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『te:tra』  作者: 坂江快斗
83/100

〈episode41〉彼女は遠く離れて


***** 


――旧藤崎市 藤咲学園 体育館跡地 


リロウスの魔力により、”闇”は拡張を抑えられている。けれど、魔力効果も完全ではなくじわじわと闇の穴は現代の世界を蝕んでいた。


陸斗と鳴海が出立して10分。

その場所に1人の女の子が歩いてきた。


2つに結った黒い髪。年端は10歳程度の少女。


少女は深淵を覗き、じっと見つめたあと、徐おもむろに両手を闇の穴に翳かざし、両の手のひらが輝く。小さな声で一言だけ呟いた。


「これでいいのね、アーフェン」



闇の穴の拡張が光に包まれて完全に止まった。



*****



”穴”の中は、身を切るような冷たい空気と吐き気を催しそうな禍々しい色で支配されていた。おまけに騒音が凄まじい。障害物こそないけれど、果てしなく続いているように思える一本道は異物である俺と鳴海を今にも取り込もうと必死だ。


気を抜けば赤・黒・青・緑など様々な色が混ざり合った斑模様の壁に引き寄せられそうになる。

行く先からの風が激しく、俺たちもスピードを上げるが到達地点も見えない為進んでいる感覚がない。

突入してから10分は経ったはずだ。時間制限がある以上、ここで時間を食うわけには――。


「リロウス!いつになったら向こうに着くんだ!?」

『分からない!この穴は歪すぎる!次元がここまで歪んでいては・・・』

「とにかく進めって事か!?」

『それしかないだろう!!』


あまりの騒音に声も大きくなる。俺は後ろから鳴海がちゃんと付いてきているかを確認する。


「鳴海!平気か?」

「・・・はいっ、大丈夫です!」


俺たちはひたすら突き進む。

いつまでも変わらない景色。鳴り止まない騒音。行く手を阻もうとする風。

今まで自分達が居た世界にはありえない光景を目にしている。

この空間を抜けた先には、リロウスたち魔導師たちの生きる世界が広がっている。だが、どうしても現実感が持てない。特にこの歪いびつな空間を自分が飛んでいるというのが不可思議で仕方なかった。


ただひたすら前を目指し進んでいるとリロウスが反応を示す。


『ん・・・、この匂いは・・・』

「どうした?近いのか!」

『ああ。近いかもしれ――』


リロウスの言葉の途中で突然、次元が大きく揺れた。


「おわああっ!!!」

「きゃああああっ!!」


歪みの中全体が、上下左右に激しく揺れている。振動は俺たちにも直接伝わり、進むことが出来ない。


「せ、せんぱいっ!」


鳴海が叫んだ瞬間、斑模様の間に無数の穴が開いていく。ブラックホールのように渦を描き出し、途端に鳴海が引きずりこまれていく。


「鳴海!!掴まれっ!!」


ブラックホールは凄まじい勢いで嵐禍状態の鳴海を飲み込もうとしている。

俺は鳴海の右手を掴み、引っ張る。鳴海も必死の抵抗を見せる。


〈まるこ!焦ってはダメよ!〉「わ、わかってる・・・ですけど・・・」


無数のブラックホールはそれぞれが吸引をし始め、歪みの空間の中は乱気流に。

騒音はさらに音を増し、呻り声にも聞こえる。

次第に俺の体もどれかの穴に吸い寄せられていく。


「どうすりゃいいんだ!・・・鳴海っ!手、離すなよっ!!!」

「はいっ・・・うう・・・」


すでに鳴海は胸までをブラックホールに飲まれ、彼女の右手にも汗が滲んでいた。

絶対に離してしまわないよう、俺はかなり強く握った。


「今、助けるからなっ!痛いのは我慢してくれっ!」


俺は両手で鳴海の右手を握り締め、炎の羽を羽ばたかせる。他の穴の吸引力を利用して、鳴海を引っ張り出すことを思いついた・・・が―――。


またしても、巨大な揺れが俺たち2人を襲う。


「ああああああっ!!!!」

「せんぱい・・・」


揺れが収まらない。視界がぶれ、二重、三重に重なって見えた。


「絶対、離さないからっ!だから・・・あああああああっ」


体のあちこちがばらばらになりそうなほど揺れが勢いを増して、痛みが走る。

まだ移動の段階で窮地に立たされている。でも、こんなところで死んだら、何もかもが終わるんだ・・・。そんなのって、ねえだろ!!!


