cord.23 エレメンツ
会議が終わると王達は緊張の面持ちで部屋を出て行った。残ったのはエレメンツとグラッドブレイカー。
「……さて、俺達は被害が最小限になるよう尽力するとしよう。」
「待てカイン!」
立ち上がろうとしたカインにジークが叫ぶ。そんなジークに、カインは大きなため息をついた。
「……何だ死にぞこない。」
「お前は知っているのか、あの鎧の男を。」
カインは目を細めてジークを静かに睨んだ。
「……知らん。知っていても貴様に話す事などない。そんな時間があるなら貴様はさっさとその怪我をどうにかしろ屑。」
冷たい言葉にジークは歯をくいしばる。そしてゆっくりと立ち上がり、覚束無い足取りで扉へ向かう。扉に手を掛け、振り返らずに言う。
「…セフィラ、治療の続きを頼む…。」
そう言って静かに部屋を出て行った。
「……これでお開きにしましょうか、皆様。私はすぐにジークの部屋へ向かいます。皆様はご自由にお過ごし下さい。」
セフィラの言葉に皆は頷き、部屋を出て行く。部屋の前でカインがセフィラを呼び止めた。
「セフィラ・トーン、何故貴様はそこまであいつに…ジークに協力する。」
そう問われ、セフィラは振り返り目を丸くする。セフィラの前を歩いていたミトも静かに足を止めた。
「あいつの頼みを呑むほど、この国に余裕があるとは思えんが。」
「…ふふ、不思議な事を聞くのですね。私は…今助けられる人を助けず、他を助ける事は出来ないと考えています。最善の選択だという確証はありませんが、私は後悔はしたくないんです。あの時貴方の傷を治したのもそうですよ。」
「…3日後の戦場でもその言葉が吐けるとは、思わないことだな。」
そんな冷たいカインの言葉に、セフィラは一瞬悲し気な表情になる。そんなセフィラの元へミトが歩み寄った。
「ここまで大事になってしまったからね。何の犠牲もなく、とはいかないだろうけど……でもその為の同盟であって、その為の2人、なんだろ?」
「任せて。こっちの軍へあまり肩入れする事は出来ないけど被害を抑える努力は惜しまないつもりだから。」
「ここまで来て……ディクタティアを滅ぼすべきだと理解していても、全面的に協力することが出来ないのは…スッキリしないがな…。」
「いいえ、これは私達国の役目なのです。だから…ありがとう。」
セフィラの言葉にルーティは深くお辞儀を返した。カインは目を丸くする。
「……本当に…分からない奴だな……。…ったく…。」
感謝の言葉を言われ慣れていないカインは頭を掻きながら小さく小さく呟いた。そして失礼する、とだけ言い玄関へ向かって歩いて行った。
「…悪いな、みんな。」
ジークの部屋へ集まった4人。セフィラはあれからずっとジークへ治癒魔法をかけていた。ジークの傷自体はほぼ癒えていた。しかし、まだ悪魔の魔力との干渉は治っておらず、ジークは時折胸を押さえて呻いていた。
「悪魔の魔力も大分収まりましたね。あとはジークの魔力が安定すれば、この悪魔の魔力をしっかりと抑えられると思います。」
セフィラは汗を拭って笑顔で言った。
「しっかし、3日後まで俺達はどうするよ。下手に動く訳にもいかねぇし、かといって何もやんねぇ訳にゃいかねぇだろ?」
そんなリオンの言葉に、皆は考え込む。
「いえ、皆さんには、安静にしておいてもらいます。」
沈黙を破ったのはセフィラだった。
「貴方達には、この三日間でいつ何が起こっても良いよう、いつでも戦場へ赴ける用意をお願いします。屋敷の中に居る分には何をしてもらっても構いません。が、魔力をあまり使わないように、とだけは言っておきますよ。我が軍も正直エレメンツが頼りです。貴方達には、軍の指揮にも当たってもらわないといけない場合があるかもしれません。よろしくお願いします…。」
