〈episode4〉 傀儡師が生まれた日 前編
100年前、戦火が燃え盛り、死人の上に死人を折り重ねたこの世最悪の時代。
傀儡師が一夜にして絶滅した。
いや、成し遂げたというべきか。彼らは自らの魔力を最大で発揮し、
一矢報いると同時にその身を粉々に吹き飛ばした。
魔導師にとって本当の最悪はそれからだったと傀儡師を失い、初めて気付く。
100年。
もう幾分も昔の話のように思える。
礼によって傀儡によりほぼ永遠の時を生きる魔導師には、100年という時間は孤独を与えられても長くはないだろう。
だが、それは傀儡あっての話。
傀儡なき今、100年という時間こそが永遠に感じられた。
…なぜ彼らは傀儡師になったのだろう。
…なぜ彼らは傀儡師として生きる運命を選んだのだろう。
…なぜ彼らは戦争によって奪い合う存在にまで大きくなったのだろう。
傀儡師はなぜ、生まれたのだろう。
世界の理があるとするなら、これもまた必然だったということなのか。
偶然とは存在しないものである。
そんなことを聞いたことがある。
全ては必然であったと、そう言いたいのか。
人が人に依存するように
我ら魔導師は傀儡師への依存を「余儀なくされた」のだ。
生まれたことも、滅んだことも必然だというのなら、
この世界は、誰の為の世界なのだろう。
*****
叩きつけるような雨。体を押し倒すような風。所謂、嵐。
山登りには最低最悪な今日、魔導師・ヌエリは砕けていく体を強引に引きずりながら神がいるとされている山頂を目指した。
単純な話だ。この世の一番高い場所には、神がいるのではないかと思うのは。
つい3日前の事。いつものように森へと狩りに行ったヌエリはその日も簡単に獲物を捕まえられるはずだった。が、武器を持った左腕を振り上げると突如として肩から砕け散ったのだ。幸か不幸か、痛みも無く、前触れもなく、武器もろとも左腕は彼方に飛んでいく。自身の後方に遠ざかる腕が落下と同時に今度はガラスでも叩き割ったかのような破砕の音を森と獣と自身に聞かせた。
かろうじて獣を魔力で殺すことは出来たが、左腕を生成することは叶わなかった。ヌエリは急いで医者に駆ける。しかし、魔導師の世界が始まって以来の奇病に医師も首を傾げるので精いっぱいだった。医師はヌエリを裸すると、全身をみて目を丸くし、同時に不味い料理でも食べたような声を漏らす。
ヌエリの体は、ヒビだらけだった。
ヌエリはどうにかこの奇病を治すようにと医師に詰め寄るが医師もどうしたものかと今度は俯くばかり。
長い沈黙の後、医師は「城に行ってみては?」と助言する。
城には、我らを〈人〉から〈魔導師〉へと人類が歩んできた進化という道程を覆した〈主〉が鎮座している。神にも等しき存在であり、神ではない存在。
それが我らの〈主〉
ヌエリは軋む体を引きずるようにして城へと向かった。城はとても巨大で遠近感覚が歪んでしまいそうになる。幾度も進めど一向に城には近づいている気配がない。
数時間歩いてようやく気付いた。”城には辿りつけない”と。
自分は、主に見放されてしまったのだと。そう思った。
ヌエリは再び医師を訪ねる。すると医師はこんなことを口にした。
「主も神から生まれた存在。ならば神に祈りを捧げてみてはどうか?」
それは医師の自らの職務の放棄にも聞こえた。
同時にそれにすがるしかないという道標にも思えた。体の崩壊。これは誰にも治せない病気なのだ。
魔導師は病まないと思っていた。病んでしまうのは不完全である証拠だと。かつて主は人間に魔力を注いだ。そして魔力が根付き、芽生え、花を咲かせたものは魔導師となり〈完全な体〉を手に入れ、魔力が根付かなかった所謂、進化できなかった側の人間は〈不完全な体〉として病を不本意ながら手にした。
究極の進化として病まない体を手にした魔導師である自分が今、体の崩壊というまさしく病を抱えたのだ。ならばなぜ自分は進化したのだ。何の為に魔力を手にし、進化の道を歩むと決めたのか。
それも全て〈主〉の思惑なのだとしたら…。
外に出ると、厚い雲が世界を覆いつくし、およそ光と呼べるようなものはどこからも差し込んでいない。暗黒である。たった今世界に自分一人だけが放り出されたのではないかと不安がよぎる。
一瞬、巨大な風圧がヌエリを医師の家から遠ざける。10メートル、20メートルと転げていくと、いとも簡単に体のあちこちが砕けていった。人間のように血は出なかった。ガラス片のように体がぼろぼろと朽ちていく。割れていく。ヌエリは近づいてくる自らの死から逃げ出すように、城の反対にそびえる山へと向かった。
晴れた日には、木々が輪唱するように揺れては音を奏で、鳥たちがさえずりハーモニーを加えると、自身の足元がすっと軽くなり、彼らのオーケストラにリズムを加えた。決して険しさも無い山だった。家族ともども一緒に登って山頂で我が街を見下ろしたことだってある。
だが今の山は、何人も立ち入ることを拒むように行く手を阻もうとする風が吹き荒れ、次第に雨足も強めていく。一歩踏み出すごとに崩れていく体。歩きなれた山道は、もうそこにはなかった。
ヌエリは近くの木の枝をへし折り、杖にして体を支えひたすら山頂を目指して歩いた。
嵐は激化していく。天空には稲妻が龍のように舞い踊る。時折、それは街や城に猛威を振るっているのが見えた。
まるで地獄だ。
ヌエリは見たことも無い景色を地獄だと言った。
いよいよ山頂に辿りつく。ヌエリは一息ついて上着を脱いだ。体は医師に見せたときよりも損壊しており、いよいよといったところである。
ヌエリは自分の家の方を眺めた。あそこには最愛の妻と息子がいる。
今朝まで何事もなく、「おはよう」と言い合い、「いってきます」と家族がいる喜びを胸に秘めた。そんなありふれた光景がヌエリの見つめる先にはあり、それはもう自分にはないものだと察した。
この世界には何もない。
ヌエリは立ち上がり、最後の力を振り絞って木の枝を天に掲げ、神に祈りを捧げた。
『家族を守ってくれ』
祈りは、嵐によって掻き消され、
天空の龍が、ヌエリの体を貫き、
そして彼を焼き尽くした。




