第44話「101%の本領発揮」
背後に感じた狂気を体を回転させ、右腕で薙ぎ払う。
裏拳は空を叩き、炎の拳を雨が叩く。
一瞬の、静寂。
一瞬の隙に生じた衝撃が俺の下腹部を捉えた。
「ぐおッ」
めり込む拳の持ち主は、エッフェンバルト。
僅かな時間で回復したらしい。
可能なら腹部を押さえて苦しみたい。
苦しみ、痛みが引くのを待ちたい。だけど、そんな時間はあるはずもなく、
続けざまに奴の左拳が俺の顎を殴り、俺は回転しながら落ちていく。
〈陸斗!右……、いや、左……〉
『……全方位だっ!』
四方八方四面楚歌、ぎりぎりの意識を保って落ちていく俺を殺そうと、5つの殺気が向かってくる。
「セナ!マナ!ドナ!一体どこへ行っていた!?」
エッフェンバルトが叫ぶ。セナとかドナってのは、傀儡の名前か……?
気にする暇は、俺にも傀儡にもないようだ。
「ごめんなさい、お父様!今は、こいつをっ!!」
太刀を抜きながら傀儡が言う。黒髪の短髪を雨に濡らし、白いマントを羽織り背中の鞘から抜刀した太刀は迷わず俺を狙う。
「セナは遠隔補助してほしいけどっ!!」
「でもでも……」
「でもは1回でいいけど!」
「わ、わかったよ、マナ!!」
太刀が迫りながら、傍らから大きな槍を手に突撃してくる傀儡、マナという名らしい。
こいつが持っている武器、漫画で見たことがある……確か名前は突撃槍だ。
真っ直ぐに突き出された三角の刃が俺の右手側を攻める。
セナと呼ばれた傀儡は先端が三日月状になっている杖を両手で抱え、戦線を一時離脱。
「ぶっ壊してあげるんだからぁっ!!」
「食らえええっ!!!」
「――っ!!後ろもかよっ!!」
前方さえも忙しいのに、後方からも容赦ない。
手甲の傀儡が右腕を引き、一撃の構えで迫り、ハンマーの傀儡がまたしても俺の骨を砕こうと、ハンマーを持ち上げ、打ち落としてくる。
4体による攻撃はほぼタイムラグ無し。なら、目の前の太刀を両手で白羽取りなんてしてたら全ての攻撃を外せない。反射的に出した答えで、俺はまず左手一本で太刀を掴む。頭から真っ二つにされるよりましだ!
「はっ!?何考えて――」
だから答えてらんねえっての!!
左手に太刀を掴み、次に右からきた突撃槍を掴む。太刀と違い、刃が大きいから先端の鋭角を握る。両手からどっと血が溢れても、痛んでも、状況の打破が先決だ。
「こいつ、正気!?」
正気もクソもあるかっ!!
