2章
「まず、なにからお話を致しましょうか」
「……」
時刻は夜。周の部屋には夕方に会った白い子猫がいる。
あの叫び声の後、周は全速力で逃げた。それはもう全速力で。体育祭や体力テストでも見せたことのない見事な走りだった。
そこまでならまだ良かったが、問題はここからであった。子猫が走って追いかけてきたのだ。それはもう全速力で。しかも「待ってください篠原様!」と喋りながら。そして篠原はというと「いやああああ!!」とまた叫び声をあげる。
家に着いた時には足も声帯も疲労困憊になっていた。しかし、周の恐怖はまだ続いた。子猫がまだ隣にいたのである。子猫も走って疲れたのか、息を切らしながら「せ、せめて、お話だけでも……」とセールスの人のようなことを言った。
「突然話しかけて申し訳ないとは思っております。ですが、少しだけお時間をいだだけませんか?」
息が整ったのか、子猫は再び周に話しかける。子猫の声は見た目によらず、落ち着いた声をしている。そして、何故か敬語だった。
「聞こえない……これは幻聴……なにかの間違え……」
それとは対照的に周は恐怖に怯え、耳を塞ぎながら念仏のようなものを唱えていた。すると、家のドアが開いた。そこには妹の華がいた。
「は、は、華。どうしたの?」
「お兄ちゃんが家の前で変なことしてるから、早く連れてきてってママに言われたの。もう夕飯だって」
「変なことって……」
こっちは恐怖に怯えていたのだがと、周は複雑な気持ちになった。
「なにして遊んでたの?」
「遊んでないよ、ただ変な猫が」
周はハッとした。もしかしたらこの変な子猫が、妹に危害を加えるかもしれない。口調的に危なそうなイメージはないが、もしものことがあるかもしれない。周は急いで華を抱き上げた。
「わあ!どうしたの?」
突然抱き上げられ、華は驚く。
「変な猫がいるんだ。小さいけど何をするか分からないから。早く家に入ろう」
周は華を抱えながら家のドアに行こうとした。しかし。
「お兄ちゃん。何言ってるの?」
「え?」
「猫なんて、どこにもいないよ?」
「……」
どうやらこの子猫は周以外には見えないらしい。喋れる時点で十分変わっているのだが、ここまでくるとよくわからなくなってきた。しかし、子猫は周と時間をいただけないかと言っていた。追いかけてくるほどなのだから、本当に話がしたいだけなのかもしれない。そう考えた周は渋々と家に入れることにした。もし、何かされそうになったら追い出そう、そう心に決めた。
そして現在に至る。
夕飯も食べ終え、周は自室にいる。そして子猫は部屋の床にちょこんと座っていた。他の人から見れば可愛いペットだ。しかし、この子猫は周以外見えない。
「篠原様」
「は、はい」
子猫が話しかけてぃた。周はビクつきながらも反応する。
「本日は御家に入れていただき誠にありがとうございます。そして、先ほどのご無礼をどうかお許しください」
「え、いや、こちらこそ……?」
子猫は周に謝罪するや否や、丁寧なお辞儀をした。周もつられてお辞儀をする。周は猫に謝罪されたのは生まれて初めてだった。
「まず、私のことについてお話しさせていただけたらと思います」
「はぁ」
この子猫は何処かの会社で営業でもしていたのだろうか、その位周には礼儀正しく見えた。そして子猫が続けて口を開く。
「私は猫ではありません」
「いや、それは嘘でしょ」
子猫の発言に、周は思わずツッコミを入れる。どこからどう見ても猫にしか見えない。むしろそこは、吾輩は猫であるの方がしっくりくる。周のツッコミに子猫は言うと思ったという顔をした。
「確かに、今の私の外見は小さな猫です。しかしこれは作られた姿なのです」
「作られた……?」
周は子猫の言葉に首を傾げる。
「私は元々天界の者です。この外見は天界で作られました」
「天界?」
「端的に言えば天国です」
周は子猫の発言に驚いた。それと同時に、天国って本当にあるのかとも思った。
「天国って本当にあるんだ……」
つい、心の中で思っていたことが口に出る。
「本来、天界の存在は極秘です。しかし今回は、私の事情などもありまして、特例中の特例になっております」
子猫は特例という言葉を力強く強調した。本当に秘密にしていることなのだろう。
「私が現世に来る際、僭越ながら篠原様について調べさせていただきました」
「えっ」
「天界の者からすれば、皆さんの個人情報は筒抜けでございます。それ以外にも、今までした良い行いや悪い行い、本当の性格、全て分かります」
まぁ、それは上層部の天界の者にしか分からないようになっていますが、と付け足すように子猫は言った。
「それでどうだったんですか……?」
周は自分を調べて何が分かったのか気になった。特別何か悪いことをした訳でもなかったが、全て見られるとなると周は緊張した。
「篠原様の今までの人生を見させて貰いましたが、大変お人柄がよく、感動致ししました。温和で、誰に対しても平等な性格で……。ついこの間も、重い荷物を持ったご老人を助けていましたよね?年の離れた妹さんの面倒も見たりして……人のよさが大変分かりました。少し恥ずかしがり屋さんな性格で可愛らしい所もあって……」
「も、もういいです!」
子猫は優しく微笑み、周をべた褒めし始めた。周は子猫の話が恥ずかしくなり中断させた。報われるようにとかそのようなことは思ったことはなかったが、自分のしてきた行いなどを褒められるのは素直に嬉しかった。周の顔は少し赤面する。しかし、1つ重要なことを忘れていた。
「俺と、貴方の事情ってなにか関係があるんですか?」
周は1番聞きたいことを聞いた。当たり前だが、周は天界の者と関わりがあったことなど一度も無い。なので自分と子猫の事情がどのように関係しているのか見当もつかなかった。
すると子猫は、先ほどの微笑みから一変し真剣な顔つきを見せ始めた。これがきっと本題なのだろう、周は子猫の顔つきで察した。
そして子猫は口を開ける。
「私が現世に来た理由は、佐藤栞様を生き返らせる為です」
やっとあらすじの所までいきました。感想などお待ちしております。