cord.35 解放
「はっ…!」
目を覚ましたカインは胸に手を当てる。その手に包帯が巻かれているのを確認すると、体を起こさず辺りを見渡す。
「…ここ…は…。」
小さく呟いたカインは、部屋の扉が開くのを静かに見つめた。ジークは花瓶を抱えて俯きながら部屋へ足を踏み入れる。
「…ジーク…。」
カインが小さく呟くのを、ジークは聞き逃さなかった。ハッと顔を上げるとジークは安心した表情を見せる。そのまま目を瞑り小さく笑うと、扉の横の棚に花瓶を置く。そしてカインの隣の椅子に腰を掛けた。そんなジークを見て、カインが口を開く。
「……俺は、どの位眠っていた?」
「…丸2日、眠っていたよ。で、やっぱ気持ちは変わりそうにないか?」
部屋の隅に結界を張られて置かれている神剣、ゾークルーセントを見て、ジークが言う。そんなジークの視線を追い、カインも体を起こして隅に目をやる。
「……結界を解け。」
ジークを見ずにハッキリとそう言うカイン。ジークは頷くと席を立ち、ゾークルーセントの前に手を翳す。その手にもまた、包帯が巻かれている。少しして高い音が響き、ゾークルーセントの結界が解かれた。それをカインへ渡すと、ジークは何も言わずにまた椅子へ腰をかける。
「……命ずる。我が名の下に契約の解除を。」
瞬間、ゾークルーセントからドロドロとした魔力が溢れ出る。
「ジーク!この魔力は!!何があったの!?」
ルーティは声を荒げて扉を開く。その後ろにはエレメンツの4人も居る。部屋の様子を見てルーティは目を見開いた。
「カイン!!あんた何やって…!?」
「ルーティ。こいつは何だ。」
その魔力に包まれてカインは静かに言った。
「それは、私が言うべきであろうな。それは傲慢の悪魔。カイン・リート、お前は昔私が呼び覚ましてしまった悪魔に取り憑かれていたのだ。」
そのドロドロの魔力は次第に薄れて行き、部屋から消えていった。
「…どういうことだ?」
「セイト・グレス・ローダンセの体に取り憑いた傲慢は、セイトの死により眠りについた。しかしその魔力の残る場へ、顔を出したな?そこで神剣を器とし、傲慢が体へと入ったのだろう。」
「…人は皆、悩みや不安、怒りや憎しみ…色々なものを抱えて居ます。心が不安定な時、強大な魔力は人を飲み込みます。しかし悪魔が器に選ぶ者は、それ相応の魔力を内に秘めて居る者なんです。そうでないと、悪魔の魔力が溢れ出し、その者が人間である事を保てなくなりますから。形のない悪魔にとって、器とそれを出す物が必要なんです。」
カインはそれを聞くと小さく舌打ちをした。そして成る程な、とだけ返した。
「悪魔は一定の期間で眠りにつく事が分かっている。その条件はまだ調査中だが、既にジークの身体からは魔力を感じん。あの場で悪魔がジークを離れたか、ジークの中で眠りについているのかは、今の私達に調べる余地はないのだ。そしてカイン・リート、お前が神剣の副作用で自身の魔力が不安定になったのを良い事に、傲慢は出てきた。が、器とした神剣との契約を解除した事により気配が消えている。とは言え、多少の魔力はまだ残っているがな。」
「……俺は……変わっていたのか。どうりで。」
「私達は今後その悪魔の調査を続ける。生み出す方法があるなら、消す方法もあるはずだからな。」
レイルの言葉に、ジークは深く頷いた。
「…この剣は誰の目にも触れないよう、俺が処理しよう。同じ過ちを繰り返さないためにな。」
カインの言葉にセフィラは笑顔を浮かべた。そんなセフィラに気がつくと、カインは顔を逸らした。
「…セフィラ・トーン、世話になったな。すまなかた。」
「…!ふふ、いいえ、私に出来る事をしたまでですよ。さて、落ち着いた事ですし、こんなに大勢で押しかけたら疲れちゃいますから、私達は失礼しますね。何かあったら呼んで下さい。」
セフィラが小さくお辞儀をすると部屋を出ていった。それに続いてリオンとレイルも。ミトが俯いているのを見ると、ルーティは何も言わず静かに部屋を出て行く。
「……何か言いたげだな。」
そうカインに言われ、ミトは顔を上げ、ジークの側へ歩み寄る。
「…カイン、お前をここまで苦しめてしまった。悪かった。」
「俺からも…!ごめん。」
そんな2人の言葉にカインは目を見開いた。
「……ふ…何を言うかと思えば。今更何を言われても何も変わらない。俺はお前らを許す事はないだろう。だが、認める。言い分も、実力も。」
ジークとミトは静かに顔を上げる。その目に映るカインは笑っていた。
「迷惑を掛けたな。」
その言葉に2人も笑みをこぼした。
暫くして2人はカインの部屋を後にした。と、ジークが部屋を出る時、カインはジークを引き止めた。ジークはミトを先に行かせると、扉を静かに閉める。
「…ジーク、情けない姿を見せてみろ。その時は絶対に負けない。」
「はは…!何を言うかと思えば…!分かってるよ、俺はこれからも、大勢の命を背負って生きて行かなきゃなんねぇからな。…情けない姿なんて…見せれないよ。」
ジークは天井を見つめて言った。そんなジークに、カインは真剣な表情で問いかける。
「……あいつは、セイトは………苦しんでいたか。」
ジークはカインを見つめると小さく笑った。
「……いいや。最期の魔力から、感謝の感情を受け取ったよ。」
「…………そうか。」
カインは目を瞑る。穏やかな表情だった。
「俺が悪魔に取り憑かれたのは俺のせいだ。だったら、あいつもあいつが悪い。奴の仲間として、友として、そして奴を殺す事を躊躇った弱い人間として……礼を言う。あいつの最期を看取ってくれて…感謝する。」
ベッドの上で深い深いお辞儀をするカインに、ジークは驚きを隠せない。
「ま、待て待て!!んな謝るなよ!!そんな綺麗なもんじゃなくて!俺らは!殺す事に必死で!そんな…!」
「素直に感謝の言葉を言ったんだ、笑って受け取るのが礼儀じゃないのか?」
「………あ……ははっ…!敵わないよ、カイン、お前には。」
笑い声が聞こえる廊下で、ルーティは1人静かに晴れ渡る空を眺めた。
「…来たね、セフィラ・トーン。」