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『te:tra』  作者: 坂江快斗
85/100

〈episode42〉彼女の戦い


「お前は、あの時の……」

「あなたは……」


墜落の衝撃は、嵐禍の恩恵で上手く和らげることができたけどそれでも強い衝撃がわたしの体中に残った。ここがどこなのかも分からないまま、声がする方を見てみると見覚えのある女の人が立っていて、わたしの事を驚いた様子で見つめていた。

表情から予想するにこの女の人もわたしの姿に見覚えがあるらしい。あの時は、先輩の体を借りての戦いだったけれど。


土煙が晴れるまでにわたしは眼鏡をくいっと上げる動作をする。でも、すぐに眼鏡がないことに気づいた。そっか、嵐禍のときは視力が上がってるんだっけ。

染み付いた癖はすぐに直る物でもない。


完全に土煙が晴れると、女の人は弓矢を構えていた。


「なぜ、ここにいる?」

「へっ!?あの……」


次の瞬間、シュンッと風を切る音が右耳を掠めて後ろの壁を破壊した。


「きゃあっ!」


思わず両耳を押さえてしゃがんでしまう。ものすごく怖かった……。


「いいから答えろ!!なぜ、お前はここに居るんだ!リロウ――」


また弓に矢を宛がって怒るような口調で質問をしてきたけれど、リロウスさんの名前を言いかけて首を傾げている。そうか、この人、まだわたしと先輩が別人だって気づいていないんだ。


「お前……、リロウスの器ではないのか?」

「う、うつわ……?」


確か陸斗先輩が、〈器〉っていう存在なんだよね。

この場合、わたしはなんて言えばいいのかな……。


〈まるこは普通に人間ですって答えればいいのよ〉


わたしが困っていると嵐禍がフォローをしてくれる。

でも、嵐禍の声が聞こえたのか女の人はさらに顔を顰めた。


「その声…なるほど。禍の力を手にした者か。器に使われるだけの力にあらず、自らの力に昇華させるとは……」


言い終わると弓をさらに強く引く。矢は間違いなくわたしの方に向けられていて、

指をちょっと離すだけであっという間にわたしまで飛んでくるはずだ。


〈声が筒抜けってのは少し面倒ね〉『どうにかできないです?』


!!!


「きゃっ!!」


目にも留まらぬ速さで打ち出された矢はわたしが咄嗟に差し出した右手が風を纏って空中で止まる。それでも、わたしを貫こうと矢が推進してくる。押し返すイメージで風を送り出し、ようやく矢の進行が止まり、地面に落ちた。藍色の矢だった。

どうやらわたしの心の声さえも筒抜けみたい。


「ほう。これに反応できるのか。雑魚ではないらしい。もう1度聞くぞ。お前はなぜここにいる?リロウスと器はどこだ?」

「男のひと……じゃなくて、魔導師さんを探してるです。その魔導師さんが開けた穴のせいでわたしたちの住む世界が危ないです。先輩達とは逸れてしまいました…です……」


言葉を出すたびに、人間が住む世界の事と逸れてしまった先輩のことを思い出して声が沈んでいく。この世界に来るまでの道中でわたしはブラックホールに飲み込まれて最後は自分で先輩の手を離し、自分は死んだと思った。

けれど、ブラックホールの中は同じような空間が繋がっていて嵐禍の指示に従い真っ直ぐ全力で飛んでいると、亀裂が見えた。勢いそのままに突き破ったらここに居た。

雰囲気的に、本に出てくる西洋風のお城みたい。こんな状況じゃなければきっと飛び跳ねてお城の内部を探検するはずだ。勿論、今、そんなことできるはずもないんだけど……。


わたしは周辺に先輩がいないか、気配を探してみる。でも、見つからない。

そのかわりにお城を取り囲んでいる魔導師さんの数が数え切れない人数だということに気づいてしまった。


その中でも一際、強い気配、魔力を持っているのが目の前にいる魔導師さんだった。


気を抜くと呼吸も止まりそうなくらい。

足も震えだしそう。こめかみを流れる汗だけが自由を手にしている。


改めて自分が魔導師か、魔導師に限りなく近い存在になったことを痛感する。


「お前達の世界が危ないだと?何を言い出すかと思えば……。かえって我々には都合がいい。それに、わざわざ人間の住む世界に出向く必要も無くなったのだからな」


わたしの言葉は届きそうも無い。言いながら弓を引いて狙いを定めている。多分、一射目はわざと外して、二射目はわたしがどんな反応をみせるか試したと思う。

となると、三射目は本気で射ってくるはず。

できれば戦わずに話を進めたい……。


「あのっ!話を聞いて欲しいです!わたしはあなたと戦うつもりなんてないです!」


自分でも驚くくらいの大きな声が出せた。

もしかしたら射たれてたかもしれないのに。


「人間の話を聞く時間は無い。リロウスと行動を共にしていたのなら聞いているはずだ。我々とお前達はいずれ戦う運命にある。私はお前に脅威など感じないが、今、殺しておいて損はない。お前に戦うつもりが無かろうと、知ったことではない。この世界への侵入も見逃すわけにはいかない」

「で、ですから、わたしは…魔導師さんを追っているだけなんです。その方を見つけたらすぐに――」


見つけたらすぐに……?

