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企画参加短編

あくまで、元・営業課ですから(冬童話2018 ifマッチ売り)

作者: 壱宮 なごみ

★もしも「マッチ売りの少女」が転生者だったら★

※ 冬の童話祭2018参加作品 ※

 夜遊びした罰である。

 それが、社会人2年目・26歳になって間もない「私」の脳内で、最後に再生されたテロップだった。


 ***


「マッチはいかがですかー……」

 我ながらやる気のない声だと思う。だって寒いし、声なんて張れないし。こんな雪の中、こんなみずぼらしい格好で立ってるだけ偉いわ、マジで。母親の形見だか何だか知らないけど、こんなぶかぶかの靴じゃ雪避けどころか、靴の中に雪溜めながら持ち運んじゃうっつーの。


 まさかおとぎ話の世界に飛ばされて生き返るなんて、思ってなかった。しかも軽く15歳くらい若返ってるとかヤバすぎない!?

 あーあ、修学旅行もう一回行きたーい。あの夜、隣のクラスの杉本くんに告白できなかったのよねー、もう一回行けたらコクるのにー! ……って、そうじゃないのよ。問題はそこじゃないのよ。


 てゆーか、意識失う前の「私」は、単独営業で初めて大口の契約が取れて、それはまぁ嬉しくて嬉しくて舞い上がった。で、前々から気にいってた後輩くんと飲みに行って、酔っちゃったから彼の家に泊まって(まぁ室内の出来事に関しては想像に任せるけど)、朝帰りの途中、なんと手配中の通り魔に遭って、身体の真ん中をグサリ。だからもう目覚め悪かったのなんの。

 幸いなことに刺された時の傷も痛みも残ってなかったけど、私を叩き起こしたオジサン(多分、この世界の「私」の父親)が酒臭くてホント無理。しかもここだけの話、苦手な営業部長に激似だったからドン引き。おまけにその顔で「早くマッチ売って稼いで来い!」なんて言われたから、その辺にあったボロいフード付きマントと大量のマッチが入ったカゴだけ持って、飛び出してきちゃった。


 はい、回想終了。問題はここからね。この世界が私の知ってる『マッチ売りの少女』のストーリーに沿ってるなら、せっかく通り魔バッドエンドから奇跡の転生ルートに進めたのに、凍死バッドエンドを迎えることになる。今晩で命が尽きるなんてイヤ。15歳も若返ったんだから、もう一回10代ライフ謳歌したい! だったらやることは一つ。カゴに入ったこの大量マッチ、高値で売りさばいてやろうじゃないの!

 

 とか意気込んではみたものの、確かマッチ売りの少女には味方とかゼロだったのよね……。どうやったらバッドエンド回避できるかなぁ……。唯一優しかったのは、おばあちゃんだっけ? でももう死んでるんだっけ? ……あー、最後に少女の魂迎えに来るとかそーゆー感じだったわ。それって、おばあちゃんの姿見えちゃったら凍死エンド確定ってことじゃん! ダメダメ、自力で何とかしろってことね……はぁ、憂鬱。

 何がそんなに憂鬱かって、周りがみーんな新年迎える準備してワクワクムードかもし出してるのに、私だけマッチ売らなきゃいけないこの状況。周りが浮き足立つプレミアムフライデーに一人だけ残業させられてる感覚と一緒でマジ萎える。はいはい、どーせノルマに1件届きませんでしたよ、無能な私が悪いんですー。

 

 でもちょっと待って。この世界って、私が生きてた現代日本より法規制ゆるくない? 押し売り商法イケる? てかクーリングオフとか存在しないんじゃね!? 売買契約成立させたらそれでオッケーってこと!? え、もしかしてコレ……営業担当だった私にとってはデキレースだったりする!?


「……なんだ、だったら超楽勝じゃん」


 思わず(悪者っぽい)笑みがこぼれてしまって、俯きながらフードで隠した。


  ***


「あっ、あの家にしよう。お金持ってそうだし」


 さーてと、飛び込み営業ならあっちの世界で結構やらされたのよ。営業課2年目をナメてもらっちゃ困るわ!

