第39話〈流々禍ノ章〉「彼女にとって」
太陽が西に傾いて、もうすぐ夕焼けに変わろうとしたとき、集中治療室から医者が出てきた。医者の表情は晴れやかではなく、依然として状況は芳しくないらしい。
栞菜の容態はなんとか落ち着きを取り戻したが、まだ意識は戻らずしばらくは面会謝絶になる。医者はそう告げた。
透明なアクリル板から見える栞菜の体には数え切れない数の電極と点滴が刺されていた。
腕と足に、黒いバンドのようなものが付けられているのも見えて俺はアクリル板を2度叩いた。栞菜が人間扱いされていないみたいで、腹が立った。
その日は、解散することに。
母さんの車で鳴海を家に送った後、俺は車内で病院でのことを思い出していた。
俺と鳴海が病院に到着したとき、すでに栞菜は集中治療室へと運ばれており待合室には栞菜の両親と椎菜が肩を寄せ合って座っていた。
その後、俺の母さんも合流し約2時間、俺達は栞菜の治療が無事に終わることを願って待ち続けた。その間に、椎菜から栞菜に何があったのかを聞いた。
椎菜の証言に俺は言葉を失った。
『リクにぃとの昔話を聞いたらね・・・、お姉ちゃん急に様子がおかしくなって』
俺は鳴海に栞菜との出会いの話をしようとして意識を失い、
栞菜は椎菜に同じ話をしようとして容態が変わった。
――俺と栞菜は、同じ夢を共有していた・・・?
果たしてそんなことがありえるのだろうか。
やっぱり、俺と栞菜との過去にはまだ思い出せていない”何か”が残されている。
その”何か”は、多分2人にとってとても重要な記憶なのだと思う。
どうしてなのか分からないけれど、俺の中には思い出さないほうがいいという感覚がある。引っかかっているものが取れなくて、モヤモヤしているような、気持ちの悪い感覚だ。
それに、さっき俺が感じた”魔導師の力”はもう感じなくなっていた。
まるで消失したみたいに。あの時、聞こえたのは間違いなく栞菜の声。
栞菜がもし、その力を覚醒させようとしているなら・・・。
〈―――。〉
「いってぇ・・・」
突然、声が聞こえた途端、ズキリと痛んだ頭。
針で刺されたような痛みはすぐに引いたが、母さんは心配して路肩に車を止めた。
「陸斗君?大丈夫?」
母さんは俺の額に手を当てて熱を測っている。自分でも分かるが熱はない。
「うん、もう大丈夫だよ」
俺に聞こえた声は枝紡とリロウスにも聞こえていたらしく、ただそれが誰の声なのか分からなかった。冷たくて、それでいて綺麗で、棘のような声。
母さんはしばらく車を止めて、俺が落ち着いたことを確認すると車を出した。
窓の外に目を向けると、流れていく景色に小さな男の子と女の子が手を繋いで歩いているのが見えた。車は調度信号で止まり、俺はその子達をじっと見続けた。
どうしても重なってしまうあの日の自分達。
母さんも俺が見ているものに気がついたのか、信号待ちの間男の子と女の子の仲睦まじい姿を追っていた。
「ふふ、可愛いわね。出会った頃の陸斗君と栞菜ちゃんみたい・・・」
俺はハッとする。そうだ、母さんなら何か知っているはずなんだ。
俺に起きたこと、栞菜に起きたことを。
信号が青に変わり、車が走り出す。
あっという間に子供達を抜きさっていった。
「ねえ、母さん。昔の事、覚えてる?」
「昔の事・・・?」
「うん、俺と栞菜が旅をした話とか・・・。母さんも一緒に行ったよね?」
「懐かしいわねぇ。確か今から8年か9年くらい前よね」
母さんのこの反応の時点で、俺は何となく嫌な予感がしていた。
自分の息子が転落事故を起こしたというのに、あの頃のことを笑って話せるというのか・・・?
