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『te:tra』  作者: 坂江快斗
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第43話「6対1」


かろうじて、敵の一撃をかわし、壁を突き破って空に出る。


雨脚は強まるばかりだが雨粒自体は俺の体の周りで蒸発するだけだから気にすることも無い。


上昇のスピードを上げて、空に開いた亀裂の付近まで来たところで止まる。


流れ出た血はリロウスによってすぐに止められ、傷は塞がった。

でも、痛みが微かに残っていて、奴の腕が貫いていた部分をさする。

リロウスからはもう1度念を押された。

『回復にも制限がかかる。すまない、用心してくれ』


俺たちの現代世界を蝕む”闇の穴”を限りある魔力で押さえているのは他でもないリロウスだ。

今まで回復も軽減も殆どをリロウスに頼りきっていたから、これから受けるダメージは極力減らさなければならない。

だが、エッフェンバルトはさっき俺が与えたダメージが回復しているらしく、それは傀儡に宿っていたエッフェンバルトの魂が本来の入れ物である奴の体に戻ったことで起きた現象だ。

加えて、老体は若返り、パワー・スピード・タフネス、その他諸々が跳ね上がっている。

俺にもまだ力は残されていると言っても、エッフェンバルトの力が未だ底知れぬという事実は重たくのしかかる。


残り6体の傀儡と、エッフェンバルト本体を倒す……。


勝利までの道はあまりにも遠く思えた。

優位に進めていた戦いも、一瞬にしてひっくり返る。

勿論、諦めるつもりなんて一切無いけど刻一刻と迫るタイムリミットが少しずつ

俺に焦りを植え付けた。


奴の手の内が判明した今、やることはたったひとつ。

傀儡たちが出揃う前に、本体を倒すのみだ。

出し惜しみはしてられねえ。



*****



「枝紡、”炎禍”!」

『そうこなくっちゃね!頼んだよ、式瀬くん!!』


枝紡はそう告げると、眠ったように意識が落ち着いていく。

そして、すぐに彼女が戻ってきた。


〈早い呼び出しだな、陸斗〉


緊迫している場面のはずだが、〈炎禍〉の声のトーンは寝起きのものに似ていた。


「寝ている所を邪魔して悪いけど、力を最大で使わせてくれ」

〈言っているだろう、この力はすでにお前のものだ。好きに使え〉


俺は頷き、次第に体中が強い熱を帯びていくのが分かった。力が体の芯から沸きあがっていく感覚は何度も味わってきたけど今回に関しては今までのどの感覚とも似つかない。

俺に与えられた”器”としての特性は、能力の最大限の発揮らしい。

だとしたら現段階の俺はかなり強い魔力を扱える状態なのか。

よし、これなら対抗できる。そんな自信も湧いてきた。


改めて拳を握り締めて、羽を大きく羽ばたかせる。

向かう先は地上にいるエッフェンバルトだ。

余裕の表れなのか、もしくは俺の出方を伺っていたのか、奴は地上で睨みあげたまま動かずに俺が接近してくるのを寸前まで待っていた。


「うおおおおっ!!!」


時間にして2秒もかけず、俺とエッフェンバルトは再び対峙する。先手を打ったのは間違いなく俺の方からだった――が、


「遅い。正面突破だけの能無しが」


炎禍持ち前のパワーに加えて、上空から急降下することで得られたエネルギーを一撃必殺のつもりで拳に込めたにも関わらず、懇親の一撃は細身の左手に軽く掴まれた。


「なっ……」


浮いた状態で静止する俺に対し、エッフェンバルトは間髪入れずに右手の大斧を振りかぶった。


〈構わん、掴まれているのなら利用する。空へ引き上げる!〉


炎の羽が爆発的に大きく広がり、今度は地上から上空へ。

突然、過度な重力を受けてバランスを崩された側のエッフェンバルトは振りかぶったばかりの大斧を手放し、俺を切り開くことは諦めたようだ。

代わりに、分厚い拳が俺の左頬を確実に捉える。


左手でがっちり掴まれている右手は接着剤で塗り固められたように動かない。

空中で左頬にパンチを受けた後、鳩尾に3発、左脇腹に3発、おしまいに右頬に裏拳を払われ、奥歯が口から吐き出された。


