第2話
いつもの通学電車の中。陸上部の部活が終わって電車に乗るのは、
だいたい毎日同じ時間になる。その日も、いつもと同じ時間に電車に
乗っていたが、いつもとは気分が違った。
結構不愉快だった。ものすごく不愉快だった。
部活仲間と乗っていた時は表情に出さなかったし、
部活仲間もあえてその話は出さなかった。
部活仲間が乗り換えで電車を降りて私一人になった時に、
不愉快さが湧き出てきた。今日の出来事が頭の中に浮かんでくる。
考えるのをやめようとすればするほど、頭について離れない。
そう言う物なのかも知れない。しかし、担任の奴、ハゲ山ハゲ雄の奴。
私は絶対許さない。今日のあの出来事は、絶対許さない。
そう思っていた私の顔は、とても怖く、不機嫌そうに見えた。
私の浮かない表情が、夜の電車の窓に写し出されていた。
いつもなら、「いけない、女の子なんだから、そんな怖い表情してはいけない。」
と思うのだが、今日はそうは思えなかった。
電車の窓に鏡のように写った自分の顔を、しばらくの間不愉快に見つめ続
ける。すると、何かの変な視線が、私の顔につきささっているのを感じた。
誰だ? 誰がずっと私の事を見ているんだ? 電車の窓に反射して写って
いる、私を見つめる視線の主は暗くてよく見えない。照明の関係なのか、
暗くボーッとした感じにしか見えない。
誰だ? 私にガンを飛ばしているのは? そう思って振り返ろうとした時、
携帯が鳴った。二個ある携帯のうちのひとつの携帯が鳴っている。
この音! このメロディ!
それが、先輩の、タケル先輩からの着信であった事を告げていた。
私はすぐさま携帯に出た。まだ電車の中は人で混んでいたがそんな事は
気にしなかった。と言うより、気にしている気分ではなかった。
「あっ、タケル?」
私は精一杯元気な声で、携帯に答えた。
でも、それがカラ元気である事をタケル先輩には見抜かれていた。
今日の出来事。陸上部での出来事。県大会で上位入選した私は、
インハイ目指し強化選手に指名されていた。
なんとか6人の中にはいって、上を目指すんだ。
インハイに出て、優秀な成績をおさめて、自分の『高い目標』に
向って努力しよう。お母さんのためにも、『世界』を目指そう。
そう思っていた。だが、部活練習後のミーティングで、担任の先生、
ハゲ山ハゲ雄がとんでもない事を口にした。
私は強化選手からはずされた。
はずされた理由は、ハゲ山が淡々としゃべり続けていた。
部活仲間が全員いるミーティングの席で、それは告げられた。
私の普段の素行が悪い事。過去、何度か万引きで補導された事。
部活仲間のタケル先輩とつきあっている事。そして、私が片親である事。
そんな、そんな事! みんなが見ている前で言う事ないじゃない!
みんながいないところで言って欲しかった! しかもひどい仕打ちは、
その『発表』の時だけタケルを別室に呼び出していた。
タケルは、そこにはいなかった。
そう? そう! 私より、問題児の私より、
可能性がある未来有望のタケルを選んだのね?
私の気持ちは複雑だった。私は気持ちの整理ができていなかった。
だから、たとえ、人で電車が混んでいても、たとえ、人が聞いて
いようとも、気にせず大きな声で話していた。
自分でも、声が大きいと気がついていたが、自分の気持ちを
押さえる事はできなかった。
まわりの視線を感じながら、突き刺さるような視線を感じ
ながら、自分の不安定な気持ちを、タケルに打ち明けた。
携帯を切ってもしばらくの間、突き刺さる視線が続いた。しかし、
その中で、ひときわ、暗く重い視線がずうっと突き刺さる。
誰だ? 誰が私の事をずっと見てるんだ?
その時、私は思い出した。さっきから、携帯が鳴る前から、
ずうっと私を見ている奴がいた。
電車の窓に写っていた、ボーッと暗く写って良く見えない奴だ。
私は、自分の怒りをぶつけるちょうどいい対象だと思い、
勢いを込めて、力強く振り向き、口を開いた。
「なに? 何よ、あんた!」
そいつは、私を誘拐した、あの男だった。