3章
次の日。周は自室のベッドで項垂れていた。
「嫌われた…絶対に嫌われた…」
「篠原様…」
「なんで俺、あんなこと言ったんだろう…」
佐藤が消えてから、周はセールスさんと一緒に帰宅をした。不安か、慣れない夜更かしからか、周は帰ってきた途端爆睡していた。
彼女の言葉が頭に何度も繰り返されている。
『篠原君も同じだよ。私と大して話したことないじゃない』
「とゆうか!俺、聞いてないよ!セールスさんが教室に入れないってこと!」
周は足をバタつかせながらセールスさんに不満をぶつける。
「生身の人間では、篠原様しか見えないのですが、佐藤様のような。生霊や地縛霊のような方には見えてしまうのです。それはいいのですが、上層部の人達には天界のことを話すのは禁句でしたし…猫の姿で喋る訳にも…」
確かに猫がいきなり喋り出したら、佐藤も何が何だか分からなくなるだろう。そして周は思っていたことを打ち明ける。
「もしかして最初から俺と話させるつもりだったとか…?」
周はセールスさんをジッと見つめる。セールスはビクリと尻尾を跳ねさせる。そして観念したのか、シュンとした顔をして申し訳ございませんと呟いた。周はその顔に面して許すことにした。
「いいよ。俺もやりたいって言ったんだし」
ワシャワシャとセールスさんの頭を撫でる。セールスさんは気持ち良さそうな顔をしていた。
周は何もせず、ただベッドに転がっている。クーラーが効いており、部屋の中は涼しい。
課題をやろうにも、なんだかやる気が出ないでいた。無気力という言葉が似合っている。
どうにかして、気分転換ができることがないだろうか。
寝転びながらボーッとしていると周はある場所を思い出した。
周はベットから降り、立ち上がる。
「どうかなさいましたか?」
セールスさんは首を傾げる。
「ちょっと出掛けようか」
周が住んでいる町には、「すずらん通り」という商店街がある。食料品や衣服、雑貨など商店街ならではの日用品が多く揃っている。しかし今回、周が行くのはここではない。
すずらん通りから一本外れた道をずっとずっと進んでいく。賑やかな商店街とは打って変わり、そこは静寂に包まれていた。そしてある建物にたどり着く。
それは小さな洋館だ。
漫画に出てくるお屋敷のようで、クラシカルな雰囲気が漂っている。
「こんな所にお店が…」
一緒に来たセールスさんが驚き声を上げていた。
実際、周も少し前までこの洋館の存在を知らなかった。たまたま休日に暇だったので普段行かない道を適当に歩いていたらここに辿り着いた。その時の、まるでお宝を見つけたような気持ちは今でも忘れれていない。
「分かりにくいよね。でも、そこがいい所でもあるんだ」
葉が覆っていて、店名がよく見えないがよく見ると『ラピスラズリ』と木で作られた四角いプレートに書いてある。
周はドアを開ける。カラントとドアに付いているベルの音が心地いい。
ドアを開けると一人の男性が立っている。
二十代後半くらいの若い男だ。目鼻立ちのいい綺麗な顔で、品の良さを感じる。この男が喫茶店ラピスラズリの店長、葉月だ。
葉月は周を見ると笑顔を浮かべる。
「いらっしゃい、周君」
「こんにちは。葉月さん」
いつものようにカウンター席に案内された。
周はカウンターに座り、葉月と喋りながら食べるというのが定番になっている。
「もう夏休み?」
「はい、少し前から」
他愛ない会話をしながら、周はメニューを見る。
葉月のお店は紅茶の種類が多いのが特徴だ。メニューには紅茶の名前と香りやどんな味がするかなど、細かく記載されている。
そして紅茶と一緒にということなのか、チョコレートの種類も多く、買って帰ることもできる。
前に葉月から聞いた話では、開店する時にはショコラトリーと言い、手作りチョコの専門店だったらしい。しかし、経営的に考え今のような喫茶店に路線変更をしたみたいだ。
すると葉月がそうだと、カウンターの奥から何かを用意し始める。
「試作品、見てくれないかな」
「わぁ!何これ!」
周は思わず敬語が外れた。
皿に料理があるというわけではなく、銀色のスタンドになっている。しかもただのスタンドではなく、観覧車の形をしていた。
クルクルと本当の観覧車のように回せて、とても子供心をくすぐられる。ゴンドラの部分にはサンドウィッチやシュークリームなど軽食が取れるようになっている。
「流行りの写真映って言うんだっけ?それに便乗してみたんだ。アフタヌーンティーセットなんだけど、特別に食べていいよ」
「ありがとうございます!」
来てよかった、周は心からそう思った。
「これならお客さん増えそうですね」
「だと良いんだけどねー。どうしても皆んな、ステバとかに行くからなー」
ステバとは世界規模で出店しているコーヒーのチェーン店である。コーヒーは勿論、定期的に出てる期間限定など、商品の種類がとても多いことで知られている。若い人やご老人まで、幅広い層かなら人気のある店だ。
周も友人に誘われて何度か飲んだことがあった。しかし、誘われたら行くくらいなので、回数では葉月の喫茶店の方が圧倒的に多い。
周は個人的にこの落ち着いた雰囲気の方がお店にあってると思うけどな、と思っているがそれだけではやっていけないのだろうと察して敢えて口に出さなかった。
周はゴンドラの部分からからシュークリームを取り、口に入れる。中はカスタードクリームが入っていた。
周は黙々と食べながら考える。内容は勿論、佐藤のことだ。周は深夜に起きた出来事を思い出す。
佐藤は生きることに対して、過剰な反応を示していた。周の言葉にあれほど怒りを見せたくらいだ。
自殺は決して悪いことでは無い。殺人のように誰かを殺していなければ、何かを盗んだりもしていない。
ただ、大切な人がそうなったら、とても悲しい。自ら選んだ死とはいえ、とても悲しいのだ。
悪いのは自殺に追いつめた出来事だと周は考えていた。
一体、何が彼女をそうさせたのか。
彼女は死んだら何になりたいのだろう。
「なにかあった?」
「えっ?」
葉月の声で周は我に返った。
「溜息。ついてたよ」
考えながら無意識に出ていたのだろうか。周は反射的にパッと手で口を覆う。
葉月がクスりと笑う。
「何かあると必ずここに来るよね、周君は。この間はテストで悪い点数取った時だっけ?物凄い深刻な顔で『帰りたくない…』って言ってて思わず笑っちゃったよ」
「い、言わないでくださいっ」
周は恥ずかしい話を葉月にされてつい大声を出てしまった。だが、懐かしい。そんなこともあったなと思った。
横をチラリと見るとセールスさんも笑ってる。ニヤニヤという効果音が聞こえてきそうだ。笑わないでど言いたいが、ここで話しかけたら葉月に変な目で見られるのでグッと周は堪えた。
まぁでも、と葉月は続けて喋る。
「溜息っていうのもあるけど、なんとなく元気ないような気がしたから」
とても優しい声だった。葉月はいつも周に対して優しく接してくれている。テストの時も一緒に間違えた問題を教えてくれたりもした。
周よりも年齢が離れているというのもあるが、葉月の話はいつも的確で、大人で、優柔不断な周には無いものを持っていた。
周は勝手に兄がいたらこんな感じなのかなと想像する。
この人だったら何か分かるのかもしれない。
そんなことを考えていたからなのか、周は無意識に葉月にこんなことを言っていた。
「……人は死んだら、どうなるんでしょうね」
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