2章
午前二時。周とセールスさんは美しが丘高校の一階に居た。
学校には案の定、人は誰もいないので静寂に包まれているのかと思いきや、深夜にもかかわらず木々にいるセミ達が忙しなく鳴いていた。夏の季節特有の蒸し暑い空気が漂っており、周の額には数滴の汗が垂れていた。
「佐藤さんはどこにいるの?」
学校中を探していたら丑三つ時が終わってしまう。どうにか範囲はしぼれないのだろうか。
「佐藤様はよく訪れていた場所、または好きな場所にいるかと思われます。どこか予想できますか?」
「よく訪れていた場所……」
セールスさんの問いに周は思い出す。
「美術室じゃないかな。佐藤さん美術部だし」
「なんと!そうなのですか!」
セールスさんは驚きの声を上げた。本当に佐藤の情報がないらしい。
「佐藤様は絵を描くのがお好きなのですね」
「うん。描いていると周りが見えなくなるんだって」
「嬉しいです、佐藤様の情報が知れて」
セールスさんは嬉しそうな表情をしていた。その証拠に、尻尾を可愛らしく上下左右に振っている。
「これからもっと知れるよ」
セールスさんは、はい!と嬉しそうに微笑んだ。
会話をしているうちに上り階段に着いた。この階段を上がれば目の前に美術室がある。
周は緊張していた。佐藤と会話をしたのは実質、佐藤が自殺する前日であった。しかも周は元々、佐藤と会話する機会はほぼ皆無であった。するといえば朝の時間、目が合えばおはようと挨拶する程度であった。
初めて佐藤と出会った日から周は、会話をしてみたいと思っていた。しかしながら、緊張と共にそれを実行する勇気がなかった。周は今まで女子と話すことに緊張を覚えたことがなかく、このようなことは佐藤が初めてであった。
誰にもこの気持ちを打ち明ける気はなかった。友達も藤沢にも伝えたのも、ごく最近の出来事だ。
どんな顔を、話を、したらいいのだろうか。
階段を上りながら周の頭はグルグルと回っていた。
すると篠原様とセールスさんが周を呼ぶ声がした。周はハッとしてセールスさんの方を見る。気づいたら階段は上り終わっていた。
「ルール上、佐藤様に天界や私についての情報は黙秘となっっておりますゆえ、お願い致します」
「セールスさんは美術室に入れないってこと?」
「私はここで待機させていただきます」
そう言うとセールスさんはドアの前に座り込んだ。
もし、自分が頼みを断っていたらどうするつもりだったんだろう。
もしかして最初からこのつもりで自分を頼んだんじゃ…。
多少の疑問を持ちながらも周は分かった、と返事をした。
この扉を開けたらきっと佐藤がいる。
周は覚悟を決めて扉を開けた。
電気はついておらず真っ暗な美術室が周の目に見えた。周は辺りを見渡した。しかし、佐藤らしき人は見つからない。もしかするとここではないのかと思ったその時。
美術室の窓が開いており、夏の暑さを和らげるような優しいそよ風が吹いてきた。
風になびいている、二つ結びの黒髪。
窓際からの景色を見ているのだろうか。彼女は後ろを向いている。
後姿だが周には分かった。
彼女がいると。
「さとう、さん」
周は窓際に見える少女に声をかけた。囁くような、聞こえているのかさえも分からない程の掠れた声だった。だが、周の声は少女に届いていたらしい。少女は周の方へ振り向いた。
窓際の少女は、佐藤栞だった。
遅くなってしまい、申し訳ありません。遂に佐藤さんの登場です。