「母さん、何か覚えてない?俺と栞菜について何か大きな事件があったとか・・・」
「うーん、そうねぇ・・・」
いや・・・、嘘だろ・・・。
まさか・・・。
「2人、とっても可愛かったわね。途中でカメラが壊れてあのときの写真が残っていないのは残念だけど・・・。楽しい旅行だったね」
・・・記憶が・・・違う・・・・・?
俺が見たあの夢は・・・、なんなんだ?
どっちが本当の記憶なんだ・・・。
「なあ、母さん、俺・・・事故にあったんじゃ・・・ないの・・・?」
俺は意を決して聞いてみる。母さんからの返答なんて、分かりきっているはずなのに。
やはり、母さんはきょとんとした横顔で答えた。
「何を言ってるの、陸斗君?陸斗君は今まで一度も事故をしたことなんてないよ?」
車はまた、赤信号で止まった。
*****
家につき、そのままベッドに横になる。
母さんは晩御飯の用意をするといったが、俺には食欲がなく、とにかくひとりになりたかった。
部屋の中は窓を閉め切っていて昼間の熱を留めており、蒸し風呂みたいに熱い。だけど、冷房もつける気にはならなかった。動く気力すらない。
いったいどういうことなんだ・・・。
もし、母さんの記憶が正しいとして、じゃあ俺が見た夢は何を意味するというのか。
もし、見た夢が正しい記憶だとしたら、母さんはどうして覚えていないんだ。
そもそも、俺自身、なぜ何も覚えていないのか・・・。
いくら9年前の出来事とはいえ、栞菜と出会ったときのことは覚えているんだ。
だったら事故の記憶が消えているはずはない。
俺が頭を強く打って記憶喪失したとして、母さん達が覚えていないのは辻褄が合わない。
栞菜と俺が同じ時間帯に意識を失ったのも気に掛かる。
それに、あの夢はかなり鮮明だった。色もにおいも、夏の暑さも、実際にその場所にいるみたいにリアルな夢だった。
俺と栞菜が同じ夢を見ていて、お互いの体に影響を及ぼしたのだとしたら栞菜の記憶の方が正しい可能性がある。
仮にそうだとしても、やっぱり母さん達が覚えていないことの矛盾が解消されない。
どちらかの記憶が”嘘”であり、改変されている・・・?
栞菜の不安定な精神や二重人格とも思える言動の変化を思い返し、さらに今日感じた”魔導師の力”のことを加えて考えると、どうしてもひとつの答えが浮かんでくる。
栞菜に宿っている力が覚醒しつつあるということだ。
信じたくはないけれど、この可能性が一番高いと考える。しかもその力は、かなり強大だ。記憶すらも改変してしまう力。
そういえば、藤咲市にも起きた大規模な記憶改変が起きた。
その後、栞菜は入院をすることになった・・・・・。
俺はリロウスに聞いてみる。まだ覚醒してもいないのにそんなことは可能なのかと。
『いや、完全に覚醒したとしても難しいと思う。そんな力を秘めているとしたらまず人間の許容範囲を超えているはずだ。体がもたない』
思考は完全に停止する。
いろんな考えを浮かべては矛盾する。ただひとつだけ、矛盾を解消できる考えがあるが、俺がそれを認めたら栞菜はもう人間ではないということになる。
どの記憶を正しいとすればいいのか、訳が分からないまま時間だけが過ぎていく。
長い一日の疲れからか、眠気が襲い、視界が狭くなっていく。
母さんからの呼びかけが聞こえたように思ったけれど、答えられる気力も体力もなかった。
その日は、夢を見る事もなく、朝は一瞬にしてやってきた。
*****
いつもの時間に携帯のアラームが鳴り、画面を確認すると鳴海から1件の着信と1通のメールが入っていた。どちらも昨日の日付だった。
今日も山で会うだろうと思い、折り返しの電話はしないことに。メールを確認すると[お体の調子は大丈夫ですか?栞菜先輩も、早く良くなって欲しいです。]とだけ入っていた。俺は、
[鳴海、おはよう。電話も返信もできなくてごめん。俺は大丈夫。栞菜もきっと大丈夫だから]
そう返信した。5秒後には返信がきたので少し驚いた。
今日も母さんはお弁当を作ってくれていた。メモ書きには、
[昨日の晩御飯、陸斗君食べずに寝ちゃってたからお弁当にしちゃいました。手抜きでごめんね?]
