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豚頭人戦

 二頭の雌豚は、“スキル”を載せた投槍で仕留めた。

 この世界における“スキル”とは、技術の事ではない。対象となる行動に神秘的な補正をどれだけ、どのように乗せられるかの権限を示すもの。携行性、速射性、射程等で弓には劣るが、威力においてはそれらに長じる投槍の一撃に、複数の補正を足し合わせたそれは、まず一頭目の頭を丸ごと掻き取り、周りがそれに気づき騒ぎ出す前に、続く一投がもう一匹の頭を血煙に変えた。

 貫いた槍が、音を立てて瓦礫に突き立ち、間を置いて噴き出す血飛沫。こちらに気付くその前に屋根から飛び降りて、神秘(スキル)補正(サポート)、音も無く着地した。残る一本の短槍兼の投槍を左手に、右手に腰裏に束ねた打根(うちね)――槍と投げ矢のあいのこ――の一本を抜き出す。

 さて、楽なのはここまでだ。人にスキルがある様に、彼ら魔種も混沌の気を宿している。二匹を簡単に殺れたのは、奴らの力が獲物を冒していたから。その状況ですら、俺の技量と小さく【槍術】スキルの範囲から半ば外れる打根では、豚頭人は仕留めきれない可能性が高かった。

 ではなぜ槍を使うのではなく、打根を抜いたのか?

 【走行】を用い、音も立てずに、素早く回り込む。仲間を失った五匹が円陣を組み、槍の飛んできた方を気にする中、目星をつけていた反対側の廃屋の屋根に飛び乗った。【投擲】、【槍術】、そして……三つのスキルの力を載せた打根が、連ねて五度、放たれる。

 音も無く飛ぶそれの、目標は豚頭人ではない。混沌の力を戦いに振り向けた奴らに、その一撃は決定打にはなり得ない。

 しかし、ここからならその全員が狙える、放心し、スキルの力を奮えない女達に対してであれば?

 ギリギリ足りた打根の連撃は、過たず、五人の女の息の根を止めた。一拍遅れて奴らが気付く前、最後の一本を手近な豚に叩き込み、音を立てて(・・・・・)廃屋を飛び降りる。最低限の勝利条件は満たした。後は、本隊までこいつ等を釣って帰れるか、だが……。

 ちらり振り返る。手ごろな廃材を武器に、盾に、頭に打ち根を突き立てた豚頭人が、目を血走らせて吠える。

 それに気づいた四頭が後に続いて、魔種達は矢豚を先頭に陣形を組んで駆けだした。それを後目に、俺は適当な瓦礫を手に廃屋に飛び乗る。

 廃材を盾に掲げ、しかし、勢いを緩めず走る奴らの、隙を抜いて瓦礫を投げつけた。結果を見ずに飛び降り、再び走り出すが、その後に上がった汚い吠え声を聞くに、どうやらあの瓦礫の一撃は、狙い通りに一体の敵の向う脛を叩いたらしい。


『……いい気味だ』


 にやりと、自分の口元が勝手に吊り上がるのが判った。

 必要だったから殺した。原種と魔種ほどではないが、初代との交配による受精率も、二代目以降同士と比べれば非常に大きい。

 もし彼女等が巣に連れ帰られたら、身を怪物に変えたその後も抱き抱かれ続けて、何十何百と言う仔を孕み、自分達と同じ境遇の女達、男達を大きく増やしていた可能性が高い。

 だから殺した。そのことを恥じる気は欠片も無い。もし省みる必要があると言うなら、それは七頭の敵を相手取るほど自分が強くなかったこと、村が未だ防戦している内に間に合わなかったことだろう。だが、だから平気かと言えば、それは違うのだ。


「引き吊り廻してやる」


 弦月を象る口から、そんな呟きが漏れた。

 真正の“魔物”――混沌の気が凝った存在(モノ)――程ではないにせよ、魔種の者達は攻撃性が高く、頭に血が上り易い。そんな奴らを釣って歩くのはそう難しくはない筈だ。

 だから、散々に虚仮にして追い立てさせ、引き吊り廻し、ヘトヘトにして、皿に乗せる様にして本隊の食卓に並べてやる。


『一頭だって逃がしてやるものか』


 そんな暗い意志を湛えて、瓦礫の村を真っ直ぐ駆け抜ける。【走行】に【跳躍】、【体術】、それを支援するもう一つのスキルの働きと、かつてこの国に居たと言う転生者らしき男が残したフリーランニング(パルクール)の技術が合わされば、この規模の村を直進で通り抜ける等訳もない。だが、その全てが力士の如き、丸い筋肉の塊である豚頭人にとってはそうではなかった。

 ごそごそと廃屋を弄る、攻撃の隙を窺うようにその足を止める。余り先に行きすぎると、奴らは諦めて逃げるかもしれない。

 苛立たしげに歯噛みし、鼻を鳴らす豚頭を、ひょいと飛び上がった屋根の上で振り返れば、奴らは投擲を警戒してかその足を止め戸板や廃材を盾に翳した。にやりと笑って投げるそぶりに、慌て盾をそちらに動かす……と、その時を見計らい、本命の手をひょいと動かした。

