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『te:tra』  作者: 坂江快斗
96/100

第48話「人間と魔導師」



*****


……………………。


………………。


………。



……ここは……いったい、どこなんだろう……。


なんだか、すごく、あたたかい……場所だ……。


あたし、どうなっちゃったの。

あの夢の中で、リクを救いたいって”彼女”にお願いをしてそれから……。


……また、まっしろなせかいにいる。


失敗……したのかな……。

リクを救えなかったのかな……。

あたしにできることは、もう――


”なにもない”

そう思いかけたとき、あたしの鼓動が跳ねた。


自分の目に映っているその姿が信じられず、何度も瞬きをし、何度も目を擦った。

でも、見間違いでないと確信するとあたしは横たわる女の子に近づき、そっと頬を触った。


「……ふた……ば…………?」


頬のあたたかさも、柔らかさも、学園のアイドルと言われるほど整った顔も、長くて艶のある赤い髪も全部、1ヶ月前に死んだはずのふたばにそっくりだった。

というか、本人だった。


「うそ……、ふたば……?どう……いう……――」


あたしがふたばの体を抱き上げ、膝枕をすると微かに瞼が動く。眉間に皺が寄り、呼吸の回数が増え、息づかいが聞こえるくらい苦しそうな呼吸を繰り返している。

疑問は多いけど、今はとにかく苦しんでいるように見えるふたばを落ち着かせてあげたい。そう思い、あたしはふたばの右手を握ってから名前を強く呼びかけた。


「ふたばっ。落ち着いてっ!あたし、栞菜よ!」

「――っ、はあっ……はぁ……っ。しき……せ……く……」


――式瀬……くん?

今、ふたばはリクを呼んだ?

わかんない。何がどうなってんのよっ……。


「ふたば!しっかりして。ふたば!!」


ふたばは大汗をかいて身じろぎする。私もふたばを抑える力を少し強くした。


「ああっ……っ!ううう、ああああああ!!!!!」


さらにふたばは暴れようとする。生前でも、こんな姿は見たことない。ふたばは何に怯えて苦しんでいるの?この世界は、いったい何?あたし、どうしたら――


「ぅウああっ!!!あ゛ああ゛う゛う……」

「――!!ちょっ……、ふた……ば!?」


突然、ふたばの目がカッと開くと、握っていた手を振り払ってあたしの首を強く絞める。爪まで立てられ、ゆっくり食い込んでいった。


「ふ……たば……、くるしい……」

「ふううう、ううううっ!!うううううっ!!!」

「ふたば……」


喉が圧迫されて全然声が出ない。それでもあたしはふたばを呼び続ける。

今ならきっと、声は届くはずだから。


「……ふたば」


リクを助けたいと流々禍に願い、あたしは光に包まれてこの場所に着いた。今、自分がどんな状況にあるのかはよく分かっていないけど、明らかにこの場所はあたしが居た”まっしろな世界”とは違う。ここは温かいし、ふたばと……リクの匂いがする。

現に目の前にはふたばがいて、物凄く怖い表情であたしの首を絞める。

だからもしかしたらあたしは、もうあたしではなくなると同時に死んでしまった可能性もある……。あたしの無念がこんな夢を見させているなら、あたしは別に受け入れたっていい。リクが無事でいてくれるならそれでいいんだ。

でもあたしに無念なんかない。あたしは、あたしにできる全部をやったんだから。


だからさ……、ようやく会えた大好きな親友にこんな表情なんてさせたくない……。

本当に最後の夢なら、せめて幸せな夢を見せてよ……。


ふたば……。


リク……!!



*****



――〈クリア・セントラル〉


「きっさまああああっ!!!!」


凍結され、粉々に砕かれた左腕を再生するため俺は魔力を回復に当てたが、一向に回復する気配がなく、付け根を見るとまだ凍結した部分が残っており敵の能力が回復さえも阻んでいた。

自身に対する全ての攻撃の無効と、魔力干渉の無効化……。

敵の言っていることが事実なら、敵は実質史上最強クラスの能力者だ。


時を操るウィザードでも、魔力の防壁を纏い、攻撃を直前で塞ぐくらいしかできなかったと聞く。しかし、敵はまさに流体そのもの。

打撃の感触も本当に水を叩いているような手応えのなさだ。

力も速さも、攻撃面に関しての能力は全て俺の方が上をいっているはずなのに、

なぜ、攻撃が効かないんだ……ッ!!


