〈episode44〉彼女が決めたこと
――〈サウス〉 国王宮
「が、ガイアル国王陛下!!!」
息を切らせて1人の兵士がガイアルの元を訪れる。顔面は蒼白、水を浴びたように汗を垂らし、肩を上下させながら上がった息を整えた。
背中に飛んできた声にガイアルは振り返り、兵士に問う。
「何事だ?」
「はあっ…はあっ……、通信部隊より報告!〈イースト〉の国軍が侵攻を開始した模様!」
「〈イースト〉が動き出しただと?」
「はいっ!それだけではございません!〈イースト〉上空に次元の歪みと思しき亀裂が発生。異常現象に並行して戦闘が始まっています!〈クリア・セントラル〉でも同様の現象アリ!エッフェンバルトが戦闘を開始!戦況が動いております!!」
「……」
言葉を飲むガイアル。顎に手をやり、思考を巡らせる。
すでに戦闘が始まっていることへの不信感と〈イースト〉、〈クリア・セントラル〉に起きている異常現象に対する不穏。ガイアルの心の中では何かが引っかかっていた。事の運びが異様なまでに速い……。〈イースト〉の宣戦布告から侵攻、戦闘開始まで、まるで時間を合わせているかのように事態が変化していく。
一見、〈イースト〉の突然の反攻に見える今回の事件だが、あらゆる条件の重なり方が歪だった。
しかし、今までにないケースではないだけにガイアルの考えは予想の範囲を超えない。故に、迂闊には動けない。ここでの判断ミスは国に死を招く恐れがある。
「いかがなさいますか?国王陛下」
王子ベリアルはガイアルに判断を委ねる。彼も相応の覚悟を決めたらしい。
けれど、ガイアルの出した答えはベリアルの予想を下回ったものだった。
「……確かに動向は気になる。しかし、罠の可能性や我々への挑発である線も否定できん。我々の為すべきことをまずやるのだ」
「では、引き続き”壁”の建設を」
「早急に、と伝えろ。あと、国の周り15キロに渡って暗部隊を配備、少しでも不信な気配を感じたならば、即伝達及び国家の守護を最優先とし、防衛にあたれ」
「……攻めないのですね?」
「駄目だ。攻めてはならん。それこそが”敵”の思う壺かもしれん」
ガイアルは初めて”敵”という言葉を口にした。
国王の指令にベリアルも逡巡したが、すぐに首肯し各隊へと向かった。
どうにも嫌な予感がしていることは、自分の内だけに秘めたままだった。
*****
――〈ノウス〉 要塞山
鍛冶屋のクーを筆頭に兵士達が武器の製造を行う中、国王ハーディが自らの足でクーの元を訪れていた。現状視察のつもりだ。老体に鞭をうち、休む間もなく、寝る間も惜しみ、武器の製造を行ってきたクーにとって右肩に置かれたハーディの手は彼の鼓動の動きを転調させる。
「どうかねぇ、クーよ。順調か?」
「……あぁ、順調すぎて怖いくらいじゃのぅ……」
「そうか、それならば素晴しい!」
ハーディは両手を広げて高笑いする。黙々と作業をしている兵士達全員にその高笑いが聞こえた。
笑い終えた後、ハーディはクーに耳打ちをした。
「実はな、戦況が動いているらしい。どうやら〈イースト〉が本格的に侵攻を始めたらしいのだ」
「……なんと……確かな情報ですかな……?」
クーの全身に緊張が走ると共に、オリオンが言っていたのはこの事かと思い出していた。彼がオリオンを思い出しているのを察知したかのようにハーディは続けて言う。
「それでだな、もう〈イースト〉の上空では戦闘が始まっているみたいなのだよ。オリオンが戦っているそうな」
「……っ」
どうしてオリオンが……。彼は考えてからすぐに状況が最悪に向かっているのを予感した。イルヴァナたちの件と言い、クリア・セントラルの魔導師たちが次々と消されていっている……。クーには今回の出来事がそう見えて仕方ない。
物事が滞りなく進行する背景には必ず糸を引いているものが存在する。かつての
〈大戦〉をなぞるような世界の動向が、クーの作業の手を止めさせる。
もう武器を作ってはいけない。そんな警鐘が心の中で鳴った。
「ん?どうした、手が止まっているぞ?クー」
「……いかんですよ、これは。国王よ、お前さんは気づいておらんのかい?」
「何の話だ?」
「お前さんも、あの地獄を繰り返す為の駒にされているかもしれんのじゃぞ」
クーの精一杯の反攻はハーディの表情に一瞬だけ影を落としたが、途端にその影は晴れた。また、ハーディは高らかに笑った。
「だから何だというんだ?クリア・セントラルの魔導師を利用し、あまつさえ俺さえも利用し、戦争を起こそうとしているものがいることは百も承知だ。だが、俺はそんなやつの事はどうでもいい。俺はなぁ、クーよ。ただ、純粋に――」
――この世界を掌握したい。
――そのための犠牲が必要ならば、俺は戦争を望む!!
