プロローグ 始まりの日
「…そだ……。嘘だ…!嘘だ…っ!!」
目の前に広がる光景に少年は崩れ落ちた。血の海、そう表現するのが早かった。こんな筈じゃなかった。少年にとってようやく自分を受け入れてくれる場所だった。それがいとも簡単崩れていくのだ。少年の目の前で。
少年、ジーク・カルロスは右目に異常を持って生まれた。災厄と謳われた死神を瞳に刻み生まれたのだ。それが分かるや否や両親はジークを捨てた。それからというもの、ジークは村や町を転々としていた。そんな時、この小さな村に出会った。名も名乗らないジークを快く迎え入れてくれた村長。村人達もまた、ジークを心から可愛がった。そんなジークはそこでの生活に慣れた頃、名と共に素性を明かした。そのまま礼を言って村を去るつもりでいたジークは、予想もしていない村人達の言葉に固まった。彼らは受け入れたのだ。まだ10歳の子供がこれ程の重荷を背負っていいのかと、その目があるとジークはジークじゃないのかと、そして、今まで辛かったねと。ジークにとってそれは初めての経験だった。
そんな大切な村が、あの綺麗な花壇が、広場が、何もかもが、姿を変えているのだ。信じられない気持ちと共に、自分の居場所を奪った相手が憎かった。その時代名を轟かせていた大帝国、ディクタティア。鎧の色と紋章、軍旗から間違いはなかった。
「1人も生かすな!!片っ端から殺せ!女子供もだ!!」
ーあぁ、俺に力があったらー
ガチャガチャと鎧の音が近づく。何故こんな目に合わなくてはならないのか。ようやく見つけた自分の居場所を、何故壊されねばならぬのか。ジークには分からなかった。分からなかったが、やるべき事は見つかっていた。
「この奥に1人隠れてるぞ!!どうする!火でも付けるか?」
瓦礫の隙間から声の主がジークを捉えた。次の瞬間ー…。小さな悲鳴と共にその声の主、ディクタティア兵は固まり、大きな破裂音と共に消えた。それに気づいた他の兵が集まる。
「絶対に、許さない。」
瓦礫から飛び出したジークは、1人の兵士を捉える。その兵士も先ほどの兵士と同様に破裂して消える。周りの兵士の悲鳴が聞こえる中、ジークは唇を噛む。
「絶対にっ…!許さない!!」
村をよく知るジークは、建物の影を利用し上手く兵士から逃げつつ、隙をついて右目の力を使った。走る度地面に広がる血が足に飛ぶのを感じた。右目がズキズキと痛む。熱を持って今にも溶けそうだった。身体中の血が沸騰するかの様な、心臓がそのまま破裂してしまう様な感覚に陥る。大丈夫だと言い聞かせ、次第に重くなる足を動かす。
気が付いた時には辺りは赤く染まっていた。空も、地面も、みんな。
「許さ…ない…ゆる………さ…!!」
ジークは消え入りそうな、しかし憎悪に満ちた声で小さく呟いた。両目からは血が出て止まらなかった。多くの兵士相手に無傷ともいかず、ジークは心身ともに傷だらけだった。今彼を動かしているのはディクタティアへの憎しみだけだった。
村のそばの川をひたすら下る。辺りは既に暗闇に包まれていた。
「…ない……。ゆる…な…い…。」
生気の失った目で声でゆっくりゆっくり歩く。水の音も今は聞こえなかった。
ーあぁ、俺にもっと力があればー
暗闇の中少年は音を立てて倒れた。この事件を、血染めの事件と呼ぶ。生き残りは、少年1人。
これが、後に世界に3人の悪を破壊する者〜グラッドブレイカー〜に選ばれ、コードネームを切り札〜jorker〜と名乗る殺し屋、ジーク・カルロスの始まりの日である。