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『te:tra』  作者: 坂江快斗
77/100

〈episode38〉エッフェンバルトとセレン


――[再会]――



俺はイルヴァナを連れて〈ウェスト〉へ向かうことに。

国を逃亡してから5年。二度と戻ることなど出来ないと思っていた。

こんな形で戻ることになるとは思っても見なかったし、戦争をするためにという理由で戻りたくもなかった。

しかし、〈ウェスト〉の戦況は惨劇的なものであり、民のほとんどが暴徒と化している。俺たちの任務は暴徒を鎮め、国の情勢を安定させることだった。


向かう道中でも、〈大戦〉の火の粉を被る。

狂気を纏った民たちが己の感情の赴くままに殺しあう。

今の彼らには〈死〉への恐怖心がないのだ。例の〈傀儡〉によって。


――世界を救うために作られた体を、世界を破滅させるために使う。


トレバートら傀儡師にとってこれは予想通りの結末だったらしい。

その予想をどうやって回避するかが重要だったといった。


諸刃の剣とも言える傀儡は魔導師の能力をほぼ最大限に引き上げる。それに、たとえ壊れたとしても代わりの体がある。転移を繰り返すことによっていくらでも生きながらえることが出来るのだ。ある意味、不死の力である。


その道中で頼もしかったのはイルヴァナだ。

彼女はこの5年間で本当に強くなった。己の魔力をほとんど〈剛〉に変えて、身の丈以上の大剣を振るう。1度だけ持たせてもらったことがあるが、俺でも持ち上げることすら敵わない。

襲い掛かってくる狂者を退けながら俺とイルヴァナは〈ウェスト〉の境界門へと辿り着いたのだった。


*****


「・・・聞こえるか、イルヴァナ」

「ああ、こん中は地獄だな」


悲鳴と叫びと笑い声。いくつもの怨嗟が混ざり合い、ひとつの声になっていた。


俺たちがいる境界門は、第5公国・キーサに通じている。王都・カリヴェラまではまだかなりの距離が残されており、この門の向こう側では一瞬の油断さえ命取りとなる。俺とイルヴァナは地図を広げ王都への最短の道筋を確認する。


「それ、結構昔の地図だろ?国の形変わってたらどーすんだ?」

「たった5年で変わっているとは思えんが、まあ大丈夫だ」


俺には物運びをしていたときの勘がある。ティルーシャほど入り組んだ公国はないだろう。いずれにしても王都の神殿はどの場所からも見える高い位置にある。辿り着けないことはない。


「それじゃあ、準備はいいか」


立ち上がり、境界門を見上げる。門の淵まで結構な高さだが飛び越えられないこともない。俺が聞くとイルヴァナも不敵に笑う。


「いけるぜ、こんな戦争とっとと終わらせよう」


俺たちは頷きあい、その場から一気に飛び上がった。


壁を越えて上空、最高到達点まで上がりきると〈ウェスト〉の全貌が見えた。


あちこちから火が上がり、死体の山を視認した。

彼方に見えた王都の神殿も半分以上崩壊しているように見えた。


壁の淵に着地して、そのまま蹴る。ここからは立ち止まることなく王都に向かいたい。民家の屋根に飛び移りながら王都を目指した。


久しぶりに帰ってきた故郷。あの頃のにおいは微塵もない。俺の鼻に漂ってくるのは血と焦げた臭いばかりだった。屋根の下、地上では女子供関係なく殺戮が繰り返されている。衛兵騎士団の姿は見当たらない。彼らは祖国の内乱より各国への出向を優先しているのか・・・?