見つけたら、わたしはその魔導師さんを……


「すぐに、なんだ?さっきお前は魔導師が開けた穴のせいで世界が危ないと言ったな。つまり、穴を塞ぐには魔導師を殺し、魔力の供給を断つしかないということだ。結局、お前は魔導師を殺しに来たんだろう?」


いいや、違う……っ


…否定の言葉は心の中で巡るばかり。

わたしが見つけても、先輩が見つけても、最終的に魔導師さんの命を奪うことになる……。


先輩は、奪うか奪われるかの世界で戦ってたんだ……。


「生憎、我々の状況も最悪の手前でな。お前のような雑魚に構っている時間さえ惜しい。余計な混乱を招くなら、この一撃を持って、お前を――」


明らかに眼の色が変わった。何かしないと、何もできずに……


「――殺すっ!」


〈まるこっ!〉


嵐禍の声と青髪の魔導師さんの声が重なる。弓矢が青白く発光し、今にも放たれそうだった。


「わ、わたし……」


そのとき、魔導師さんとわたしの間にある瓦礫が上空に弾けて、中から男の魔導師さんが現れた。


「ア゛ア゛ッ。痛ってえなぁッ!」


頭から血を流し、周りを見渡している。まさかもう1人いるなんて思ってなかったから突然の登場に腰が抜けてしまう。矢は放たれなかった。


「次から次へと……。そのまま埋もれていればよかったのにな、エミル」

「んだと、オリオンッ!!てめえ、自分がやったことわかってんのか」


男の魔導師さんはエミル、青髪の魔導師さんはオリオンって言う名前らしい。

2人は、わたしなんていなかったみたいに話を進めていく。


「もう猶予はない。こうしてる間に世界は終わりに向かっている。お前がこのまま、〈イースト〉の進軍を止めないなら、私は相応の決断を下す」

「はあ?相応の決断?…くくく……くははははははっ!!」


わたしよりも近い距離で矢を構えられているのに、高笑いをするエミルという魔導師さん。状況が分からないまま、この2人の関係性も分からないまま、さらに話は進む。


「何が可笑しい」

「くくく…いやぁ。お前も、戦うことを忘れられずにいるんだなぁっと思ってね」

「――ッ!!!」


「……待つですっ!!」


次の瞬間には、矢が放たれていた。


わたしは咄嗟に、いや、反射的に体を動かしていた。嵐禍のスピードでエミルさんの前に出て、自分の顔ギリギリの位置で矢を掴む。目の前にいるオリオンさんは表情に不快さを滲ませていた。


「…なんのつもりだ、人間」

「こ、この魔導師さん、怪我してるです!治療した方がいいです!」

「そんなもの必要ない!どけっ!邪魔をするな!」

「どかないです!やっぱりこんなこと間違ってるです!同じ魔導師の仲間なんですよね?だったら、戦いあうなんて、おかしいです!」

「お前の後ろにいる男は、戦争を起こそうとしているんだぞ!!!世界が破滅するかもしれない規模の戦争を!!」

「…えっ……?」


わたしが庇った魔導師さんは、くくくくっと小さく笑っている。

笑い声はだんだん大きくなり、わたしは後ろを振り向いた。


「助かったよ、名も知らぬ魔導師さん」


魔導師さん……。


顔をにやけさせて、わたしの姿を見て、確かにそう言った。

自分では分かっていたことでも、改めて他人に宣言されたのは初めてだっただけにショックは隠しきれない。


「オリオンの仲間かどうかなんて知らないし、どうだっていいが神様は俺を生き永らえさせるべきと判断したようだ。ご心配と護衛、誠に感謝する」


声からは感謝の気持ちなんて微塵も感じない。魔導師さんはわたしの肩に手を置き、またにやりと笑った後、天高くジャンプして逃げていく。


「まずいっ!逃がすかっ!!」


オリオンさんは、何も無いところから矢を精製して飛び立った方向に次々発射していく。呆然と立ち尽くすわたしを他所に、100発以上の矢を放ったけれど、彼を止めることはできなかったみたいだ。