こんなこと、ありえな――


〈次は、どこから破壊しようか〉


敵が言い終わる前に、敵の殴打が右頬を捉える。

打撃は受けたがすぐに敵の腕を取りにいった。

が、掴んだ瞬間に水と化し、強くなりつつある雨に混ざってしまった。


「くっ……。どこだっ!?」

〈すぐそばにいるだろう?〉


敵の声がまるで円卓の間にいるかのように反響して聞こえた。

だが、反響は錯覚だったとすぐに気がついた。


眼の前と背後……、あらゆる角度から俺を取り囲むように何人もの敵が姿を現した。


〈雨は良い。ひとつひとつの雫が天から地へ落ちる様は本当に美しい〉

〈お前は雨が嫌いか?〉〈お前には童が何人ほど見える?〉〈数える時間を与えても良いぞ〉〈童も主もまだ、妙に器との共鳴が出来てなくてな〉〈腕1本無くしながらよう戦うな〉〈力も速さもお前には敵わんよ〉〈童に――〉


「黙れええっ!!!1体残らず散らせてやる!!」

〈ほう。お前なら本当にやってのけそうだ〉


今の発言がどの方から聞こえたのかは分かるが、どいつが言ったのかまでは定かじゃない。しかし、声の中に含まれた嘲笑が俺の判断力を多少鈍らせる。

怒りの感情は決して戦場では出してはならなかった。

ただ闇雲に拳を振るったところで、当たらなければ意味は無い。

当たったとしても、今の俺の攻撃はあまりにも無力だった。


分身も本体同様に弾け、弾けた水滴からまた新たに敵が形作られた。


〈……残念、はずれかな〉


パチンっと指を鳴らして、千体近い敵が俺の元に向かってくる。

各々は水滴1粒から生まれた存在だ。俺に一撃を与えるごとに消滅し、霧散する。

確かに攻撃力は高くないが、積み重なる打撃は確実に俺の体力と気力を消耗させる。最後の一撃を浴びた後、周辺を舞う霧が途端に晴れた。


〈今のは効いたかい?〉


敵はそう言って俺の胸ぐらを掴み、思い切り地面に投げつける。

俺は急転直下の間に上体を無理に起こして体勢を建て直し、両足で着地してから膝を落とし、溜めを作る。

ほぼ間をとらず、地面を蹴って再び空に向かって敵の顎を真下から捉えるも、

水が弾けるだけ。それでも、俺は攻撃の手を止めなかった。


左拳で顎を打った次に、右足で半円を描くようにしならせて敵の脇腹を叩く。

真っ二つに弾けても気にせず、振り切った右足を軸足に代え、左足を持ち上げる。

一本足になって左足に加速を与えて敵の上半身に回し蹴りを打ち込んだ。

さらに細かい水となり、敵は弾け飛ぶ。

残っていた下半身には右足を頭上に振り上げてからのかかと落としで散らせた。


「はあ……はあ……、攻撃が効かぬなら効くまで攻撃してやる……」


殆ど実態のない敵を相手にするのはかなり無謀だ。

無謀と分かっていても、俺はここで戦いをやめるなんてできない。


今まで、どれだけの仲間が俺の前に命を落としてきた?

仲間達は皆、俺に明日を託して死んでいったじゃないか。

俺はそんなあいつらに向けて何か報えたことがあったか?

ただの1度も、皆に報えていないだろ。


”生きることにこそ価値がある”


俺はそれを証明する。たった1人になったとしても、俺は絶対に証明し続ける。

皆が生きるはずだった未来を守ってみせる。


「出てこい……!蒼髪の女ァァッ!!!」


そのとき、微かな冷気を肌で感じ、漂う空気が瞬く間に冷たくなっていった。

いつの間にか雨は止み、分厚い雲だけが空に残る。


「次は……何だ……?」


上がった呼吸が頻繁に冷たい空気を体内に取り込む。

すると、意図せず体が小刻みに震えてきた。

いくら震えを押さえようと、力を入れても体は勝手に震えてしまい拳を作った手は悴かじかんで上手く力が伝わらない。


やがて、吐く息が白くなり、重たい冷気が空から地上に降りていく。

俺は無意識の内に自らを抱えようと両腕を組もうとしたが、左腕は敵に破壊されていた。左腕の付け根を右手で擦り、ダメ元で魔力を込めてみても凍結した部分は元に戻らなかった。ダメ元で行った行為が俺にとある予感を過らせる。


「はあ……はあ、この冷気、凍結され砕かれた左腕……」


頭の中で欠片が組み合わさっていくと答えが完成するのは早かった。

いや、考えるまでもないことに時間をかけすぎていた。


〈これ以上は、時間の無駄〉

「しまっ――――」


またしても、指を弾く乾いた音が嫌に響いた瞬間。

見渡せる限りの光景が一瞬にして白銀の世界に変わり果てると同時に、辺りを漂っていた冷気と呼吸の際に体内に忍び込んだ冷気によって全身が凍結されていく。


「―――ッ」

〈……まあ、退屈は忘れたよ〉


右足が、左足が、内臓が、右腕が、凍っていく……。


俺が……この俺が敗ける……?