「・・・おい!エッフェンバルト!あんなの、見過ごしていいのかよ!」


イルヴァナが立ち止まろうとした。が、俺は無理やりその手を引く。


「止まるな!!王都まで決して止まってはならん!!」

「でもっ!」


――たすけてぇ・・・・・


子供の母親の声だろうか。救いを求める声に母親の愛を失ったことがあるイルヴァナは反応せずにはいられなかった。


「わりいっ!やっぱり見過ごすなんて出来ない!!!」


彼女は俺の手を豪腕で振りほどくと、背中の大剣を抜いた。

そして、地面へと降りると同時に親子を襲っていた暴漢を一閃する。


俺は辺りを見渡したあとで、地面に降りた。

イルヴァナは親子に手を差し伸べる。


「大丈夫か?はやく逃げな?」


親子はイルヴァナの手を取ろうとした後に俺の顔を見た。

眼が合った瞬間に、表情は引きつり青褪め、母親は子供を抱っこした。


「お・・・おまえは・・・、うらぎりもの・・・」


母親は体全身を震わせて後ずさりすると、踵を返して走り去る。


「待ってく――っ」


「裏切り者が帰ってきたアアアアアアアアアアアア!!

 裏切り者のエフがああああああっ!!!!!!」


!!!!!!!!


その直後、周辺の民家のガラスが割れて暴徒が現れる。


「なっ!どうなってんだよ、これは!!」


狭い場所での大剣は不利になるとイルヴァナはそれを地面に突き刺し、徒手格闘に切り替える。俺もまた同じようにイルヴァナの背中に自分の背中をつけると拳を構えた。


完全に包囲されている。数は見えるだけで100・・・か、それ以上か。

まだ隠れている者もいるだろう。この騒ぎに駆けつける者もいるだろう。

全員を倒したとしてもかなりの時間を失ってしまうことに変わりはない。


「まさか、こんなことになるなんてな・・・。いったいなにやらかしたんだよ」

背中越しにイルヴァナが呟く。彼女には俺の経緯を話していない。彼女が俺に求めたのは強くなるための方法だけだったから。


「お互い、生き残ってしまったら話そう」

「そりゃいいや」


じわりと汗が額から頬に伝わって・・・・・・、


「ま、ここはアタシに任せてよ。あんたは先に行ってくれ」

「なっ・・・」

「何のための2人だと思ってんだ。アタシは一秒でも早くこの馬鹿げた戦争終わらせたいんだ」


落ちた―――。


「行けぇっ!エッフェンバルト!!!」


暴徒の波が押し寄せる。イルヴァナは己の右拳を全力で地面に叩き込んだ。

彼女は地面を割るとともに、周辺の民家を揺らす。地盤もろとも砕いて一帯を震わせる。


「イルヴァナ・・・」

「つえーだろ、アタシ!弟子の成長感じてんならとっとと行け、馬鹿!!」


そう言いながらイルヴァナは地面に刺さった大剣を引き抜いて天に掲げた。


「・・・生き残ったらまた稽古つけてくれよな」

「・・・・・必ずな」


彼女の、本気の覚悟を押し付けられた。俺はこの覚悟を受け取らないわけにはいかない。イルヴァナは俺の元で強く成長したのだから。


「すぐに戻る!」

「いつでも!」


多勢に囲まれるイルヴァナを置いて、俺は王都を目指す。とてつもない破壊音が何度もこだまし、後ろを振り返ると彼女が暴徒たちを俺を追わないように必死で食い止めていた。

あまり長くは持たないだろう・・・。

俺は駆ける速さを上げた。


そのときだった。


〈ウェスト〉中に響く爆発音。


爆風と眩しすぎる光に腕で顔ごと覆う。

「ぐわあああっ!!!!」


光が少し収まり、薄く瞼を開くとまだ遠方に見える神殿が大爆発を引き起こしていた。


「・・・セレン・・・」


神殿から燃え上がる大火に寒気を覚える。

立ち止まっている場合じゃない。これは・・・戦争なんだ。


歯を食い縛り、俺は駆け足を強めて大火上がる神殿に向かった。



*****



俺の眼に真っ先に飛び込んできたのは〈朽体病〉による破片の山と黒炭になった衛兵と民の山だった。

王都の状況は俺の予想を遥かに超えていた。

殺し尽くしてしまったのか、暴徒の姿も民の姿も見当たらない。

あるのは、亡骸のみだ。

神殿へと眼を向ける。先ほどの大爆発で神殿は大破し、王の間は剥き出しになっている。

目を凝らしてセレンの姿を探すも、王の間にはいないようで魔導師の気配すら感じない。


王都は誰もいないかの如く静まり返っていた。


「・・・セレンは生きているのか・・・?」


独り言を呟いてから、俺にはある記憶が蘇った。

あの場所・・・、子供たちがいた地下だ。マーデイズが作ったあの場所ならもしかすると――


―――ッ!!!!!!!!!