と書かれていて、胸が締め付けられる気持ちに駆られる。
俺は不恰好なおにぎりとスクランブルエッグを作ってから、家を出た。
「枝紡、起きてるか?」
『起きてるよ、おはよ、式瀬君』
「それじゃあ、行こう」
『その前にね、栞菜ちゃんのことなんだけど・・・』
「どうした?」
『今日もね、会いにいってあげてほしい。面会謝絶でも、病院には行ってあげて?』
思っても見なかった枝紡の頼みに、俺は少しだけ考えて了解した。
そうだ、今のあいつには支えが必要なんだ。目が覚めたとき誰かが傍にいないのはつらいかもしれない。枝紡の提案に賛成だった。
「じゃ、改めて・・・」
『うん』
――炎禍
まだ朝陽も昇りきらない星の見える空に向かって飛び立った。
*****
いつもの場所に到着すると、すでに鳴海が準備運動をしながら待っていた。
俺に気づくと準備運動をやめて、てくてくと歩いてくる。
鳴海は藤咲のジャージを着ていた。一年生は上下青色だ。
「おはようございます、先輩」
「おはよう、鳴海。はやいな」
「いつも嵐禍が起こしてくれるです。それに、朝ごはんの支度とかしないといけないので・・・」
〈本当は早く陸斗に会いたいからでしょう?もう、まるこったらぁ〉
冷やかすように言う嵐禍。鳴海は「わわっ」と顔を赤くして20メートルくらい一瞬で離れた。木の陰に隠れて小声で嵐禍と言い合いしていた。
昨日の出来事で滝の水は蒸発し、岩盤が砕けていて改めて黒い炎の力を思い知る。
炎禍は第二段階突破と言っていたが次は何をするのだろうか。
「おい、枝紡、炎禍は・・・」
〈もう変わっておる。次の段階だろ?ここまできたら、あとは経験だ〉
リロウスもそんなこと言っていたな。魔導師との決定的な差は戦いの経験だと。
〈運よく、相手もおるしな。最終段階は、あの娘と戦え〉
・・・・・は?
〈1週間ほど殴り合えば、いやでも戦い方は身につくだろ〉
いやいやいやいやいや!いくらなんでもそれは・・・無理だ!
「鳴海と戦えってことか!?」
〈そう言っている。何かおかしなことを言っているか?〉
「何もかもおかしいだろ!!もっとこうなんか、他の方法は・・・」
〈ない〉
「ほら、人間界にはボクシングジムとか空手道場とかもあるぞ!」
〈そんなもの、魔導師相手に通用するわけなかろうが〉
「この世界の武道、全否定かよ・・・」
すると、嵐禍の姿になった鳴海が戻ってくる。
栗色の髪が伸び、眼鏡が外れた鳴海は大人っぽい表情だ。
「先輩、嵐禍も同じこと言うです。先輩と戦えって・・・」
「待て、今なにかいい方法がないか考えてる」
しかし、何も浮かばない。いくら体に魔導師の力を宿していると言っても痛みはダイレクトに伝わる。それに、顔がそのまま鳴海というのも益々やりづらい。
修行である以上手加減をしても意味がなくなってしまう。
〈腹を決めろ、リクト〉「決めれるかよ!」
〈まるこも、覚悟なさい?〉「こわいです・・・、あとまるこって呼ぶなです」
力と俺たちとの間には意識の違いがあるらしく、双方同意に至らない。
まず間違いなく、俺は鳴海を目の前にして拳を振り上げる自信がない。ましてや黒い炎を纏った打撃だ。改めて、砕けた岩盤を見てゾッとする。
俺は炎禍と言い合い、鳴海は嵐禍と言い合っている。
第3者から見たらかなり奇妙な光景だろう。
言い争っているうちに朝日が昇り、ひんやりとしていた山中にも温もりを感じるようになった。言い争っているだけで相当な体力を使い、俺も鳴海も背中合わせに座り込んだ。
「・・・鳴海、どうする・・・?」
「どう・・・しましょうか・・・。たとえ修行でも先輩と戦うのは、いやです」
