1.歪とその主
私、桐崎天音は学校帰りにお気に入りの本屋へと足取り軽く向かっている途中だ。
大通りはそろそろ冬めいて来ていて、肌寒い。
「今日はいい本に出会えるかなぁー」
と呟いたところで一人だから返事は無い。てか、あったら怖い。
何故本屋へと向かっているかと言いますと……私はどこにでもいる様な平凡な十六歳の女子高生なのですが、自他ともに認めるファンタジー好きでして……今日もファンタジー作品を求めて本屋へと向かっているのです。
いつかファンタジーの世界へ行きたい!……と言うか何でファンタジーの世界に生まれてこなかったんだ私!と言うのが口癖である。……友人達には苦笑されるし、この点はちょっと平凡では無かったかもしれない。
そして、ふと路地の奥を見た時だった。夕暮れ時の薄暗い路地の奥に、半透明にうっすらと輝き揺れる影の様なものがあった。
「ん?あれは……何だろ?」
と路地の奥へ目を凝らす。
普通なら気味が悪いとか怖いだとか思うんだろうけど、私にはとても興味深いものだった。だからそれに興味津々に近づいた。
「不思議だなぁ……何これ超常現象?……ちょっとだけ触ってみてもいいかな?……これでファンタジー世界に行けたら面白いのになぁ」
この世界は物語の中だけではなくて本当にどこかでファンタジーな世界、つまり異世界に繋がっている部分があると良いなぁと日々妄想していたので……これにも目をつけました。繋がってないかなぁーと。
「まあ、そんなわけないだろうけどねー」
と理解はしているが手を伸ばした。
フワフワと揺れる影に触れると、何かを掴めた。えっ?と思っているとその影は人の形になり、更に私を驚かせる。
驚いているとその影は眩く光だし、逃げる間もなくその光に引きずり込まれた。すっごい勢いで身体が引きちぎられるのではと怖かった。
次に私が見たのは山脈に囲まれた大草原でした。季節は春の様だ、爽やかな風が吹く。そして身体はちゃんと無事。……しかし、明らかにここは日本ではない、よね。……まさか、まさかの……トリップというやつをしてしまったのだろうか?と思案していると自分が何かを掴んだままな事に気付いた。
視線をその先へと向けると……そこにはとてつもなく不機嫌そうなオーラを纏った淡い茶髪に緑の目の長身な青年がいた。……おお、美形である。
……なんと、この青年はいかにもなファンタジーな格好をしているではないか。腰に剣まで下げている。多分地球じゃあこんな人は居ないなぁ。と思っていると青年が話しかけてきた。
「……いい加減、離せ」
と青年は私が掴んでいる自らの袖口を示す。あれ?外国の人っぽいのに聞こえたのは日本語だ。
てか、そうだ……掴んだままだった……。うっかりしていた。
「ご、ごめんなさい」
と慌てて青年から手を離した。だが、依然として青年は不機嫌である。……何が気に障るのだろう。ちょっと怖い。
沈黙が続く。……この状況どうしたら良いのだ?……とにかく辺りに人はいないので、この青年を頼る他ないか。でも武器持ってるし、機嫌が悪そうなのに下手に刺激をするもマズイ……。緊張に汗が流れてきた。
「……お前は、異世界の者だな?」
と青年は言う。
「は?」
としか言葉を発せなかった。それ程驚いたのである。確かに青年からしたら、多分私は異世界人だ。だけど何故それが分かるのか。
「……もう一度言う。お前は異世界からここへ来たんだな?」
と面倒くさそうに青年は繰り返す。更に眉間に皺が寄ってますよ。
「は、はい。多分……ここは地球じゃないんですよね?」
「ちきゅう?……この世界はグロワールだ」
グロワール……聞き覚えは無い。知っている物語の世界とかでは無い様だ。それにちょっと惜しい様な、ほっとした様な気分になる。
「えっと……何で私が異世界から来たって分かるんですか?」
と思っていた疑問を慎重にぶつけてみた。
「……俺のせいで、お前がこの世界へ来たからだ」
と青年はその長いまつ毛を少し伏せた。……美形のその破壊力ったらないわー。って、は?この青年のせいでこの世界へ来た?何が何だか。
「えっと、説明してもらえますか?」
と分からないので聞いた。本当に早く教えてくれ。もうかなり混乱しているのだよ。
「……この世界は力……魔力とかだな……それが強い者が極々稀に、その力の強さのせいで異世界へと繋がる歪を作ってしまう。……そしてお前は不本意ながら俺が作ってしまった歪に引っ掛かってここへ来た訳だ」
と本当に不本意そうだ。青年にとっても不測の事態なのだろう。言わば事故のようなものか?