口の中が血の味で満たされても尚、飛んできたパンチは俺の顔の中心を真っ直ぐに捕らえて鼻骨が折れる音が聞こえた。少し遅れて激痛が顔全体に迸る。


〈陸斗、何をしている!奴の左手にを燃やせ!〉

「お、おうっ!」


痛みはすぐに引いて、掴まれっぱなしの右手に黒炎を滾らせる。奴の手を包むように炎が上がり、硝煙を燻らせながら奴の腕を黒炎が侵食していく。


「…厄介な能力だ」


完全に力が抜けた訳ではなかったが、それでも腕を逃がすには充分だった。すかさず振りほどいて、カウンターに移る。一度は引いた右腕をお返しと言わんばかりに奴の左頬目がけて打ち込んだ。しかし、感触は浅く奴の口角を切るだけ。攻撃権は奴に移り、長い足を鞭のようにしならせて俺の頭に食らわせた。一瞬、何が起きたのか分からなくなるほどの衝撃が脳を揺らして、雨粒を切りながら斜めに降下、魔導師の民家に墜落する。中には誰もいなかった。


「……リロウス、悪い」

『痛みを君がそのまま引き受けている分、魔力の消費は激しくない。悪く思うならとっとと倒すんだ』


叱咤されて立ち上がる。口に溜まった血を吐き捨て、飛んだ。


「頑丈な人間だ」

「そんなことねえよ!!」


勢い任せに打ち込んだ右拳、奴は後退して避け、左足を中段の脇腹に振ってきたが少しだけ上昇しながら後方宙返りをして難なくかわす。


かわした後は隙ができて、目の前に弾丸並みの速度で奴の右拳が迫ってきた。

条件反射的に目をつぶって首を左側に曲げる。

右耳を拳が掠めたのを感じて目を開ける。結果として空振りになった拳を両手で掴んで発火、怯んだ瞬間にくるりと体を反転、握り手を持ち替えて柔道の一本背負いの体勢を作る。

奴の腕を伝い、炎がやがて体全体を灼いていった。空中では踏ん張りが利かないから同じ体勢のまま、地面に向かって飛んでいく。先程、墜落した魔導師の民家が近づいてきたときに背中から奴の体を前に引いて、民家に叩きつける。今度こそ、民家は木っ端微塵に崩壊。瞬く間に黒炎が燃え広がった。


「はあ、はあ……」


たった二息ついた途端に、硝煙の合間を伸びてきた左腕。顔面を鷲掴みにされてから後頭部を硬い大地へ叩きつけられる。

普通ならすべて即死の攻撃。

リロウスの魔力、炎禍の再生能力と防御力で即死は免れているが、免れているからこそ激痛は耐え難い。正直めちゃくちゃ痛い。文字通り死ぬほど痛い。


「いってえ……」


痛みが思考を支配するのを防ぐにはこっちも攻撃を続ける必要がある。

少しでも自分の弱さに負けてしまえばエッフェンバルトに殺される前に、俺を包んでいる黒炎が俺を灼き殺す。過大な力にはそれなりのリスクもあるのだ。


俺は脳裏でウィードとの戦いを思い出していた。そういえばあいつの攻撃パターンも俺を掴んでたこ殴りにする物があった気がする。魔導師の常套戦法なのか?


『いや、別にそんなことは無いが……』


こんなときでも嫌に冷静なリロウスの声が俺の心拍数を整えてくれる。たった2ヶ月にも満たない付き合いだけど、リロウスは何だかんだでいい相棒と言ってもいい。

魔導師であり、本来なら敵であるはずのリロウスが緊急事態を教えてくれたからこそ人間…つまり俺は戦う術を身に付けた。一方的だった破滅の運命に抗う猶予が与えられた。

彼女の想いにも報いたい。共に、世界を救いたい。


「こんにゃろおおおおっ!!!」


顔面を覆っている右手の腕を掴む。引き離すのではなく、思い切り握力を込めた。

それでも構わずにエッフェンバルトは俺の体を持ち上げては叩きつけるを繰り返す。徐々に岩盤が砕けて、何回目かで地割れが起きた。同時に、奴の腕から骨が砕ける音がした。


当然、力の抜けた手のひらから解放されるのは簡単で真横にころんと一回転、羽を羽ばたかせて奴の胴体に抱きついた。


「何を……ッ」


流石に抱きついてくるという予想はしていなかったのかようやく苦悶の声が聞こえた。


「燃えろおおおおおおっ!!!!!」


俺は全身を発火させる。火達磨状態で必死に奴の体にしがみついて離れない。魔導師の肉体も構造自体が人間と変わらないのなら、延々と炎に抗うことはできないはずだ。ここからは俺も灼熱との戦いを強いられることになるが、以前、黒炎に包まれたときのことを考えれば、大して苦でもない。