〈しかしだな・・・〉〈う~ん。そうねぇ〉
このままじゃずっと考え込むだけだから、通用しなくても武道を学んだ方がいいんじゃないか?と提案しようとしたとき、嵐禍が思いついたように声を上げた。
〈陸斗もまるこも、戦いたくないのよね?〉
俺と鳴海は声を合わせて「うん」と言った。
〈つまり、戦わなければいいのね?〉
俺と鳴海は声を合わせて「うん?」と聞き返した。
〈思いついた!これ以上ないってくらい理想の方法を!〉
まさかの言葉に俺も鳴海も立ち上がる。炎禍も興味津々と言ったところだ。
「で、どんな方法なんだ?」「早く教えるです!」
〈ふふ。それはね・・・おいかけっこよ〉
俺と鳴海が言葉を失ったことは言うまでもない。
〈ちょっと!せっかくいい方法を思いついたのにその反応はないんじゃないかしら?〉
「すまん・・・、だがあまりにも修行感がなくて・・・」
「わたしもです・・・」
また背中を合わせて座り込む。とりあえず嵐禍の話を聞くことにした。
〈戦いたくない、つまり互いを傷つけたくないのよね?なら当たらなければいいと考えたの。私の力は主おもに風。その速さを陸斗も知っているわね?〉
「ああ、知ってるけど」
〈炎禍の力は私とは対極で馬鹿力よね?〉
〈馬鹿とはなんだ、馬鹿とは〉
「そうだな」まあ、馬鹿力は否定しないでおこう。
〈おいかけっこっていうのは、陸斗は本気でまるこを殴りに来る。まるこは本気で逃げるって言うこと。私たちはどちらかというと肉弾戦には向いていないし〉
頭の上に生えたクエスチョンマークが消えないが、特性の話は理解できる。
炎禍の速さで嵐禍の速さを捕らえるのは至難の業だろう。
だけど、もし当ててしまったら・・・。いや、むしろ当てなければ意味がない。
話は振り出しに戻りそうだった。が・・・、
〈当てないように本気を出すのは、陸斗の腕にかかっているってこと。力がどれほど強力でも当たらなければ無力と同じ。考え方を変えなさい。これからやる修行は、狙いを定める修行ってこと。で、まるこは敵からの攻撃を掻い潜る修行ってとこね〉
嵐禍は簡単に言うが、相手が鳴海であることに変わりはない為なかなか頷くことができない。そうしていると、嵐禍が少し厳しい口調で言う。
〈安心しなさい、陸斗。あなたがそう迷う内は絶対にまるこを捕らえられないし、あなたはまた黒炎に灼かれるだけよ〉
突き放すような言葉でもあり、俺の背中を押す言葉だった。
〈本当の本気は、敵に思いっきりぶつければいいわ〉
ふふっと笑う嵐禍。俺も鳴海も言葉が出ない。
〈もうあなたたちったら。まるこもそんなに不安にならないの。もし陸斗の攻撃が当たったら何十倍にしてお返しするからいいのよ?〉
そんなさらっと怖いこと言わないでくれ・・・。
「わ、わかった・・・です・・・」
いやそこは納得するとこじゃないでしょ・・・鳴海・・・。
だが、迷っていても仕方がないし、本当殴りあうよりは全然いい。と思う。
足りないものだらけなんだ。少しでも補っておかなくちゃならない。
次にいつ、奴らが襲ってくるか予想もできない。
当てなければ、いい。当てなければ・・・。
「鳴海、全力で逃げろよ?」
「はいです。先輩こそ、全力で追いかけるですよ?」
お互い、言っていることがおかしいと気づいて笑ってしまう。
場に流れていた緊張感が、ちょっとだけ和らいだ。
「殴りあうよりはマシ・・・だよな」「マシです!」
鳴海が羽根を広げる。ふわりとその体が浮いた。
俺も両足に体重を掛けてすぐに飛び出せるよう準備する。
〈納得するにも時間かかるのねぇ。本当に厄介な生き物だわ、人間って〉
〈全くだ〉
おい、聞こえてるぞ!