 チャイムを鳴らせば、奥さんがドアを開ける。その瞬間を狙って玄関に飛びこんだ。向こうの世界より一回り小さくなった私の身体は、開けられたドアの隙間からスルリと入れた。


「こんばんは! 奥さま!」

「まあ何なのアナタ!? そんな恰好でウチに入るなんて、」

「突然すみません。今、お宅にマッチは何本ございますか?」

「えっ、マッチ?」


 よし、掴みはオッケー。私は服についた雪をササッと払って、ぺこりとお辞儀をした。


「みずぼらしい作業着での訪問をお許しください。実は私がカゴに入れているこのマッチ、先ほど出来上がったばかりなのです。一刻も早く街の皆様にお届けせねばと、急ぎやって来た次第です」

「よくわからないけど、マッチなんて腐るほどあるし、間に合ってるわ。ウチは結構です」

「腐るほど、ということは、既に湿気ているかも知れませんね。いつ頃ご購入された物ですか?」

「い、いつだったかしら……でも、要りません。山ほどあるのに変わりはないわ」


 しぶといなぁ、しょうがない。もうちょっと攻めるか。

 てゆーか、突然家に飛び込んできた私をつまみ出さないで話を聞いちゃった瞬間に、売買契約成立に持ってかれたも同然なのよ。目を付けられちゃって、ご愁傷さま。


「今年の12月は例年より冷えますね。聞いた話では、3月まで寒さも長引くようです」

「それが何よ、早く出てってちょうだい」


 あーあ、その応答じゃダメだよ奥さん。要らないと思った瞬間にきちんと断らないと、私の生きてきた世界では高価な壺とか絵画を買わされちゃうんだから。

 まぁそれに比べたら、私が売ってるのはマッチ(=消耗品)だから、まだマシか。


「奥さま、私は理由もなく今夜やって来たのではございません。寒さが長引くということは、今後マッチの価格が大幅に高騰するということです。ご家族含め、1日にマッチを何本すられますか? 暖炉、室内灯、ロウソク、個室のストーブ、旦那さまのパイプ、祝い事にはキャンドルも欠かせませんね。そして、必ずしも全てのマッチがすれるとは限らない……先ほど申し上げました通り、お手持ちには既に湿気ている物も少なからずあるでしょう」


 営業で学んだこと。消費者と契約を結ぶということは、「あちらの危機感や必要としてる物」と「こちらの提供できるもの」を結ぶということ。だから、買う意思を持っていない相手に対しては、まず危機感を煽る。マッチが必要になる瞬間をイメージさせて、今を逃せばマッチを入手しづらくなる未来を想像させる。


「越さねばならない冬は、3ヶ月……あと90日続きます。その期間を凌ぐ本数を、本当にお持ちでしょうか。仮にここでのご購入を見送られたとして、2月頃に不足を訴えられても、大変心苦しいですが、恐らく現在の価格では提供しかねるでしょう。マッチ作りに欠かせない良質な木材も、今年のように厳しい冬では入手しづらいですから」


 奥さんが不安げな瞳で言葉を詰まらせ、私は「勝利」を確信した。

 そう、これは貴女たち家族のためを思っての提供なのよ。だから買っても損は無いでしょう?


「私の作業場から一番近所にこちらのお家があったのでお邪魔しましたが、もし充分な本数をお持ちであるならば、他のご家庭を優先させていただきます。冬の寒さはどのご家庭にも等しく訪れるので」


 ダメ押しに一礼して、ドアを開ける。雪を乗せた風が丁度良く吹き込んできてくれて、心の中でガッツポーズをした。


「……お、お待ちになって!」

 


 ***



「あっははは! マジでチョロ過ぎだわー。さすが童話のふわふわ住民って感じ?」


 金貨・銀貨・銅貨が数枚ずつ入った巾着と、空っぽになったカゴを持って、私は雪の街を歩いていた。超寒いから家に帰りたいけど、営業部長似の酒臭いオジサンに暴力ふるわれて稼ぎを根こそぎ奪われるオチは見えてる。それに、どの道『マッチ売りの少女』では凍死エンドなんだし、家に帰らなかったからって問題ないはず。

 ちょっと裕福そうな家に飛び入り営業する作戦で10件近く回り、その全てと売買契約を結ぶことに成功。つまりマッチは完売、しかも話の流れでマッチの価値を盛り過ぎってぐらい高めちゃったから、原価(が一体いくらなのか知らないけど、たぶん)の何倍もボロ儲け。私は無一文を脱却したのだ。