水を打ったような静けさが工場を包む。誰一人として国王の考えに賛同していないことをクーは感じた。
「ハーディ様よ、どうか考え直すんじゃ。これは罠じゃ!戦争を起こせば今度こそ間違いな――」
突然、ハーディはクーの腹に剣を刺す。そのまま真横に腹半分が切り裂かれた。
工場全体からどよめきが起き、ハーディは鮮血のついた剣を掲げながら怒鳴った。
「静かにしろ!!貴様らとて分かっているはずだ!!特に、〈大戦〉を生き残った者ならば!!守っていては勝てん!!!勝つために戦え!!戦うために武器を作れ!!よいか、始まるのではない。もう始まっているのだ!!!貴様ら全員、明日には自分の命はないと思え!!この老いぼれのようになりたくなければその手を動かせ!!!戦う意思がある者だけに俺は明日をくれてやる!!!もう1度言う。明日を生きたい者は武器を作れ!!」
国王の一喝は兵士の”反攻意思”を殺し、目の前でクーを刺したという事実で恐怖による”支配”を芽生えさせた。
誰が発端か、1人の兵士が上げた鬨の声に全ての兵士が賛同する。
全員が”明日を生きること”を望んだ瞬間だった。
「……なぜじゃ……、なぜ……」
もはや力なく倒れたままのクーをハーディは見下げた。
「狂いきった世界に、時代遅れの思考は不要ということだよ、クー。
よく働いてくれた。もう貴様の役目も終わりだ。安心して――」
「…………」
クーが最後の言葉を聞くことはなかった。
*****
――〈イースト〉上空
「貴様ァッ!!」
鳴海に斬られたオリオンは少し落下したがすぐに復帰し、弓を構える。1度に3本の矢を魔力で形成し、同時に放った。
〈磨瑠!〉「わかっているです!」
鳴海もすかさず、右手を左から右に払い、風の障壁を作った。放たれた矢は障壁に阻まれ勢いを殺される。
「返すです!」
払った右手をオリオンがいる方へ押し出すと、突風が手のひらから生まれ、矢は方向転換しオリオンへ。しかし、矢本体はオリオンの魔力で作られたもの。オリオンは指をパチンと鳴らして、矢と自分自身を消失させた。
その直後、鳴海を囲むようにしてあらゆる角度から矢が向かってきている。数え切れないこともないが、数えている場合でもない。
〈避けたら当たるわ!押し返しましょう!〉「了解です!!」
鳴海は羽を羽ばたかせて、風を球体にし体全部を覆う空間を作る。だが、矢は侵攻を止めない。矢自身に意思があるかのように風を突き進んでいる。
〈いい?弾き飛ばすの!磨瑠の体から風を解き放つイメージで!〉
頷き、読書で培った想像力を最大限に活用。体を覆っていた風の空間は鳴海のイメージ通りに瞬く間に大きく広がり、突風と共に矢を弾く。
「つくづく、厄介な能力だ」
真上から強烈な一矢。直撃の寸前でかわす。蒼色を纏った矢はそのまま大地に突き刺さり、巨大な爆発が起きた。
鳴海は爆発に一瞬だけ気を取られた。その”一瞬”はオリオンにとって充分すぎる時間だった。
続けざまに放たれた蒼の矢が鳴海の前方、後方から来る。
「どこから撃ってるですか!?」
風を作る余裕も、避ける間もない。嵐禍が声を張り上げる。
〈一か八か、矢を掴むわよ!〉
矢が突き刺さりかけるまさにその一瞬の内に、鳴海は体を横に半回転させながら迫り来る矢を両手で掴む。掴んで、さらに半回転しながら2本の矢を放る。放られた矢は空中で爆発。
「――魔導師は?」
刹那、羽をオリオンに掴まれる鳴海。次に後頭部を押さえられ、オリオンは一気に地面に急降下する。森の中に突っ込み、地面には穴をあけた。かろうじてできた抵抗は激突の間際に地面との間に風のクッションを作ることぐらいだった。衝撃が少しばかり緩和されたおかげで死ぬことはなけれど、窮地は続く。
「く……ああ……」
うつ伏せ状態からそのまま片手だけで髪を持ち上げられ、正面を向かされる。
オリオンが爪をつきたてて、鳴海の腹部を貫こうとするが、鳴海は左手でその手を掴む。続いて、右手で反撃に出かかったが、察知されて正面蹴りを腹部に食らう。
10メートルほど吹っ飛んだ先に大樹があり、激突。多くの葉が舞い落ちる中、鳴海は呼吸を取り戻すのに必死だった。あまりの衝撃に口が塞がらず、唾液が行き場を失い口から零れる。
「死ね」
そんな声が聞こえてから森林の遥か向こうより、蒼い波動を纏う矢が放たれていた。矢は木々を滅しながら鳴海に向かう。
「負ける……もんですかっ!!」
精一杯、両手を伸ばし障壁を作る。矢が障壁にぶつかり、お互いの魔力が干渉しあう。その中心点から森の木々は薙ぎ倒されていき、更地になるのは時間の問題だった。