 ぐちゃりと、並ぶ豚頭の上、通りすがりに失敬した鳥小屋の卵が降り注ぐ。朱に染まった白豚頭を、更に赤く、黄色く変えて叫ぶ矢豚に、べろり舌を出して向う側に飛び降りた。


「ちゃぁんと付いて、来てくれよ」


 崩れかけた村壁を前に、小声でそう呟く。

 もう目の前の壁を越えれば村の外、そこからしばらくは、まだ丈の低い麦の畑が続いていた。

 人由来の魔種の多くは、人の鈍感と獣の愚かさ、魔物の頑なさを三つともに備えた馬鹿の塊ではあったが、全くの間抜けと言う訳でもない。

 村の中を引き吊り廻し、散発的な攻撃を続けるならまだしも、純粋な脚力勝負になる村の外に出たと言うのに、引き離せず追い着けずが続けば、流石に何かあると気付くだろう。かと言って、気付かぬ程に怒らせるにも、この開けた場では難しい。となれば……。

 ひょいと村壁を飛び越えて少し距離を明けると、足を止めて振り返り、壁の向こうを窺った。

 ややあって、村壁を打ち崩した一群れに、まずはほっと胸をなで下ろし、次いで表情を、驚きに歪めて見せる。

 ここから先は、向うのターンだ。少なくともアイツらにはそう思わせてやらなければならない。こちらを追う事に夢中にさせなければ……。

 驚いて足を縺れさせた様に振る舞うと、ブンと音を立てて、崩れた壁の破片が飛んできた。辛うじて躱したようにして駆けだすと、ゴフゴフと笑い声なのだろう音が追いかける。


『……今までのおちょくりは痩せ我慢の賜物。

 やっと村壁を乗り越え、これで撒けたと一息ついたところで、敵はまさかの壁を壊して直進だ』


 頭の中の設定を反芻……そう見えるよう、演技を試みた。

 飛んでくる廃材を、避け損ねてよろける。手にした槍を取り落としかけ、慌て拾い上げた。スピードを、向うには追いつけない程度に早め、投げつけられる石や木を、派手に躱して足を緩める。ゲフゲフと、背後から届く気障りな音を、針に食い付いた証だと、そう飲み下した。

 走って走って、引き付け、引き付け、ギリギリで無様に、しかりしするりと、敵の剣先を擦り抜ける。振り下ろされた棒先が鎧を掠め、砕けた砕片が体を傷付けた。糞と罵り、転がり避ける。【体術】の助けなければ、一体何度叩き潰されていたかと、荒い息を吐いた。

 そんな曲芸じみた釣り寄せを、一体どれだけ続けたものか?

 最早、演技ではなく息も絶え絶え、本来の合流地点は既に越え、しかし未だ本隊は見つからず――何をぐずぐずしているのだ――鼻息荒い豚面の一撃を避け、小高い丘を転がり越えた。そして、終に視界に入った仲間達の姿に思わず息を飲む。


「……手加減しやがれ、ファンタジー」


 そう独りごち、飲んだ吐息を吐き出した。味方の列に襲い来る、棍棒を手にした豚頭の群れと、その背後で指揮らしきもの――と言うよりあれは、督戦の類か?――をする、ひときわ大きな黒色の豚頭。

 どうやら、本隊がいたのは、こちらだけではなかったらしい。

 寄せる肉列。対する自警団員(パートタイマー)の列が、盾を掲げそれを支えて、その進軍を押し止めていた。残る後列は、動きを止めた白豚を槍や投石で打ち、盾列と押す後続の板挟み、哀れ先鋒の豚達は、悲鳴を上げて潰れ拉げる。

 数で押す豚列が、廻りこみ列を崩そうとすれば、両翼を固める兵士達(ほんしょく)がそれを駆除。それどころか、時折列に斬り込んではそれを撹拌、受け止める盾を助けていた。

 攻めあぐねる白豚共に、黒豚が罵声を上げる。焦ったように歯を剥き出す、白豚。

 ……魔種の類は、代を重ねる程出生率が下がるが、代わりに混沌の密を深め、強く大きくなると聞くが、おそらくあれもその類。通常種より強い衝動を抱える黒頭が、巣を掌握して打って出たと言うのが、この件の顛末なのだろう。

 場合によっては混沌領の間引きが必要と、兵の数を出す決断をした隊長の、その判断が功を奏したか?――優勢を保つ味方に息を吐きつつ、背後の豚へと向き直る。

 丘の上、顔を出した矢豚が、向き直ったこちらに厭らしく歯列を剥き出し、次に、その向こうに覗く豚頭の群れにギョッと目を向いた。となれば矢豚の一味は別動隊ではなく、略奪に出た脱走兵の類か? その無軌道で露見が早まり、遭遇戦が起きたとするなら、あの黒豚こそ好い面の皮だが。

