第5話
本当に地震なのか?
それともさっきの異様な物体がまた、襲ってくるのか?
微動な揺れが部屋全体に響きわたる。四隅の柱がギシギシ言っている。
室内に積み上げられた金属の箱が、ガタガタと揺れ出す。
地震だ。
明らかに先ほどの現象とは同じではない。
異様な物体は襲ってこないのでは、確信はあったが、今目の前に
起きている地震に、少し恐怖を憶えた。
なぜ? なぜ、こんなに立続けに?
「…まさか?」
男は、我を忘れて、ドアの鍵をあけ、部屋の外へと、廊下へと駆け出した。
男は、私をこの部屋に閉じ込めているのを忘れているのか?
ドアを開けっ放しにして、飛び出していった。
なに? 開いてるじゃん!
逃げ出すなら、今がチャンス!
だが、この揺れが、この振動が本当にただの「地震」だと言う確証はない。
私が勝手に地震だと、思っているのかも知れない。
どうする、私? 逃げる? それとも、ここでしばらく様子を見る?
外に連絡が取れたら、と思ったが、携帯は男に壊されていた。
あっ、携帯? そう、携帯! 私は携帯を二個持っていた。
ひとつは、いつも使っていた、壊された携帯。もうひとつは、お母さんと
連絡する時に使う、重要な携帯。
私は、自分の身体をまさぐった。私が意識を失っている間に、
あの男が私に変な事をしなければ、見つかっていないはずの携帯!
制服の内側ポケットにあるはずの、もうひとつの携帯。
服に指を引っ掛けながら、取り出したもう一つの携帯は、無事だった。
つまり私は、あの男に変な事をされてなかった事になる。
だが今は、そんな事はどうでもいい。外へ、外へ連絡をしなくては!
どこへ? どこへかける? お母さんのところ? 違う!
お母さんに連絡をするのも重要だけど、今は警察!
警察に電話するのが先!
電源は生きていた。
電波は、電波は来ているの?
素早く携帯のアンテナを見る。ない。
アンテナが立ってない! ちくしょうっ!
これじゃ外に連絡とれないじゃん。
私は、気が狂ったように部屋のあちこちを歩き回り、
電波が来ている場所をさがした。室内の一角、部屋の隅の角。
そこに来た時に、アンテナがたった。
1本だけだけど、アンテナが1本、立っている。
ラッキー! 私はものすごい早さで110番した。指で携帯を操作する
早さは結構早い方だ。クラスメートとメール早撃ち競争で、
何度も勝った事がある。たぶん、私は学校で1、2を競う早さのはずだ。
でも今はそんな事を勝ち誇っている場合じゃない。
早く警察に連絡しなくては。
出て!
出てよ、早く!
電話してるじゃない!
以前、万引きで捕まったこの私が、警察に電話してるんじゃない!
出て!
出ろよ、早く!
呼び出しているのか、わからない。回線につながっているのか、
わからない。アンテナは1本だが、立っていた。電源も生きていた。
しかし、電話はつながらなかった。うんともすんとも言わなかった。
私は無性に腹が立って来た。こんなに不愉快で、イライラしたのは、
お母さんが仕事先で倒れ、救急車で運ばれた、
と連絡があった時以来だ。
あの時もつながらなかった。
お母さんに電話してもつながらなかった。119番に電話してもムダだった。
お母さんの仕事先、いろんな病院に電話しても、全然つながらなかった。
私が状況を把握できたのは、担任のハゲ山ハゲ男から連絡があった
時だった。あいつが、お母さんの入院した病院を教えてくれた。
この時は、ハゲ山の事を感謝する気持ちでいっぱいだった。
だが、ハゲ山のやつ…!
今は、そんな事、どうでもいい!
私が携帯を握りしめ、何度も電話していると、男が部屋に戻って来た。
私は、素早く携帯を隠した。私が携帯を持っているのを男に見つかって
いるかも知れないが、素早く制服の中へ隠した。
だが、男は私に全然興味をしめさなかった。
私の事を、誘拐している私の事を一瞬たりとも見ようともしなかった。
男は、疲れ、やつれたかのように歩き、ドア付近の金属製の箱の上に座り、
ため息をついた。
何? なんでよ? 私の方をなんで見ないのよ?
