〈episode48〉―――帰還―――
――〈イースト〉
「んんン……、はあ……はあ……、まま……そんなに暴れても無駄なんだからぁ」
オリオンを自らに取り込んだ後、リゲルはしばらく抵抗を受けていた。しかし、取り込んだ以上支配権はリゲルに存在し、オリオンは完全にリゲルの魂と同化に至る。
「んふ。やっと静かになったね、ママ。これからはずうっと一緒だからね」
リゲルは舌なめずりをすると、早速オリオンの力を使用する。
肉体変化は見られず、リゲルの体のまま、オリオンの弓を魔力で精製する。
「わあっ!やっぱりすごいなぁ。リゲルにもできるかな?ママ?」
オリオンは答えなかったが、気にせずリゲルは左手に弓を持ち、右手から矢を精製して弓に宛がう。目一杯、弓を引いて狙いをある場所に定めた。
「それじゃあ、試し撃ちっ!」
矢の先が狙うは、〈イースト〉の王宮。
弓矢全体が蒼い魔力を纏い始め、1,2,3のタイミングでリゲルは矢を放った。
矢は高速で飛び出し、放ってから1秒待たず王宮へと到達、その後同心円状に爆発が広がった。
王宮から半径300メートルの範囲に巨大な穴が空き、王宮は勿論、その周辺の建物全てが塵と化した。
突然の大爆発に〈イースト〉の国民並びに国軍の兵士たちは混乱していた。
「やったあっ!大当たりだぁっ!!褒めて、ママっ!!」
1人喜ぶリゲルだったが、オリオンはやはり何も答えなかった。
「もお、ママったら拗ねちゃって。別にいーよー!
……それにしてもどいつもこいつも馬鹿な面さげて逃げてる。
ふふっ、きもちわるーいっ。あははっあははははっ!!!」
リゲルの高笑いが響いたとき、近づいてくる気配に向けてリゲルは矢をすかさず放った。
「……外したか」
その背後――
「いい加減にするですっ!!」
鳴海は風刃を振り下ろす。
しかし、リゲルは体を半身にするだけで回避し、鳴海の頬へと打撃を打ち込んだ。
「うあっ!!」
「お前、弱いくせに邪魔です~」
弓に宛がった矢の本数は4本。一斉に引いて、同時に射出する。
〈そうはさせないわ〉
矢が鳴海を貫く寸前に、翼が大きく広がって巨大な風を巻き起こし、矢の進行を妨げて4本とも消滅させる。
鳴海は風を纏ったまま、リゲルに突進していった。
「あなた、さっきの方はお母さんなんでしょう?どうしてそんなことするんですか?」
風刃を一閃。だが、あと少しというところでリゲルは白銀の剣で受け太刀していた。
「決まってるよ。だいすきだ・か・ら」
そう言って風刃を弾き、剣を鳴海の太ももに突き刺す。
敢えて貫通させずに骨に達したところで持ち手の手首をぐるりと捻った。
「あああああっ!!!」
「どお、痛い?痛いよね?すっごくいたそうっ!!」
「ううっ!やあっ!!!」
鳴海は痛みを堪え歯を食い縛り、涙目になりながらリゲルの左頬に平手打ちをした。
渇いた音が虚しく響く。
「はあ、はあ……はあ……」
「…………」
張り手を打たれた方向に首を向けてリゲルは沈黙する。
赤くなった頬を擦りながら、ゆっくり鳴海を無表情で見つめた。
「………おまえころす」
刹那。リゲルの体から蒼い魔力と白い魔力が放出されそれだけで鳴海を吹き飛ばす。
さらに左手に身の丈以上ある弓を精製し、白銀の剣を弓に宛がった。
「おまえ……ころすからな」
リゲルの魔力は晴れていた空にどす黒い雲を集め、森林を腐らせていく。
「磨瑠っ!!あれは防げるかどうかわからないわっ!!逃げてっ!!」
「は、はい……ですっ」
逃げる場所と言っても分からない。けれどもたもたしている時間も無い。
鳴海はできるだけ遠くに離れる。
「ころす、ころすからね。ぜったい、ころす。にがさない」
そして、リゲルが剣を放とうとした瞬間―――。
『リゲル、時間だ。戻っておいで』
リゲルの脳内で声が響き、少し時間を置いてからリゲルは弓と剣を納めた。
「……ふん。つぎにあったら、ころしてやる」
そう言って、体の向きを〈クリア・セントラル〉に向けて、飛び立った。
しばらく経って、矢とリゲルの脅威が消えたことを確認した鳴海はリゲルが向かった方向を見つめる。
「……どこか行っちゃったですね……、痛てて」
〈磨瑠、大丈夫?すぐ治すからね。……確かにあれだけ殺気を出しといてどこかに
行くのは変ね。まあ助かったけれど〉