前の2体を押さえて即、後ろの2体の攻撃に対処する。
手甲の傀儡には右足で蹴りを打ち込み、ハンマーの傀儡に対しては太刀の傀儡を掴んだ太刀ごと後方に振り回して、体と体を衝突させた。
武器を持っている奴は大抵、武器を掴まれても離さない。
予想だにしていなかった反撃にハンマーの傀儡は咄嗟にハンマーを止めたが、
間に合わず2体とも大地に落ちていく。
突き出した拳と俺の右足が互いの力を相殺し、手甲傀儡の動きが一瞬だけ止まったのを感じて、突撃槍の傀儡をさっきと同様に後ろに武器ごと投げる。
「ちょっ!ルナ――」
「きゃああっ!!!」
手甲の傀儡としては、いきなり俺の足が引き、身を半回転させたかと思ったら自分の仲間が飛んできたのだ。両者が衝突する前の悲鳴は、見た目どおり、子供らしい叫びだった。
尚も、攻撃の手は止まない。今度はエッフェンバルトが一気に下降する。
「6対1で勝てると思うか?」
「勝つしかねえだろうが!!」
俺は左拳、エッフェンバルトは右拳、両者の腕は交差して顔面を打ち合う。また歯が折れ、唾液と血が空中を彷徨う。
「リロウスっ!これが貴様の武器か?」
『武器ではない!共に戦う道を選んでくれた仲間だ!』
「愚かしい!!」
「俺、無視して会話すんなあああっ!!!」
俺は奴が打ち込んだ右腕の進行方向に顔面を流し、くるりと一回転して今度こそ鞭のような裏拳を奴の側頭部に放って、傀儡たちと同じように地面に落とす。
「く……」
「はあっはあっはあっ……はっ!?」
遥か上空の先から延びてくる青白い光。それはまるでビームだ。
さっき離脱した杖の傀儡が撃ったものだろう。魔導師と戦って魔法らしい魔法を初めて見た気がする。対抗すべく、右の手のひらを光に差し出し、黒炎を放った。
「でもでも……、負けない!」
そんな声が聞こえたかと思うと、光の光度は増して威力も上がる。黒炎が押し負けそうになったのを見て、俺は諦めて手を引っ込めてすぐにその場を離れる。
「仲間にでも当ててろ」
「えっ――」
光線は稲妻のように大地に突き刺さる。衝撃は大気を揺らし、網膜に焼きついた残光が少しの間視界の邪魔をする。
「炎禍、飛ぶぞ」
〈ああ〉
羽を4枚に増やし、一度の羽ばたきで爆発的なスピードを得る。
向かうのは、杖の傀儡!!!
「させるかよ!!!」
声は前方から。流石に光線は当たらなかったようだ。
杖の傀儡を守る布陣か、正面から突撃槍の傀儡、右斜め前から太刀の傀儡、
左斜め前からハンマーの傀儡。
さらに左斜め後ろからは手甲の傀儡、右斜め後ろからはエッフェンバルト。
「――見えるっ!!」
全方位を敵に囲まれて逃げ場もない状況だが、俺には敵の動きが見えていた。敵の動きは嵐禍のスピードに遥かに劣っていたからだ。
逃げ場はないが、回避出来ないことはない!
急制動して、急上昇。敵には俺が突然いなくなったように見えたはずだ。
案の定、傀儡たちとエッフェンバルトは交錯しあう。その隙を縫って、俺は両手に炎の弾丸を作り、奴らに向けて解き放った。
「でもでも、当てさせない!」
杖の傀儡が杖を弾丸に振り、三日月形の先端が光を帯びると、弾丸は奴らに着弾する前に空中で静止し、2発が融合、時間が巻き戻っていくかのように弾丸が俺に向かって飛んでくる。
「おまけよっ!!」
きらりと杖が光って、光線まで放たれる。でも、ある程度予想はしていた。こいつらは見た目子供でも戦闘に関しては相当な実力者なはずだ。詰めは甘くないだろう。
加えて、奴らの連携は家族だけあって完璧で厄介だ。
多分、俺がこの場から離脱しても逃がさないよう行く手を阻むだろう。
問題は、囲まれた状態でどうやって光線と弾丸を消滅させつつ、
奴らからの攻撃を凌ぐか――
「固まれぇっ!!」
俺が2手、3手先を読もうとしていたとき、俺の体は固まった。鎖か、ロープか、何にしてもがんじがらめにされているみたいに体は硬直して全く身動きが取れない。
俺は思い出す。
初めてリロウスと出会ったときにかけられた身動きを封じられる感覚を。
あのときの感覚にそっくりだ。動かないのではなく、体の動かし方が分からなくなるんだ。まずい、うごかねえと、このままじゃ――
「手間、かけさせんなよな」
「セナのおかげだけど」
背後に太刀の傀儡と突撃槍の傀儡の声が聞こえたが振り返ることもできないまま、俺は自分で放った弾丸と青白い光線をモロに食らった。
まだ弾丸はいい。光線は最悪だ。炎の熱とまるで違う熱さが皮膚を灼く。
「ぐああああっ!!!」
それだけでは攻撃は終わらない。
光線で怯んだ俺はまだ体の呪縛が解かれずにいた。
光線が止み、真っ先に突撃槍の傀儡が突っ込み、俺の腹を貫いた。
肉体を侵略し、背中を突き破ってようやく進行を止める。
いっそ体を炎に変えられたらと思うが……。
まず体の呪縛を解かないと、本気でやばい。
5体の傀儡の仲で一番厄介な能力を持っていたのが杖の傀儡だったか……。
「終わりだな!てめーも!!」
太刀の傀儡が叫び、俺の腹を破ったまま突撃槍の傀儡は軽く微笑んだ。
「斬れ!ドナ!!!」
エッフェンバルトは傀儡に明確な指令を出す。
俺は必死にもがく。鎖を引きちぎるイメージ……、縄を断ち切るイメージ……っ!!