『陸斗、急げ!』


分かってる!


『式瀬くん!』


分かってるって!!


「鳴海、諦めんな!俺がなんとかするからな!」

「・・・・・・」


鳴海は俺をみつめるだけで何も言わなかった。もう首まで飲み込まれていて、あと少しで口が塞がれそうだ。彼女の表情にも、陰りが見える。

俺はもう1度、強く引き抜こうとするが鳴海の顔が苦痛に歪んでしまうだけだった。

乱気流の風までも強くなり、ついに俺の体の自制も効かなくなる。


「先輩・・・、手を離すです!」

「何言ってんだ!そんなこと――」

「そうしないと、このままじゃ先輩まで巻き込まれるです!わたしはだいじょうぶですから!」

「大丈夫なんて根拠、どこにもないだろ!!」


ここは次元の歪みなんだ。今、手を離したら鳴海は永遠にこの歪みの中を彷徨うことになるかもしれない。尚更、手に力が入る。


「たった1%でも可能性があるなら、わたしは先輩に賭けるです。先輩は世界がどうなってもいいんですか?わたしは嫌です!嫌だから、先輩には進んでほしいです!」

「勝手なこと、言うんじゃねえっ!」


言い争ううちに鳴海の手から力が抜けていく。俺は追う様に力を込め続ける。


「先輩、信じてください。わたしは大丈夫です。必ず、自分の力で何とかして見せるです。だから・・・だから・・・・・!」


鳴海が左手を俺に向けた。俺が反応する間もなく――


「絶対、世界を守ってください」


左手から放たれた風の弾丸に俺は抗えずに吹き飛ばされると、いとも簡単に右手は離れていった。


「鳴海ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!!!!!」


ブラックホールは、ごくんっと音をたてて鳴海の体全てを飲み込んで消失した。



「なる・・・み・・・・・」


右手にはまだ鳴海の手の感触が残っていて、腕を下ろすことができない。呆然と鳴海が消えた位置を見つめていたけれど、そんな余裕はないことを思い知らされる。

三度、巨大な揺れが襲い掛かってきた。


『陸斗、今はとにかく進むんだ!彼女にだって力がある。彼女の言葉を信じるほかないんだ!』


リロウスが叱咤する。立ち止まってはいけない。進むんだ。信じろ。奥歯を噛み締め、右手を握り締め、何度も何度も言い聞かせる。


「俺は・・・お前のことも諦めないからな・・・鳴海・・・」


今だけは、進むことを許してくれ。でも、たとえお前がどこにいても探し出すから。

ごめん・・・、鳴海・・・。


「うおおおおおおおっ!!!!」


俺は乱気流に突っ込んでいく。翼がもがれそうになってもどんなに風の抵抗を受けても、前だけを向いて駆ける。


『陸斗、あれだっ!真っ直ぐ先の亀裂が見えるか?』


突然リロウスが叫び、俺は目を細めて”亀裂”を探す。

どれくらいの距離があるか分からないが、確かに亀裂が入っている箇所を見つけた。


『あの場所から、我々に似た魔力を感じる!間違いない、あそこが出口だっ!』


出口、すなわち、もうひとつの世界への入り口――。


「ああっ!このまま行くぞっ!枝紡!!」

『うん!』


体中から炎を滾らせて突き進んだ。