「くそ!」


追撃を諦めたオリオンさんは、わたしに向けて矢を放ってきた。

矢はわたしの左肩に突き刺さった。紛れもなく、本気の一撃。

直撃の際の衝撃で、わたしは簡単に吹っ飛んでしまった。


「あああ……、矢が…。痛い…です……」

「お前、何なんだッ!!!」


即装填された矢は引いてすぐにわたしに放たれる。


〈まるこは私が守る〉


嵐禍が呟くと、わたしの周囲を風が巻き起こり、自分が竜巻の中にいるような常態になって矢を弾いた。


「余計な真似をし――」



””全軍に告ぐ!!直ちに各国への進軍を開始せよ!全世界を我らの支配下にするべき時が来たのだ!戦え!殺せ!声をあげ、血に満たされよ!虐げられてきた過去を清算する!進め!我が〈イースト〉の誇り高き魔導師たちよ!!!””



オリオンさんの声を遮って突然、聞こえてきた叫びに近いエミルさんの声。

宣言が終わると、あちこちから雄叫びがこだまする。あまりの声の大きさに、

お城の中にも地響きが起きていた。


「エミル……ッ!」


オリオンさんは弓を構えていた腕をだらんと落とした。体の力が抜けて、天井に開いた穴を見上げて、一息だけ溜息をついた後、わたしの方を再び睨んだ。


「もう、誰にも止められないぞ」

「何が…ですか…?」

「戦争だッ!!!」


威圧が風になってわたしを襲う。また、ぺたんと尻餅をついてしまった。


「なんとしてでもエミルを止めるべきだった。できれば、争うことなく説得したかった。だが、奴は私に屈せず戦いを挑んできた。私は応戦し、命を奪うことまで考えた。何故だと思う?世界を守る為さ。お前達の世界はさぞかし平和なのだろう。でも我々の生きる世界は違う。常に緊張の糸が張り巡らされ、ほんの僅かな解ほつれが世界の均衡を断ち切ってしまう。私は解れた糸を保全しようとしていたにも関わらずお前は空から沸いて出てきて、あろうことか、糸を切断してしまったんだ!」


「わたしたちの世界でも争いは起きるです!人と人が傷つけあう姿をテレビを通してですが何度も見たです。見る度に傷つけあうことはいけないって思うです!人も魔導師さんも同じじゃないんですか?」


「我々の殺し合いと魔導師の成り損ないであるお前ら人間の殺し合いを一緒にするな!!てれびとやらが何なのか知らないが、お前はその手で誰かの首を絞めたことがあるか?その手で剣を握り、誰かの肉体を切り裂いたことはあるか?私のように弓を引き、命を的にしたことはあるか?」


「それは……」


言い返す言葉が浮かばなくて口篭ってしまう。

わたしはひとりきりで戦ったことなんて無い。

前回の戦いも先輩と一緒に戦った。

でも、私は先輩に力を分けたくらいで、実際に血だらけになりながら戦ったのは、

陸斗先輩だ……。


「何も言えない、か。その様子だと戦う意味すらも知らないだろう。戦いが起きる理由さえも知らないだろう。人が、魔導師が、何故戦うのか、戦わなければいけないのか、お前のような薄汚れた平和の片隅で生きてきた人間には絶対に分からないだろうな」


「そんなこと、ないです……」


自分で言っていて情けなく思う。

自分の言葉は、あまりにも空っぽだった。


「…話していても時間を無駄にするだけだ。私は今から、この国の兵士を全滅させなければならない。私の命に代えてでもこの世界に戦争は起こさせない。その為にこの国を滅ぼす」

「で、ですから――」

「それは駄目だというのだろう?なら、…私を殺してみろ」

「えっ……」

「私は先程決断したんだ。全世界を救うためにエミルの命1つを犠牲にするしかないとな。しかし、私の決断はお前が砕いた。だから私は争いを起こそうとしている者を片っ端から殺すしかなくなった。私の魔力とこの”蒼弓”を使えば大量殺戮なんて呼吸をする程度に容易い。お前が私を殺せば、少なくともお前の”正義”は全うされるかもな。私が遂行できなかった決断をお前がやってみろ」


言い終わると、オリオンさんは両手を広げ、弓を地面に落とす。

完全に無防備な状態だ。


「お前が私を止めない限り、私は私の信念に基づいて世界を守る。たとえどんなに多くの犠牲をこの手で生み出そうとも、100年前の悲劇に匹敵する事態を引き起こす訳にはいかない。さあ、私の覚悟は以上だ。お前の覚悟を見せてくれ」