「無駄だ!セナの縛操からは逃れられない!」
太刀は振り上げられ、あとは叩き斬るだけ。いくら、リロウスの回復措置があっても頭から真っ二つにされたら、即死してしまったら回復なんて行為に意味は無い。
俺は、負けるのか?
負けて、全部が奪われていくのか?
俺は、全てが奪われていくのを後悔しながら死ぬのか?
今ここで死んだら、もう、大切な人たちにも会えないんじゃないのか?
栞菜との約束が、果たせなくなるんじゃないのか?
必ず帰るって、言っただろ。
あいつは待ってるんだ。ずっと待ってしまう奴なんだ。
だから、帰らないといけないんだ。
なら!!!
「こんなとこで死ねるかあああああああっ!!!!!」
約束の為に。
あいつに想いを伝える為に。
縛りの解き方なんか分からない。敵も逃れられないとか言っている。
けど、抵抗もせずに死を受け入れてたまるか!!
体の芯から炎を焚き起こし、全身の血を滾らせる。
歯を食い縛って、限界まで力を高める。
限界……?
限界。それは俺たちが勝手に決め付けている一種の指標。
修行中、炎禍は言っていた。
”〈100%ではなく、101%を引き出す。限界さえ超えられれば力はいくらでも向上する〉”
限界を超えるために必要な1%。たった1%だ!!
あとから体に支障が出たっていい!今、超えられなくて何のための修行だ!!
超えろ、超えろ、超えてくれ!!
力を解放しろ!!!!!
「トドメだッ!!」
「――ッ、うおらあああああああああっ!!!!」
太刀が頭部に触れかけて――
俺を縛っていた見えない鎖が、ガラスのように弾け飛ぶ音が聞こえた。
*****
「ああッ!?」
驚愕の表情は太刀の傀儡。
俺の右肩を奴の太刀が抉る。完全には避け切れなかったが頭を真っ二つにされるよりはマシ。肉を切らせて骨を断つ。俺は左腕で太刀の傀儡の右腕を掴んだ。
「ドイツモ……コイツモ……」
沸き上がる闘志と殺意。
自分の声さえ自分のものではないみたいに、獣の呻り声のような声が出る。
「くそ、離せ!」
「ドナを離せよっ!!」
突撃槍の傀儡はさらに押し込んでくるが、俺は意に介さない。
痛みを感じてすらいない。
目の前にいる傀儡2体の腕を掴み、無理やり俺の体から引き剥がすと両者をシンバルのようにぶつけ合った。2体の悲鳴が聞こえてから、太刀の傀儡を手甲の傀儡に投げつけ、突撃槍の傀儡の頭部を鷲掴みにすると、そのまま地面に急降下する。
「マナああああっ!!!」
エッフェンバルトとハンマーの傀儡が追ってくる。追いつかせない。さらにスピードを上げた。
「固まれっ!!固まれっ!!固まってよ!!!」
杖の傀儡は必死になって俺を縛ろうとしているらしいが、1度、術を破った俺には効くはずがない。こいつを破壊したら、次は杖の傀儡か。
「に、人間……」
地面激突まで10メートルの所で、突撃槍の傀儡をぶん投げた。
そしてすぐに後ろを振り返り、追いかけてきていたエッフェンバルトとハンマーの傀儡に炎を浴びせる。
怯んだ瞬間に、エッフェンバルトには頭部に向けて回し蹴りを、ハンマーの傀儡にはフルパワーで腹部に強烈な一撃を見舞った。
「いやあああ!!おとうさ――」
断末魔と破砕音。深く抉った地面に底に、雨水が溜まっていく。
突撃槍の傀儡は動かなくなった。多分、まだ生きている。
トドメを差すべく、俺は拳を握った。
「いいかげんにしやがれ!!」
〈陸斗、左だ!〉
現れたのは手甲の傀儡。すぐに俺の左腕にしがみつき、それとほぼ同時に右手側に現れた太刀の傀儡が叫ぶ!
