと指さした。

 そうして、こう続ける。


「ともあれ、お前さんは今日はここに泊まりだ。

 飯は持ってくるから、ここで寝てろや」


「……? そこまで酷いんですか?」


 スキルの重ね掛けについては、今までも鍛錬を続けていた。ここまでの負荷は初めてだが、頭痛や微熱程度であれば慣れている。

 その経験から言えば、今日受けた反動もそれほど致命的な物ではないと思えたが……。


「いや、そうではないんだがな……その、村の生き残りがな」


 そんな疑問に、彼はそう口を濁した。

 先を促す俺の視線に、重い息を吐き言葉を続ける。


「ああ、崩れた建物の中に閉じ込められてた何人かと、雌に囚われてた二人が生き残ったんだが、その中に、お前さんが手を掛けた五人の身内がな。なんで殺した、助けられたんじゃないかと騒いでいるらしい」


「……」


 そうして語られた内容は、正直に言えば拍子抜けだった。

 言ってしまえば、良くある話なのだ。勿論、開拓村が日常的に壊滅していたり、俺が毎回被害者を殺していると言う意味ではないが。

 この辺りの国にある人間の集落は、概ねが都市、町、村、開拓村の四つの何れかに分類されるが、魔物――混沌の力が凝って生まれる、“干渉する幻”――を間引いて周囲の安全を確保する専門の兵士が常備しているのは、町以上となる。そして、村、開拓村は、有事には防衛施設と自警団で堪え乍ら、町や都市からの増援を待つと言う防衛システムになっているのだが、被害が出てからおっ取り刀で現れて、大抵はあっさりと敵を片付けて帰る兵士たちは、被害地では感謝と怒りが入り混じったような、そんな微妙な感情で出迎えられることが多い。

 特に開拓村と言えば、人類領域のもっとも外側。その住人も、兵士の間引きも行き届かない土地に、自ら斬り込んで村を広げている独立独歩の気風が強い者達だからその風潮はより強く、そんな彼等が今回の一件を、役立たずの兵士が無精して仲間を殺したと感じても無理はない。

 実際、雌豚に伸し掛かられていた男達が運よく生き延びたなら、俺を恨むだろうとは、彼女等を殺すその前から判っていた。

 夢現の中、抱いていた最高の女が殺され、その衝撃に我に返れば、そこには身内の遺体だ。理性は兎も角、心では恨まずにはいられまい。


「ああ、別にお前さんの判断が、間違ってるって話じゃねぇよ。雄豚は女への執着が強いから、ああしないと女を浚って逃げたかもしれねぇ。だがな、目の前で雌豚の頭を血煙に変えたなんてのを目の前で見るとな……」


 とは言え、当たり前である事と、その当たり前を飲み込めるかはまた違う話で、特に、当事者が初めて矢面に立つルーキーであれば尚の事。

 スキル構成から斥候としての修練を受け、魔種に浚われた成れの果ての姿や、その介錯の経験を既に持っていた俺だが、今迄のそれはあくまで隊の中で守られての事で、直接外の悪意を受ける経験はなかった。

 だからと、慰めとも宥めともつかぬ言葉を連ねる彼を、俺は何処か凪いだ心でただ見上げる。

 例えば、だが、悪い事だと自覚しながら犯罪を犯した男が、正義の旗印を突き付けられたとしたら、こんな気分だろうか?

 或は、注射の順を震えながら待っていた男が、実際刺されてみれば殆ど痛みを感じずに拍子抜けした様な、か?


「俺も兵士だし、兵士の息子です。そんな事位は解ってますよ」


 実際、まだ小さな頃に一度だけ起きた事だが、開拓村が一つ壊滅した時、生き残りの子供に何やかやと絡まれた事もあった。

 だがそんな理屈は、父の友人である彼には関係のない話なのだろう。幼い頃から世話になっている先生が、しどろもどろと連ね繋げるその慰めに、俺は返事を返しつつ、ふと、自分の口元が笑っている事に気が付いた。

 頭をひねって慰める禿頭の巨漢のその様に、面白みを感じた……と言うのではないだろう。

 なんだろうか、この笑うしかないと言った風な感情は。


「……ま、その分なら大丈夫そうだな。俺はもう行くぞ?

 後で神官さんをこっちに寄越すから、ちゃんと浄化してもらえよ?」


 そんな俺に気付いたか、医師は朱に染まった禿頭を掻いて、椅子から立ち上がる。

 その背を見送って、俺は、ほんの少しだけ目を瞑り、自分の胸元を抑えた。





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