「嵐禍……」
〈なあに?〉
「飛びながら、傷を治せるですか?」
〈それは治せるけど……まさか追うつもり?〉
「はい。確信はないですけど、もしかしたら先輩に繋がるかもしれないですから」
〈ん~、どうかしらねぇ……って、ちょっと磨瑠!?〉
嵐禍の言葉も待たず鳴海は風の匂いを辿ってリゲルを追い始めた。
〈もうっ!そういう積極性を陸斗に向けたらいいのにっ!!〉
「よ、余計なお世話です!」
鳴海が飛び立った後、王宮周辺が崩壊した〈イースト〉では勝鬨の声を上げるものが大多数だった。
ついに戦争が始まったのだと、民衆も合わせて武器を掲げた―――。
*****
『……ユーマ、聞こえるかい?』
――はい。
『そろそろ、最後の使命を果たしてくれるかな』
――はい。
『ユーマ、君の働きがなければ今日という日を迎えることはなかったよ』
――はい。
『感謝している。さあ……戻っておいで』
――……はい。
*****
――〈クリア・セントラル〉
〈イースト〉国軍、到達まで残り1KM
「くっそ、なんで誰も止まんねえんだ!」
「期待などするな!」
俺とエッフェンバルトは最前線で魔導師の侵攻を食い止める。
エッフェンバルトは大剣で次々に魔導師を薙ぎ払っていったが、数は凄まじい勢いで増えていく。俺も狂人化している魔導師をどうにか元に戻そうとしているが、うまくいかない。それどころか、徐々に押され始めている。
「……埒があかないな。おい、人間、水分を操れるのだったな?」
「お、おうっ!」
「ならば、地中の水分を増やせ!」
「はあ!?」
「とっととやれっ!」
エッフェンバルトの考えがよく分からないが、俺は言われたとおり地面に手を置いた。
「流々禍、できそうか?」
〈容易たやすい〉
右手から地面に力を放つ。すると、瞬く間に地面が液体化し、
広大な沼地が生まれた。
自分達も巻き込まれないよう、2人は空に上がり沼地にはまる国軍を見つめた。
「はあっはあ……、栞菜、大丈夫か?」
『うん。平気。リクは?』
「俺も何とか」
『よかった……、無理しないで』
「ああ、さんきゅ」
『ちょっと~、私もいるんですけど~』
「へ?枝紡?」
『式瀬君さあ、私にはそういうこと、全っ然言ってくれないよね~』
「ど、どうしたんだよ、いきなり」『ふたばっ!?』
『まあ、2人がくっつくのも時間の問題かな~なんて思ってたけどね~』
「おい!別にそんなんじゃ――」『えっ?ち、違うの?リク……?』
『えっ?式瀬君、そこで否定する?嘘でしょ!』『あたし、もう準備できてるよ?』
「なんのだよ!?」
『いやいやいやいや、男だろ!今言えって~!』『リク……?』
「い、言えるか!!あの……その……あれだ、かかか帰ったら……」
『なあに?きこえなーい!』『かかか、帰ったら……っ』
枝紡はやけに俺を煽り、栞菜は『帰ったら……』と連呼している。
……栞菜に伝えるのは帰ってからだ。
直接会って、顔を合わせて伝えたい。
流々禍もそのくらいの時間は待ってくれると言っていた。
今の栞菜と過ごせる時間は殆どないけど、残された時間を大切に、一緒に過ごしたい。
そのためには、魔導師たちの戦いを止めて、次元の穴を開けた魔導師を捕まえる。
……あとは鳴海が無事でいてくれれば全部解決するんだが……。
探し出せるのか……いや、探す。絶対に連れて帰るんだ。
「話は終わったか?人間」
「ん?あ、ああ。お前にも聞こえるんだっけか?」
「聞くつもりはなかったけどな」
眼下では魔導師たちがもがき、凍結の効果で四肢を凍らされていた。
正気に戻るのを待つしかなさそうだ。
「……〈イースト〉が攻めてきたとなれば、各国の体制も変わりかねん。オリオンが戻ってこないとなると、どうしたものか……」
「……リロウスから事情は少しだけど聞いてた。今、お前が困ってんのも俺が、イルヴァナたちを――」
「それは終わってしまったことだ。後悔はまだしなくていい。
いずれにせよ、貴様もまた、手の平の上で転がされていたんだからな」
「えっ?それってどういう……?」
「俺の仲間をお前達の世界に送り込み、排除させた奴がいる。そいつは、今からこの世界で戦争を起こさせようとしているんだ」
「……本当……かよ……」
もし本当だとしたら、何もかもが仕組まれていたってことなのか……?
