cord.17 少年ミト・シェイム
「ったく…人使い荒いんだもんなぁ…!お昼ご飯の買い出しだなんて殺し屋の仕事じゃねぇじゃんか…!」
殺し屋に入って1年、13歳の頃のジークはようやく魔物の討伐を1人で任されるようになっていた。人を殺すのはまだ早いと言われ、殺し屋の先輩に無理を言って現場に着いて行くことは何度かあった。この日はボスの昼食の買い出しに使われていた。
「……あ…?何だ…?あんな所で殺したなら処理くらいしろよなぁ誰だよやったの…ったく…。」
道の真ん中で倒れている人影を見つけ、買い出しに使われて機嫌の悪いジークはぶつくさと呟きながら近づく。そして動かないその人物、深い緑がかった髪の少年の頭を爪先で軽く突く。
「………う…。」
「げっ!?生きてる!?ちょ…誰だ殺しそこねた…!」
ジークは途中で言葉を切り、少年の側にしゃがみ込む。
「…お前、何やったの?」
耳元でそう言うと少年は掠れた声で言う。
「…み…水…お腹……。」
ジークは目を丸くした。
「…ぷ…ははっ…!こんな街中で行き倒れた奴見るなんてそうそうないぜ…?ほら、大丈夫かよ。」
そう言ってジークは少年の体を起こし抱えていた水を飲まし、ボスの昼食を分ける。
「怒られるかな…まぁでも俺が殴られるだけかな…。」
小さく呟いてご飯をガツガツと食べる少年を見る。
「……お前、名前は?ここで何してたのさ?」
口の周りに食べカスを沢山付けた少年はそのジークの声掛けに口の中の食べ物をごくんと飲み込む。
「え、えと…あの…僕、あの…母さんも、父さんも…事故で…それで、えと…。」
中々上手く言葉に出来ない少年に、ジークはため息をつく。そして立ち上がると本部へ向かった。
「…あ、あの…!あの…!!」
「何か言いたいことがあるなら付いて来いよ。今ので何も感じなかったならそこで死んだふりでもして、ここを通る人に食料もらうんだな。」
そう言って少年に背を向け手を振るジーク。そんなジークを少年は追い掛けた。
「ま、待って…くださ…!ぼ、僕…!あの…!!お名前…!僕ミト…!ミト・シェイムって言います…!!貴方は…!!」
ジークの隣まで駆け寄ると必死な表情でそう言う。ジークは横目で静かに見ると小さく笑った。そして足を止めると手を腰に当てる。
「俺は、ジーク・カルロス。殺し屋歴1年ちょっとの13歳!目標は、俺の全てを壊したディクタティアの連中をぶっ殺す事!それでも付いてくる気ある?」
そうやってウインクして見せた。少年…ミトは少し驚いた表情をして、すぐに目を輝かせた。
「…!!か……か…っこいい…!!」
「へっ!?」
思ってもない言葉にジークは固まる。そして決まりが悪そうに頭を掻いてため息をつく。
「…はぁ…もう…いいよ、来なよ。」
「はいっ!!」
「…で、ジーク。この俺の昼食よりもそのガキを持って来たってか。誰がそうしろと言った?」
ボスは静かにジークを見て言う。ボスのその言葉は妙に威圧感があった。ミトはジークの後ろに隠れる。
「まぁ…はは…悪かったとは思ってます。でも本部の前で倒れてて…それで見捨てられなくて…。」
「言い訳はいい。で、少年。お前の名は?」
ミトはビクッと身体を震わせるとおずおずと前へ出て行く。そして目を泳がせながら口を開いた。
「…ぼ…僕は…ミト…シェイム…です…。えと…えと……。」
「ほう、あのトーン家と親しいと言われているシェイム家か。あそこはこの間事故で亡くなったとニュースで…………そうか、生き延びていたのか。」
ボスが優しく微笑んでみせるが、ミトは俯いた。
「…ジーク、その少年の面倒はお前に任す。それと1つ依頼だ。飯はもういい、街の隣の森へ行き、薬草を持ち帰って来て欲しい。」
ジークははい!としっかりとした返事をするとミトの手を引いて走って本部を後にした。
「ふぅ〜ぶたれなくて良かった…。お前も大丈夫か?」
ゼイゼイと肩で息をするミトにそう呼びかける。返事はない。小さくため息をつくとジークは1人で街の門を潜る。そんなジークを必死でミトは追い掛けた。
「…今出て行ってるみんな、上手くいかなかったのかなぁ…どの位持って帰ろう…。」
「あの、あの!薬草、どこにあるんですか!僕、お役に立てるように頑張ります!」
側でそう言うミトに、ジークはまた、頭を掻く。
「えっと…ミト、俺はジークだ。見る限り歳も同じくらいだし、その敬語とかやめね?」
そんなジークに、より一層目を輝かせ元気よくはい!と返事をした。
「…あれ…?」
森の中を2人で歩いている時、ミトが足を止め辺りを見渡す。それに気が付いたジークも足を止め、ミトの様子を眺める。
「………どうしたんだよ、日が暮れる前に帰らないといけねぇんだぞ?」
「…う…うん…そうなんだけど…。」
辺りをキョロキョロとしながらジークの元まで早足で寄る。その顔には不安が浮かんでいた。
「…風が静かなんだ……いつもはこんなんじゃない……。」
その言葉を聞き終える前に、ジークは静かに腰の剣を抜いた。その様子にミトはビクッと身体を震わせる。ジークの後ろに隠れてキョロキョロと辺りを見渡す。
「……居る。しかも1匹じゃないなぁ…こりゃ…ん〜…参った、出来るかなぁ…。」
瞬間茂みから1匹の魔物が飛び出して来る。一撃を交わすとジークと魔物は対峙する。ジリジリと距離を詰め一気に踏み込んだ。飛びかかって来る魔物に突風魔法を使い怯ませる。それと同時に剣で切りつけた。その様子を木のそばに逃げて見ていたミトが小さく拍手をする。するとポタ、と小さな音を立ててミトの手元に水が垂れた。嫌な予感がし、ミトは恐る恐る上を見る。伸びた枝の上にはよだれを垂らした魔物がミトをジッと見ていた。恐怖で尻餅をついたミトに魔物が襲いかかる。それに気が付いたジークは魔物に刺さっている剣を急いで抜こうと思い切り身体に力を入れる。
「うっうわぁぁ!!」
目を瞑ったミトの耳にはザシュ、という嫌な音だけが響いていた。