「お父様、セナ!マナをっ!!レナ、しっかり掴んでおけ!」
エッフェンバルトたちは地上へ。いずれにしても俺にまとわりついているこいつらも倒すべき対象だ。なら、追いかけるよりも先にこいつらを。
「ドナ!斬って!!」
「おおっ!!」
〈馬鹿が……〉
俺が考え、動き出す前に体が動く。左腕にしがみついている手甲の傀儡ごと体を半回転させる。会心の一撃とばかりに振り下ろされた太刀は手甲の傀儡を切り裂いた。
「――ッ」
「レナ……っ!!レナああああああっ!!!」
驚愕と戸惑いを顔に出し、自分がやってしまったことを飲み込めない太刀の傀儡。俺にとって充分すぎる隙だった。
解放された左腕で太刀の傀儡の首を掴み、一旦上昇。落ちていく手甲の傀儡に力はない。エッフェンバルトらが気づいた瞬間に、俺は一気に天から地へと下降する。
太刀の傀儡を前面に突き出して、自由落下途中の手甲の傀儡にわざとぶつかる。そしてそのまま、2体一緒にエッフェンバルトたちのいるあの水溜りへ。
「はあっはあっ……お、俺たちごとぶっ叩け!!ルナ!!!!」
「――!?もう復帰してたのか!」
「うおおおおおお!!!!」
俺は咄嗟に2体を地面に叩きつけるように投げ落とす。2体はあの水溜りに向かって落ちていくも、エッフェンバルトが受け止める。
「やばいっ」
避けるタイミングが遅かった。ハンマーは俺の右半身を捉えて振り切られる。
簡単に吹っ飛ばされ、城の壁に激突。大の字に体がめり込んでしまう。
抜け出そうともがいていると、すぐに奴は第2撃を放つべく、目の前に現れる。
「!!」『陸斗!!結界を張る!!!』
対イルヴァナ戦の時以来に見たリロウスの赤い結界が俺の前に展開される。
だが――
「そんなの、意味ないし!!」
結界は何の抵抗もできず撃ち砕かれ、ハンマーは俺の上半身を完璧に捉える。
壁を粉々に破壊し、俺は城内に。全身からの激痛を感じた後、恐ろしいほどの悪寒を感じ取った。
魔力とは違う……、何か神秘的な気配。
それなのに、なんなんだ、この嫌な空気は……。
「ぐッ……」
そのまま落下し、俺は丸いテーブルの上に落ちる。かなり頑丈なテーブルで俺の落下程度では傷一つついていないみたいだ。
『ここは……円卓……』
リロウスが何か呟いた。でも、俺には聞き返している暇もない。
頭からの出血を拭い、上から襲い掛かってくるハンマーの傀儡に備えた。
「おい、1対1だぞ。はあ……はあ……」
「それがどうした!!」
ハンマーの傀儡は得物を短く持ち、俺に突撃してきている。長く持った方が威力があるが、短く持っているのは確実にミートするためだろう。
でも、この状況とその判断は俺にとって好都合だった。こいつのフルパワーをさっきの攻撃で知ったから。最強の攻撃以下の攻撃は避けなくても対抗できる。予感ではなく自信が俺の中にはあった。
ハンマーごと傀儡を撃ち砕ける自信と必要な力が。
「ぺしゃんこにしてやる!!」
「はあ……はあ……、やってみやがれ!」