「がっ!!!」


一瞬にして、眼の前に現れた殺気の塊。瓦礫が崩れてきたのかと思ったがそうではない。今、俺の眼の前にいるのは赤い甲冑を装備した兵士なのだ。


かろうじて急所を外したが、槍の刃は俺のわき腹を貫通している。甲冑面の奥に光る眼は血走って俺を睨んだ。なぜか眼はひとつしか見えなかった。


「クレア・・・か!?」

「・・・なぜ、戻ってきた・・・エフッ!!!」


彼女は槍が刺さったままの俺に対し胸部に向けて前蹴りを放った。俺はそのまま瓦礫へと吹っ飛んでいく。強引に槍が引き抜かれたため、出血が激しい。

そうか・・・彼女ほどの強者になれば、気配を消すことなど他愛もない・・・。

気づけなかった自分を戒める間もなく、クレアは再び眼の前に現れ槍を振りかざし、叩きつけてくる。


「うおお・・・っ!!」


直撃の寸前で身をひねり、転がって危機を回避するがたった一撃を防いだだけに過ぎない。

俺はすぐに立ち上がって剣を抜く。すでにクレアは背後を取っており、気づいたときには俺の背中から腹部にかけて刃が貫かれたが、半身を返して右手に握った剣を甲冑面に向けて振るう。金属がぶつかり合う耳の痛い音が聞こえて、甲冑面が外れた。

一瞬怯んだ隙に、体から槍を引き抜いて距離をとる。


「・・・やはり、手塩にかけただけはある・・・」


乱れた前髪を片手でかきあげると、彼女の顔がと露になったが

顔の半分以上を包帯で覆っている。さっき、眼がひとつしか見えなかったのはそのせいか。


「クレア・・・これはどういうことだ・・・。なぜお前が俺を襲う?」


腹部の痛みに堪えながら聞いた。クレアは息を絶やしながら答える。


「なにもかも・・・変わってしまったから・・・なぁ・・・」


いいながら彼女は顔に巻かれた包帯をゆっくり外していく。


「女王が死んだ後、すぐに原因不明の病がこの国を襲った。クリア・セントラルから魔導師が2人来ていたが役立たずだったねぇ。病はあっという間に〈ウェスト〉を崩壊させた・・・。私はお前たちと交わした約束を果たすためにそれなりに頑張ってみた・・・。だが、この病が私にはどうすることもできないものと知ってから、全てが変わってしまった」


クレアは顔面の包帯を外し終わると、俺に笑顔を向けた。

包帯で覆っていた部分は今にも崩れそうな亀裂が這っていた。彼女が笑った瞬間にも亀裂は伸びていく。


「そんな・・・・・」


「なあ、エフ・・・。私、たったひとりで頑張ったんだ。セネとクオーネを育てながら、役立たずの国王には叱咤されてムカついたから殺してやったよ・・・。そしたら今度は私に反するものも出てきちゃってさぁ。もう訳わかんなくなってさぁ。頑張ったら頑張った分だけ、私に刃を向けてくるんだぜ?おかしくって笑えちまうよ・・・」


クレアが表情を変えるたびに亀裂がまだ綺麗な方にも伸びていってしまう。

彼女はそんなことすら気にしていないようだった。


「ある日、セレンが帰ってきた。セレンだけは私に優しくしてくれた。一緒に国を立て直しましょうって・・・。毎日暴動と戦いながらなんとかセレンは新しい女王として国を再建していった。セレンの頑張りで国は何とか持ち直して、新しい〈ウェスト〉の始まりだと予感したよ。それに、クリア・セントラルの魔導師が傀儡を作ることに成功したと情報が入ってきてさらに国は活気に湧いた。やがて傀儡師なる魔導師がやってきて民に傀儡を作ってくれた。これでこの国はまた元通りに、いや、さらに発展できる。と、私もセレンも思った・・・」


俺はクレアの話を聞きながら治癒に務めて、傷を塞ぐ。クレアは甲冑の止め具をひとつずつ外しながら更に続けた。


「このまま平和になってくれればいいと思ったのに、今度は何が起きたと思う?