死ぬ……だと……?


つい先、誓っただろうがッ!

生きるんだ、俺はッ!!


「……生きて………いくと……、

 決めたんだああああああああああああああああっ!!!!!!!」

〈……〉


――……!


……聞こえたのが指の音なのか、自らが砕かれた音なのか。

俺に知る術は無かった。



*****


今しがた冷気を感じていた体が、柔らかな温もりを感じる。


何だ……ここは…………………。


敵はどこにいる。

でてこい、まだ終わっていないっ!!


俺は、まだ、戦える……………。


敗けていない。死んでいない。だからまだ……!!


『――』


不意に、俺は誰かに後ろから抱きしめられる。

俺を食い止めるみたいに、抱きしめて離れようとしない。


頼むから離してくれ。


俺は戦うんだよ。


まだ…………………。


戦える……………。


俺を止めないでくれ………。



『――さま』


…………………。


……………。


………。


『……エフ様』


…………………。


……………。


………。


セレン……。


この声を聞くのはいつの日以来だろうか。

あの日々と変わらない、セレンの声。


……こんなとこにいたのか。

セレン……。


強張っていた体が脱力し、ゆっくりとセレンの方に向き直った。

お互いの眼が合うと、強く強く抱きしめた。

壊れてしまいそうなくらい、強く、強く。


俺はずっとお前を探していたんだぞ、

見つからないまま、俺はお前を失って……


『エフ様、もういいのです。私は、あなたが……傷つくなら、もう戦ってほしくないのです……』


セレンはさらに強く抱きしめ返してきた。

セレンから伝わってくる想いは直接、心の中に響いているような気がした。


言いたいことも、話したいことも、伝えたい言葉も、いくら時間があっても足りないほど俺はお前に聞いてほしいことがたくさんあるんだ。


『私もずっと、エフ様をお話がしたかった。こうやって抱きしめあってあなたの温かさを肌で感じたかった。いつか、あなたの妻になりたかった。あなたと家族になりたかった……もう、叶わない夢だとしても私はこの夢を忘れたりなんかしません』


そうだ……。


セレンが思い描いた未来を俺たちは生きるはずだった。

全てを引き裂いたのは……、この狂った世界だ。


『あなたは今までずっと戦って、その度に傷つき、苦しみ、充分自らの役目を果たしたのです。これ以上、傷つくあなたを……私はみたくありません……』


戦わなければ、俺が存在していい理由がなくなる。

俺は誰の想いにも報えてやれなくなる。


『だーれが、『報いてほしいわんっエフ様っ!』って言ったよ?』


突然、背後から聞こえた声に俺は首だけ振り返る。


『よっ』


……マーデイズ。


『衛兵騎士団長として、お前をそんな風に育てた覚えはないんだが』


……クレア。


俺とセレンは彼らに向き合うために1度体を離し、手を繋ぎあった。


『なんつーかよ……。俺たちは別にお前にどうしてもらいたいってのは無いんだ』


マーデイズは前髪をかき上げながら言う。

クレアも彼に続いた。


『そうだな。だが、言いたいことならあるぞ。エッフェンバルト。

 お前は……充分、頑張ったよ』


……がんばった……?

俺は何をがんばったんだ……。


『生きてくれたこと』

『しっかり生きたじゃねえか!』

『言葉通りに生きただろ?』


3人が同時に答える。

口調もタイミングもバラバラだったけれど言っている内容は同じだった。


『〈大戦〉でさ、身に沁みて感じたよ。……生きるのは本当に難しい』


マーデイズが歩みを進め、俺とセレンに近づく。


『難しいからこそ、価値がある。生きているからこそ、お前は誰かを想ってやれる』


言い終わってからマーデイズはニッと笑顔になり、俺の肩に手を置いた。


『私たちが託した想いを忘れずに持っていてくれたから、またお前にも会えた』


クレアもマーデイズに倣い、傍による。

彼女は俺の髪をくしゃくしゃと撫でた。


『お前は騎士だ。守る力を持った、強く誇り高き騎士だ』


守る力……。


俺は自分の右の手の平を見つめた。

多くの命を奪い、多くの命を救った手の平にマーデイズとクレアの手が重なる。

2人のあとから、セレンが重ねる。


『エフ様』


……セレン?