「貴様…ッ!小細工をッ!!」


俺の背中を殴ったり、大きく動き回って剥がそうとしたり、あらゆる手段を使って炎の熱から逃れようと努力するエッフェンバルト。俺は肉体そのものが炎に変化し、まさしく〈炎禍〉を体現していた。


「ア゛ア゛ア……、クソがァッ!!」


喉が灼けたのか、声がかすれている。

出てくる言葉にも灼熱による呻り声が混じっていた。


「ゴ…ごんなナ゛ドゴろで……死ネ゛ルガァ……ッ!!」


最後の力なのか、俺の両肩を掴み、やけくそに引き剥がしにかかる。

でも、絶対に離さない、絶対に!!


「ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」


木霊する絶叫。天から地へ、雷鳴が共鳴するように落ちる。


「終わりだ、エッフェンバルト!!!!」


俺は勝利を確信した。エッフェンバルトは倒れる。

これで、傀儡が現れても面倒なことにはならないはず。

我ながら最低な戦法と思いつつも、今は手段なんて選んでいられないんだ。

絶対に勝つ。生きて帰る!

俺の意思を反映して、炎は一層激しくなり、奴の体は燃え上がった。


「……ニン…ゲン…フゼイ…が…ッ」


奴の体から力が抜けて、大の字になり地面に倒れる。

口を動かして、何か発しているみたいだがもう声は聞こえない。

俺はしがみつくのをやめて、豪雨の中、黒い炎が燃え滾っている異様な光景を眺めていた。


「……エッフェンバルト…」


でも、いつもどおり勝利の余韻なんて無い。

あるのは何とも言えないやるせなさと脱力感だけ。

戦うことへの躊躇は消えても、戦うことの意義だけは未だに見つけ出せずにいる。

頭の中でウィザードを連れ帰ったあの女性の魔導師の姿が浮かび上がり、

『ありがとうございました』と頭を下げられた場面が克明に映し出された。



あの時、俺はリロウスに聞いた。



俺たちは一体誰と戦っているのかを。



その答えはまだ知れていない。

その答えを知る日はくるのか。


きっと、戦わずに得られる未来だってあるはずなのに。


俺は唇をぎゅっと噛み締めて、燃えゆくエッフェンバルトから視線を空に向けた。


どうして視線を空に向けようと思ったのか、分からない。

ただ無意識にそうしたといえばそれまでだし、何かを感じたのかと聞かれれば別にそんなこともない。目の前の火葬を見たくなくなったのかもしれない。

理由はどうあれ、俺は空を見上げた。

見たくないものが映って、眉間に皺がよる。



「……魔導師…?」


小さな影が2つ。見るからに子供の姿が空に浮いていて、唖然とした表情で俺と燃え盛るエッフェンバルトの地点を見下ろしている。

片方は巨大なハンマーを、もう片方は武器を持っていない様子だった。


『いや、あれは違う!あの子達は……ッ』


リロウスが断言する前に俺にも直感が働いた。


魔導師ではない、あれは、エッフェンバルトの傀儡だ。と。


「……さま」「なぜ……」


2体は、ぼそぼそ呟いてから武器と拳を構えて、雷に似た速さで飛び込んできた。



*****



――〈ウェスト〉へ向かう上空にて


3体が左右に一定の距離を保ち、並列になって飛行している途中、隊列を乱したのは4番目の子、ドナだった。

1体だけ飛行を止めて空中で静止し、後ろの空を振り返る。ドナには、爆発でもなく魔力の波動でもない奇妙な”音”が聞こえたからだ。その音はさっきまで自分達がいた〈クリア・セントラル〉の方角から聞こえた。音の雰囲気はガラスが割れる音に似ていて、嫌な寒気が背筋をなぞった為に、振り返らずにはいられなかった。