 ・・・傀儡の奪い合いさ。突然訪れる死の恐怖に2年間耐え忍んだ民には、もう死の恐怖から逃れることはできない。傀儡があればあるだけ安心できる。これでまた、国は崩壊さ。あっけないもんだろ?たったひとつのキッカケが何もかもを変えた」


――そして、〈大戦〉が始まった。

  傀儡と傀儡師の奪い合いと殺し合いが――


「つくづく恨んだよ。この世の全てを。何がいけなかったのか、誰が悪いのか、これからどうすればいいのか、なんにも分からなくなった」


クレアの言葉を聞いて彼女も俺と同じように考えていたと知る。

絶望の底まで落ちてしまったのだと。


「エフとマーデイズと一緒に『世界を変えよう』と誓い合ったよな。あの時が一番幸せだったかもしれない。結果としてこの世界は変わらなかったし、変えることもできなかった。だからさぁ、私は・・・」


最後の止め具を外したのか、クレアは上半身の甲冑を全て外した。

胸には布が巻かれているが、それ以外は素肌だったが――


体中にも亀裂が這っている。彼女の体は崩壊寸前だった。

俺は愕然とし、言葉も出ない。


「私は、自分の生き方を変えることにした」


クレアは空間に闇を開き、中から棺を引っ張り出す。間髪いれずに棺の蓋を開けると中から傀儡を取り出した。


「さすがに、お前相手にこの体じゃ分が悪い。どうせ何もかも奪われるんだ。使わなきゃ損だろう」

「待ってくれ!俺はお前と戦うつもりなんてない!〈大戦〉を終わらせたいんだ」


傀儡の額を自身の額に当てる。俺の声は届いていない。


「クレア!!まだ終わっていない!またやり直せばいい!!今度は俺も、マーデイズもいる!新しい仲間だっているんだ!!!」


――シェンフィールド、愛してる。


神々しい光に包まれたクレア。光の中、微かに元の体が崩壊していくのが見えた。

光がクレアに収束していくと、新たな姿となって俺をみつめる。

長かった赤毛は黒く短くなり、クレアとは別人の顔。

傀儡も甲冑を装備しているが俺の姿を反射するほどの光沢がある銀色だ。


殆ど殺意しか込められていない眼。生き方もその姿さえも変えてしまったクレア。

俺は彼女とここで戦わなくてはならないのか。


それこそ無意味ではないか。この国の暴徒たちもそうだが、皆同じ国に生まれた民だろう。なぜその者達同士で殺しあわなければならない。なぜ、生きようとしない。


・・・いや、俺もそうだったじゃないか。セレンと別れてからの日々は何度死のうとした?生きようとしなかったじゃないか。そんな俺がクレアに対して希望を持て、世界は変えられるなどと言っても彼女に響くはずなんてないんだ。


これが”本質”。

かみさまは、生きることを望んだ者に〈死〉を与え、

〈死〉を望んだものに生きる希望を与えた。


これが”理”