やがて俺の進行を妨げていた乱気流帯を抜けて、体は一気に軽くなりブラックホールも閉じていく。


亀裂が近づき、その狭間から”白い建物”が俺には見えた。


『一気に突入する。向こうの状況は分からんが、突入後は私が道案内をする。一旦身を隠すぞ』

「ああ!」


俺は、右腕にありったけの力を込める。黒炎が右腕を包み込んだ。


『ぶち込めっ!陸斗!!!』

「うおおらああああっ!!!!!」


最大加速からの最大攻撃。亀裂に直撃して、空間全体がひび割れた―――








―――――そして


――――――扉は開かれる。









「はあ・・・はあ・・・はあ・・・っ」


次元の歪みを通過し、世界へと飛び出す。

眼下に広がっていたのは、雷雨が降りしきる世界。

森に囲まれた街の中央に巨大な城が建っていて亀裂から見えたのはこの城だと分かった。

紛れもなく、俺たちがいた世界とは違う世界。



魔導師たちの世界に辿り着いた。



辺りを見渡し、現状を把握する。次元の歪みはやはり消えていない。


「ここが、魔導師の世界か・・・」

『そう。この場所は〈クリア・セントラル〉。君が戦った魔導師たちが住んでいる国だ』


リロウスを含め、イルヴァナやウィズとウィードもこの場所からやってきた。

あちこちで落雷が発生し、雨は激しく降り注ぐ。

リロウスの指示より先に、枝紡が叫んだ。


『ねえ、式瀬くん!下の方、誰かいる!!』

「下の方・・・?」

『・・・この魔力の匂い・・・まさかっ!?』


明かりは殆どなく、たまに稲光で光る程度だと何がそこに居るのか俺には分からない。しかし、魔力を察知できるリロウスと枝紡には何かが見えているらしい。


「何がいるんだ?」

『街から城に続く道を見ろ。そこにいる。下がって距離を取れ。奴も君を見ている』

「さっきの男か?」


リロウスが言った場所に視線を向ける。

まだ暗くて見えづらい。背後の暗雲からはゴロゴロと稲妻が鳴いて――


!!!!!


稲妻の柱が大地に刺さって、眩しい光が街全体を照らした瞬間、俺にもその姿が見えた。

かなり距離が離れているはずだが、結構大きな体格だ。顔は、はっきりしないけど、男であることが分かる。


『あいつの名前はエッフェンバルト。将軍の異名を持つ魔導師だ』

「エッフェンバルト・・・」『将軍・・・』


枝紡と声が重なる。確かにあの男は穴を開けた男じゃない。


「どうする?」

『さっき言ったとおり、1度身を潜めよう。今の目的は奴を倒すことではない』

「分かった。道案内してく―――」


一瞬、見ていた景色が暗くなり、視界を遮られ、低い声が耳に入ってきた。


「リロウス・・・貴様何をした!!!」

「えっ・・・?」


俺は訳も分からず、地上へ落下していく。話の途中でいきなり目の前に髭面の男が現れたと思ったら、顔面を鷲掴みにされて抵抗する間もなくぶん投げられていた。体勢を整える前に地面に激突してしまう。


「いってえ・・・」


今度は逆に俺が見上げる形になっている。つい今まで俺がいた上空には魔導師が立ち、俺を睨む。魔導師が右手を背中に回して”柄”を掴んだ。腕をゆっくり体の前まで動かし、抜き取ったのは両刃の大斧だった。