 兎にも角にも、前門も豚、後門も豚。こちらとしては直ぐにでもあの戦いに加わりたいところだが、本体に合流するにはまず、引く気はないらしいこの矢豚共を何とかして、さらには豚の隊列を乗り越えるか回り込むかしなければならない。

 とは言え、あの数相手に正面から挑むのは分が悪い。ヒット&アウェイで、酷使させた奴らの足を攻めるしか方はなさそうだが。

 そのままの勢いで襲い来る豚共に、本気の【走行】、【跳躍】。今迄との緩急、こちらを見失ったらしい豚頭は、しかし、そのままの勢いで丘を駆け下りる事を選んだ。黒豚への阿りか、それとも、こちらの希望を潰してからゆっくり嬲ろうと言う了見か?

 とまれ、その選択はこちらにも都合が良かった。駆ける豚共に追い縋り、後尾の膝裏を、槍の刃先ですうと斬り裂く。よろける豚に【蹴撃】を入れると、それは前を巻き込み一塊の豚団子となって丘を転げ降りた。

 そんな矢豚の塊に、気付いた黒豚が罵声を浴びせ、立ち上がる豚共はよろよろと、白豚列の後尾に並ぶ。そこは一番安全に見え、黒豚の癇癪を直接浴びる特等席だ。一列前の豚がほっと息を吐いたのににんまり笑うと、俺は息を整える。そうして、一つだけ残った、短槍を構えた。

 仲間に合流することは不可能ではない。けれども、それでどれ程の戦力になる?――そんな疑問がある。豚の二、三匹であれば正面から相手取る力はあるが、ただそれだけだ。速さ身軽さが第一の俺には、列に斬り込み殴り合う戦場は合わないと言う現実もある。

 そして、少なくともあの黒豚はまだこちらに気付いておらず、俺は豚面共の後方に位置取っていた。


「……迷う事はないやな」


 にやり笑って、“スキル”を呼び起す。今この場この状況なら、俺の最強の攻撃を無防備な黒豚に叩き込めた。

 通常の攻撃では、奴には大したダメージを与えられないだろうが、ここからの狙撃であれば話は別。昔の漫画には、二倍の回転で二倍のパワーなどと言うトンデモ理論を言い立てる戦士がいたそうだが、そんなオモシロ理論でも、実際に動作に組み込めば、それなりの補正を載せられるのが、スキルと言う力だ。勿論、反動を受ける体はその分消耗するし、相応に振りは大きくなるが、狙撃であればリスクは大きく軽減できる。

 勿論その一撃で、あれを倒せるかと言えば無理な話だ。だが、それでも手傷を負えば戦列は乱れる。もし頭に血を昇らせたアレが、こちらに攻撃を仕掛けてくれたら最高だ。

 黒豚頭へ狙いを定め、七つのスキルを同時に励起。

 【槍術】【投擲】【体術】【蹴撃】【走行】【跳躍】……そして、【万能】。頭が、脊椎から尾骶にかけての背筋とその周辺一帯が、過剰なスキルの同時使用に焼け付くように痛んだ。

 その苦痛を噛み殺し、丘の上から【駆け】下る。督戦する黒豚が口を開いたその瞬間に、その勢いを載せ俺は【跳躍】、【体術】で姿勢を整え、手にした【槍】をオーバーヘッドに【蹴り】【投げ】る。

 放たれる一矢に遅れ、どうと轟く巨大な砲鳴。その瞬間、俺の頭に一際大きな痛みが走り、意識が薄れる。

 軋みを上げて撓る槍は、内包する力にようやっとその形を留め、瞬時黒豚に至ると、その威力を明け渡し、形を崩した。爆音。その衝撃の威力が、砲鳴に振り返りかけた黒豚を叩き、砕け弾ける槍片が一帯の豚共を襲う。

 その一撃で、勝敗は決した。黒豚は死なず、しかし、その目と耳から血を流して、苦鳴を上げながら無茶苦茶に手の棍棒を振り回す。その暴威が、槍の余波に襲われた白豚の後尾を無茶苦茶に叩き潰せば、伝わる動揺は瞬く間に前列までを伝播。

 そして、乱れ散りかけたその戦列を、戦士達が見逃すはずもない。精兵に散々に斬られ、乱された白豚達に、こんどは耐え続けていた自警団が集団で逆撃、終に豚頭軍は壊乱の時を迎えた。

 金床と鉄槌――迎え撃つ人の戦隊と、背後で狂乱し暴れ狂う黒豚。二つに挟まれた白豚は逃げ場も無く打ち砕かれ、最後に残った黒豚も、目も見えず耳も聞こえずでは、人の精兵の敵足り得ない。

 斯くして、俺が生まれて幾度目かの街の危機は去り、我等が隊は武器を突き上げ勝鬨を上げた……のだが、丘を転がり落ちて気を失ったその時の俺には、そんな顛末は知る由も無かった。


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