世界の、不条理。


どうして・・・なんだ・・・。


「うああああっ!!!!」


かみさま、

なぜ、弄ぶ。

かみさま、

俺達は、お前にとってのなんなんだ・・・。


「エッフェンバルトッ!!」


お前が望む結末は、なんなんだ・・・。

俺達は・・・、


「しねええええええ!!!!!」



いったい、どう、生きればいい・・・。


どこに向かって、走ればいい・・・。



右手で受け止めたクレアの凶刃。

俺はそのまま右腕を引く。そして、クレアの心臓を左手に持っていた刃で貫いた。

クレアが女王と刺し違えたあのときと同じように。



「――ッ・・・」


がっくりと項垂れるクレアを俺は抱きしめた。


「・・・せっかく・・・新しい体になったのによぉ・・・」

「クレア・・・。こんなこと間違っている・・・」

「・・・そんなこと、わかってんだよなぁ・・・。わかってるけど・・・、もうどうしようもないんだよなぁ・・・」


クレアは泣いていた。痛みのせいではない。

悔しそうに、強がりを捨てて。


「・・・どうして・・・もっとはやく・・・きてくれなかったんだよぉ・・・。どうして、手を差し伸べてくれなかったんだよぉ・・・」

「・・・すまない。本当に、すまない・・・・・」


クレアの新しい体に亀裂が入っていく。

彼女にはもう、生きる意志さえも残されていないと感じた。


「・・・クオーネな、大きくなったんだ。将来の夢は私より強くなって私を守ることだそうだ・・・。まったく、だれを守るための騎士なんだか・・・」


大量に血を吐いた後、亀裂がさらに大きくなり、右腕が落ちた。落下と同時に粉々に砕けていく。


「エフ・・・、いつかあの子に教えてやってほしい・・・。

 ”誰かを守る必要のない世界”を。お前が私に刃を向けたのは、

 その意思がまだあるから・・・だろう・・・?」

「・・・ああ」


まだ、先のことも見えていないけれど。

もう、これ以上クレアに苦しんでほしくなかった。


「クレア」

「・・・・・」



――『エフ!マーデイズ!!またサボりやがって!!ぶち殺すッ!!』

  『ああー!すんません!!おい、マーデイズ!!逃げんな!!』

  『待て、ゴラアアアアッ!!!』――


「クレア・・・・・」

「・・・ほんとうに、強く、なったな・・・」



――『なんだ~?エフ、セレン!お前ら最近随分と仲がいいみたいじゃねえか』

  『気のせいだろ』『気のせいなのですか、エフ?』『ちょっと黙ってろ』

  『お~、あついねぇ、にくいねぇ~』――


「・・・クレアのおかげだ・・・」

「だろぉ・・・。感謝・・・しろ・・・よ・・・・・」



――『もし、今がこの先の道に対する”分岐点”だとするなら、

   進む方向はきちんと見定めなくてはな』――

  


「・・・セレンは・・・どこにいる・・・?」

「・・・あの、地下室にいるはずだ・・・なあ、最後に謝らせてくれ」

「最後とか言うな!」

「・・・約束、果たせなかった・・・」


クレアの体が一気に軽くなると、足元から崩れていき、俺が抱きしめていた者はいなくなった。


「クレアっ」


風に乗り、空を目指す破片。

分厚い雲が飲み込んでいく。

雲を抜けた先には、青空が広がっているはずだ。


その空を見て、彼女は何を想うだろう。


散々苦しんだよな。つらかったよな。

もう、休んでくれ。


お前に出会ったのが、運命のいたずらだとしても俺はお前と出会えて良かったと思っている。


お前に教えてもらったことも、お前のことも、

絶対に忘れないから。


かみさまを一発殴ってから、見届けてくれ。


この世界の、結末を。



*****



――[想い]――


走った。


途中、暴徒や他国の魔導師と対峙したが構ってなどいられない。

全てを一振りで薙ぎ払っていく。ただ狂気に身を任せて襲ってくる奴らなど恐れることはない。戦場で生きる術、戦い方を全部クレアが教えてくれた。


彼女が最期に言い残した言葉が引っかかる。

約束とは、子供達の事ではないのか?


逸る気持ちを抑えつつ、こんなところで立ち止まることは許されない。

膝なんてつくようなことがあればまた大笑いされてしまうだろう。


〈ウェスト〉国内は常にどこかが爆発している。

イルヴァナは無事だろうか・・・。イルヴァナにもクレアの教えは染み付いているはず。それなら大丈夫と高をくくるしかない。


俺は教会を探す。セレンと手を繋いで歩いた道を思い出しながら。


「セレンっ!!!」


今頃、暗い地下の中で助けを待っているかもしれない。

5年後の彼女はどんな姿になっているのだろう。

綺麗になっているんだろうな。対して俺は・・・。


――キエエエエエッ!!!