俺が器になって、リロウスに出会い、枝紡や鳴海、栞菜の力を手にして戦うことも……。ってことは、俺がここに来させられた理由は――。
「貴様がここにきたのも、恐らく俺とオリオンを排除させるためだろうな」
「じゃ、じゃあ、あの穴は?」
「あれは本当に分からん。お前を閉じ込めるためならおびき寄せた瞬間に閉じるだろう。開きっぱなしというのは気がかりではある」
つまり、黒幕はまだ俺を利用しようとしている……。
俺はエッフェンバルトに黒幕の名前を尋ねた。
「……フューリ。貴様と同様〈器〉の力を持つ男だ」
その名はいつの日か、リロウスに聞いたことがあった。
〈器〉の力……、魔導師の力を傀儡を頼らずに使える……。
「恐らく、あれを開けたのもフューリかもしれん」
「そうなのか?そのフューリって奴はどこに!?」
「奴はもう俺が殺した」
エッフェンバルトの発言に、俺は言葉を飲んだ。
――殺した……?じゃあ、なんで……
穴は塞がっていない?
「た、確かなのか?それは……」
俺は恐る恐る聞く。答え次第じゃ、人間の世界は穴に侵食されてしまう。
リロウスは突然消えてしまい、今あの闇を抑えているのは炎禍と嵐禍の魔力だけだ。
もし、フューリという男がエッフェンバルトに殺されていても尚、穴が塞がっていないなら……。
「……俺は確かに殺した。だが、死体は消えていた」
正直、その答えは最悪だ。
フューリは生きている可能性がある。
生きているなら捕まえて穴を塞がせなくてはならない。
だが、奴は全ての事件の黒幕だ。下手に動けば一気に人間の世界を飲み込む可能性だってある。
もし死んでいるとすれば、穴が塞がっていないのはかなりまずい……。
結局のところ、探すことに変わりは無いが、妙に引っかかる。
何かが、胸の奥につっかえているみたいに、気持ちの悪い違和感が残る……。
俺がフューリについて考えていると、エッフェンバルトが地上を指差した。
「凍結が済んだらしい。行くぞ」
「ああ……」
俺も促されて地上に向かう。
さっきまで聞こえていた呻り声は聞こえなくなって、魔導師の世界は風の音まで聞こえるほど静かになっていた。
*****
『……………………時間だ………………………』
*****
――〈サウス〉民衆街
多くの民衆が行き交う城下の街。
国王軍の兵士が巨大な防護壁を建設し、来きたる戦いに備えて民達は慌しく街と王宮を往復していた。
民にぶつかりながらも、ただ立ち尽くす黒い髪の男がいた。
男は、顔を俯かせたまま、右手を天に掲げた――。
――〈ノウス〉要塞城 武器精製工場
国王ハーディの命により、より一層多忙を極める工場内に、
ただ1人、作業をしない者が現れた。
黒髪の男は周囲の視線を集めながら、軍兵に太刀を突きつけられ作業に戻るよう指示されたが気にせず、そのまま右手を天に掲げた――。
――〈ウェスト〉女王の神殿
セネは各国に向けて再び派遣を行うため、中隊を編成する。
戦いが始まる前に、阻止するために。
衛兵騎士団長・クオーネは中隊編成の際に体調が優れないと申し出てきた黒髪の男を連れて治療班に向かった。
クオーネが男を医療班に引渡し中隊編成に向かおうとしたとき、
男は突然、右手を天に掲げた――。
――〈イースト〉
負傷者が大量に出た王宮周辺では、民衆と国軍による決起集会が開かれ、不法地帯となった街中では暴徒が破壊の限りを尽くす。
あちこちから炎が上がる中、決起集会の民衆に混じっていた黒髪の男が民衆を掻き分け軍隊長の元に歩いていく。