「ううっ、止まって……!」
徐々に障壁の方が押され始めていた。しかし、敵の狙いはこの状態にあったのかもしれない。
パチンっと渇いた音が鳴海の耳に聞こえた。
瞬間―――――。
上空から、前方から、後方から、千本近い矢が鳴海に向かう。
〈磨瑠、修行の時を思い出して!あなたは初め、力をコントロールできずに葉っぱではなく木そのものを破壊した!あの感覚を憶えてる?〉
「な、なんとなくですが……っ」
〈憶えているならいいわ!今、あなたに襲い掛かってきている矢は葉っぱよ!全部葉っぱなの!その全てを吹き飛ばしなさい!!〉
嵐禍にとってもこの選択は賭けに等しかった。
なぜなら、鳴海の体が持つかどうか分からないから。
能力発現限界のギリギリまでを引き出し、窮地を脱しなければならない。
もしも、限界値を超えてしまえば鳴海の体は――・
「やってみるです!!」
たとえもし、危険な賭けであったとしても他に方法はない、鳴海自身もそう思っていた。
もう迷わない。決して諦めない。死の淵で、彼女が決めたことは揺るぎない意志へと変貌を遂げる。
「わたしは……っ、絶対に……あなたに勝つんです!!!」
彼女の絶対的な意志と覚悟が力と呼応する。
蝶に似た羽は純白の翼に変わり、鳴海を守るようにして包み込む。押さえつけていた蒼の矢は翼に弾かれ、それを筆頭に数多の矢が翼に襲い掛かっては消滅した。
「馬鹿な……」
あらゆる可能性を加味しても、勝利を確信していたオリオンにとって予想だにしていなかった光景は奥歯を噛み締めるのには充分だった。
「ありえないッ!!」
再び弓を引き、まだ閉じられたままの翼に向けて渾身の魔力を込めた矢を放つ。
直撃する寸前に、眼を覆いたくなるほどの光が翼から発せられ、矢は消失。
光の収束と共に翼は開いていく。
鮮やかな緑色の羽衣を纏い、長く伸びた髪は2つに結われ、風で靡く。
両足は宙に浮いたまま地面に降り立つことなく、まるで汚れることを拒んでいるようだ。
「嵐禍……、わたし、決めたことがあるんです」
〈なあに?磨瑠……〉
鳴海の声に反応して、風が吹き、木々がざわめく。
「わたし、もういちど先輩に告白してみるです。
今度は、付き合ってくださいってちゃんと言います」
〈そう……。なら、陸斗も一緒に帰らないとね〉
さらに木々が音をたて、周囲一帯の空気全てが鳴海の支配下になる。
「もし……、もしね。振られたら……」
〈振られないわよ。磨瑠、可愛いもの〉
「……嵐禍は……優しいですね」
人外になった自分を先輩が好きになってくれるかどうかなんて分からない。
けれど、想えば想うほどに溢れてくる気持ちは抑えようもない。
「勝って、帰りましょう、わたしたちの世界に」
〈ええ。それじゃあ、準備はいいわね〉
「はいです」
風向きが変わる。
オリオンに向かった風は彼女を怯ませた。
「人間が得た魔力如きに、魔導師の魔力が負けていいはずが――」
「反撃です」
鳴海が右手を振りかざし、オリオンを差した瞬間。
静寂もろとも切り裂くカマイタチが発生させ、オリオンの体を切り刻んでいった。
「――――ッ!!!!!」
絶叫は風に掻き消され、カマイタチにより、ついに森林は更地と化した。
*****
――クリアセントラル 白城 地下最深部 ”最淵の牢”
「……ふふ、始まってるねぇ。心地良い音。もうちょっとだけあの傀儡ちゃんとお話したかったなぁ。……ん?」
リゲルが呟いていると、階段を下りてくる足音が響く。
やがて、足音が止まり、鋼鉄の扉が開いた。
「……なんだ、君か。おかえり、ユーマ。君が来たって事は」
「ああ。ユーマとしての最後の仕事をね」
「寂しくなるなぁ」
「心にもないことを。リゲル、お前が今からやることは分かっているな」
「勿論。だから早くこれ外して?」
リゲルは自分を捕らえている錠を音を大きく立てて揺らす。
「忠告しておくが、余計なことはするなよ」
「はいはい。わかってるよーー」
ユーマはいとも簡単に錠とオリオンの矢を外し、リゲルを解放する。
自由になったリゲルはうんっと背伸びをした。
「んーーっ。ありがと、ユーマ」
「礼には及ばないよ。それにもう会うこともない」
「そうだね」
軽く微笑み、自分の胸に手を当てて眼を閉じるリゲル。彼女は優しい声で呟いた。
「待っててね、ママ。すぐ会いに行ってあげる」
――それまでに、他の誰にも殺されちゃダメなんだから。
リゲルの表情から、微笑みが消えた。
to next story is...




