cord.36 火竜
ルーティの前に現れたセフィラは小さく頷いた。
「これから、どうするつもり?」
「ディクタティアの解放です。3ヶ国…いいえ、解放されたクロウカシスを加えた4ヶ国でディクタティアへ行き、新たな国を立ち上げます。王の居ない自由な国を。クロウカシスの国の再生も皆の手で。その後、兵の廃止を。憎しみからは憎しみしか生みません。その連鎖を断ち切ります。」
「…見た目によらず強引なことするね。」
「長年続いて来たものを壊すには、こうするしかありません。落ち着いたら私はこの国の王も辞めるつもりですよ。多くの民を殺めた者の、けじめとして。リオンは自国、チャカの炎の街ヴァルガへ帰るそうです。レイルは大樹の側の村…アルバへ行くと…。そこで研究を続けるそうですよ。ミトはまだ悩んでいるようでしたけど。」
それを聞いてルーティはセフィラから視線を外し、そう、と短く返す。
「…国を潰す………世界的規模で決定された事だけど、貴方達はとんでもない事をした。処罰が下される可能性は低いにしろ…あるかもしれないって事を覚えていて。それは貴方かもしれない、みんなかもしれない……ジーク1人かもしれない。そして、カインを救ってくれて…ありがとう。あたしに貴方の感情はないから…本当に、助かったよ。あいつはあたしの大事な仲間だから。」
ルーティの言葉にセフィラは深くお辞儀をした。そして満面の笑みで答えた。
「私は…私の出来ることをしただけです。生きて欲しかったから。それが結果的に貴方の気持ちを救う事にもなったなら…良かった。」
「…とんだお姫様だよ、貴方は。」
ルーティはセフィラの前に跪く。そして決意に満ちた表情でハッキリと告げた。
「グラッドブレイカーとして、より良い世界の為。これ以上苦しみを増やさないよう、誠心誠意尽力させて頂きます!」
「ジーク、カインとはいいのか?」
屋敷の中庭で伸びをしていたジークにミトは声をかけた。そんなミトに、おう、と短く返事をすると手を下ろす。
「あの、俺…俺、帰ろうと思う。俺の故郷に。そこで俺に出来る事を探してみようと思うんだ。今まではジークに憧れて、ジークに着いて行けばいいって思ってた。でも…それももう卒業だ。」
そんなミトの言葉にジークは驚き、そして安堵した。
「……そっか。いや…正直驚いたよ。お前からその言葉を聞けた事にな。迷ってたんだろ?これからどうするか。」
「…あぁ…俺、今まで本当にジークに着いて行ってばっかで…自分の意志を持って何かを成し得た事ってないからさ。ディクタティアの件だって…この流れになったから、な訳だし。だから、俺…。」
「止めねぇよ。お前の意志だ。胸張って進めば良いんだよ!それでどんな結果が着いて来ようが、それは全てミトの力になるから。だから進め。迷って悩め。喜び泣け。時には立ち止まって休んでみろ。それさえも…進んでいる事に変わりはないから。」
そんなジークの言葉にミトは涙を流した。
「本当…!かっこいいよジークは…!やっぱ…俺の憧れだ。でも…離れてたって相棒だって事に変わりはないからな!!だから…ジーク、お前も迷って悩んで、喜んで泣きなよ。人前で泣く事覚えた方がいいぞ〜?」
「な…!言ったなこいつ!」
笑って逃げるミトを、ジークもまた、笑顔で追いかけた。
「…で?お前ぇは調査を続けるっつってたけど、当てはあんのかよ?」
「……手詰まりではあるがな。しかし…この旅で得た情報もある。それを無駄にはせん。」
リオンが椅子に豪快に腰を掛けながら、窓際に立つレイルに声をかける。レイルは中庭からリオンへ視線をずらして静かに言った。
「すまなかったな、付き合わせてしまって。」
「っだよ急によ。そういう話になったじゃねぇか。あん時助けてもらったのは俺なんだ。」
「…そうだったな。」
レイルは空を見上げた。あの日はこんなに青い空ではなかった。あの日は…そう、燃えるように赤い空だった。
ヴァーデルを殺してすぐ、レイルは家を出てチャカとウラノスの間にある小さな島へ行った。その頃にはもう、レイルに悪魔の声が聞こえなくなっていた。そこの大陸の中央にそびえ立つ大樹。その大樹の根元に降り立つ。
「…何だ…?森が…。」
騒がしかった。侵入者を拒むような何かを感じ、レイルは辺りを見渡しながら大樹に近寄る。すると突如火の魔力を感じ、レイルの目が見開かれる。気配がした大樹の裏側へ駆けるとそこには小柄な赤髪の人間が蹲っていた。その人間の側の植物は焦げており、所々からは炎が上がっている。近づくな、とでも言っているのだろうか。その人間からは火の魔力が噴き出していて、近づける状態ではなかった。
「…お前は……?」
そのレイルの問いかけに、人間は少しだけ顔を上げた。前髪の間からは緋色の目が伺える。すると先程までとは比べ物にならないほどの魔力が溢れだす。レイルは咄嗟に後ずさった。
「る…な…来るな…!!」
「わ、分かった…!分かったから魔力を出すのをやめるんだ…!それだけの魔力を放出し続けるのはお前の命に関わる!!」
ハッキリと来るなと聞こえた男の声。少年はただ、光る目でジッとレイルを見ていた。それも束の間、突然魔力の放出が止まると少年は崩れるように地面へ倒れた。レイルは慌てて少年の元へ駆け寄る。少年の呼吸は浅く、体は熱を帯びていた。レイルは少年に魔力を少量分けると森の奥へ運ぶ。大樹から少し離れた所に立ち止まり、土を操る。腐葉土を作り草木の成長速度を上げ、小さな家を作り上げた。その中に少年を寝かせる。よく見ると思っていたよりも小さい。こんな子供が来るような場所ではなく、レイルは疑問を抱いていた。側の泉の水で濡らした布を少年の額に当てると小さな音を立てて湯気が上がった。
暫くして少年が目を覚ました。少し離れた所に座っていたレイルが少年を見る。
「…起きたか?」
「!!あ…あぁ…!来るな…!!来るなぁぁ!」
頭を抑え、目を見開き悲鳴に近い声で叫ぶ。そんなレイルは部屋の端まで下がると静かに言う。
「…すまない、ではここから少し、話をさせてくれ。ここはあの大樹の側だ。倒れたお前を見過ごせなくてここへ運んだ。安心しろ、お前を連れ去るつもりはない。」
「倒れた…?大樹…?…違う…!……した…!俺が…!殺した…!!」
首を振ってそう泣き叫ぶ少年に、レイルはどうすればいいか分からなくなっていた。外は赤く染まる。不気味な程に赤かった。あの瞬間が…ヴァーデルを殺したあの瞬間が頭をよぎり、レイルは首を振る。
ー忘れろ、あれは、忘れるんだ。あれは私ではない、私のせいではない…!ー
「…何か…話してもらえないか…?」
「や、やめろ!!やめろ…!!来るな!俺に関わるな!!」
突如魔力が噴き出し、部屋中が熱気に包まれる。レイルは慌てて立ち上がった。緋色の目でレイルを捉えると涙を流し、尚も叫び続けた。
「来るな!!来るなぁぁぁぁ!!!」