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『te:tra』  作者: 坂江快斗
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第4話 〈炎禍ノ章〉「彼女の掌と優しさと」

〈炎禍ノ章〉



俺のやるべきこと。

まず一つ目。

制服に着替える。

次に二つ目。

ご飯を食べる。

さらに三つ目。

学校へ行く。

そして最後に、

『魔導師の力を覚醒させている人間を探し出す事』


突拍子もない話だ。昨日から今日の朝にかけてそんな話ばかりなんだ。

今更、これは夢だ、なんていう風に逃げることも叶わない。

これは紛れもない現実。人はよく楽しい事があった翌日には「昨日の今頃はな~」などというまさに現実逃避に走るものだが、今の俺は身の回りで起きてしまった現実を受け入れなければならない。確かに昨日の今頃は何も知らず朝から二度寝、三度寝、おまけに四度寝をぶちかまし、高校生の貴重な朝の時間に惰眠を貪るという日常を送っていた。でもそれはもう過去の事。

失ったものはもう手に入らない。振り返ることは出来ても、手にすることはもう出来ない。たった今この瞬間も、手に入らない過去に変わっていく。時間という概念は俺たちの未来を創造し、過去へと変えていく。リロウスは言う。時間がないと。またすぐに魔導師の追手が攻めてくると。

魔導師たちにも時間がない。生きるためにこの世界ともう一つの世界の境界を無くし1つの世界へと戻す。そして、生きるために体を手に入れる。

完全なる魔導師たちの世界の構築。それを求めるのは、己が完全であるが故に不完全という欠陥に怯えているから。彼らは生きるために、それは本能のままに、生者から生を奪うためにやってくる。


俺とリロウスは、阻止をしなければならない。


すなわちこの世界を、俺や俺の家族、栞菜、枝紡、昨日出会った鳴海、この世界に生きる全ての人たちの為に、俺が戦わなくてはならない、らしい。

覚悟も、勇気も、強さも、何も持ち合わせていない、この俺が。

正直、まだ嘘であってほしいとも思っている。昨日、リロウスを襲った魔導師だってリロウスが俺の体を使って本来の力とやらを発揮して撃退したのだから。

俺自身には何の力も無い。リロウスも力はもう使えないと言っている。

圧倒的万事休すのこの状況をひっくり返すことが出来るのは、かつて神か悪魔かよく分からない魔導師の主とやらが人間に植え付けた魔力を今になって開花させている奴を見つけて、〈器〉である俺の力とする事。目には目を、歯には歯を、魔導師との戦闘には、魔導師の戦闘スタイルを、ということか。


俺は、制服のネクタイをぴしっと締め昨日よりは早く、家を出る。

家を出る為にドアノブに手をかけたのだが、その手を掴む手があった。


「陸斗くん?お母さん、行ってきますを聞いてないよ?今朝、栞菜ちゃんと朝まで一緒に居た理由、聞いてないよ?お母さん大好きってまだ聞いてないよ?」


それは一種の呪詛のようだった。ドアノブに掛けた俺の手を握る母の手は心なしか握力を強めているように感じた。


「あー、えーっと…、母さん、行ってきます…」


さらに力を増す母の右手。リンゴなら簡単に砕けると思う。


「痛い痛い痛い痛いっ!!」

「陸斗くんが、いじわるするからっ!!」


ぷくーっとまさにリンゴのように膨らませ、可愛げのない事をしながら可愛げなことを言うのは母、式瀬美空しきせみそらである。俺がまだ物心もついていない頃に父が死んでから女手一つで俺を育ててくれた、母。母は看護師をしている為、家に居ないことも多い。そのせいなのか、何なのか理由は定かではないけど、俺が高校の2年に上がってからというもののスキンシップが激しいのだ。本人は、「息子とのスキンシップを怠る親がどこに居ますかっ!」なんてこと言ってるが、意外とどこにでもいると思うぞ。


「母さん、そろそろ本当にぐしゃって割れるっ!」

「大丈夫、お母さん、お医者さんの知り合いいるから!」


そりゃ看護師だからいるだろうさ!あくまで握りつぶすという行為は辞めないつもりらしい。というか俺の手が割れること自体は問題ではないのか…。


「か、栞菜はちょっといろいろ助けてもらっただけですっ!」

「ナニをどうしたって!?!?!?!?!?」


割れる!マジで割られる!!!