『私はこの手が優しいと知っています。あなたの手が差し伸べられることを待っている民がたくさんいます。だから……』


――正しい未来を、掴んでほしい。


セレンは堪えていた涙を零し、言葉に詰まりながらも俺に願いを込めた。


『ずっと、あなたを、あいしています』


どれだけ時が流れようとも、変わらないものが存在するとしたら、それは多分大切な者を想う気持ちなのかもしれない。


100年間、伝えたくても伝えられなかったお互いの想いを、

俺とセレンは重ねた。


想いが溶け合うと、遠くから子供達の声が聞こえてくる。


『おとうさまーっ、おかあさまーっ!』


彼はもう武器を持たない。

協会の地下室に居たときのように、じゃれあい、笑い合い、喧嘩をして、

泣きあって。

あるべき子供としての姿がそこあった。


『あー、ドナ!いっけないんだー。レナ泣かしたー』『な、泣かしてないっ』

『うえええん、ドナが、ドナが叩いたああ』『ご、ごめんってば!』

『あははっ、ドナおもしろいんだけどっ』『ねえねえ、マナ、あそぼお』

『いーよ、ルナっ!』『でもでも、皆、まずはお父様とお母様のとこにいこっ』


子供達が一斉にそれぞれのペースで歩いてくる。

俺たちも歩き出したとき俺の手を、セレン、マーデイズ、クレアが引っ張ってくれた。


『さあ、あなたっ』


あの地獄のような日々、声が枯れるまで叫び、望んでも得られなかった未来。

100年前、この手を伸ばしていたら、俺の未来は変わっただろうか。

過ぎ去った日々はもう戻っては来ないけれど、俺が生きていられる限り、

俺が未来を望む限り、新たな日々は掴める筈だ。


…………………。


……………。


………。


俺は戦うよ。セレン。

セレンたちの想いは受け取った。

こんな俺にも、まだ生きていく価値を見出せるなら最後まで戦って

守りたいものを守ってみせる――。



もし、全てが終わったらまたお前に会えるだろうか……。




*****


…………………。


……………。


………。


瞼を開くと、見知った空が見えた。

分厚く淀んだ雲が俺を見下ろしている。そうか、俺は戻ってきたんだ。

セレンたちがいなくなった世界に。

戻ってこられたのは、セレンたちのおかげか……。


吐く息がさらに白くなり、空からは雪が降り始めていた。

かろうじて右手と両足の感覚は残っているが、凍結されているらしい。

全く身動きが取れない。


「……セレン……、みんな……」


俺はセレンたちの想いを伝えていくんだ……。

こんなところで死んだらもう誰にも届かない……。

動いてくれ……、俺にはまだ……っ


まだ……っ――


〈……完全に凍結させたつもりだったが、無駄な足掻きをしたようだな〉


突然聞こえた声に鼓動が跳ねた。

淀んだ空だけを映していた眼に敵の姿が割って入ると、寒気とは逆に体の芯が熱くなっていくのを感じた。


〈お前の敗けだ〉

「お……れは……、敗けてなど……ぐあっ――」


敵は俺の首を左手で絞め、右手で拳を握るとゆっくり自らの顔の横まで持ち上げ、狙いを定めていた。

最悪の状況にも拘らず、俺の体はぴくりとも動かなかった。敵の一撃をモロに食らえば今度こそ全身が砕かれて俺は死ぬだろう。


きっと、今の俺にも何かできるはずだったからセレンたちは俺の背中を押してくれたはずなのに、結局俺は無力なままなのか。

狂い続けた世界のために今まで戦い、そして、世界はまたしても分岐点に差し掛かっているのに、俺は正しい方向に皆を導いていかなければならないのに、


俺はここで終わるのか?

窮地を脱し、目覚めたところで何もできなければ意味はないではないか。

セレンたちの想いが無駄になってしまうだろ……。


いったい何の為の、守る力だ……。


何が……『守ってみせる』だ……。

何ひとつ、守れていないくせに――。


今度こそ、本当に、俺は――………。


〈……トドメだ〉


「……セレン………すまない……」


敵が拳を後ろに引き、全力で拳を撃ち込もうとした。




そのとき。




『……よせッ!!!!』




……殺したはずのあの男の声が、俺にも聞こえた。


そして、時間が止まったように、敵は拳を構えたまま動かなくなった。



*****



『……りく!』


突然聞こえたリクの声にあたしは驚き、ふたばは両手から力を抜いた。

絞められていた首が解放されて、あたしは咳き込んだ後その場に倒れこみ何度も深く呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせた。