俺は腰を少し落として、溜めをつくる。脇腹に右拳を据えて、機会を伺う。敵の動きはやはり嵐禍よりも格段に遅い。
「ドおおりゃアアアアァアッ!!!!!」
「……フンッ!!!」
――最小の動きで、最大の攻撃を。
俺が動いたのはたったの1歩だ。いや、1歩にも満たなかったかもしれない。
ハンマーは俺の体を捉えることなく、頑丈なテーブルを叩いた。鐘のような音が城内に響いてもテーブルは無傷。
完全に無防備になった傀儡に対し、俺は全力を込めたパンチを顔面に浴びせた。
「どう……して……」
瞬く間に全身に亀裂が走る。
拳から離れていって、傀儡は力なく城内の床を転がった。転がりながら右腕、左足が砕け、自力で立つのもままならない状態になる。
「……うう……は……はあ……あっ……っ」
呼吸は浅く早くなり、眼からは涙が零れている。眼球にも亀裂が走っていて、軽く触れただけでもこの傀儡は崩壊するだろう。
俺はテーブルを降りて、傀儡の元に歩む。
「――っ――っ――っ――っ」
近づくとさらに呼吸は早くなる。胸が上下するたびに、体から破片がぼろぼろ落ちる。さっきまで、肉感のあった体は陶器のそれだ。
〈楽にしてやれ〉
炎禍の言葉に頷いて、拳を振り上げた―――そのとき。
「おとうさま……、ルナは、いつまでもそばにいます……」
突然、傀儡が声を発し、傀儡は残っていた左腕で顔を自ら叩き、連鎖して全身が崩壊した。崩壊した体から光が解き放たれ、目が眩む。一瞬の発光の後、後ろに気配を感じとった。
「よくも……ルナをおおおお!!!」
殴りかかってくる手甲の傀儡。怒りや悲しみを押し出したがむしゃらな攻撃は精彩を欠き、一発も俺に当たらない。右、左、と両腕を掴み、顔を見る。傀儡は泣いていた。
「お前なんかお前なんかお前なんかお前なんか!!ぶっ殺してやる!!!」
〈陸斗、殺せ〉
「――っ」
初めて炎禍の声に寒気を憶えた。やらなければ、やられる。分かっているのにこの傀儡の涙をみた途端、途轍もない戸惑いが心を支配し始めた。
〈……できぬか。ならば〉
ふっ……と意識が遠くなったかと思うと、戸惑いから力が抜けていた両腕に爆発的に力が入る。炎を発し、傀儡の両腕を引きちぎろうと左右反対方向に引っ張る。やがて、軋む音が聞こえて左腕から破壊した。
「ぎゃああああああっ!!!」
「おい、炎禍!!」
〈言っただろ。お前が弱さに負けたとき、我はお前を飲み込むと〉
「俺は戦える!勝手に体を奪うな!!」
〈いいか、よく聞け。お前、またしても迷っているな?迷いは死をもたらす。死は全てを終わらせる。だから戦わねばならんのだ。壊さねばならんのだ。たとえ相手がどんな敵であろうとも、屈してはならん!躊躇してはならん!!徹底的に壊せ!!!〉
「わかってる!わかっ――」
「いや、お前はまだ何も分かっていない!お前が死ねば、我の主・枝紡ふたばも死ぬのだ!そんなこと、あってはならないし絶対に許さん!」
――だから、戦え!戦わないなら、お前から全てを奪う!