異様な雰囲気を醸し出す男に、軍隊長は顔をしかめる。
男は何も言わずに、右手を天に掲げた――。
――〈クリア・セントラル〉
最淵の牢。
…………………。
……………。
………。
今、帰るよ。
フューリ。
………。
……………。
…………………。
右手を天に掲げる――。
そして、俺たちは意識を共鳴させた。
『これが、俺たちがユーマでいられる、最後の使命……』
『これが、俺たちがユーマでいられる、最後の使命……』
『これが、俺たちがユーマでいられる、最後の使命……』
『これが、俺たちがユーマでいられる、最後の使命……』
『これが、俺たちがユーマでいられる、最後の使命……』
*****
俺とエッフェンバルトは凍結された魔導師たちの目の前に立つ。
凍結は首までに留めて、話ができるようにした。
しかし、どの魔導師も眼は血走り、低く地を這うような呻り声を上げる。
「こいつらに何が起きてんだ?」
「こんな状態になるまで、戦闘意識を高める魔力を放射されたのかもしれない」
「元に戻るか?」
「……悪いが……難しいかもしれないな」
そう言って、エッフェンバルトが1人の魔導師に近づく。
沼地に下半身が飲まれ、上半身だけが出ている。
その姿は助けを求めているように見えた。
エッフェンバルトが傍により、しゃがんで、至近距離になっても尚、魔導師は眼球をあちこちに動かし、口から涎を垂らして会話を交わせる気配もない。
諦めを含んだ溜息をついた後、エッフェンバルトは立ち上がってその魔導師に背中を向けた。
「……やはり厳しそうだ。だが、侵攻は食い止めることができた。……ありが――」
「具ギャギャぎゃぎゃいいjだ@じゃfpまpg!!」
「――エッフェンバルトッ!!!!」
沼地にはまり、しかも凍結されて全く動けないはずの魔導師が突然、エッフェンバルトの背中に飛び乗り、しがみつく。
「なっ――」
「pfgksdsdふgtに、lgfぎsdfろwmp」
魔導師は意味不明な言葉を発して、発光する。
そして――
「エッフェ――」
エッフェンバルトにしがみついたまま、彼を巻き込んで大爆発を起こした。
*****
『……………はじめようか。……………テトラ…………………』
*****
「エッフェンバルト!!!」
全身が焦げ、硝煙を発しながらエッフェンバルトが倒れる。
俺は彼を支え、横にする。
「おいっ!!おいっ!!!」
「ああ……ああああ………」
「しっかりしろっ!!………って、なんだよこれ……」
気がつくと凍結されていた魔導師たちは全員右手を天に掲げて、発光を始める。
「まさか……」
『なんで動けるわけ?』『――流々禍ッ!!』
〈了解〉
栞菜の判断はこれ以上ないタイミングだった。
流々禍は狼狽する俺から強制的に支配権を奪い、水の防壁を半円状に作り、俺とエッフェンバルトを包む。その直後に数百体の魔導師が起爆した。
「――――っ!!!」『!!!』『きゃああっ!!』
流々禍の防御力を持ってしても衝撃だけは地面を伝わって俺たちに届く。
俺はすぐにエッフェンバルトの治療を開始した。
「死ぬなよ、絶対助けるからな!!」
「う……ああ……あああ……」
やがて煙が晴れていく。
『なに……これ……』
枝紡は唖然とした声を上げる。
爆心地は底が見えない程の大穴が口を開け、俺たちがいる場所も崩壊寸前だった。
「飛ぼう。エッフェンバルト、しっかり捕まってろ」
俺が飛び立った後、俺たちがいた場所は崩れ落ち、大穴に消えた。