〈まあいいわ。そんなとこも可愛いし。はじめましょうか〉
――最後の修行を。
*****
「はあ・・・はあ・・・・はあ・・・・・っ」
まったく歯が立たない・・・。まず、姿を追うことすらできなかった・・・。
息も絶え絶えの俺に対し、鳴海は涼しい顔をしている。
残像まで残すから、捕らえたと思っても後ろにつかれていたり、見当違いのところに向かって行ったりと、散々な結果だった。
昼の休憩を除いて計8時間、ほぼ動きっぱなしの修行。
1度足りとも、鳴海の速さには敵わなかった。
〈今日はもうお時間ね〉
悔しいがさすがにもう動けない。でも炎禍の状態をキープできる時間は長くなっていた。滝行の成果は著しい。
炎禍状態を解除すると、枝紡が戻ってきた。
『おつかれさま、全然ダメじゃん!』
お疲れ様のあとに言う言葉がそれかよ!!
「先輩、お疲れ様です。これどうぞです」
あぁ、鳴海だけは優しい。鳴海から受け取った麦茶が渇いた喉を潤した。
そのあと、鳴海は着替えてくるといい、森の茂みに消えていく。
俺も上着だけ着替えて鳴海が戻ってくるのを待った。
ひとりで山の中腹にいると、夢の記憶が蘇る。あの夢でも、俺が事故にあった日、ヒグラシがよく鳴いていた。
『栞菜ちゃん、意識が戻っているといいんだけど・・・』
枝紡が呟いた。
「そうだな。あいつのことだから、もう目を覚ましている気もするけど」
希望も含めて、そうであって欲しいと思う。
「おまたせしました・・・!」
夕陽を眺めていると鳴海の声がして、振り返る。
今日は膝下まで丈があるデニムスカートに白のトップスを合わせて、これまたお洒落だった。
そして改めて思うが、鳴海にはやはり丸眼鏡が似合う。
「鳴海ってお洒落なんだな」
「お洒落かどうかわかんないですけど、お洋服着るのは好きです」
朝見たときは、まさか学校指定のジャージで来たのかと思ったが違ったようだ。
これが女子力・・・。
「じゃあ帰りましょう」
山を下りながら鳴海も栞菜のお見舞いに誘い、2人で向かうことに。
藤咲市は相変わらず手付かずのまま誰も立ち入らない。今の俺たちにとってはその方が都合がいいが、この先ずっとこのままというわけにもいかないだろう。いつかこの街が再建される日は来るのだろうか。それはいつになるのだろうか。
惨状を見る限り、期待は出来そうもなかった。
跡地を出てバスに乗り、桜見市中央病院へ。
バスには空いていて、楽々と座れた。
バスに揺られていると、鳴海がうとうとしだして俺の肩に頭を乗せる。何度か目が覚めていたが、限界がきたのかすうすうと寝息を立てた。
鳴海も、実際はかなり疲れていたのかもしれない。気持ち良さそうに眠っていた。
バスから停留所ごとに人が降りていき、最後に俺たちだけになったところで病院に着いた。
寝ぼけている鳴海を起こして、受付へ。
「あの、矢薙沢栞菜さんはまだ、面会謝絶でしょうか?」
「いえ、今日は面会可能ですよ?まだ集中治療室からは出ていませんけどね。つい先ほど目を覚ましてご家族と面会されましたが・・・」
まさかとは思ったが、俺は内心かなり安心した。
受付の女性に今から面会してもいいかと聞いてみた。
「ご家族でない限り、面会の許可はしておりません」
一瞬、鳴海にアイコンタクトを諮る。
「・・・親戚です」「従兄弟です」
受付の女性はかなり怪訝な表情をしている。
俺たちはにこっと笑って見せた。
「許可できません」
ぶっきらぼうにつき返され、このまま押しても無駄だと思った。
でも、目が覚めたという情報を聞いてこのまま帰るなんてできなかった。