『し……、しき……せ……くん………?』


怒りに満ちていたふたばの表情が見る見るうちに和らいでいき、強い殺気を感じなくなった。次第にふたばもへたり込むように座った。


『いきてる……?式瀬君――』


その瞬間、あたしとふたばは本当の意味で目が合った。

お互い見つめあった時間はほんの数秒だけど、あたしにはその数秒がとても長く感じた。


『かんな……ちゃん……なんで――』

『ふたばっ!!!!』


ふたばが何か言い終える前にあたしは思い切り抱きついていた。

同時に、今いる世界こそが、あたしの現実なんだと理解した。



*****



〈……死の淵から目覚めたみたいだな、器よ〉

「……ああ。栞菜と……お前のおかげだ」

〈随分、嬉しくなさそうに聞こえるが気のせいか?〉

「……なんて言ったらいいのか、わかんねえんだ……」

〈だろうな〉


実際、自分に何が起きたのかよく分かっていない。

首の骨を砕かれた瞬間の痛みと感触は覚えているし、目の前が真っ暗になったのも覚えている。自分でも、全てが終わってしまったんだと思った。

だけど、俺は今こうして再び意識を取り戻している。

助けてくれたのが栞菜だというのは、あの日の夢が教えてくれたし、何より……、

栞菜は俺の中にいる。栞菜の声が聞こえてくる。


〈まあ、物思いにふけるのは後にしろ。目の前の状況が見えないか?〉

「いや……見えているよ」

〈なら、なぜ止める?後はトドメを刺すだけなのだが〉

「……」

〈どうした?〉

「俺は……、こいつを……殺さない……」

〈……理由は〉


理由?

正直、明確な理由なんて用意していない。

ただ、俺は死ぬ寸前に様々なことを思い出した。


全てが始まる前から、戦いが始まってからのことも。


そして、もうひとつ流れ込んできた記憶がある。

それは多くの悲しい過去の出来事。



――魔導師たちの”戦う理由”だった。



*** ***



――『アタシは、レイティアを止められないのか』


『イルヴァナでも、止められない。この世界は争いばかり。私たちが命を救うために作った傀儡が戦争の道具になっている。それでも、傀儡を必要としている魔導師は大勢いるの。〈朽体病〉で苦しんでいる魔導師だって。もう、そんなの見ていられない。私がなんとかしなきゃ。他の誰かがじゃない。私がなんとかしなきゃいけないの』


『そんなの、傲慢だ!!!』


『傲慢でもいい。何だっていい。私はこの世界を守りたい。そして、イルヴァナを守りたい』


『アタシは、レイティアを、まもりたいんだ・・・・・』


*** ***



――私にも、魔力があれば。

私にも、ウィズみたいに笑ってごまかせるほどの芯の強さがあれば。


私はウィズが持っていないものをたくさん持って生まれた。

対してウィズはどれだけのものを失って生まれてきてしまったのだろう。


私は、ウィズと一緒がいい。


失うものも、得るものも、笑うときも、泣くときも。


……ウィズのこと、だいすきだから。


*** ***


『ねえ、ウィード。これからどんなことがあるのかな』

『・・・ウィズ、どんなことでも、たのしそう』

『いやいや、そんなことないよぅ。訓練だって厳しいかもだよ?』

『大丈夫。ウィズの側、私、いる』


そう言って、ウィードがおいらの手を握る。


『手、繋いで、行こう』


*** ***


『ナキハ・・・、おいっ!死ぬんじゃないっ!』


それはもう、自分の命がどうとかの叫びじゃなかった。

ただ純粋に、生きていてほしかった。


ガキは嫌いだったはずなのに。


『お前は、こんなところでこんな死に方をしてはいけないっ!まだお前はこの世界で生きなくてはならないんだ!お前にはその資格があるんだ!!だから、私と共に帰るんだ!!』



……どうして、この世界は、こんな世界なのだ。


*** ***


『・・・なあ、ウィンディ。私は、生きてちゃいけなかったのかな』


そんなことを言う姉をわたしは強く強く抱きしめた。


『生きてなくちゃ、いけないんです』



お姉さま・・・、生まれ変わっても・・・


ああ、生まれ変わっても、


――あなたの妹でありますように。

――お前の姉になれますように。


*** ***


――セレン・・・。

  生きているのなら、どこにいる?