それにしても、本当にあったのか!異世界へと繋がる部分!と頭の中で騒ぐ。
この青年が歪を作っちゃったねぇ。……そうか!
「あの影は貴方だったんだ!」
「影?……歪がそう見えたのか……とにかくここに突っ立っていても仕方が無い。お前は歪を作った俺が保護する事になるからとりあえず街へ戻るぞ」
と青年は何かをしようとる。
が咄嗟に、ちょっと待って保護って何?と青年に聞いた。すると青年はこの世界の規則で歪により異世界から来てしまった人をその原因の歪を作った者……歪の主が保護して面倒を見る事になってる。と面倒くさそうに教えてくれた。
へー。って事は結構この世界へ来てしまう人はいるのかな?……とりあえずこの青年が保護してくれる様で一安心だ。……このまま異世界で見捨てられたら野垂れ死んでしまう。だから私は安心して青年にありがとうと言った。
「……異世界に来た原因にありがとうか……変な奴だな」
と青年がくすりと笑った気がした、がすぐに不機嫌に戻る。惜しいな……笑ってた方がカッコイイのに。
「それもそうなんだけど、これから保護してくれるんでしょ?だからありがとう、なの」
「……そうか。じゃあそろそろ街へ移動するぞ、この陣へ入れ。瞬時に街へ戻れる」
となんと青年は足元へ魔法陣を出現させたのだ。夢にまで見た魔法の産物が目の前にある……それに私は感動した。この世界には魔法があるのか!と。
どうやらこの青年は魔術士なのか……剣を下げているからてっきり剣士系だと思っていた。それとも魔法剣士というやつか?と考えてると、青年に早く入れ。と急かされたので慎重に陣の中へ入った。……初めての魔法でちょっと怖かったのだ。
そして魔法による眩い光に包まれて浮遊感がしたと思ったら、どこかの街の路地の様な所へ来ていた。
本当に魔法で移動してきたらしい。……移動の魔法とか……この青年は本当に何者なんだ?それともこの世界では標準的な魔法なのか?
「とりあえずギルドへ行くぞ。諸々の説明はそこでの手続きの後でする。付いてこい」
と青年はスタスタとどこかへ向かって歩き出した。
「え?……待って、待ってよ!」
と慌てて青年を追いかける。ここで置いていかれてはたまらない。歩幅が違うから付いていくので精一杯でせっかくの異世界の街を見回す暇もない。見えるのは石畳と青年のみだ。
しばらくして青年はある大きな建物に入った。その建物の看板には見た事の無い文字が刻んであった。が、不思議と読めた。冒険者ギルドと書いてある。何故ここなのだろうと考えるが、青年が既に入ってしばらくする為急いで中へ入る事にした。
中は本当に良くあるファンタジーのギルドって感じをしていた。ロビーでたむろする冒険者達に、受付のカウンター。その奥には食堂でもあるのか、いい匂いがする。
青年はカウンターの中にいる男性と話をしていた。
「……という訳で、登録をしてくれ」
「お前さんも遂に来たか……この子かい?」
と男性はカウンターに近づいた私を見た。
「…………とにかくさっさとしてくれ」
と青年はイライラしている様だ。頻りにカウンターを指でトントンと鳴らしている。まだ不機嫌なんだなぁ。
「へいへい。相変わらず機嫌がわりーな……怖い怖い……」
と男性はカウンターから何やら書類の様なものを取り出し、書き始めた。さっき青年が登録とか言っていたからそれの書類かな。何の登録なんだろう?
