cord.30 戻らないあの日
「ねぇ!君、大丈夫!?生きてる!?」
「…さない…ゆる…さな…い…!」
血染めの事件から逃げて川の側で力尽きて倒れ込んでいたジークに1人の少年が声をかけた。
「僕はフレイン・ハーツ!君は?」
そんな明るい声にジークは目だけを動かして少年を見る。
「君は?何て言うの?」
そんなフレインにジークは一生懸命に声を振り絞る。しかし傷だらけの体が痛み、声すら出せなかった。そんなジークにフレインは笑いかける。太陽のような笑顔にジークの心は少し穏やかになった。と思ったのも束の間、フレインは走り去っていく。ジークは当然だ、と思い静かに目を閉じた。少しして足音が近ずいてくる。今度は何だとゆっくり目を開けると、フレインが箱を抱えてやって来た。そして何も言わずジークの手当てをした。身体を無理矢理起こされてジークは呻き声をあげる。そんな時、ジークは初めて傷だらけの自分を見た。
ーこんなに、ボロボロになってたのかー
そして手当てが終わるとフレインは眩しい笑顔をジークに向け、手を差し伸べた。そんなフレインの手を取ろうとジークは体に力を入れる。
「っい!!たぁぁぁ!!!あ…!う…ぐ…!!」
力を入れた事でも声を出した事でも全身に痛みが駆け抜け、堪らず涙目になる。そんなジークをポカンとした顔で見るとフレインはすぐに笑った。
ーあぁ、勿体無い。そんな眩しい笑顔、俺には勿体無いよー
そんな事を心の中で呟いた時、ジークの意識は途絶えた。
気がつくとジークはフレインに背負われていた。
「…ん、あ…あ、ご、ごめん…!す、すぐ、降りるから!」
ジークは体に力を入れた。が痛くて直ぐに動けなくなる。そんなジークにフレインは大丈夫、と呟いてそのまま歩き続けた。
ーあったかいー
ジークは人の温もりを感じ小さく小さく微笑んだ。
「ほら!ここ僕の家!ようこそ!」
一瞬、開けられた扉の奥に村の人達が居るように見えた。おかえりとジークに笑いかける姿が見えた気がしてジークは目を擦る。もう一度見るとそこに人影はなかった。
「大丈夫?あ、そう言えばまだ名前聞いてなかったね?」
立って居るのでやっとのジークの顔を覗いてフレインは笑って言う。
「…お、れ、ジーク……ジーク…カルロス…。」
そう答えるとフレインは嬉しそうな顔をしてジークを部屋へ入れると椅子に座らせる。そしてスープとパンをジークの目の前に出す。
「さ!食べて食べて!それと新しい君の服、ここに置いておくね!」
フレインの言葉にジークは頷くと着替えてもう一度席に着く。湯気の上がるスープを眺める。パンを小さくちぎり口に入れるとスープを少し飲んだ。
「ジーク!?どうしたの!?大丈夫!?」
突然のフレインの言葉にジークは首を傾げる。瞬間卓の上の手に水が落ちる。それに気が付いたジークはゆっくりと頰に手を当てる。目からは涙が溢れていた。ジークは咄嗟に顔を隠すとフレインに謝る。そんなジークにフレインは小さく笑ってみせる。
「…泣きたいなら泣いていいよ。ね?」
ジークは泣き叫んだ。フレインはジークを抱き締めて辛かったね、とだけ呟き頭を撫でた。
それからフレインはジークを弟のように可愛がった。勿論、ジークはフレインを兄のように慕った。血染めの事件の事を忘れてしまう程、毎日が充実し楽しかった。昼間出かけるフレインの代わりにジークは家事をし、庭で素振りをする日々を過ごした。村から少し離れた所に家がある為、ジークは村の人と顔を合わすことはなかった。もっとも、なるべく家から出るなと言われていたのだが。
