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君の瞳に  作者: 志崎誠
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1章

 周が佐藤のことを初めて知ったのは今から一年前、高校1年生の夏休みのことだった。

 7月の中旬、終業式の日のこと。その日、周は学校に忘れ物をした。来学期の予定などが載っている学年だよりのプリントを机の中に置いて行ってしまったのだ。友達に聞くという手もあるが、なんだか申し訳ない気がしたので周は学校に取りに行くことにした。

 

 時刻は2時ちょうどだった。外はジメジメと湿度が高く蒸し暑かった。空は快晴で雲1つなかったが、太陽がギラギラと眩しい。


 周は家の冷蔵庫から持ってきたソーダ―味の氷菓をかじりながら学校へ向かった。数分歩いただけでも数滴の汗が流れ、髪に張り付いた。氷菓も少しずつ溶け始めた。周はこぼれないように氷菓を急いで食べる。


 教室に着くと誰もいなかった。外ほどではないが、冷房がついていなかったので空気がムワッとしていた。黒板にはカラフルな色で『夏休み!』と大きな字で書いてあった。文字の周りには誰かが書いた動物やら絵文字やらのイラストが描いてある。そういえばみんなが盛り上がっていたなと周は数時間前のことを思い出した。定期テストも終わり、終業式も終わり、帰りのホームルームの時にはクラスメイトたちは夏休みのことで話が弾んでいた。家族と旅行に行くと話す人もいれば友達同士でどこに行こうかと計画する人もいた。


 周は自分の机の中を見ると学年だよりのプリントがひょっこりと出てきた。周は溜息をつきながらプリントを四つ折りにして制服のズボンのポケットに入れた。


 周は教室から出て廊下を歩いた。学校には誰もいないわけではなく、部活動をしている生徒が残っている。上の階には吹奏楽部の人が吹いている楽器の音もしていれば、校庭で運動部の掛け声や笛の音がする。しかし、周の階には人っ子一人いなく、シンとした静かな空気が流れている。周は自分が取り残された気分になった。早く帰り、アイスをもう1個食べようと考えながら階段を降りようと、角を曲がろうとしたその時だった。奥の教室に灯りが点いていた。


 そこは美術室だった。誰かの消し忘れかと周は美術室のドアに近づき、ドアの窓の隙間から教室を覗いた。中にはデッサンのための彫刻や閉じられたイーゼルなどが置いてあった。やはり誰もいないのかと周は美術室の中をジッと見つめた。すると、奥に開いてあるイーゼルを見つけた。そしてキャンバスの目の前になにやら絵を描いている人もいた。


 その人は女子生徒だった。髪は長くも短くもなく、二つ結びをしている。女子生徒の目の前にはキャンパスがイーゼルの上に置かれていた。彼女は周の存在に全く気付かず、目の前のキャンパスに向かって絵を描いていた。彼女の周りには多くの油絵具のチューブが散らばっていた。試し書きを何度もしたのか、暖色から寒色まで様々な色が描かれていたスケッチブックが床に置かれ開かれていた。


 彼女は制服の上から無地のエプロンを着けていた。エプロンにはあちこちに油絵の具が付いていた。きっと、絵を描いている最中についてしまったのだろう。そして周は彼女が椅子に座っていないことに気が付いた。椅子は彼女の隣にあるがパレットや筆が置かれており、彼女は膝立ちで絵を描いていた。膝をよく見ると、ずっと同じ体制だったのか少し赤くなっている。彼女はそれほど集中して絵を描いていたのだ。彼女の集中力に周は驚いた。


 周は一体どんな人が絵を描いているのか気になり顔を見たが、知らない人だった。もしかしたら先輩なのかもしれないと思いながら周はまじまじと彼女の顔を見た。彼女はどちらかというと可愛さのある顔をしていた。彼女の表情は真剣な顔つきだがどこか楽しげな、不思議な表情をしていた。周は彼女の目を見つめる。彼女はとても綺麗な目をしていた。彼女の目の色は色素が薄いのか少し茶色がかっている。睫毛が長く、綺麗にカールをしている。二重の形も綺麗で、くりっとしていた。


 目の形自体も綺麗だが、周が綺麗だと思ったのは目の表情だった。彼女の目は心の底から楽しいという表情をしていた。目の表情という意味は表現した周自体よく分かっていないが、とにかくとても素敵な表情をしていた。目というより、瞳とあらわした方があっているかもしれない。こんなにも純粋に、綺麗で、まるで色が描かれているかのような、綺麗な瞳を見たのも綺麗だと思ったのは初めての経験だった。