 このまま家出するのは決定として、何処に身を寄せるべきか。さすがに「ピチピチの10代前半です!」って自分を売り込むのは、たとえ法に触れなかったとしてもイヤだしなー……。


「……あ」


 どうやら神様は、凍死バッドエンドを回避した私に、ご褒美をくれたみたい。通りの向こうに見えた建物――雪の中でもキラキラとステンドグラスを輝かせる教会――を目指して、私は駆け出した。


 ***


 コンコンコン、叩いてみると、扉の向こうからシスターが現れた。口元にパンくずがついていらっしゃいますよ、聖なる年末にはパンと葡萄酒だったっけ? 聖職者ってホント、良いご身分ですこと。超うらやましいんだけど。


「まぁ、こんな時間にどうされたんですか?」

「父に家をおわれて……あの、ここで働かせてください……眠る場所がいただければ、他は何も……」

「あらあら、外は寒かったでしょう。早く中へ」


 え? 聖職者って、こんなお人好しなのに高収入なの? 私みたいな得体の知れない子供も受け入れちゃうなんて、(私の立場で言うのもアレだけど、)不用心過ぎ。手グセの悪いヤツにすぐ騙されて、教会にある貴金属とかソッコーでパクられちゃうんじゃない?


「雪がマントに積もっているわ。さぁ、火のそばへ」

「どうも……」

「今、ハーブティーを用意しますね。温まりますよ」

「ありがとう、ございます……」


 なるほどね、前言撤回。この人たちってお人好しすぎて、逆に悪人が拍子抜けするんだろうなぁ。正常な人間の心理をうまく突いてる。

 雪をはらったマントをひざ掛けにして、私は暖炉の傍に腰かけた。これでとりあえずは、あったかい場所で新年を迎えられそう。


「ところで、お嬢さんには帰る家がないのですか?」

「はい、まぁ」

「でしたら、住み込みで働いていいですよ。ただし、神様の教えをきちんと守り、日々、たくさんの人々にお伝えして差し上げるのです。そのお手伝いを頼まれてくれますか?」


 ……そーゆーことか。信者っていうのは総じて盲目ってやつ? 同胞には甘々で、そうじゃない者に対してはひたすら説教をするワケね。教会を頼ってやってきた「私」は、同胞として取り込まれることが確定ってことみたい。


「……わかりました」


 別に私は唯一神の存在を信じてるワケじゃない。どっちかっていうと八百万(やおよろず)の神がいる方に一票入れたいかな。

 でも、だからって元・営業課のスキルと度胸をナメてもらっちゃ困るわ。要は、トークマニュアル覚えて信者増やせばいいんでしょ? そんなのお手の物よ。さっきもそれで安っぽいマッチを高値で売りさばいて来たんだし。


「神様のお言葉、一生懸命勉強します!」

「良い心がけです。明日、新年の祈りを一緒に唱えましょうね」

「はい」


 こうしてマッチ売りの少女こと私は、宣教師見習い(教会に住み込み契約)になった。衣食住はなんとかなったけど、10代ライフをエンジョイするにはまだお金が足りないから、別途で稼ぐ方法も考えなくちゃ。

 お布施をくすねたらさすがにバチが当たりそうだし……あ、そうだ。信者増やしてきたらお小遣いもらえないか交渉してみようかなぁ。


 そんなズルいこと考えながら「神様の教え」とやらを頭に叩き込んで、一人前の宣教師になった私が、布教目的と称して他国へ旅立ち、コツコツ貯めていた個人貯金(ヘソクリ)で豪遊しまくったのは、また別の話。



 ― 終わり ―

読破ありがとうございました!

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[一言] 読ませていただきました。 コメディ小説も書けるのですね! マッチ押し売りの少女、面白かったです。笑 個人的には、訪問販売の下りをもっと読みたかったです。 次回作も期待しています……!
[良い点] 面白い! というかスゴい! その発想はなかったです。 営業課ってスゴイな……。 ハッピーエンドだったので、なるほど、こんな風にオチをつけるのかと勉強になりました。
[良い点] とてもおもしろかったです!ドタバタ転生コメディをマッチ売りの少女に落とし込む発想がすごいです。 そして、こうオチをつけるのかと。最高の王道コメディでした。
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