そんなある日、フレインに連れられ街へ出かけた。そこでフレインは刺青をしようとジークを誘った。これが兄弟の証だと、これから先何があっても一緒だと、そう言う意味で付けようと言うのだ。しかしジークはこれから先もずっと一緒に居られると思っていた為フレインの言う事を理解出来なかった。
「僕らは一分一秒刻んで生きているんだ。いつ死ぬか分からないんだよ。もしかしたら10秒後僕の首が跳ねられて死ぬかもしれない。それでも僕はずっとジークを忘れない。その気持ちなんだよ。嫌なら僕だけ付けてもらうから少し待ってて?」
「ま、待てよ!俺だって…!でも…!こんな俺で…それでも…いいの……か…?」
そんなジークの言葉にフレインは眩しい笑顔を見せるとジークを引っ張り店へと入った。ジーク自身、1人の人間だと認められたような気がして嬉しかった。嬉しかった。
しかしそれから一月経つ頃、突然フレインはジークによそよそしくなった。家に居ても最低限のことしか話さないどころか、目も合わせようとしない。夕方には帰って来ていた筈が、夜遅くに帰ってくるようになった。前のように笑顔を見せる事もなくなっていた。いい加減我慢を出来なくなったジークが帰って来たフレインに怒鳴る。
「どういうつもりなんだよ!ここ最近おかしい!何があったんだよ!」
するとフレインは上着の埃を払いながら冷たい目でチラッとジークを見ると別に、とだけ返す。そして部屋の奥へ足を進める。そんなフレインの腕を掴むとジークは続ける。
「お、俺に言えないのか…!?なぁ!なぁって!」
瞬間、ジークの手を思い切り払ってキッと睨み付ける。その時ジークは初めてフレインを怖いと感じた。
「…別に、君に言う必要はないよ。」
「な…んだよ…それ…!何かあったんだろ!?なぁ!何でそんな…!変わっちまったんだよ…!」
「………あのねぇ、人は変わるものなんだよ?僕は変わった。この僕が嫌なら君が変わればいいよ。」
そんな冷たい言葉を吐かれてジークは固まる。そんなジークを一瞥するとフレインはまた奥へ足を進める。それでもジークは必死にフレインを追う。フレインの前へ出ると不安げな顔で言う。
「言えないなら言わなくていい!けど!」
「あぁ、もう…しつこいな……。」
フレインはそんなジークの言葉を遮り鋭い目でジークを睨んだ。
「言ったよね、復讐したいならここに居たら何も変わらないって。いい加減もういいよね。僕はもう君と一緒に居たくないんだよ。」
そのフレインの言葉は小さな音を立ててジークの心の中に落ちた。固まるジークの横を通る。
「出て行ってよ、この家から。君の顔を見るのも嫌なんだよ。」
背を向けたままフレインがハッキリとそう言った。ジークは振り向き、嫌だと言おうと口を開いた。瞬間フレインの声がそれを遮る。
「行けよ!!目障りだ!!今すぐ消えろ!!お前なんか…大嫌いだ!!!」
ジークの目を見てハッキリと吐かれたその言葉に、ジークは家を飛び出した。溢れ出て止まらない涙を拭いながら走る。走る。心臓が痛み、息が出来ない程苦しくなる。構わず走り続けた。
「何で…!!じゃあ何で泣いてんだよフレイン!!!」
大嫌いだと言ったフレインの両目から涙が流れるのをジークは見ていた。一瞬、ジークの名を呼ぶ声が聞こえたような気がして、足を止める。走り続けてジークは丘の上まで来ていた。そこからはフレインの家が見えた。ジークは予想もしていない光景に目を見開いた。フレインの家に火が付いている。見覚えのある旗が掲げられ、家の中からフレインを掴んだ兵士達が出て来る。
「あ…あ!フレイン…!」
ジークが来た道を引き返そうとした瞬間、大きな音を立ててフレインの家が爆発した。そしてジークはその時初めて、この村がディクタティア領だという事に気が付いたのだった。