何かをしていないと落ち着かないが、自分達が出陣に遅れる訳にもいかないのも、事実であった。皆はセフィラの言葉に静かに頷いた。
「そしてジーク、貴方は自分の魔法を使い、魔力を安定させて下さい。所謂リハビリ、ですね。」
ジークもまた頷く。そして今日は解散という事になった。
大きな窓からは月明かりが差し込んでいる。レイルとリオンは廊下の少し開けた所に置かれているソファーに腰をかけていた。
「…まさか…こんな事になるとはなぁ……。」
ぐい、と天井を見上げ、ため息交じりにリオンがそう言う。そんなリオンを向かいのソファーに腰をかけているレイルが静かに見る。
「…本当だな。しかし当初の悪魔の調査が難航しているのも確かだな。どうしたものか。」
「んな事言ってもよ…もう一体の悪魔はまだ出て来てねぇ、どうにも出来ねぇだろ?」
レイルはリオンの言葉に小さく頷いた。
「ケッ…結局俺らには待つ事しか出来ねぇのかよ…。」
「この戦いが…どのような結果を生むのだろうな。」
2人は大きな窓から見える月を静かに見た。
セフィラは屋敷の中庭のベンチに座り、月を眺めていた。膝の上に置いた手が静かに震えている。
「…やっぱり、ここにいたんだ、セラ。」
突然の言葉にセフィラは振り返る。その声の主を確認すると、表情を緩ませた。
「流石ね、ミト。」
「セラは分かりやすいから。隣いい?」
笑顔でそう言い、セフィラの隣に腰をかける。
「…怖い?」
そんなミトの言葉に、セフィラは静かに手を握る。
「………少しだけ。」
「…そっか…。じゃあ…後悔してる?」
ミトは空を見上げるセフィラを見て、優しく言った。セフィラはそんなミトをゆっくりと見ると無理矢理笑顔を作った。
「少しだけ。」
そんなセフィラをミトは強く抱き締めた。
「ミ…ミト…??」
「…セラ…何も…分かってやれなくて…守ってやれなくて…不安にさせて…ごめん…!」
抱き締められミトの顔は見えなかったが、そのミトの声が震えている事にセフィラは気が付いた。セフィラは目を瞑るとミトの頭に手を置く。
「ありがとう、ミト。でも私は大丈夫。ミトが、みんながいるから。私は進まなくちゃいけないの。」
「けど…!セラが無理をしているのは分かってる…!なのに、何も出来ない自分が…!」
そんなミトに、セフィラは静かに言う。
「…ミト、貴方が居てくれるから私はこうして強く居られるの。本当は……。」
セフィラは唇を噛み締めた。そして、ミトの背中に手をまわす。
「…本当は……!怖くて、怖くて…!!大勢の民が死ぬのを分かっていながら、こんな選択をしてしまって…!!これが!本当に良い選択だったのかも、分からなくて…!!ごめん…ごめんね…!こんなに、情けなくて…!!」
泣きじゃくるセフィラの背中を、ミトは優しく叩く。小さな身体が震えているのを感じていた。
「ケッ!!なーに言ってんだよ!!」
中庭にそんな声が響き、驚いた2人は勢いよく離れる。
「邪魔をして済まないな。しかし、セフィラ…私達はセフィラが強い事、どれほどの努力をしてきたか知っている。見失う必要はないのだ。」
レイルとリオンは静かに2人に歩み寄る。セフィラは驚いた顔をして歩み寄る2人を見た。
「ったく!ぶっさいくな顔して何言ってんだバーカ!お前はお前らしくいりゃそれで良いんだよ!」
リオンがセフィラの涙を乱暴に拭いながら言う。そしてレイルがセフィラの頭に優しく手を置く。
「不器用で済まないな。リオンはセフィラに泣き顔は似合わない、と言いたいのだ。…セフィラ、私達が側に居るだろう。私達は、エレメンツなのだからな。」
そんな言葉に、セフィラはまた涙を流す。そして振り絞って感謝の言葉を口にしたのだった。
4人の笑い声が小さく聞こえる部屋で、ジークは微笑む。そして静かに目を閉じた。