「で、できるだけ……高く、飛んでくれ……」
苦しそうに声を振り絞るエッフェンバルト。俺は言われたとおり世界全体が見渡せる高さまで上昇した。
そして、俺も枝紡も栞菜もエッフェンバルトも、地上の光景に目を奪われた。
悪い意味で。
見える限りの範囲で言えば、上がっている火柱は100を超えている。
世界中のあちこちで劫火が上がり、目を細めるくらいに明るい。
エッフェンバルトがいた城からも炎と煙が上がっていた。
炎に感化されて枝紡が言葉を漏らす。
『……世界が、燃えてる……』
「まずい……、このままでは、始まってしまう……」
「始まるって何がだよ!!!何も始めさせてたまるか!!……流々禍、どこまで雨を降らせられる?」
〈どこまでも降らせられる。だが……消せるのは炎だけだ……〉
その言葉の意味するところは、炎を消したところで何も止まってくれないということ。
まず何をすべきか、最優先事項を頭の中に浮かべていくが焦って考えがまとまらない。息づかいばかりが早くなる。
『リク、落ち着いて!』
「ああっ……今はとにかく炎を――」
ビキィ………
その音は、さらに上の空から。
俺が通ってきた次元の穴から聞こえた。
「おいおい、やめろ、まだ、ちょっとだけ待ってくれよ!!」
次元の穴は、塞がろうとしていた――。
――その直後。
「……ふふっ」
俺の右側を掠めて何かが横切った。
「……っ」
一瞬だけ目が合ったそいつは、俺をみて微笑みやがった。
どの魔導師よりも、冷たい眼をしながら。
「リゲルっ!!」
エッフェンバルトは俺の肩から手を離し自力で飛ぶと、リゲルという名の魔導師が向かった先を睨んだ。
「あいつ……人間の世界に行くつもりか!!」
俺も振り返るが、すでにその姿は無い。
「おい、今の奴は?」
「……名前はリゲル。あいつも〈器〉と同じ力を持っている。しかも凶暴だ。このままでは……人間の世界までもが滅ぶぞ」
――そう。
運命の選択肢は、こうも簡単に俺たちの心を弄ぶ。
現状、流々禍の力があれば魔導師の世界の混乱を鎮めるのは可能かもしれない。
だが、一瞬でできることではないし、栞菜の命を削る可能性だってある。
しかし、あのままリゲルとか言う魔導師を止めなければ、人間の世界が終わる。
どちらかを選び、どちらかを見捨てなければいけない。
迷っている時間は、ゼロだ。
人間の世界も、魔導師の世界も俺は救いたい。
救えるはずなんだ。もう誰も傷つけあわない世界を作れるはずなんだ。
どちらかを選ぶなんて、そんなの、答えられられるかよ……。
考えろ、考えろ、考えろ。
どっちも救える方法が必ずある。
たったひとつでいい。最善で最高の方法……。
「……何を迷っている」
決断を迷う俺に、エッフェンバルトは声を掛ける。
妙に落ち着いた声は、俺の焦りを少しだけ引かせた。
「迷う必要などないだろう。行け。リゲルを追え」
「お前、何言って――」
「お前は人間だろう!お前が人間達を守らないで誰が守るんだ!俺のことは気にするな。俺1人だけが戦うわけじゃない。俺と同じように戦争を止めようとしている者もどこかにいるはずだ。だから、お前は自分の世界を守ってこい!!」
「でも……」
「お前、言ったよな?人間にしかもっていないものがあると。必ず分かり合える日が来るはずだと。俺はその言葉を決して忘れない。約束しろ。人間が、魔導師を救うと……」
エッフェンバルトが強く俺の手を握った。
『式瀬君!もう、時間が』『リクっ!!』
なんでこうなっちまうんだよ、ちくしょう……!