わたしの覚悟……。

確かにわたしが生きてきた今までの時間は平和に満ちていた。友達こそ少なかったけど大好きな本に囲まれて、お父さんやお母さんに愛されて、弟達と仲良く過ごして、テレビに流れる映像や、聞こえてくる悲しい現実には、自分には関係ないよねってどこかで思っていたこともある。遠くの国で起きている戦争、自分が住んでいる国で起きている事件や事故…全て現実の事なのに現実じゃないように思えて、見てみぬ振りをしていた。

当たり前の日々を送っているとき、陸斗先輩と出会って、心の中にいた嵐禍の声が聞こえてくるようになって、文化祭が終わったあの夜、わたしの世界が激変したんだ。

空想が現実になった瞬間、わたしに向かって魔導師の女の子が剣を振り下ろしてきた。


先輩を失うのが嫌で、怖くて、体力もないのに力の限り走って、追いついて、自分の想いを告げてから先輩と一緒に戦う事を選んだ。あの人を守るって決めた。

その決意をもって先輩と修行をして、先輩を守るために力を得たはずなのに、わたしは今、戦う事を恐れてる……。目の前にいる魔導師さんを殺すことがとても怖い……。


硬いはずの決意は、実際はスカスカで脆い決意でしかなかったの?

わたしが決めたことって、こんなにも簡単に折れてしまうの?

やっぱりわたしは弱いままなの?

変わることなんてできないの?


陸斗先輩……。


名前が口から出そうになって思い留まる。あの人は隣にいない。

この世界のどこかで戦っているのかな。もう犯人を見つけたのかな。

こんなときでさえ、わたしは先輩の姿を追ってしまう。先輩に縋ってしまう。

不安が洪水のように溢れてしまいそうで、胸の奥がずきずき痛んだ。


覚悟は持っているつもりじゃ、駄目なんだ。

世界を救いたい。守りたい。っていう気持ちだけじゃ駄目なんだ。


同じ事をどれだけ自分に言い聞かせても、わたしの前には躊躇が立ちはだかる。


わたしが魔導師さんを倒すことで、この世界には戦争が起きてしまう。

わたしが魔導師さんに負けてしまえば、たくさんの魔導師さんが殺されてしまう。

結果として戦争は起きなくても、犠牲がでることに変わりは無い。

平和な場所で生きてきたわたしにとって、『多くの犠牲を減らすための犠牲』はどうしても理解することができない。それは犠牲者を出さないように成り立っている社会の中で生まれ育ったから。わたしと魔導師さんとでは、根本的な考え方や育ってきた環境が違いすぎる。簡単に誰かの命を奪うなんて事、できるわけないよ……。

精一杯生きている人達の命を奪う権利がわたしにあるはずないよ……。



でも……



〈まるこ……、私はまるこを守る為の力。あなたを守る為ならなんだってする。あなたの願いのままに力を発揮するわ。でもね、私はあなたの力でもあり、ひとつの意思でもあるの。私は私自身の意思に背きたくない。もしそれがあなたの意に反することであっても。私はね、あなたを傷つける者がいるなら私は全力でその者を排除する。これが私の意思〉


いつまでも葛藤しているわたしに向けて、嵐禍は励ましの言葉をくれる。

嵐禍の気持ちは決まっているみたいだ。嵐禍ほどの心の強さがあればどんなに楽なんだろう。結局、中途半端でしかなかったわたしの覚悟は、ここにきてわたしを苛む。

中々動き出さないわたしに対して痺れを切らしたのか、オリオンさんは広げていた両手を降ろして、落ちていた弓を拾い上げた。


「……時間切れだ。そもそも、この時間すら必要なかった。最初の一撃で殺しておけばエミルと〈イースト〉の暴走も防げただろうに。私もまだまだ甘い」


弓は形状を変えて、オリオンさんの身の丈くらいに大きくなり、合わせて矢本体も大きく変化していた。弓からは蒼いオーラ、矢からは黒いオーラが滲んでいる。


〈まるこ!このままじゃ犬死するだけ!今、あなたの目の前にいる敵と戦うしかないわ!死んでしまったら、もう陸斗にも会えないのよ!〉


分かってる。でも、怖いんだよ……。

死ぬことも怖いけど、死ぬことよりも、殺すことの方が怖いの……。

相手が敵って分かっていても、殺すなんてできないよ……。


〈なら、殺さない方法を探しなさい!戦い方はいくらでもある!!〉


「ふん。宿主と違い、魔力の元は血気盛んらしい。安心しろ、後悔する間もなく命を射抜く」


〈磨瑠ッ!!!〉

「こわくて…体が……動かない…です……」


全身が震えてしまい、いつ放たれるか分からない矢を待っている状態。

圧倒的に絶望的な状態なのに心の中に蔓延る葛藤は消えて無くならない。


「どうせ何もできないだろうと思ってはいたがここまでとは。自分の命と他者の命を測る天秤も持ち合わせていない。要するにお前には”心”が存在していないんだな。お前は、傀儡と同じさ。空っぽなんだよ」