 周はキャンパスの絵よりも彼女の顔を、瞳を、ずっと見ていた。それは瞬きも呼吸もしたくないくらいずっと見ていたくなるほどだった。


 これが世にいう、“見惚れる“なのだろうか。


「凄いよね、お昼からずっと描いているんだよ」


「わっ!」


 後ろから突然声がして周は驚き思わず肩をびくりとさせ、声を大きく出した。後ろを振り向くとそこには周とは違うクラスの担任、白川美月が立っていた。


 「先生。驚かせないで下さいよ」


 「ごめんなさい。でも、見てみて?」

 

 白川は手に口を当てながら上品にうふふ、と笑った。白川は美人で気さくな女性なので、生徒にも教師たちからも人気で頼りにされている。茶色の毛先がウェーブしているロングヘアーが特徴的である。そして白川はスッと、指さしはせず添えるように彼女に片手を向けた。こういった1つ1つの行動が上品だからモテているのだろうかとクラスメイトの男子たちが白川について話していたのを思い出しながら周は思った。聞くところによると、お嬢様学校の出身らしい。

 

 周は白川が手を向けた、彼女の方を見た。彼女は周たちのことなど気にもせず、絵に没頭していた。先ほど周が声を大きく上げたことにも気が付いていないようだ。周はそれに気が付きとても驚いた。


 「凄いですね。俺らに全く気が付いてない」


 「佐藤さんね、美術部に所属していて絵がとても上手なのよ」


 白川は何故かとても嬉しそうに話す。周はここで絵を描いている彼女が佐藤さんという名前だと分かった。そして佐藤さん、と呟くように言った。周は彼女についてもっと知りたくなり、白川に色々と聞くことにした。


 「佐藤さんって2年生ですか?」


 「えっ、1年生よ。知らないで見ていたの?」

 

 周が質問をすると白川は驚いた顔をした。つられて周もえっ、と同じように声を出した。同じ学年だったのか、知らなかったと周は驚く。もしかしたら今まで会ったことがあるかもしれないと思い出してはみたが、周は思い出せなかった。


 「知らなかったです。白川先生のクラスの人ですか?」


 周が正直に言うと白鳥はまぁ、まだ夏だし全員は覚えられないわよねと言った。そして佐藤が白川の担任、D組であることを教えてくれた。自分の担任している生徒だから嬉しそうに話していたのだろう。周のクラスはA組で教室から一番遠かった。だからあまり会う機会もないので記憶になかったのだろうと周は納得した。


 「どちらかというと静かな子なんだけどね、絵が凄く好きで、絵を描いていると周りが見えなくなるくらいずっと描いているの」


 「へぇ……」


 周は白川の話を聞きながらもう1度、佐藤のことを見た。佐藤は相変わらず膝立ちで絵を描き続けている。そして、瞳の表情も綺麗だった。


 周は世間で綺麗だと有名な女優を見ても、綺麗だと思うがそれ以上の感情がなかった。しかし、佐藤を初めて見たとき、今まで体験したことのないような感情になっていた。最初は見惚れているだけだと思ったが、それ以上のものが周には佐藤に対してあった。もっと、彼女のことが知りたい、もっと、近くで彼女を見てみたい、そんなことまで思っていた。周はこの感情の名前が何なのか、わからなかった。周はわからないまま、佐藤のことを見つめることしかできなかった。


 「もしかして一目ぼれしちゃった?」


 「へ?」


 周がぼうっと佐藤のことを見つめていると白川がからかうような口調と顔つきで周に問いかけた。


 「だって、ずっと佐藤さんのこと見ているんだもの」


 「いや、そんな……」


 白川の言うことに思わず周は拒否をした。しかし、周が佐藤に惹かれているのは事実であった。周は一目ぼれだなんて空想の話だと思っていた。けれど、もしもこの感情の名前があるならば、正解があるならば。考えれば考えるほど、名前のない感情から確信に迫っていた。そして。


 そうか、これが一目ぼれなのか――


「先生。佐藤さんの下の名前、わかりますか……」











 そして高校2年生の春。周は名前のある感情を抱きながら佐藤と同じクラスメイトとなる。そこには未来の2年B組の担任、白石美月が周に向かって小さくピースサインをしていたという。


タイトルを少し変えたり読みやすいように1行空けたりなど色々変更してみましたが、どうでしょうか?タイトルを変えた理由(?)は後々わかると思います。

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