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君の瞳に  作者: 志崎誠
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2章


 子猫の言葉に周は、心臓が跳ねたような感覚がした。そして少しの間沈黙をする。心を落ち着かせるためだ。


 子猫はなにも言わず、周をただ見つめていた。周の気持ちを察しているのだろう。ベッドの脇に置いている目覚まし時計の秒針が、まるで周を落ち着かせるかのように静かに部屋に響き渡っていた。


 「佐藤さんは生きていますよね……?」


 周は震える声で子猫に聞いた。


 「佐藤様が先日、屋上で飛び降り自殺をされたことはご存知ですよね?」


 子猫の問いに、周は首を縦に振る。


 「本当はその日、佐藤様はお亡くなりになる予定でした」


 周は絶句する。亡くなる、つまり佐藤は死んでいたということだ。


 周は頭の整理ができなかった。亡くなる?しかし、意識不明の重体だって聞いた。でも子猫の言ったことが正しいなら何故今生きている?疑問だけが周の頭に駆け巡っていた。


 すると子猫がすみません、説明不足でした。順を追って説明するので聞いてくださりますか?と周に優しい口調で聞いた。周は今は話を聞いた方がいいと判断し、コクリと頷く。

 

 「私が佐藤様と初めてお会いしたのは、今から二か月程前のことでございます」


 今は七月なので、会ったのは五月ごろということになる。


 「私は現世に直接赴き、人々を調査するのが仕事です」


 「調査?」


 周は首を傾げる。


 「調査というより報告とでも言うべきでしょうか。現在、私の姿を見えるのは篠原様だけですが、仕事中は全ての方に見えるようになっています。小さな猫相手に、どう対応するか見るためです。それ以外にも人々の日常生活を直接観察し、天界の上層部に報告します。そして、その報告に基づいて、故人になった際に天界に送るかを判断するのです」


 子猫は周に自分の仕事を分かりやすく説明をしてくれた。周は天界がそんなに緊密に判断されているものだったのか、と驚いた。何時しか世界史の授業で見た、ミケランジェロの絵の世界のようだと周は思った。


「仕事中、色々な方々とお会いしました。私の頭を優しく撫でる方、ただ通り過ぎる方、猫が苦手なのか私から遠ざかる方――」


 この子猫が何時から存在しているのかは分からないが、きっと多くの人間と会ったのだろう。周はそう感じた。


「中には毒入りの餌で、私を殺そうとした方もいらっしゃいました」


「…………」


 まぁ仮に食べたとしても天界の者なので死にませんが、と子猫は付け加えるように言った。周はなにも言えなかった。


 「人間にはいい人も悪い人もいると重々承知でしたので、その時は引っかかることはありませんでした。しかしある日、同じ方に私をもう一度殺そうと、川に落とされてしまいました」


 「えっ!」


 あまりの展開に、周は思わず声を上げる。


「天界の者は死ぬようなことはなくても、人間のように痛みや苦しみなどの感覚はあります。ですので当然、水の中に入れば冷たいですし、溺れると呼吸困難になります。後ろから突然掴まれたので、私は逃げられませんでした。完全に迂闊です。そして、その方は落としただけで満足しなかったのか、動画を撮り始めたのです」


 「最低だ……」


 周は同じ人間として、そのようなことをしたことに苛立ちを覚えた。


 「実は何度か、似たような事態になったことがあるのです。言い方を変えると……慣れていました。この時も、『またか』程度にしか思っていませんでした。先ほど言いましたように、天界の者は死にません。なので溺れたりしても気絶するだけで、少し時間が経てば完治します。溺れている際私は焦りもせず、ただただ気絶するのを待っていました」


 『慣れた』と子猫は言っていたが、周にはどこか諦めの言葉にも聞こえた。子猫はどれだけの人間に酷いことをされたのだろうか。周には想像もできなかった。


 「しかし気絶する直前、少し先で誰かが飛び込んできました。私は、私を落とした方がまた猫を落としたのかと思いました。ですがそれは猫ではなく、人間でした。しかも制服を着た女の子だったのです」


 「もしかして」


 「そう、佐藤様です。私はとても驚きました。佐藤様は、泳ぎながら私に近づくや否や、抱えながら川原まで泳いでくれました。おかげで私は気絶をしないで済みました。彼女は私を助けてくださったのです。川原に着いた時には、私を落とした方はもういませんでした。焦って逃げたのでしょう。それよりも私は感動していました。こんなに優しい人間がいるのかと」


 子猫は嬉しそうな顔をしていた。その時の心情を思い出したかのように。


 周は先ほどとは違う、心臓が跳ねたような感覚がした。それは何処か温かく、心地のいいものだった。


「私は人間に助けられたのは初めてでした。その日から彼女は、私の命の恩人になったのです。なので、彼女の飛び降りを知った時は青天の霹靂のようでした。どうして彼女が、それしか考えられませんでした」


 周は自分が初めて佐藤のニュースを見たことを思い出した。子猫も周と同じ気持ちだったのだ。


 「佐藤様はお亡くなりの後、天界に向かう予定でした。しかし、私は天界の上層部の者に佐藤様を生き返らして欲しいとお願いしたのです」


 「そ、そんなことができるんですか?!」


 周は思わず身を乗り出しながら、大きな声を出す。


 子猫は難しそうな顔をした。


 「勿論、最初は大反対でした。天界の者が故人を生き返させるのは、一番の御法度ですから。ですが、私は諦めずに彼女が私にして下さったことを、上層部に何度も伝えました。彼女は私の命の恩人なのだと。すると私の言葉が伝わったのか、会議をして下さいました。そしてある条件付きで佐藤様を生き返らせてくれると言いました」


 「条件って……?」

 

 「『佐藤栞を八月十六日、盆の終わりまでに生きたいと思わせること』です」


 「盆の……終わり……」


 「はい。その条件によって彼女は今、天界の力で命を繋いでいます。しかし、八月十六日を過ぎると佐藤様は今度こそ、命を失います」


 周は考えただけで背筋が凍った。


 「おせっかいで、迷惑なのは承知です。佐藤様は死にたくて飛び降りをしたのですから」


 子猫は俯きながらそう言った。


 「それでも私は生きてほしいのです。心優しい彼女が、死んでしまわれるのは……あまりにも酷です」


 それは、小さな訴えのように聞こえた。そしてその訴えは、周に届いていた。


 「佐藤様に関する情報は 天界で調べることができませんでした。上層部からしたら、ハンデになってしまうからでしょう。なので彼女がどうして死んだのか、全く見当がついていない状態です。とても私だけでは難しいと悩んでいた時に篠原様の存在を知りました」


 子猫は小さな前足をそっと、周の手に添えた。とても小さくて、温かい前足だった。


 「どうかお願いです、私に力をお貸しください。篠原様のお力が必要なのです」


 周は小さな子猫の前足を優しく握る。



「俺もおせっかいで、迷惑だけど……佐藤さんに生きてほしいです」


約1か月ぶりです。遅くなってしまい、すみませんでした。ブックマーク5件ありがとうございます。感想など是非、お待ちしています。

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