「どうしたの、ドナ?」


突然、隊列を乱した弟の様子を伺うセナ。彼女に続いてマナも止まる。

2体ともドナの方を見たので結果的に後ろの空を見る形になった。

3体ともが、その空をみて絶句した。


「空が……割れてる……」


ドナは信じられないといった表情で眼に映った光景をありのまま言葉にしてみた。

今日の日のような激しい雷雨は珍しくないものの、”空が割れる”なんて現象は見たことが無かった。しかも、割れた空間の中は斑模様が渦巻いていて嫌悪感を抱く。

一目見て、異常な事態であることを把握した。


「ん?なに、このにおい?」


雨に混じって漂ってきた匂いをマナが察知する。

匂いは明らかに魔導師の匂いと異なっており嗅いだことのない匂いに対してマナは鼻を摘まんだ。


「〈クリア・セントラル〉で何か起きてるのかも」


セナが長女として冷静に状況を判断。内心は狼狽していて体中が小刻みに震えている。自分に必死に”雨の寒さのせいだ”そう言い聞かせた。


「もしかして、真っ先に他国に狙われたのは〈クリア・セントラル〉?」


マナが2体に聞く。


「どうかな…もしそうだとしても、いくらなんでも動きが早すぎる気がする」


この布陣の中で一番の年少であるドナが考え込む。ここからなら戻った方が早い。

けれど、各国それぞれの動きも気になる。

止まっている時間こそ無駄だとわかっていても中々、行動を決断するのは難しい。


「でもでも、〈クリア・セントラル〉にはお父様しかいないよ?」

「お父様なら大丈夫だと思うけど…、心配もあるけど……」


三者三様の考えらしく、そもそもの目的だった”各国に出向く”という統一された行動理念はいとも簡単に掻き消されていた。普段は父・エッフェンバルトの指示を受けて行動している為、いざというときの最終決定権を誰も持っていないのである。それ故に、結構な時間をロスしていることは明白だった。


そんな3体に対して、天は道を啓示する。


〈主様〉の眠る白城の近くで大きな爆発が起きたのだ。


爆発の色は今までに難解も見たことがある。

彼らにとっての爆発の色は”赤色”か”橙色”。

しかし、3体が見た色は闇を髣髴とさせる真っ黒な炎。

背景が白城なので暗雲の下でも黒い炎は実に映えた。


時間差で、灼けるような熱風が彼らを襲う。


ほんの僅かなときではあったが、体に染み込んでいた雨が蒸発してカラカラに渇いた。降りしきる豪雨があっという間に体を濡らしたが。


その後、3体同時に頭を抱え同じビジョンが浮かぶ。それは魂の原点である父親の視点の映像で、父親は得体の知れない炎の化身と戦っている。

信じたくないが、戦況は劣勢だった。自分達の父親こそが最強と信じて止まない彼らには衝撃的過ぎる映像だった。微かに、攻撃を食らった箇所に痛みを感じる。


映像を振り払って、まず声を上げたのはマナだった。


「お、お父様がっ!」


両手で頭を抱え、空中で蹲る。近くにいたセナがマナの両肩を抱き寄せた。


「ドナ……」

「うん。俺たちは父上の傀儡なんだ。父上をお守りするのが最優先だ」


3体が3体ともこの決断に間違いはないと信じて疑わなかった。

たとえ世界の混乱が迫っていても、自分達の本来の姿を見失ってはいけない。

母親のような優しくて温かな声が頭に響いた後、彼らはお互いを見合わせる。


父に内緒の冒険はあっけなく終了し、3体は飛んできた道を戻っていった。



この世界の運命に分かれ道ができた瞬間だった。



*****



――〈クリア・セントラル〉



「きさまあああああっ!!!!!」

「おとうさまをっ!かえせえええっ!!!!」


怒号は2体が近づいてくるにつれてはっきり聞こえてくる。

声も少女のか細い声で、見えた表情にはあどけなさが満載だった。


だが、鬼気迫る勢いは大人の魔導師に引けを取らない。


「2対1か……!」


ウィズウィード戦では全く歯が立たなかった、対複数戦。

相手が少女の姿をしていても中身の魂はエッフェンバルトの物だ。

潜在能力は計り知れない。


〈陸斗よ恐れるな。本体はこのザマ、敵も所詮は傀儡。自分の力と我の力を信じろ〉

『ハンマーを持つ方が3番目のルナ、腕に手甲てっこうを備えているのが5番目のレナだ』


炎禍とリロウスの助言の後、間もなくハンマーを持つ傀儡が先に俺に到達した。

迷い無く身の丈以上に大きなハンマーを軽々振り落とす。

やはり動きの速さはパワーアップしたエッフェンバルト程も無く避けるのは簡単だった。そのまま戦闘は開始される。

3番目とか5番目ってのがなんなのか、よくわかんねえままだけど……。


「きさま!よくもお父様を!…よくもラナを!!!」


精神も幼いままなのか、ルナという名前の傀儡は巨大すぎるハンマーの初撃で地面を割ってから、すぐに横薙ぎをする。

俺の頭では見た目の重量感とそれを扱う傀儡の少女姿がミスマッチを起こしていて、傀儡があまりにも軽々とハンマーを使いこなすから第二撃に対してまともな反応をすることができず、今度は直撃を許してしまった。


