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『te:tra』  作者: 坂江快斗
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〈episode47〉彼女がついた嘘 後編



リゲルはその後、周囲の魔導師たちからも可愛がられながらすくすくと成長していった。

私自身もリゲルが生まれてから自分の為すべきことが見えるようになり、妻としての在り方と王に仕える魔導師としての在り方と子を育てる母親としての在り方を私なりに考えた。

まさか自分が自分以外の者に対して、多くの考えを抱くなんて思いもしなかったが、これも全て”守るべき存在”がいてくれるおかげなのだろう。


空っぽだった私を、トレバートとリゲルが変えてくれた。


……しかし、変わったのは私だけではなかった――。


*** ***


生きる環境とそれを取り巻く関係は、いとも容易く心を変化させる。

私がそうであったように。


私も含め、この世界に生きる民の殆どが”生きている”ことに横着し、慣れすぎてしまっていた。魔導師は肉体的損壊が外部から与えられない限り、ほぼ永遠に近い時を生きる。魔力により、生体活動が常に活性化されているからだと言われてきた。

故に、中途半端な自殺では死なないし、耐え難い苦痛が残るだけである。


”生きる者”と”生きている者”は根本的に存在意義が違う。

前者は何をしてでも生きようと必死になり、また生きる為に剣さえも握る。

対して後者は変わらぬ毎日をただ過ごし、無意識に呼吸を繰り返す。

さも、生きていることが当たり前としか思わないのだ。

だが、そう考えるのも無理はない。

先に言ったように、魔導師たちは長い時間を生き過ぎた。

時間は”生きている者”には”退屈”を生み、

”生きる者”に”果て無き永遠”を生んでしまった。


尤も、そんな事実に気づいているのは私だけではなかったはずだ。

当の昔から、それこそ”当たり前”の事実としてこの世に蔓延はびこっていたのだろう。

生を求める者もいれば、死を求める者もいる。常に2つの存在で割れてしまう。


だから、世界が壊れるのはあっという間だった。



……〈朽体病〉は劇的に世界の在り方を覆した――。



突如として世界に降り注いだ死の香りは、”生きる者”の血を滾らせ”生きている者”の恐怖心を煽る。


迅速且つ懸命な選択を迫られた世界はやはり、生きることを望んだ。


”かみさま”が提示してくれた死を、私たち魔導師は拒絶した。

当然と思える選択は天の怒りを買うには充分だったらしい。


”生きる者”と”生きている者”、割れていた2つの存在は、半ば強引に

”死を恐れる者”として1つの存在になった。


それは戦う、殺しあうことへの動機として魔導師たちの心を犯し、内なる闘争心を増幅させ、結果、世界各地で多くの血が流れるようになった。


刻々と最悪の結末に向けて状況が動く中、トレバートたちは抗う手段を探していた。

言い換えればそれは、生きていく手段を探していたと言える。

彼らは間違いなく、世界を変える為に行動を起こした。

毎日苦悩に追われ、肉体が崩壊するかもしれない恐怖と戦い、

自分達の威信を賭けて”ある物”の製作を始めた。


魔導師の魂自体を転移させ、新たな肉体とするための〈傀儡〉だ。


傀儡が完成した日、トレバートは大いに喜び、大いに泣いた。

眼を潤ませる表情は何度か見たけれど、涙を流してまで号泣した姿は初めて見た。

彼をそこまでに至らせたのは〈朽体病〉による犠牲者の数に他ならない。


それに、彼は私にも仲間にも何か”事情”を隠していた。

その”事情”とやらは相当、彼を苛み、飲み込もうとしたはずだ。

出会った頃、見せてくれていた優しさや笑顔は〈朽体病〉事件以後、

殆ど見なくなり、表情には疲弊が増えた。


トレバートたちの尽力により、世界は一時の平穏を取り戻したかに思えたが、永く続くことはなかった。

〈朽体病〉の恐怖に駆られた者達が引き起こし、激化していた戦いは終わる……。


誰もがそう思っていた。

だが、戦いは終わらなかった。

皮肉にも、絶望の窮地から世界を救ったはずの〈傀儡〉によって。


〈朽体病〉事件以後、世界を満たしていたのは”生きること”への渇望だった。

しかし、我々が突然手に入れた”希望”は、あまりにも大きすぎた。


何せ〈傀儡〉は、〈朽体病〉が発生する以前まで魔導師が死ぬ唯一と言っていい方法だった、”肉体の損壊”さえも取り払ってしまったのだ。


〈傀儡〉を所持していれば、何度でも肉体の転移を行える。

魔導師は完全に近い永遠の命を手に入れて、あれほど恐れていた”死”を全く恐れなくなった。


死を恐れなくなった魔導師が次に目指したのは、互いを”支配”すること。

自らの欲望に駆られ、殺戮を繰り返す魔導師もいたが大多数が国家の思想に従い戦い争い、あまつさえ、世界全てを支配しようと企てた。


その為に必要とされたのは、〈傀儡師〉と〈傀儡〉。

狂い始めた世界は〈傀儡師〉と〈傀儡〉を奪い合った。


崩壊の足音がすぐ後ろまで迫ってきていたと気づいたときには、何もかもが遅く、

多くの命と時間をかけて作り出した”希望”は、あっという間に”絶望”と”狂気”を宿す悪魔の兵器へと変遷を遂げる。


けれども、こうなってしまうことは誰にだって予想できたはずだった。

自らの欠点を取り払い、我々は1歩、神様に近づいてしまったのだから。


だが、我々はただ近づいただけだ。生きていくために。