なんで、誘拐した私の事が気にならないの?
気に入らない! だったら、走って逃げてしまえば良かった!
こんなところでムダな電話をかけるてんだったら、
逃げてしまえば良かった。
だが、外には、部屋の外には、あの異様な声の物体が徘徊してたかも
知れない。でも、男が帰ってきた、と言う事は、何でもなかったんだ。
異様な物体は、いなかったんだ。さっきのは、ただの地震だったんだ。
地震!
そう言えば、もう室内は揺れていない。
地震はおさまっていた。
なんだ、地震だったんじゃん!
私は怒りで爆発しそうだった。
電話がつながらない事、さっきのが、ただの地震だった事、
自分の判断が甘くて、唯一逃げられるチャンスを逃してしまった事に
怒りがこみ上げてきた。
この怒りをぶつけよう!
この怒りを、あの男にぶつけよう!
私は、疲れ果てて、箱の上に座る男に言葉を投げかけた。
「…ねえ。」
だが、男は答えなかった。
「ねえ。」
さっきより強く投げかけたが、男はまるで聞こえていないかのようだ。
「ねえっ!」
投げかけと言うより、怒鳴っていた。男はようやく私の呼び掛けが
聞こえたらしい。ピクッと動き少し反応があった。
男が聞いていようがいまいが関係ない。私は男に質問を連発した。
「…化物は、あの異様な変な声の物体は、いなかったの?」
「…。」
「外で、外で何かあったの?」
「…。」
「さっきの地震、どうだったの?」
「…。」
男は全然答えない。私の問いかけを、全然聞いていない。
私は、怒りが込み上げると言うより、無視された事が非常に腹立たしかった。
思わず、思いっきり叫んだ。
「なんだよ、どいつもこいつも!もう、いいかげんにしろよなーっ!」
大きな声で叫ぶ事は、いいことだ。自分の不愉快な気分と不満を、
一気に口から吹き出せる。
だが、バカバカしい。全ての事が、バカバカしい。
******
あっ、タケル? うん、そう、私。恵里花だよ。
今何してた? えっ? 朝シャン? ははっ、タケル、
女の子みたいだね。
えっ? 何? まあ、そうだね。
最近男の子も身だしなみ気にしてるよね。
まあ、タケルはさ、そんな事しなくても、カッコいいけどさ。
えっ? 何? そう。わかってんだ。って言うか、自分で言うなよな-。
あはは。うん? そう。今度の土曜日、大丈夫だよね?
試験前だから、部活もないし。
うん。お母さんも早くタケルに会いたいって。
うん。そう。病室で寝てる。
大丈夫だよ。働き過ぎで倒れただけみたい。
…大丈夫だよ。お母さん、元気にしてるし。すぐ退院できると思うし。
そうね。えっ? 何? 秘密? 秘密って、何? えっ?
渡す物がある? 何それ? えっ? 手紙?
手紙ならこれまでいっぱいもらったじゃん。
えっ? ええっ? 秘密の手紙ぃー? 何それ? 何か変じゃん。
えっ? なに? 楽しみは、とっとけって?
ま、そりゃそうかもね。
実は私もタケルに秘密の伝言があるんだよ。
えっ? 本当だよ。
重大な、二人だけの、秘密。えっ? もちろんだよ。今日、言うよ。
タケルが秘密の手紙を渡してくれた時に、私が言う。
ウソじゃないよ。ホントだよ。
だって私たち、赤い糸でつながってるんだもん。
…何よ、笑わないでよ! えっ? だってさ、
私だって、女の子なんだからね。
本当は、しおらしいのよ。…知ってるくせに! あはは。
あっ、時間だね。バス乗り遅れちゃうね。
じゃ、後でね。学校でね。
…その日の部活の後、私はハゲ山から強化選手をはずされた。