もしかしたら見た目とは逆に軽くて扱いやすいハンマーなのかもしれないという浅はかな考えが左腕の骨と一緒に粉砕された。

衝撃は、想像を超えていて骨折の痛みより先に脳震盪を起こしそうなほど。

10歳程度の少女に鋼のハンマーでぶっ飛ばされる日がくるなんて悪夢にも程がある。


「レナ、お父様の炎を消して!」

「うん、わかった!!」


ぶっ飛ばされた先の城壁に受け止められる。直ちに骨の再生がリロウスによって施された。相手はどうやら役割を分担するらしく、ハンマーは俺の相手、手甲はエッフェンバルトの治療をするつもりだ。どっちにしても厄介だった。


エッフェンバルトはまだ生きているという予感が頭の隅から離れない。

もし復活となれば3対1。戦いに時間を掛ければ掛けるだけ最悪の結末に突き進んでしまうだけなんだ。相手の姿や戦法に怯んでいる場合じゃない……。


ハンマー傀儡が怒りを前面に押し出して攻めてくる。


「粉々にしてやるんだからぁっ!!」


ハンマー傀儡が頭上からハンマーを振り落としてくるが、懐は隙だらけ。

今度こそ迷わずにハンマーが落とされる前に右拳にひねりを加えて傀儡の腹部へとねじ込む。

武器と対称的に体は泡のように軽く、打撃の衝撃で容易く浮いた。

傀儡とはいえ、感触は生身の肉体と遜色ない。

傀儡の口から空気が漏れたのが聞こえて、次打は左頬へのフックだ。

最短距離で最小の動き。

傀儡はハンマーを手放し、頭部を揺らしてくるくる回転しながら後方に吹っ飛んでいく。吹っ飛んでいる途中で意識を取り戻したようで、右膝と右手をついた着地は見事だった。


俺は傍に投げ出されたハンマーを試しに持ってみようと試みたけど、

イルヴァナの大剣同様、びくともしない。

使う気も起きないが武器で戦われるのはやっぱり面倒だ。

ハンマーの柄を掴み、高熱を流し込んでいく。溶解させようと思っていた。


が、俺の企みもあっけなく見破られる。


「ルナ、こうたいする!」

「くっ…、お願い、レナ!」


そう言って瞬時にとっかかってきたのは、手甲てっこうの傀儡。両腕に銀色の、恐らく鋼の手甲を装着している。肉弾戦タイプらしい。おまけに、動きがかなり素早く、ハンマーを溶かそうとしていた俺に対して、まずタックルを仕掛けてきた。この傀儡も小柄だ。

タックルを受けてしばらく、地面を削りながらも俺は炎の羽で推進力に対抗する。やがてお互いの力は拮抗し、押し合いになった。

身長130センチくらいの小さな体のどこに身長178センチ体重68キロの高校二年生と押し合える力が備わっているんだろうか。改めて魔導師が人間の上位存在であることを実感した。まあ、この子は傀儡なんだが。


「…っ?このにおい、まさかきさま、にんげん!?」

「あ?ああ、人間だ!」

「なにしにきた!?まさか、しんりゃくをしにきたのか!?」

「そうでもねえけど、侵略してんのはお前らのほうだぞ!」


手甲傀儡はさっきのハンマー傀儡より舌足らずでリロウスも5番目とか言っていたから後から生まれたのだろう。妹みたいなものか。けれども、戦う意思をはっきり打ち出してくるため、幼さの中にも狂気を感じてしまう。

募る思いはエッフェンバルトへの不快感だ。傀儡とはいえ、何故奴は娘達に戦うよう指示しているのか。


『詳しい事情を気にしている余裕はないだろう!』


多分、エッフェンバルトに関して何らかの事情を知っているはずのリロウス。彼女が言うとおり、今は余計な情報を詮索してられない。が、ここで重要なことも思い出す。


――倒してしまえば、魂はエッフェンバルトに還る。

欠けたピースが揃う度に奴は若返り、強靭な肉体と魔力を手に入れることになる。


押し合う最中で、ふとエッフェンバルトが倒れている位置をみる。

黒炎はまだ奴の肉体を燃やしているが、炎を消そうとするハンマー傀儡も傍らにいる。エッフェンバルトに僅かでも生命力が残っていれば傀儡を破壊した瞬間に、奴はパワーアップしてしまう。


