cord.25 最悪の始まり
兵士達はウラノスとチャカの戦艦へ乗り込みディクタティアへの進軍を開始していた。セフィラはその船の1つに乗り、他のエレメンツは上空から敵の動きを見ながら戦地へ向かっていた。ジークは共に進軍せずカインとルーティの側にいた。
「…状況はまだそこまで切羽詰まってる訳じゃない。だけどあの鎧の男がまだ現れてないの。」
そう、鎧の男はまだ戦場に姿を現わしていなかった。あの男1人で戦場の状況はいくらでも変わるだろう。
「…ジーク、貴様も感じた筈だ。あの魔力を。あれは並大抵ではない。」
「…あぁ、分かってる。」
それ以上にジークはあの魔力に何か懐かしいものも感じていた。しかし、ジークの胸騒ぎが治る事は無かった。
「何かない限り俺達は帝国の北の崖からは動かない。何かあればすぐにルーティの力で分かるしな。それまでせいぜい生き延びろよ。貴様は俺に殺されるまで死ぬ事は許されていないんだからな。」
ふん、と鼻を鳴らし見下すカインにジークは頭を掻く。
「…ったく…こんな時まで私情かよ……。まぁいい、そんな場合じゃないんだよこっちも。」
「そう言えば、調子は良さそうだね、ジーク。その傷も治そうか?」
ルーティが身体中の切り傷を指差して言う。どれだけの実力差があろうが、あの大人数を相手にしたのだ。無傷とはいかなかった。
「…いいのかよ、俺だぞ?」
2人に嫌われている事は痛いほど分かっていたジークは、遠慮気味にそう言う。
「……あたしら、今は協力しなきゃでしょ。」
そう言ってジークの手を取り、ルーティは治癒魔法をかけた。カインはそんなジークを見て、側にあった岩に腕を組みながら腰をかける。
「…ふぅ………しかし、骨が折れるな。死んでない奴らの治療は全て俺らだからな。ま…ディクタティアの大半は何処かの誰かさんが切り刻んでいたが。」
死体が並ぶのを横目で見ながらため息混じりに言う。
「……助かったろ。それはそれで。」
カインを見ずにジークは言い返す。
「…悪いと言ったつもりは無かったが。まぁいい…貴様、先程の魔力…少し違ったな。何かあったか。」
そんなカインの言葉にジークは驚きカインを見る。
「…何だ。」
「い、いや…まさかお前に心配されるとは……。」
「心配した覚えはない。」
ジークの言葉を切り、そう吐き捨てる。
「ま、そだよな…はは…。あー…それはきっと、この中の悪魔の所為だな。」
「……望んで力を貸したのか。」
「…は?そんな馬鹿な真似はしてないぞ!?」
ルーティは治癒魔法をかけながらチラ、とジークを見る。カインも静かにジークに視線を移した。
「……楽しんでいるような気がしてな。」
そう言われ、ジークはドキッとした。そしてカインから目を逸らし俯く。悪魔に力を貸した訳ではなかったが、あの時感じた快感は事実だった。口の端が上がるのを自分でもハッキリと感じていた。ジークはルーティに治療を受けていない方の手で口を押さえる。
「……図星か。……セイトを殺った時もそんな気分だったか。」
そんな風に言われ、ジークはそんな訳ないとカインを向く。カインはいつもとは違い、少し寂しげな表情をしていた。そんなカインを見てジークはまた目を逸らした。
「…カイン、あんまりいじめないでよ。ジークは嘘つけないんだから。ま、嘘ついてもすぐ魔力の流れであたしは分かるけど。」
ルーティがその場を宥めて静かに言う。
「…そう言えば2人と静かに話した事なかったな。」
「こんな事がなければ一生なかっただろうがな。」
そう吐き捨てられジークは項垂れる。ルーティの治癒が終わるとジークは立ち上がり体を動かしてみる。
「ん、助かった、ルーティ。じゃあ俺は先に行く。」
「あたしらもここが片付けばすぐにそっちに向かうよ。」
ジークはルーティの言葉を聞き終えるとしっかりと頷き、その場を後にした。自分が切り刻んだディクタティア兵の亡骸を横目で見ながら。
「くっ…!やべぇぞこれ…!!セフィラ!!これでも俺らが手を出したらいけねぇのか!!見りゃ分かんだろ!?このままじゃうちの軍全滅だぞ!!!」
その頃ディクタティア領では既に戦闘が始まっており、しかも状況は最悪であった。しかしこの状況でエレメンツが出て行けば格好の的でもあった。しかし遠くからの魔法の攻撃では、ディクタティアの魔導師達の攻撃によって掻き消されてしまう。そして同盟軍とディクタティア軍が入り混じる中無闇に魔法を使えば自軍の兵を傷つける事にもなる。ギリギリの状態だった。セフィラは最早冷静では居られなくなっていた。
「…撤退だ。僕らの軍は撤退させる。この場を整えなければ到底勝てない。一度整える事が出来ればどうにかなるだろうが…!」
「くっ…!!目の前で見殺しにするなど…!!何の為に私達はここへ来たのだ…!!」
「しかし、今行けば皆、無事では済みませんぞ。こちらも撤退をさせましょう。」
ウラノスとチャカの王が撤退を命じる。それに続いてミトがセフィラの代わりにクリスタロス軍の撤退を命じた。その瞬間。大きな音を立てて戦場全体が爆発した。爆風に襲われ皆は目を瞑る。
「なっ…!?何だ!?」
爆風が戦場へ向かうジークを襲った。嫌な予感がし、戦場へ急ぐ。が、戦場になっている筈の場所は土煙に覆われ何も見えない。側の崖の上にエレメンツと王が居るのを確認するとすぐにその場へ降り立った。そして声を荒げる。
「どういう事だこれは!!!」
「ジーク!!じょ、状況は最悪だ!今撤退を命じたんだけど!その瞬間これだ!!」
ミトが取り乱しているのを見てジークも冷や汗が滲む。
ー大丈夫だー
胸騒ぎが治らない中、自分に言い聞かせ辺りを見る。放心状態のセフィラを見つけ、ジークが駆け寄る。セフィラの身体は震え、その瞳には光が宿っていなかった。
「…わ、私の、せいで…私のせいで…!」
「聞けセフィラ!セフィラのおかげで夜の戦場の生存者が増えたんだ!昨日運び込まれた負傷者の3分の2以上が助かったんだ!だから大丈夫、大丈夫だ!今お前に出来る事をしなくてどうする!」
セフィラの肩を掴み揺らす。その瞳に光が戻るのを皆が感じる。
「…ご、ごめんなさい…そう、ですね、ですよね…!」
セフィラを見て頷くとジークは崖の端まで駆け寄り、戦場を見下ろす。目を凝らすがまだ土煙が濃く、よく見えなかった。
「……こりゃ…ひでぇ…血の匂いがプンプンしやがるな…!」
嫌な予感が皆の頭をよぎる。心臓の動きが速くなるのをジークは感じていた。土煙が収まり辺りが段々と鮮明になっていき、戦場が露わになる。その光景を目にした皆は呆然と立ち尽くすしかなかった。
「…こ、これは…!!!」
そこには死体の山と血の海が広がっていた。