「……約束する。人間は魔導師を救うからな。約束は必ず果たす!だから絶対……絶対に死ぬなよ!」
俺は自分でも痛むくらい強く、エッフェンバルトの手を握り返した。
「……当たり前だ。……生きることにこそ、価値があるからな」
そして、お互いに手を離した。
「そういえば、名前を聞いていなかったな。教えてくれるか」
「…ああ。式瀬陸斗だ」
『私は枝紡ふたば』『矢薙沢栞菜です……』
名前を聞いて、彼は少しだけ微笑んだ。
「陸斗にふたばに栞菜か。よき名前だ。覚えておく。
リゲルには気をつけろよ。……またな」
それだけ言うと、エッフェンバルトは消えるように地上へと下りていった。
「…………またな。エッフェンバルト……」
一時の別れを告げて俺は上を向く。
穴はかなり塞がってきていた。
「よし……」
「………せん……ぱーいっ!!!」
いよいよ次元の穴に向かって羽ばたこうとしたとき、
遠くから微かに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
この声、もしかして……。
「……はあっはあっ!!先輩っ!!!陸斗先輩っ!!!……栞菜……先輩……?」
「鳴海!?」
近づいてくる風は、鳴海だった。
「鳴海!?鳴海っ!!!無事だったんだな!!よかった!!お前もこっちの世界についてたのかっ!!」
「えっああ、はいです……。違う国に飛ばされましたが。
それで……栞菜先輩……?」
『まる……ちゃん……』
俺が答えるよりも先に栞菜が答える。
枝紡に事情を説明させておいてよかった。
そうでなければ、栞菜も鳴海も混乱していただろう。
それに、今は話している時間も無い。
「とにかく、リゲルを追おう」
「リゲル……、もしかしてここにきたですか?」
「鳴海、お前知ってるのか?」
「はい……。戦って、逃げられた……です」
「戦った……?じゃあ、鳴海はリゲルを追ってここまで?」
「はいです。リゲルはどこに……」
「あの中に入っていった。人間の世界に向かうつもりらしい」
「そんなっ」
「だから行くぞ!そして、帰ろう、俺たちの世界に」
全員が頷き、俺と鳴海が空を見上げる。
深呼吸をしてから羽は大きく羽ばたいた。
俺は1度だけ、振り返る。
炎は広がり、あちこちで爆発が起きている。
エッフェンバルトはあの炎のどこかで戦っているんだ……。
約束したんだ。
だからきっと、また、会えるよな。
俺とお前だって殺しあったけど、こうやって仲間になれたんだ。
人間と魔導師は手を取り合える。
エッフェンバルト……俺たちで証明しよう。
視線を戻し、目の前に迫った次元の穴へ、
吸い込まれるように突入した。
*****
歪みは閉じる前の影響からか、来たときより風圧と空間のねじれ方が異なっていて、進みづらい。
歪みの壁に触れないように注意を払って、加速していく。
「鳴海、大丈夫か?」
「私は大丈夫です!!」
また離れ離れになってしまわないよう、俺は鳴海の手を取る。
しっかり握り合って、前だけをみて進んでいた。
そして。
そいつは突然、前触れもなく、前方に現れた。
「――っ!!止まれっ鳴海っ!!」
「誰ですか、あの人……」
後ろを向いていた男は俺たちに向き直り、その顔を見せる。
容姿こそ次元の歪みの穴を開けた男に似ていたが、雰囲気が明らかに違う。
こいつには、悪意しか感じない……。
「……お前が、フューリか」
「先輩?知ってるですか?」
「……素晴しい。僕の名前を知ってくれているなんて。君は本当に素敵だね。
式瀬陸斗君」
「な、なんで俺の名前を!?」
「理由なんてどうでもいいじゃないか。同じ力を持つもの同士、仲良くしようよ」
「何を言って――」
たった一瞬。
俺が一言言い切る前に奴はすでに俺の目の前まで詰め寄り、
俺の額に自分の額を当ててきた。
「僕はさ……、からっぽなんだよね」
何かが俺の中から消えていく。
……奪われていく。
『か、栞菜ちゃ――』
『――リクっ!!!』
「ぐあああっああああ……」
「先輩っ!!」『式瀬君、やばい!!栞菜ちゃんが――』
一気に体の力が抜けて、俺は元の体に戻っていた。
当然飛ぶことなどできないから鳴海に支えられる。
「はあはあはあはあっはあ、はあっ……奴は――」
奴を見つけるのは簡単だった。この歪みの空間は一本道だから。
奴は……すでに魔導師の世界側の入り口の向こうに移動していた。
もう殆ど、穴は閉じかけている。
「鳴海、早くあいつを追ってくれ!!!戻るんだ!早く!!」
「えっ、えっと……」
「もういい離せ!!……炎禍っ!!!」
『急いで式瀬君!!!早くっ!!!!!!』
「分かってる!!!栞菜!!!!!!」
今、俺の中に、栞菜がいない。
いるのは、枝紡だけ――。
奴に奪われたのは、栞菜だ――。
「 」
向こう側で奴の口が動いた。
次の瞬間、奴の姿が変わった。
――流々禍の姿に。
「――っ!! てめえええええええええっ!!!!!!」
あと少し。急げ、あと少しなんだ!!!