『痛い痛い痛い痛いっ!!何事だ!陸斗!!せっかく寝ていたというのに!』

「なんでお前が痛がるんだよ!」

「陸斗くん・・・?誰とお話してるのかな…?」


しまった、つい言葉として口から出ていたみたいだ。リロウスと話すのは気を付けないと無意識は危険だ。

リロウスの事は今はシカトしておこう。

リロウスは精神の癒着が~とか、痛み分けが~とか言っていたが最早それどころじゃない。母の握力は胡桃を割ってしまいそうなほどだ。


「だから、栞菜とは何もないです、本当です!昨日夜中に栞菜から連絡があって「これからゲームしよっ!」って押しかけてきて朝までゲームしてたらいつの間にか栞菜が隣で寝てただけです!」

「…うそつき」


すぐバレた。でもバレてよかった。咄嗟にとはいえ大切な母に嘘をつくのは心苦し…痛ってえええええええええええっ!!!!!!


「陸斗くん、お母さん心配なんだよ?陸斗くんが不良になっちゃったら…海征さんに会わせる顔が無いもの…」


母の、母としての心配。確かに俺は心配ばかり掛けている。遅刻はするし成績も良くない。世間一般的に見れば不良と言われてもおかしくない。それを自分のせいだと言おうとしてくれる。

俺はそんな母さんの今まさに俺の手を握りつぶそうとしている右手にそっと左手を添える。

すると、母さんの手からは簡単に力が抜け落ちいつもの優しい母の手になったことが伝わる。

母さんの手は、柔らかくてとても温かかった。


「陸斗くん…、陸斗くんも男の子だから1つや2つ、秘密はあると思う。それに対してどうこう言わない。でもね…、もし何かあったらお母さんに真っ先に言うんだよ?」

「…はい。でも、大丈夫だから」


母さんはわかったと微笑み、俺の制服のネクタイを整える。「それじゃあ、元気よくいってらっしゃい!」

「いってきます!!あっそれと…母さん…」

「ん?何?」

「だ、大好きですよ…」


今はとにかくとして母さんからの問い詰めから脱することに専念しながらも我ながら恥ずかしい事をしたとも思うが、後悔はしてない。

母さんの屈託のない幸せそうな笑顔が見れたから。


*****


いつもなら自宅を出て少し歩いたところにあるバス停からバスに乗り、学校へと向かうのだが昨日の今日ということもあるし、リロウスにも聞きたいことがあったので学校まで歩いていくことにした。

決して学校に行きたくないというわけではない。


『しかし、陸斗。さっきは痛かったぞ』

「悪いな、母さん、握力が常人離れしてるんだ。それにお前が痛みを共有するなんて知らなかったし」


俺はイヤホンをし周りの音に気を取られてしまわないように心掛けた。人通りが少ないとはいえ、リロウスとの会話を口に出してしまうのは世間的一般常識としてはあまりよろしくない。

俺はなるべく心の中での会話に務める。歩きながらのそれは意外にも難しい。


「そういえば、魔導師の力を持っている奴の特徴とかあるのか?」

『ごく自然に人間界に溶け込んでいるし、本人はその自覚がない』


全くもって答えになっていない返答に俺は躓きかける。

いやそうじゃなくてと俺は問い詰めるが、リロウスから返ってくる返答は分からないだった。


「どうして分からないんだよ」

『今の私は君と同体だ。魔力の大半も無いと言ったろう。気配というなら殺気しか感じ取れない』


どうしたものか…。とどのつまり、探し出す当てはないということか。

つまりは、魔導師を見つける前に追手の魔導師に見つかったら一貫の終わりって事になる。

じわりと額には汗が滲み、背中には嫌な予感を感じさせる汗が一筋流れるのが分かった。


「じゃあ、どうすんだよ!?」


思わず声として発してしまい、慌てて口を押えるが人目というのは厳しいもので、すれ違ったサラリーマン風の男性からは好奇の目を送られる。

会話する為に声を発することが出来ないことがこんなにもストレスを抱かせるものだとは初めて知ったことでもある。そんな損得もなさそうな知識は置いておくとして…


『強いて言うなら、という方法がある。が、君は理解に苦しむと思う』


宛てのない捜索活動を半ば諦めかけていた手前、方法があるという言葉に僅かながら希望を抱いた。どうにか、敵に見つかってしまう前に俺の力となりえる魔導師を探し出せるというなら俺は理解だろうとなんだろうと苦しんでも構わない、そう思っていた。


思ってたけれど、リロウスの強いて言うならの方法は、あまりにも俺の理解を苦しめるものだった。


少なくとも、学校に着いた俺の隣の席から「どうしたの?」と心配を掛けてしまうほどには。

俺が認めてしまいたくない、理解したくない現実が俺を覗いていたから。

こんなにも簡単に、状況と情報は提示されるのかと。


学園のアイドル的存在である枝紡ふたばの俺を見つめている大きな瞳は、


瞳孔が開いていた。

真っ黒に。深淵のように。


『意外にもすぐ見つけたな。…彼女だ』

リロウスの声は、残響のように俺の心を掻き乱した。


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