帰るふりをして非常階段に向かう。誰にも見られないようにそっと扉を開けて階段を駆け上がった。
「こ、こんなことしていいんですか?」
「バレなければ大丈夫だろう」
バレない保証なんてどこにもないけど・・・。
今はとにかく目を覚ました栞菜に会いたかった。
集中治療室がある3階に到着し、静かな廊下を歩く。
栞菜の病室の前まで来ると、アクリル板から栞菜と看護師の姿だけが見えた。
矢薙沢家はすでに帰宅したのだろうか。
俺はと鳴海はそおっと扉を開ける。二重構造になっているらしく、ここで防菌服を着てから、中に入るようだ。
また、そおっと扉を開けるとさすがに看護師が気づいた。
「あれ?ご家族の方、まだ残っていらしたんですか?」
「はい、親戚です」「従兄弟です」
この看護師もやや怪しんでいたが、俺たちの顔は目だけしか出ていないため深く追求もしてこなかった。残り時間だけを念押しして、病室を出て行った。
栞菜は寝ながら横を向いて、顔をあわせようとしない。
確かに目を覚ましていて、俺は安堵する。
「・・・栞菜、俺だ。陸斗」
「・・・・・」
続いて鳴海も話しかけたが、栞菜は何も言わない。
虚ろなまま横を向いているだけ。
「良かったよ、目を覚ましたみたいで」
「・・・・・」
「まだ、どっか悪いのか?」
「・・・・・」
聞こえているはずだが、栞菜は瞬きすらしない。
視線の先には向日葵の写真だけがあった。
「栞菜・・・」
「・・・・・って」
今、何か聞こえた。聞き間違いじゃない。栞菜は何か呟いた。
「なんだ?もう1回言ってくれ」
「・・・さい・・・よ。・・・・・れ」
うるさい・・・?そう聞こえた気がした。
「栞菜?」
「帰って・・・。今すぐ・・・ここから・・・消えて」
ロボットみたいに淡々と栞菜は言う。
そのあとに異変が起きた。
栞菜の呼吸が乱れていく。心拍数を示したモニターの数値も上昇していく。
「帰って。お願い!あなたに会いたくないのっ!帰って!!ここにはもうこないで!!!」
やがて栞菜は両手で頭を抱えて激しく苦しみだす。呻き声にも似た声をだし、頭を抱える両手はかなりの力を入れているのか血管まで浮き上がっている。
「おい、栞菜!」
「黙れって言ってんだよ!!!この野郎!!!!」
体についた電極も点滴も、栞菜が俺に飛び掛ると同時にぶちぶちと外れて栞菜は俺を壁に叩き付けた。俺の首を両手で掴むと、瞬間的に強く締める。
「ぐあぁっ!」
鳴海が必死に引き剥がそうとしているが栞菜は力を強めるばかり。
「しょうがないです!嵐禍っ!」
姿を変えて、怒り狂う栞菜を今度こそ引き剥がそうとする。
が、栞菜が鳴海の手を払うと、今度は鳴海が俺とは反対側の壁にぶっ飛ばされた。
「そんな・・・」
依然として、栞菜は力を緩めてくれない。
このままでは本当に落ちてしまう、そう思ったとき枝紡が叫んだ。
『栞菜ちゃん!!!やめてっ!!!!!!!』
果たしてその声が届いたのかどうかは分からない。
けど、栞菜の目から狂気が消えて、力が抜けていく。
俺の首を絞めていた手も離され、俺は激しく咳き込んだ。
栞菜は床に倒れ、ぱくぱくと口を動かしながら何かを伝えようとしている。
俺は栞菜を抱え上げ、栞菜の言葉を聞いた。
「リク・・・ごめんなさい・・・。あたし・・・あたし・・・」
がくんと首の力が抜けてまた意識がなくなった。
その直後に、医者と看護師が駆けつけた。
俺と鳴海には、栞菜への接触禁止令が出された。
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