「「こんなときに」」


奴も同じ口の動きをしていた。俺は横目で城を見ると、一部が損壊している。どうやら俺たちが来る前に何かがあったらしい。

どちらにせよ、俺を見逃してくれそうもない。さっきのスピードからも分かるけど奴はかなり強い。視線から迸る威圧感に気圧されてしまいそうだ。


「リロウス!貴様、その者の中にいるのか」


上空から問う魔導師。リロウスも答えた。


『ああそうだ、エッフェンバルト!久しいな!この者が私の器だ!』

「器・・・?なるほど、では貴様が同胞たちを・・・。しかも、大穴まで・・・」

『その穴は我々じゃない!ある男を捜している!』

「黙れ!裏切り者の貴様の話など信用できるものか。よりにもよって事態を悪化させるとは」


俺にもリロウスにも奴が何を焦っているのか分からなかった。

ひとつ言える事は、奴に戦う意思があるということ。



『陸斗、私が言いたいこと、分かっているな』

「・・・戦うしかないのか」

『いずれ、倒さねばならん相手だ。奴を倒さん限り、あの男は捜せない』


そう。考えていても時間が過ぎていくだけ。

修行もした。新たな力も手にした。確固たる決意を持ってここに来た。

栞菜との約束を果たすんだ。邪魔をする奴がいるなら、倒せばいい。


「やってやるさ。速攻で倒す!」


俺の言葉にエッフェンバルトが反応する。


「倒す?ならば、やってみろ!!」


エッフェンバルトは大斧を振りかざし、一気に下降してくる。

その動きに対し、俺も拳に炎を込めて、羽を広げた。


「うおおおおっ!!」



力と力の衝突が、この世界に降る雨をほんの一瞬だけ止ませていた。



*****



――〈イースト〉国王宮


私が辿り着くまでに多くの戦闘を強いられたが、別に大したことはなかった。

それよりも、今私の眼の前に居る男に対し嫌悪感が溢れてしまいそうになる。

ふてぶてしく足を組み、頬杖をついて玉座に座る〈イースト〉国王・エミル。

事の発端が彼ならば相応の対処をしなければなるまい。


「流石に君クラスの魔導師に我が軍の兵士は敵わないか」

「さあ、どうだろうな。不意打ちなら勝機が掴みやすいかも知れんぞ?」


あからさまな舌打ちが聞こえ、私の言葉に明らかに不快を示す。元々エミルの事は話に聞いていたけれど、血気盛んという噂は聞いていない。私が知っているエミルと同じ者には見えない。


「なぜ、あのようなことをしたんだ?」

「なぜ・・・か。理由なんてあげたらキリがない。俺はただ、今までの分をお返ししているに過ぎない」


肩を竦める動作でさえ、私の癇に障る。


「エミル、お前がやったことは大罪だ。理由も無く〈ウェスト〉の小隊を殺すなど、国家問題に発展することくらい分かるだろ!」

「分かっていたからこそだ!今こそ、虐げられてきた我らの憂さを晴らすべき時なのだ。それに、先に攻めてきたのは〈ウェスト〉じゃないか」


エミルは立ち上がると、立てかけていた剣を取り、すぐに鞘から抜いた。剣先を私に向けて威圧しているつもりなのだろう。


「お前は勘違いをしているだけだ。〈ウェスト〉は攻めてきたわけじゃない。飽くまで調査に――」

「たとえそうであったとしても、結果は変わらなかったさ」


私の発言に大声で覆い被せて、自分の力を誇張する。

自分が何をしでかしたのかまるで理解していないようだ。国家間の中正役として、最も厄介なタイプだ。

溜息も出てしまう。


「とにかく、事を荒げても仕方ないだろ。〈イースト〉の行為が世界にどんな影響を及ぼすか分からないのか」

「どうでもいいな。むしろ、100年前の決着をつけるべきじゃないのか?」


私はエミルの発言に息を飲んだ。ここまで危険因子を孕んだ男だったとは・・・予想すらしていない。


「今は我々の指示に従え。軍を各地から退かせるんだ」

「答えになっていないぞ、温室育ちのクソ魔導師がっ!!」


突然、剣を振り上げてエミルが襲い掛かる。私の頬を掠めた剣は床を砕く。


「エミル!我々が争っても何も変わらない!やめろ!」

「変わらないままの世界に意味なんてない!どうせ、俺たちは・・・」


――〈朽体病〉で死ぬんだからよおおっ!!!


狂気任せに剣を振り回し、動きが読めない。最小の動きで回避していくが攻撃が止まる気配は無い。

エミルの叫びは私の傷にも響き、躊躇いが生まれた。

動きが鈍った僅かな隙をエミルは見逃さなかった。


私の首筋に刃が触れかける――――



―――ッ!!!!!!


爆発のような大きな音と共に、城壁が崩れていく。

私とエミルは衝撃で後方に吹き飛ばされる。首筋への刃は軽く触れただけだった。


「・・・どこからの攻撃だ?」


すぐに立ち上がって土煙が舞う中、エミルの姿を探す。相当な威力だったのか、瓦礫が散乱し天井には穴が開いている。穴の先に、不可解な現象をみた。


「空に、亀裂が・・・?」


そのとき、私の前方で瓦礫が動いた。

またエミルが突進してくるかもしれない。話し合いをしようにも暴れられては話にならない。自分の優位を高めるためにも多少の攻撃は致し方ないだろう。

私は弓を構えた。


「うう・・・痛い・・・です・・・」


だが、聞こえてきたのは女の声。

私にはどこか聞き覚えのある声だったが果たして・・・。


「そこにいるのは、誰だ」

「えっ、あ、わたしですか?えっと・・・」


土煙が声の付近を中心に渦巻き、晴れていく。


「わたしは、鳴海って言うです。それであの・・・ここは・・・」


土煙が完全に晴れたとき、私はその姿に絶句した。


「お前は、あの時の・・・」

「あなたは・・・」


駆け巡る様々な思考。

何故、ウィザードを倒したリロウスの器がこの世界にいる・・・?



これから何を起こすつもりだ・・・。



―――フューリ!



*****




「さあ、始めていこうか。〈終戦〉を」




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