「ほい、後はお前さん達の署名だけだ」
と男性は先ず青年に書類を二枚差し出した。それに青年はサラサラと署名をして、私へと差し出してきた。
「ここへ署名しろ」
と青年は二つの空欄を示す。
書類を見るとこれまた知らない文字で、異世界人の保護申請と書いてある。本当に読めるのが不思議である。……読み進めようとすると、中々署名しない私にイラついた青年に急かされて、一枚目の冒頭しか読めずに慌てて二枚のどちらにも署名する羽目になった。怖いんですけど。
「ほい。お疲れさん。これでお嬢ちゃんの異世界人としての保護申請と冒険者ギルドのメンバーとしての登録完了だ。ようこそ!」
と男性は歓迎の意を示してくれた。
……異世界人としての保護申請はいい。……だが今、冒険者ギルドのメンバーへの登録と言ったな?……書類を改めてよく見ると、二枚目には冒険者ギルドへの登録と書いてある。……騙されたのか!?
「メンバーへの登録ってどういう事?」
と青年をジロリと睨んだ。青年は怖いが今は騙された怒りの方が強い。
「どういう事も何も、そのままだ。お前も冒険者の一員になったという訳だ」
と何処吹く風だ。……騙しておいてこの態度かコノヤロー。
「保護してくれるだよね?……それが何で冒険者ギルドのメンバーにならないといけないの?」
と不満をぶつける。……嫌な予感がしてきた。
「働かざる者食うべからず、だ」
と当然の様な態度だ。……正論でもあるが腹立たしい。そして、ある事に気付いてしまった……。
「それって……魔物とかと戦うの?」
と声が震えていたかもしれない。何だか血の気も引いてきた。寒い。
「そうなるな」
「……保護の意味は!?危ないじゃん!!」
とつい叫んでしまった。だって魔物と戦うなんて……ヤバイではないか。それに無理だ。本当に無理無理。怖い。怖すぎる。勘弁して欲しい。
「危なくない様には守ってやるから、働け」
と働け、の部分を強調された。
「いやいや……そもそも私、戦った事ないし、戦闘力も無いよ!」
「ちっ……それもなんとか指南してやる……」
と更に不機嫌だ。
「指南してもらっても……私ただの一般人だし……そう戦えるとは……」
と粘って抵抗してみる。ファンタジーには憧れているが、実際には戦いはご勘弁である。世界観に憧れているだけなのだ。
「お嬢ちゃん、大丈夫だよ。異世界人にはねぇ、大概強い魔力や何かしらの力が備わっているものさ。見たところお嬢ちゃんも魔力が強い様だ」
とカウンター内の男性が割り込んできた。
「へ?……私に魔力!?本当に?」
「かなりある様だな」
と青年。
「うわー!!やったー!!」
と先程の事も忘れて私はぴょんぴょんと飛び跳ねた。それ程までに魔法は長年の憧れなのだ。それを使えるかもしれないとなると喜ぶしかないではないか!だって魔法だよ!?魔法!!
「という訳だ。戦えるだろ」
とその喜びは青年に水を差されて終わった。そうだった……魔法も戦闘力に入りますよね。しかも強いんですよね。はーぁ……。
「……でも、怖いんですけど」
「慣れれば楽なものだ」
とサラリと言う。
「お前さんレベルなら、だけどなぁ……」
とカウンター内の男性が呟いたが私には小さくて聞き取れなかった。
「とにかくこれから色々説明してやる……一室追加で借りるぞ」
「あいよ。まいど!」
とカウンター内の男性は青年に鍵を渡した。部屋を借りるとは、ここは宿屋とかも兼ねているのだろうか?
「ボサッとしてないで付いてこい」
と青年は歩き出す。置いていかれると困るので、また急いで付いていく。やっぱり歩幅差が酷い。
どうやら二階へと上がる様だ。狭い階段を登る。上がる度、階段がキシキシと鳴った。
そして青年は二階の奥の方の一室へ鍵を開け、入っていく。私もそれに続いた。