閉じるな!!!
まだ!!閉じるんじゃねええっ!!!
俺は目一杯に手を伸ばした。
掴め、掴め!!!届いてくれっ!!!!!!
「栞菜ああああああああああああああああああ!!!!!」
「また会おう。式瀬陸斗君」
*****
あと僅か、10センチ。
届きそうで、届かなかった、距離だ。
入り口は、ガラスが割れるような音を出してから、完全に閉じられた。
*****
「枝紡、ここを開ける!!力を貸せ!!!」
『はあはあ、式瀬君、ごめんなさい……私、私……私が栞菜ちゃんを……』
「泣くな!!まだ、すぐそこに世界があるんだ!!開けてやる!!」
俺は何度も黒炎を、歪んだ壁に撃ち込んだ。
でも、壁は炎を吸収するだけで何も変化は起きない。
「なんで……なんでだよ……。ついさっきまで開いてたじゃないか!」
何度やっても結果は同じだった。
俺も枝紡も、すでに体力気力精神力全てが限界に達しかけていても、
諦められなかった。
今、諦めたら、栞菜は――。
――『また会おう。式瀬陸斗君』
奴はそう言ったんだ。最後に、栞菜の声と顔で……。
「うおおおおおおっ!!!!!!」
次第に、体から耐えられなくなり皮膚が裂け、血が噴き出す。
それでも俺は壁を破ろうと攻撃を繰り返した。
「はあ、開け!!!開けよ!!!開いてくれ!!!!」
「先輩!!もう、やめるです!!急がないと、私たち閉じ込められるです!!!」
「だったら先に行ってろ!!離せ!!!!」
時間がないのは知っている。
だから急いでるんだ。
〈磨瑠、このままだと本当にまずい。私に任せて〉
「嵐禍……」
黒炎は指先に灯る程度まで弱まり、俺は体中血だらけになっていた。
どうやったら開くんだ。魔導師は、どうやって俺たちの世界に来ていた?
……なんでこんなときに、いないんだよ!!リロウスっ!!!
助けてくれよ!!栞菜が……!!
!!!
「あぁ…………」
突然、腹部に鈍い痛みが走って意識が遠くなっていく。
視界は暗くなり、耳も遠くなる中で、
俺は最後に、鳴海の謝罪を聞いた。
*****
…………………。
……………。
………。
水音。ひとつ。
水面に広がる波紋は、中心点から大きく輪を広げていく。
その輪は、限りなく広がり続けて、そしてまた水面となる。
水音。ひとつ。
繰り返し広がる波紋。
水音。ひとつ。
もう、何度目の水音なのだろう。
水の音が聞こえてきて、いつしか数えるのを諦めて、水の音が消えていくのと同時に俺は、自宅のベッドの上で目を覚ました。
戦いの後、いつも痛むのは体中だった。
けど、今、体はどこも痛くない。
痛くないのに、どうして……。
立ち上がる気力さえ、湧きあがらないのだろう。
カーテンの間から入ってくる朝陽が、
小鳥達の影を映した。
俺は、帰ってきたんだ。
栞菜を奪われたまま……、
帰ってきたんだ…………。
元の世界に……。
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