cord.34 傲慢の器
数分が経ち、カインからは死の気配が消えた。その様子を見ていたレイルが小さく言う。
「良いのか、ミト。」
「そうだぜ?お前、セフィラの事…。」
「わー!それ以上は言うな!いや…まぁ確かにそうだよ。けど俺のこの感情は愛には変わらない。分かるんだ。だから、セラには自分の意思で進んでもらいたい。出来れば、俺の事は忘れて、ね。」
今まで誰よりもセフィラの痛みを分け合ってきたミト。そのミトはセフィラのカインへの想いに前から気が付いていた。想い人の強い思い…それは、ゾークルーセント所持者への愛だったのだ。
横になるカインにジークは歩み寄る。
「…は、今ならやれるぞ?その手に持つトゥルエノスヴェートで、今ならな。」
そうカインが言った瞬間、セフィラのビンタがカインの頰を直撃した。周りの4人は唖然とする。
「やめて!命は重い物なの!どうして分からないの!?貴方も大切な人を失ったんでしょう!?だったら…分かるはずでしょう!!」
そんなセフィラの叫びにも怯む事なくカインは静かに口を開く。
「その大切な奴は、そこの屑に殺されたんだがな。」
静かにジークを睨むと、ジークはゴクリと唾を飲み込む。そして口を開きかけた時、カインが続ける。
「貴様に何を言われようが俺の考えは変わらないがな。」
「俺の事は恨んでくれて構わない!けど!今はお前の命の方が大事だ!だから…ゾークルーセントを手放してくれ!」
「は…何を言うかと思えば。俺の中で力が全てなんだよ。力のない者は力ある者に殺される。それがあいつの末路だ。俺は手放さない。」
ジークはカインを無理やり起こすと胸ぐらを掴んで続ける。
「これ以上ゾークルーセントを使えば本当に死ぬかもしれないんだぞ!!」
「貴様を殺せれば、それでいい。」
そんなカインを思い切り殴りつけるとジークは立ち上がる。
「そんだけ言うなら…その自慢のゾークルーセントでかかって来いよ!!」
ジークはトゥルエノスヴェートを投げるとそう叫んだ。その挑発にカインも乗る。ゾークルーセントをリオンの手からカイン手へ召喚し直すと構え直す。
「貴様とは分かり合えない…!死ね!」
斬りかかるカインを避けるとジークはそのままカインの腹に蹴りを食らわす。追い討ちをかけるよう魔法を使いカインを追い詰める。先程とは一転、カインはジークの攻撃を受け止め続けた。なんとかジークの攻撃を防ぎ、間合いを取る。
「闇黒魔ほ…!ガハッ!!」
ーまたか!何故、言う事を聞かない!何故なんだ!ー
カインがゾークルーセントを落とし膝をつく。声にならない声が漏れる中、カインの頭には低い声が響く。
「我ニ力ヲ貸セ。貴様ニ力ヲ貸スト誓オウ。」
カインが頭を抱え叫ぶ。そしてドロドロとした魔力が溢れ出した。
「これは…!まずい!出て来たか…!傲慢の悪魔よ!!」
「カイン!あんた…!これじゃあいつと同じ事だよ!!」
見ていた5人も駆けつけ、カインと対峙する。
「ぐ…ァ…!操らレテ…たま…ルか…!!」
瞬間、カインがフラフラと立ち上がった。ジークには分かっていた。目の前に居るのがもはやカインではない事に。
「どこだ!あいつが悪魔を宿して居る器は!!」
ジークにとって悪魔の器となったのは右目。カインにも何かがあるはずだったのだ。ジークは自分自身に落ち着けと言い聞かす。カイン…いや、傲慢の悪魔からの攻撃を5人は避けると、各々がカインへと声をかける。
ー探せ、探せ!!左目?右手?何処だ!ー
「フッハハハハハ…!イイ…ナァコノ体…!クク…!深イ深イ感情ノ山…コレ…う…あぁ…!だま…レ…!!」
尚もゾークルーセントを手放す事なく頭を抱える。
「カイン!!力を貸すな!呑まれるな!!」
「黙れ…!貴様ノ言葉…なド…!…」
しゃがみこみ肩で息をするカイン。剣を掴む手が一瞬歪む。それを見逃さなかったジークはカインへ駆け寄った。瞬間斬りかかられ、ジークは怯む。
「貴様…中々勘ガ良イヤツダナ。シカシコノ体ハ譲ラヌ…!」
ジークは舌打ちをした。
ー簡単に乗っ取られてんじゃねぇよカイン!ー
「みんな!カインからゾークルーセントを取り上げる!手伝ってくれ!悪魔の器になってるのはあの剣だ!」
その掛け声と共に皆が駆け出す。皆の攻撃を傲慢の悪魔は不気味に笑いながら軽々と避け、強力な魔法を使い続ける。
「カイン!!絶対に!連れ戻す!!」
振り下ろされたゾークルーセントを、ジークが思い切り弾き飛ばした。それと同時にカインは膝から崩れ落ちた。ゾークルーセントからは尚もドロドロとした魔力が溢れ出る。
「契約を解除しない限りどうにもならない!でも今のままじゃカインの魔力が不安定になってるの!だからゾークルーセント自体に結界を張って!そして治療に専念するの!カインを救う方法はそれしかない!」
ルーティの言葉に皆が頷くと急いで屋敷に戻った。意識のないカインを支え、ジークが歯を食いしばる。
ー負けんなよ…!この程度に!お前はそんなタマじゃない筈だろ!ー
「では、ここから先はルーティ以外経験していますね。覚悟して下さい。ルーティ、貴方はここで待っていますか?」
「ううん、入るよ。貴方に負担がかかりすぎて居るからね。」
「…いけすけねぇが…やるっきゃねぇんだよな。」
「これもセフィラの為だ、少しの辛抱だぞ、リオン。」
リオンが頭を掻いて誰よりも先に結界の張られている部屋へ入って行く。襲った痛みにリオンは胸を押さえつけて足を進める。セフィラが続き、その後にルーティが続く。部屋へ足を踏み入れたルーティが小さく呻き声をあげる中、セフィラは中央の台の横まで静かに歩く。痛みが引き、ルーティは部屋中を見渡す。
「…ここは…凄い…!何これ…!こんな高度な結界初めて見た…!」
感動に浸るルーティを他所にジークが足を踏み入れた。突如襲い来るとてつもない重さにカインを支えきれず、膝をつく。小さく笑うと大きく息を吸い込み、カインを支え直して立ち上がった。それと共にカインの身体からはドロドロとした魔力が溢れ出し、部屋中が眩い光に包まれる。ジークは急いでカインを台へ寝かせると、大きく深呼吸をした。ミトとレイルが続き、部屋の扉が閉められる。ミトとレイルが息を整えながら持ち場へと向かった。ジークとルーティが直接カインの身体へ魔力を流し込む。部屋が眩い光に包まれ、風が吹き抜ける。地面が、水面が揺れ、灯された火が小さく揺らめく。目を見開き、口の端を上げて不気味な笑顔を作るカイン。そのカインからはドロドロとした魔力が溢れ続ける。
「…クク…成ル程、コレハ…小賢シイ…。」
ーあんたまでセイトのような末路を迎えたら、絶対に許さないからー
ルーティが静かに唇を噛んだ。