  

  生きてさえいるのなら、それでいいんだ。


  生きてさえ、いてくれれば・・・・・・・・・・・・。


*** ***


『あ、エフ、いいこと教えといてやるよ。心して聞けや』


『『生きることにこそ、価値がある』らしいぜ。一番信頼している奴から聞いた言葉だ。間違いねえ』



――そんじゃあ、またな。


*** ***


『セナ、マナ、ルナ、ドナ、レナ、ラナ、エナ』


俺が名前を呼ぶと、微かに光を帯びる傀儡の子供達。


まずは、セナ・・・お前からだ。



小さな額にくっつける。

この子は、どんな女の子になるだろうか。


セレン、君はどう思う・・・?


・・・いい子に育ってくれると、いいよなぁ。


*** ***



*****


「俺は、ずっと勘違いしてたんだと思う。お前ら魔導師が人間の世界を奪おうとしてる理由も、戦う理由も。お前らみんな、いろんなものを失って、傷つけて、傷ついてきたんだ。生きていくために必死になって戦ってきただけなんだ。俺はそんなお前らのことを何も知らないでただ”自分の世界を守る”って理由で戦ってきた。……自分達のことしか考えてなかった」

〈……〉

「……貴様が何を見たのか知らんが、それこそが勘違いだ。魔導師にとって人間は単なる道具にしかなりえない。自分達だけのことを考えているのは魔導師も同じだ。貴様に悟られる筋合いも無い」


「だとしても、俺がお前らの命を奪ってもいい理由になんかならねえんだよ!!」

「……貴様は馬鹿か……」


イルヴァナもウィズとウィードもウィザードも、エッフェンバルトの子供達も、

魔導師の家族達も、みんな、人間と同じなんだ。


好きな人がいて、友達がいて、兄弟がいて、両親がいて、誰もがその存在を愛して、守ろうとした。守るために、命をかけて戦ってきた。


「人間と魔導師は、きっと分かり合えたはずだろ。俺たちが持っていないものをお前達は持っているし、お前達が持っていないものを俺たちは持っている。最初からお互いに助け合っていれば、戦う必要なんてなかったんだよ……」