近づくのも、生きるのも許されないと言うならばなぜ神様は我々を作った。


トレバートは想像しうる限り最も最悪の未来さえも予見していて尚、傀儡を作る決断に至った。

もしかすると彼は、世界を試そうとしたのかもしれない。


世界がどちらの運命を選択するのか。

どのような運命を辿っていくのか。


意思を持たない〈傀儡〉にこの世全ての善と悪を問い、〈傀儡〉を得た者が歩むはずの未来を見つめて彼は賭けに打って出たのだと思う。


あくまで、決めるのは自分達の意思だから。


たとえ、世界に求めた選択が微かな光と分かっていても、

その先に求める輝きの光があるのならば、”英雄”たちは、必死に手を伸ばす。

苦悩し、葛藤し、想いを背負い、明日を目指し、昨日を悔やみ、痛みを負いながら、

――決して諦めずに。

きっと誰も、何も、間違ってなどいないはずだった。


それでも、1度始まってしまった崩壊は止まることなく、崩れ去るまで続く。


今まで長い時間をかけて積み重ねてきた歴史も、作ってきた環境も崩壊するまでにかかる時間は一瞬だ。


世界を救おうとし、得られるはずの輝かしい未来はするりと手のひらから零れ落ちて踏みにじられた……。


そして、”英雄”たちは問うことをやめ、自らの答えを導き出す――。


*** ***


世界の各地では、血で血を洗うような争いが頻繁に発生していた。


私には、眼の前に叩きつけられた現実が信じられなかった。


受け入れなければならないと分かっていながら、抗おうとする自分も存在していて

一体どちらが本当の自分の意思なのか自問自答する日々を過ごした。



ようやく手に入れた幸せはいつまでもつづくと思っていたし、

いつまでも、トレバートとリゲルと3人で家族として過ごしていけると思っていた。

失ってばかりの今までだったから尚更、家族を失うことを恐れ、〈クリア・セントラル〉の魔導師として自分がすべき役割を放棄し、逃げようとさえ考えてしまう。


だが、逃げた先にも終わりが待ち受け、逃げる間も終わりは音もなく追ってくる。

私を襲う、言いようのない不安は再び、私の心を凍らせていった。


あの忌まわしい〈大戦〉が始まる前日。

これから何が起きるかも分かっていなかった私の前に、トレバートとリゲルが手を繋いで現れ、これから少し留守にすると告げた。


なんのことなのか理解が追いつかず、私は何度もトレバートにどこへ行くのか問い詰めたが彼は頑なに行き先を言おうとはしない。

隣で手を繋いだリゲルは、きょとんとした表情で両親の会話を聞いている。

その姿に、私は過去の自分を重ねた。


トレバートは淡々と、〈朽体病〉と〈傀儡〉を巡るこれまでの顛末を独り言のように話し続けた。

私には彼の話している話が全くと言っていいほど耳には入らない。彼がリゲルを連れてどこにいってしまうのか、なんとしてでも聞き出そうと考えていた。

しかし、話半分に聞いていた話も要約してしまえば、もう家族ではいられないという意味だったらしい。

彼は私を置いていくつもりなのだ……と1度思考が振り切れた途端、彼に対する不信感が僅かながらに芽生えてしまったのを自分でも感じた。


こうやって、私はまた1人になってしまう。


1人じゃない、傍に居てくれる者がいる……。

そう思っていたのは自分の勘違いだったのか。


唐突に訪れた別れによって私の考えは1周する。

またあんな風に失ってしまうくらいなら、私から彼らの元を去るしかない、と。


そうすれば、ずっと自分のせいにできる。自分が悪かったことにできる。


不穏な空気を察したのか、リゲルがぐずりだしたがトレバートは私にリゲルを触れさせまいと自ら抱っこをして1歩下がった。

大きな瞳に涙を溜めて、リゲルは私を見る。

私も1歩を踏み出し、手を伸ばせば愛する娘に触れられるのに。2人との時間が元に戻るかもしれなかったのに。


そんな勇気は出ないくせに、伸ばしかけた手は降ろせてしまう……。


つくづく……自分は逃げてばかりだと思った。

逃げてしまう方が楽になれる。

想いを抱いて誰か追うのは、今の私にはできない……。


弱い。弱い。私は弱い……。


弱い私は自分自身を守る為に決意する。

いつか心の氷は溶けると思ったから。

いつかいろんな”恐怖”から解き放たれると本気で信じていたから。


……なにより、彼と娘を心の底から愛していたから。


心に傷を負えば、その傷は一生治らない。

一生、その傷を抱えて生きていけるのだから。

時が経って、お互いの存在が希薄になろうとも、

決して忘れずにいられるはずだから。



もう2度と訪れない家族の時間を、求めてしまわないように――。



――私は、自分のための嘘をついた。



「……あなたたちと出会わない未来を……望めばよかった」



遠ざかっていく背中と小さくなっていく泣き声が心を締め付けたとき、

凍った心の氷が溶けて、砕けたような音が鳴る。


私は2人の姿が見えなくなるまで、その場から見送っていた。



*** ***



私が全てを知ったのは〈大戦〉が始まって5年目のこと。


マーデイズとエッフェンバルトから聞いた情報は私に途轍もない後悔をさせた。

5年前、嘘をついた自分に対して激しい憎悪を抱かせると同時に1つの決意を握らせた。



そして、その年――。



私は、10年ぶりに故郷である〈ノウス〉へと向かう。



今度は、真実を告げるために。



今度こそ、世界を変えるために。














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