次々に浴びせられる言葉にさえ言い返せない。


「我々の世界はお前の行動により破滅へと向かう。しかし、お前は自らの世界は救うつもりなんだろ?そんな虫のいい話、私が許さない。お前達人間の世界も、我々の未来のために奪ってやる。〈主様〉が選んだのは我々魔導師なのだ。人間ではない!愚かなる人間よ、何もできないままに――」


――死んでしまえ。


〈磨瑠っ!…こうなったら!!!〉


矢は一切の迷い無く放たれた。勿論、わたしに向かって。

でも、わたしの体はまるで自分の体じゃないみたいにふわりと浮いた。


〈磨瑠が戦わないなら、私が戦う〉


気がついたときには、空を飛んでいた。それもものすごいスピードで。

さっきまでいたお城からは相当な本数の矢が放たれていて、嵐禍は器用に矢の襲撃を掻い潜っていく。


「お前は逃がさない。生かしておく理由もないからな」


一旦、矢の襲撃が無くなったと思ったら今度は後ろに気配を感じた。


「嵐禍っ!後ろです!」

〈分かってる!磨瑠、戦うの?戦わないの?〉

「…っ!それは……」


途端に葛藤が沸いてくる。お腹からこみ上げてくるものがあって気持ちが悪くなる。

心と体は、完全に離れ離れ。


「逃げずに殺されておくべきだったぞ」


後ろを振り向いた。確かに声は後ろから聞こえたから。

でも、振り返った先に見えたのは真っ黒な雲と、1本の矢。


「うそ……」〈そうはさせないわ!〉


嵐禍が矢に向けて風を撃つ。その行動は最良じゃなかった。

矢に気を取られてしまい、あの魔導師さん…魔導師の存在を見失ってしまうのだ。


「ただ闇雲に矢を放つわけが無いだろう」


わたしに迫っていた矢は今、風を撃っている矢だけではなく、さっきまで嵐禍が交わしていた矢も含まれていて、わたしは空中で全方位から矢に囲まれている。


「いやっ!!」


強引に、体の自由を嵐禍から奪って目前意迫っていた矢を吹き飛ばすように体を回転させて矢を食い止める。ここまで、わたしは必死に目の前の矢だけを回避していた。

何もかも全部、魔導師の戦法ということに気がつかず。


「魔力で精製された矢は、私の意のままに操れる。お前の能力はある意味、私の戦い方と相性が悪いが、戦い方を知らなすぎる。やはり、魔力の無駄づかいだった」

〈磨瑠!この矢は全て囮――〉


「人間の世界も終わる。来世は期待するな」


一瞬、空が青白く光り、その瞬間にわたしのお腹に激痛が走った。

鳩尾からおへそまでを矢の先端の刃が切り裂き、1秒もかけずに背中から飛び出した。


「かはっ…、あああっ、ああっっ」


感じたことの無い痛みのせいで頭が真っ白になっていく。


そして、わたしは落ちていく。


追い討ちなのか、風で弾いたはずの矢が魔導師の合図で生き物みたいに活き活きとわたしに飛んでくる。


〈磨瑠、しっかりしなさい!!〉


嵐禍の声が遠くに聞こえる。勝手にわたしの腕が動いて、風を強く吹かせた。


「ごほっ」


行き場を失った血液が口からこぼれると同時にわたしの体は地面に叩きつけられた。


「せ、せんぱい……」


手を伸ばす。かろうじて、自分の力で。

目が霞んでいく。立ち上がらなきゃ。動かなきゃ。


こんな状態になって初めて、わたしは「戦うべきだった」と後悔した。


〈磨瑠!今、傷を塞ぐからね!〉


「た、たた…かわ…なきゃ……」


痛みや絶望感を知って、葛藤が消える。この結果を招いたのは誰でもない自分なんだと思い知って、痛みが増した。



〈磨瑠!!!〉



霞んでいく景色の先に、鋭い光を放って飛んでくる矢を見つけた。


その矢は風で防ぎきれなかった矢なのか、

魔導師が新たに放った矢なのか分からないけれど、



空から迫るたった1本の矢は、わたしの心臓の辺りを貫いた。



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