「……無理に決まっている。戦わずに得られる未来など――」


エッフェンバルトの言葉が詰まる。

信じられないといった表情を向けていた。


俺が自分でも、訳も分からずに泣いていたからだろう。

エッフェンバルトにしてみればやはり理解できないのかもしれない。


振りかざしたままの右手の拳で俺は多くの命を奪い、

魔導師たちの未来を閉ざそうとしていたんだ。

俺にそんな権利あるわけが無い。

人間を守れるなら、魔導師だって守れるはずだった。


この手を開いて、手を取り合っていれば、あいつらを救えたかもしれないのに。


俺は右手を降ろし、エッフェンバルトの胸に置く。


「ごめん……エッフェンバルト……。俺はお前の子供たちまで……」

「なぜ、貴様が……泣くんだ……。本当に訳が分からん……」



――『お姉さまを助けてくれて、ありがとうございました』


あの魔導師の言葉の意味がようやく分かった。


何もかもが結果論でも、まだ間に合うのなら……。

これから、全てを変えていけるのなら――。


俺は右手に力を込めて、エッフェンバルトの凍結を解いた。


「……なんだと!?」

〈……〉

「流々禍、元の姿に戻してくれ」

〈……分かった〉


体から流々禍の感覚が退いていき、俺は本来の姿に戻る。流々禍の再生能力のおかげか、この姿に戻っても両腕はしっかり治っていた。零れた涙を拭いて一息吐き出す。

俺はエッフェンバルトの上から立ち上がり、再生された右手を差し出した。


「……さっきからなんのつもりだ?」

「もう俺には、お前らと戦う理由がないから。

 ……殺したいなら……殺せ」

〈それは童がさせんよ。主の願い故に〉


でもそのくらいの覚悟はある。

ここで手を取り合えなければ、一生戦いは終わらない。


戦いは終わらせるべきなんだ。

あんな悲しい記憶は繰り返さなくていい。


「………………」

「………………」


エッフェンバルトは何も言わず上体を起こした後、差し出された右手を見つめる。

長い沈黙が俺たちの間に流れていった。


やがて雲の切れ間から月が顔を出し始め、一筋の光が差し込む。

光の輪は徐々に広がって、雲は消える。

月光に照らされた魔導師の世界はまさに幻想的な世界だった。


長い膠着状態の後、エッフェンバルトは答えを出した。


「……失せろ」

「えっ?」

「今すぐ、俺の前から消えてくれ。……命は取らんし、どうせ無駄だろう。目的を果たしたらこの世界から出て行け」

「お前――」

「俺の気が変わらん内に消えろッ!!!」


激しい怒号が俺を戸惑わせた後、ごく自然に右手は降ろされた。

悔しさと無力さを潰すように、右手を握り締めてしまう。


「そうか……」


俺の決意以上にエッフェンバルトの意志は硬い。

背負ってきたものの重さが違いすぎる。

一生かかっても俺はエッフェンバルトの背負っている重さを知るなんてできない。

きっと知られたくも無いのだろう。


もっとはやくこうしていれば――。


結局、最後に残るのは後悔ばかりだ。

戦いからは何も生まれないと知っていながら、どうして戦わなくちゃいけないのか。



もどかしいくらいに、俺は無力だ。



エッフェンバルトに背中を向けて歩き出す。

背後からは何も感じなかった。



こうして、俺とエッフェンバルトの”戦い”は、決着を向かえた――。



*****


――〈クリア・セントラル〉城下の町リンフィル


「……っ」


俺は走っていた。

走っていないと落ち着かなかった。

エッフェンバルトの一件もあるが、次元に穴を開けられてからの時間も気になっている。さらに言えば、手がかりが全く無い。手探りで探していては時間は無駄に過ぎていくだけだ。

こんなとき、リロウスの魔力探知が役に立つが、リロウスの存在が感じられず、枝紡と栞菜に聞いてもいない、と答えた。

リロウスは、もしかしたら……さっきの戦いで――。


嫌な予感ばかりが捜索の邪魔をしてくる。ひとつひとつの余計な考えを取っ払ってもまとわりついてくる。だから俺は走るスピードを上げた。


栞菜はこれまでの事情を枝紡から説明されて、少しだけ泣いていた。

栞菜がどういった経緯で俺の体に飛んできたのかは俺には分からないままだが、この状態は栞菜の精神的にも肉体的にも良くないことは確かだろう。


当の本人は『気にしなくていいから』と言っているが……。

早く、何とかしないと――。


石畳の坂道を駆け上がり、街の高台に上がった。

半壊した城がエッフェンバルトとの戦いを思い返させる。


しかし、それ以外にどうしてか俺は城の方から目が離せずにいた。

あの城には、〈主様〉とか言う奴がいるんだよな……。

人間を作り、魔導師に進化させたっていう、所謂”かみさま”に近い存在があの城のどこかに……。


なんなんだ……この胸騒ぎは……。


違和感が押し寄せ始めたとき、ほんの少しだけ空が光った。


次の瞬間――。


!!!!!!!!


「なんだ!?!?」


赤い閃光が月の下の空から伸びてくると、真っ直ぐに城を撃ち抜き、

大爆発を引き起こす。


「うああっ!!」

『式瀬君!危ないっ!』『リクっ!!』


爆発により飛来した瓦礫を流々禍が防いでくれた。


「な……なんなんだ?これは?」


大爆発の衝撃が冷めない内に、今度は呻り声のような大勢の声が聞こえてくる。方向としては閃光が発生した方向からだ。


「見に行こう」


流々禍の蒼い羽を広げて声がする方へ。

そこでみた景色に俺は絶句した。


「……何してんだよ、あいつら……」


それは魔導師たちが武器を持ち、隊列を組んで行進しながら対抗勢力と見られる魔導師の一団と戦闘している光景だった。

いや、戦闘というより隊列を組んでいる魔導師集団からの一方的な暴力だった。


傷を負い、無抵抗になった魔導師に対して執拗なまでの攻撃を繰り返し、血を浴びながら絶叫している。

その表情は恍惚に満ちているようにさえ見えた。

俺は奴らが進む方向の先を見る。

そこには、さっきまで俺がいた街と城がある……。


こいつら、まさか――。


!!!


「――くっ」


そのとき、俺の元へ矢と槍が数本飛んでくる。俺の存在に気づいた一団から数十人の魔導師が飛び出し、俺を空中で取り囲んだ。


「……なんだよ?お前ら、何してんだよ!!」


だが、俺の問いに対する返答は聞けなかった。

代わりに、魔導師たちは一斉に攻撃を仕掛けてきた。


『戦争が始まった』と、奇声を交えて叫びながら。



*****



――『もう俺には、お前らと戦う理由がないから。

   ……殺したいなら……殺せ』


俺は、瓦礫にもたれながらあの男が言っていた言葉ばかりを反芻させていた。

考えるまでもないはずなのに、どういうわけかあいつの言葉が消えてなくならない。


――『人間と魔導師は、きっと分かり合えたはずだろ。俺たちが持っていないものをお前達は持っているし、お前達が持っていないものを俺たちは持っている。最初からお互いに助け合っていれば、戦う必要なんてなかったんだよ……』


分かり合えたはず……だと?