炎禍は言い切り、右腕も破壊した。
抵抗できなくなった傀儡に俺の意思とは関係なく、拳を放った。
「……あ゛ぁ……」
「やめろ……、俺は自分で戦える!!!」
〈ならば、こいつを自らの意思で破壊して見せろ!!!〉
体に感覚が戻る。傀儡の腹に入った右拳を引き、すぐに打ち込もうとした。
「やだ……、しにたくないよぉぉぉ……」
「ぐ……、くっそ……」
頭部を殴る寸前に止めてしまう。炎禍から溜息まじりに告げられた。
〈ここまでか。人間の限界は〉
またしても体の力は抜けて、意図せずに動き出す。
寸止めした拳に炎を滾らせ、無抵抗の傀儡の頬を殴りつけた。
傀儡は声も出さずに砕け、そして果てた。
「おい、えん――」
〈戦えないなら……躊躇してしまうなら黙ってみていろ。お前達は我が守る〉
そのとき、俺の心臓がどくんと跳ね、耳が割れそうなほどの絶叫が聞こえる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
〈奴か。どうやら、槍を持った傀儡も死んだらしい〉
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!ウウウアアアアあっッッ!!!」
叫びは続き、脳に直接響いてくる感覚があった。
炎禍は羽を羽ばたかせて、外に出る。見下ろした先に太刀の傀儡と杖の傀儡、そして突撃槍の傀儡を抱きしめ、跪くエッフェンバルトがいた。
〈力を有していながら、守れぬとは情けない〉
6対1という不利な戦局を半減させたが、エッフェンバルトが放つ威圧は絶望感を匂わせる。戦況は変わっていないというより、悪化している気がした。
3体分の魂が自らに還り、奴はさらに若返り、見た目だけで判断するなら20代前半といったところ。
炎禍の声が聞こえたのか、エッフェンバルトは充血した眼を上空にいる俺に向ける。
胸に手を当てて、小さく呟いた。
「マナ……、ルナ……、レナ……、エナ……」
エッフェンバルトに続いて2体の傀儡も俺を睨む。
「今まで戦ってきた敵の何倍も強い。けど、俺たちがやることは何一つ変わらない」
「うん。それに、マナたちも一緒だから」
抱えていた突撃槍の傀儡をそっと地面に置き、太刀の傀儡がマントをその上からかける。
エッフェンバルトは立ち上がり、数秒間俺を睨んでから声を発した。
「いずれ……別れが来ることは知っていた。俺も、子供達も。家族として生きた日々はいつまでも宝物だ。いつまでも俺の中で生き続けてくれる、大切な大切な宝物だ。だが……、どうもこの怒りは鎮められそうにない。貴様の死体を炎で燃やし尽くすまで」
〈ほう、面白いことを言う。数的優位を覆された負け犬の遠吠えにしか聞こえんな〉
「セナ、ドナ、お前達は下がっていろ」
「お父様!?どうし――」「でもでも――!!」
「下がっていろ!!!6対1を物ともしない相手だ。セナの縛繰もドナの剣術も歯が立たない。よって、命令を出す。俺が奴と戦っている間にあの次元の穴を通ってあちら側に向かえ」
奴の一言に俺とリロウスは驚愕した。傀儡2体を俺たちの世界にだと……!?
2体も互いに顔を見合わせた後、父親の意図を組んだのか頷きあって、
決意を固める。
「人間の住む世界を壊して、殺して、奴に同じ痛みを食らわせる。アーフェンに気をつけ、エナも連れ戻して来い。帰ってくるまでに奴を殺しておく」
――大切なものを失う恐怖や悲しみを知らぬ人間よ。
――知らぬなら、知ればいい。
――思い知らせてくれよう。世界の理不尽さを。
「では、行くぞ。セナ、ドナ、帰ってくるのを待っている」
「「はい、お父様!!」」
空気が変わった。ただの一度も俺に風向きが変わったことは無い。
最初から今まで、戦いを支配していたのはエッフェンバルトだった。
〈案ずるな。我を突破できたらの話だ〉
炎禍は不敵のままに、炎に身を包む。
いつしか雨は止んでいて、雲の切れ間に月が輝いて見えた。
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