状況は理不尽なくらい相手に有利だった。

倒さなければ、俺たちの本来の目的を果たせない。

しかし、倒せば倒すだけ敵の総大将エッフェンバルトは強くなる。


歯噛みした途端に、力がふっと抜けた。


手甲傀儡が目の前から消えていた。戦闘中に考えに耽っていた俺は完全に油断していた。手甲傀儡は俺のすぐ右側に移動していて気がついたときには、頭蓋に途轍もない激痛が走った。後頭部を手のハンマーで殴られたらしい。


水音を立て、地面にひれ伏す。後頭部の髪の毛を掴まれて体を持ち上げられた。


「これは、おとうさまのぶんよ!」


俺のパンチを真似て、捻りを加えた打撃が腹部を襲う。手甲の第3間接部分には突起がついており、ダメージを増幅させた。

俺の口からは消化しきれていない食べ物が胃液ごと吐き出された。


「そして、これが……」

「ラナの分!!」


背中越しに聞こえたハンマー傀儡の声。髪の毛は離され、無防備になった俺をハンマーがモロに直撃して魔導師たちの街に猛スピードで吹っ飛んでいく。

痛覚がなく、体全体が麻痺していた。背骨ごと中枢神経をやられたかもしれない。

羽すらまともに動かせず、魔導師の家屋をなぎ倒しながらようやく止まる。

いきなり、家を破壊された魔導師たちが俺の元に集まってきて見下してきた。


〈リロウス!〉

『今、やっている!急かすな!炎禍も協力しろ!』


急ピッチで損傷部位を再生してくれているようだが、俺は魔導師たちに四肢を捕らわれて完全に身動きが取れない。できることといえば――


「炎禍!炎だっ!!」


自身の体から炎を出すこと。突然発火したことで魔導師たちは驚き、すぐに俺を離した。その頃には痺れがなくなっていて体の自由が利いた。


〈反撃だ。敵が多く存在するよりまとめて1体にしてしまう方が戦いやすい。数が揃わぬ間に倒してしまえ、陸斗〉


最善の策とは言えないけど、尤もな意見だ。


〈魂が回帰できないほど、燃やせ〉


枝紡の裏人格である炎禍の発言は時折、枝紡との友人関係を改めたくなるがこの凶暴性こそが俺の命を守ってくれているのだ。

無碍むげにはできない。


「…ああ、倒す。倒しみせるさ」


群れになった魔導師の中心から上空に出て、傀儡たちの姿を確認する。

俺を吹っ飛ばした後、2体でエッフェンバルトの措置を行っていた。

炎は鎮火し、黄色い光が奴の体を包み込んでいた。回復系の魔力か。

とにかく完全回復はさせちゃいけない。

俺は一息ついてから、一気に向かう。


「…人間、まだ向かってくるというなら」

「さらにいためつけるだけよ!」


どうやらエッフェンバルトの措置は終えたらしい。

まだ動くまでには至らないが俺にも確かにエッフェンバルトの魔力が吹き返したのを感じ取れた。


こうなれば、3対1になる前にハンマー傀儡と手甲傀儡を―――。



そのとき、俺の背後から何かが迫るのを感じた。


それは強大な圧力のようで、大気を揺らしながら俺に向かっている。


たまらず、振り返ると目の前に青白い光の筋が迫ってきていた。


「なんだ、これは――」


あまりの眩しさに顔を手で覆う。


〈陸斗、上に飛べ!!〉


炎禍の叫びも虚しく、青白の光線は俺の全身を包む。


「ぐあ、ああああああっ!!!!」


まるでビームだ。光線に肉体を灼かれながらも、どうにか離脱しあがった息を整える。


そして、光線が伸びてきた方向を見た。

目を凝らしてやっとはっきり見えた。


「なあ……リロウス、もしかして、あれもそうなのか?」


願わくば、違うと言って欲しかった。

俺の願いも、たった一言で撃ち砕かれる。


『残念だが…エッフェンバルトの傀儡だ……』


姿は3体。


ハンマーと手甲も含めて5体の傀儡が俺を挟み撃ちにしようかという状態だ。

残る1体のことはいざ知らず。これからの戦術を組み立てる間もなく、

唐突に耳元で奴の声が聞こえて戦慄した。




「……これで、6対1だ」




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