無理に決まっている……。

そんな簡単に分かり合えるのなら、苦労はしない。

戦いだって起きなかっただろう。誰かを失うことも無かっただろう。

初めから、答えは出ている。でも、答えに辿り着けないから俺たちは違う答えを導くために戦ってきたんだ。

人間の稚拙な思考が、俺たちに通用するわけ――


『ごめん……エッフェンバルト……。俺はお前の子供たちまで……』


……なぜ、謝る。なぜ、涙を流した。敵のためになぜそこまで……。

俺も子供達も、イルヴァナもウィズとウィードも、全員お前を殺すことだけを考えていたんだぞ。なのに、なぜ……、あいつは俺たちのために泣いたんだ……。


分からない。

人間とは……、なんなんだ……。

分かり合うとは、なんなんだ……。

お前は、答えを知っているのか?


人間よ……。



「……ん?この気配……は――」



俺は夥しい数の気配と匂い、そして殺気を感じ取る。

立ち上がって、耳を済ませた瞬間に、空が赤くなり、城が爆発した。

大小様々な瓦礫が降り注いでくる。


「いったいどこから――」


――そして、月の下、遠い東の空に、あいつの姿を見つけた。


「……またあいつ……、いや違う……あの一団は……」


〈イースト〉の国軍……!


何故奴らが……、オリオンはどうした?

まさか、〈イースト〉は本気で世界を終わらせるつもりか!?



今、戦いを起こしたら……また……。


〈大戦〉の記憶が呼び覚まされ、頭を抱える。

しかし、聞こえてきたのはセレンの声だ。


――『私はこの手が優しいと知っています。

   あなたの手が差し伸べられることを待っている民がたくさんいます。

   だから……』


――『正しい未来を、掴んでほしい』



……正しい、未来……。


俺は右手を広げて見つめた。



瞬間的に脳裏に浮かんだのは、やはりあの男だった。




お前は、本当に未来を変えられるのか。

人間であるお前に、世界は救えるのか。






……お前は正しい未来を、築けるのか。






「セレン……、俺は……っ」




*****



「くっそ……こいつらっ!やめろっ!!俺たちが戦っても意味無いんだ!!」


それでも魔導師の攻撃は止まない。

流々禍の攻撃無効でダメージはゼロだが、俺の呼びかけにも応じないため一団の侵攻を止められずにいる。

倒さずとも水や大気の水分を操り、手足を凍結させ魔導師の動きを封じてはいるものの、相手は気にせず突っ込んでくる。

狂人のように、殺すことだけを考えているように見えた。


「どうにか止める方法は――」

「ウグァァァァァァッ!シネ゛エ゛エ゛エ゛エッ!!」


まさに狂った声をあげ、1体の魔導師が俺の背後を詰める。

攻撃無効に気がついていないはずは無い。なのに、こいつらは……。

なんで、戦う事を求めてんだよっ!!

戦うのをやめてくれよ!!!


『リクっ!!!』『式瀬君!!』

〈仕方ない。主の想い人を傷つけるようならば、願いに反する。故に殺す〉

「だめだ!俺は、もう殺さない!!戦うな!!」


流々禍が乗っ取ろうとした意識をすぐに奪い返し、俺は攻撃を受ける。

水が弾けて、再生されても尚、数十人の攻撃は一斉砲火で俺に襲い掛かろうとした。


「こんなの意味が無いってこと、教えてやるんだ!!戦わずに得られる未来があるってことを!!」


そして、刃が俺に触れようとしたとき。


俺の前に大きな影が現れて、

片手で持つには大きすぎる大剣で魔導師たちを一閃した。


「……!」

「……攻撃無効を持つ貴様には……助けは不要だったか」

「エッフェン……バルト……」

「……俺は戦うぞ。……分かり合えるときがくるまで」

「お前……」


俺はエッフェンバルトの隣に立ち、左腕の付け根に触れる。


「流々禍、再生できるか?」

〈容易たやすいが、いいのか〉

「ああっ!!」


直後にエッフェンバルトの左腕が氷で再建される。


「ふん、余計な世話を……。まあいい」


そう言いながらエッフェンバルトは大剣を左手に持ち替え、右手を俺に差し出す。


「……人間よ。手伝ってくれるか。戦いを止めるにはお前の力が必要だ」


エッフェンバルト……!!


そんなの、答えなんか決まってる。

枝紡も栞菜も、同意だった。


「おおっ!!止めよう、こいつら全員!!」


俺は差し伸べられた右手を取る。


エッフェンバルトの手の平は、温かく

人間の手の平と何も変わらなかった。





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