cord.14 万華鏡
鈍い音が聞こえ、静けさが戻る。瞑った目を開く。
「…お前は…!!」
セフィラを庇うように黒い男が立っている。
「…貴方…は……カイン………リート…?」
その人物、カインはゆっくりと振り返る。そしてジークを見つけると鼻で笑う。
「…ふん、無様だなジーク。」
そう言ったカインの腕から血が落ちている事に気が付くとセフィラは叫ぶ。
「何故私を助けたのです…!!その、怪我を負ってまで…!!腕…!あの、今すぐ治療しますので…!」
「構わん、庇いたくて庇った訳ではない。俺の邪魔をしたから殺したまでだ。」
そう言って近寄るセフィラをいつもの冷たい口調で止める。しかしセフィラは喰い下がらなかった。
「いけません!私の力不足です。何と言われようが治療させてもらいます…!動かないで。」
そう言って腕をぐい、と引き寄せ治癒魔法を使う。セフィラの治癒魔法はこの世界中でもトップクラス。傷を癒す事はもちろん、相手を大事に思う気持ちから人の心を安心させる温かい力も持っていた。思い切り振り払う事も出来ただろう、がカインは言われるがまま大人しく魔法をかけられていた。
「………温かい。」
誰にも聞こえないよう、カインは小さく小さく呟いた。そして治癒魔法をかけ終わるとセフィラは笑顔でカインに言った。
「これで傷は塞がりました。本当に…ありがとう。」
頬を赤く染めて言うセフィラを見てカインはため息をつき、苦しそうに立つジークを睨みつけた。
「…本当は…貴様らを殺すつもりだったんだが…興醒めだな。恩を仇で返す趣味はないからな…ここは引こう。だが忘れるなよジーク、貴様だけは何があっても許さない。それに関わる奴は殺す、貴様等もよく覚えておけ。セフィラ・トーン、貴様もだ。次はない。」
そう言うと返事を聞かず暗闇へと消えた。
「…と、とにかく!今は早く行こう、セフィラ、よろしく頼むよ…!」
沈黙を破ったミトはそう言ってジークを見る。どんどん苦しそうになるジークをこれ以上見ていられなかった。するとレイルもジークに肩を貸す。
「…ご、ごめんなさい。では改めて、案内します。」
深呼吸をして落ち着いたセフィラはそう言うと4人に背を向けた。
水の音と共に先には都の門が見えて来る。そこを潜ると月明かりに照らされた美しい街並みが露わになる。
「これから屋敷へ案内します。そこの屋敷のある一部屋は、私達が祈りを捧げる部屋です。ジーク・カルロスの中にいるという悪魔を抑える為にはその部屋でジーク・カルロス自身に結界を張らなければいけません。それで抑えきれる保証はないけれど………。でも…水の魔力だけでは部屋を動かせないんです。四大元素が揃わないと、機能しません。今屋敷には他の魔導師達がいないんです。なので、部屋を動かす為には貴方達に入ってもらわなくてはいけません。部屋には結界が張ってあるから…貴方達が入ると怪我を負います。それでも入りますか?」
川の横の大きな通りを歩きながらセフィラは淡々と言った。
「私は構わん。何の犠牲もなく事を進められるとは最初から思ってはいないのでな。」
「俺も、構わないよ、よろしく頼む。」
「…ここまで来て怖気付く訳にゃいかねぇだろうが…!やってやんよ…!」
その3人の言葉を聞くとセフィラは顔を曇らす。
「…ジーク・カルロス本人にも…だけど、それでも良いと言えますか?」
3人は声にならない声を上げる。ジーク本人も、静かに目を見開いた。ジークの身体に負荷を掛けないように、わざわざ時間をかけて移動しているのだ。負荷が掛かった瞬間、どうなるか分からない。しかし助かる方法も他にはない。断る事はできなかった。
「…俺…は……大丈夫………から……たの、む。」
絞り出した消え入りそうなジークの声を聞き、3人も深く頷いた。
「…分かったわ。行きましょう。」
重い扉が開かれ屋敷へと足を踏み入れる。夜中の為街だけでなく屋敷の中も静かだった。月明かりが窓から差し込み、薄暗い廊下が先まで続いていることが分かる。5人の足音だけが響いていた。
「…ここ。」
短くそう言うと、ある大きな扉の前で足を止める。
「…こんな分かりやすい場所にあって良いのかよ、危ねぇなぁ…。」
そんな事を言うリオンに、セフィラは笑顔を向けた。
「あぁ、それは大丈夫よ。屋敷中にも結界が張ってあるから、関係者が居ないとこの扉を見つける事さえ出来なくなっているんです。」
リオン小さく口笛を吹き、成る程、と手を叩く。
「…さて、ジーク・カルロスへ結界を張り終えるまで、何があっても部屋から出る事は許されません。そしてこの部屋に結界が張られている以上、魔法を使えば自分の身を裂きます。それだけは頭に入れておいてください。では…良いですね?」
真剣な表情で静かに言うセフィラに4人は頷く。そしてセフィラが扉に手をかざすと、低い音を立ててゆっくりと扉が開かれた。中は様々な色に光り輝いている。セフィラはその中に静かに入ると4人を振り返り、手を差し伸べた。部屋の中を流れる風によりセフィラの髪が、服が、様々な色に輝きながら揺れる。それはまるで人々から密かに呼ばれている、セフィラの異名…万華鏡のようだった。
「さぁ、みんなも。どうか気をつけて。」