刹那、頭上から爆弾を持って落ちてくる暴徒の姿が。

爆弾は空中で暴徒もろとも爆発し、衝撃波が俺と周辺の建物を吹き飛ばした。



「・・・くそ・・・」


瓦礫を押しのけて立ち上がる。今の爆発によりまた地形が変わってしまった。

教会が見当たらない。〈大戦〉の影響で倒壊してしまったのか。


王都の面影が失われつつある。この〈大戦〉が年中続くならいずれ国とは呼べなくなる。もし、全ての国がなくなり国境すらなくなったら、世界は俺の望む世界になるのか。自分でいいながら、呆れた。

そんなもの、世界とは呼べない。


また、走る。曲がり角も、真っ直ぐな道も、瓦礫の上も、彼女の名前を叫びながら。


「セレン!!俺だ!エッフェンバルトだ!!!」


返ってくる音は、絶え間ない怨嗟だけ。

叫べば叫んだだけ敵が襲い掛かってくる。


「てんめえ、エッフェンバルトかぁっ!!うらぎりもんだああああ!!!!」

「殺せ殺せえええええっ!!」


徒党を組んだ暴徒がざっと・・・。数えてもキリがない。やるしかない。


グリフ・・・、やはりこの剣は”守るための剣”だ。

少しだけ、力を、ください。


「ぅおおおおおおおっ!!!!!!!!!」


四方から槍と弓矢が飛んでくる。接近した暴徒には剣を突き刺され、捨て身で俺の体にしがみついてくるものもいた。それでも俺は進む。


セレンを探さなくちゃいけない。


「邪魔をするなああああああ!!!!」


いくつも刺し込まれていく剣と槍。俺は魔力の殆どを治癒に当てているが間に合わなくなってきている。前方の景色が霞み、敵が二重、三重に見えて増えているように錯覚する。


ここで倒れたら・・・。

いや、倒れてはいけない。


倒れるな、踏ん張れ、足を止めるなッ!!!


「セレエエエエン!!!どこだああああああああ!!!!」


答えてくれ、教えてくれ、お前は今、どこにいる。


「裏切り者が、女王の名前を呼んでんじゃねえぞ!」


暴徒が巨大な斧を俺に振り下ろす。頭への直撃は避けたが、右肩を深く抉った。


「ぐはあああああっ、あああああああ!!!!」


倒れるな・・・、倒れたら、本当に終わってしまう。

裏切り者と言われてもいい。どんなに傷つけられてもいい。


セレンに会わせてくれ。

彼女が無事ならそれでいい。

たったひとつの願い事すらも聞いてはくれないのか?


また斧を振り上げる暴徒。足に力が入らない。体の全てが言う事を聞かない。


進め進め進め進め進め進め進め進め進め!

頼むから、頼むからッ!!!


頼む・・・から・・・っ


―――!!!


間違いなく俺に振り下ろされたはずの斧は俺の頭をかち割ることなく空中で静止している。さらに大きな大剣に阻まれて。

さらに、俺を押さえつけていた暴徒も一瞬にして倒れていく。

赤い甲冑に赤い髪を束ねた騎士と金髪の魔導師が並んで立っていた。


「なんだ?情けねえ師匠だなっ!こんくらい、自分で何とかしろよなぁっ!!」


イルヴァナは斧を弾くと、間髪いれずに暴徒を真っ二つにする。剣に迷いはなかった。


「イルヴァナ・・・、それにお前は・・・クオーネ・・・」

「久しぶりなのだ、エフ」


凛とした表情は、血が繋がっていないにも拘らずクレアを彷彿とさせた。


「事情は知らないけど、女王は見つかってないんだろ?とっとと見つけろや!」


イルヴァナが暴れている間、クオーネが俺の元に近づいてくる。


「その様子だと、母は・・・」

「俺が・・・」

「ううん、そんな顔しないでほしいのだ。悲しいけれど、もう苦しむ母を見たくはなかった。今はこの戦争を終わらせることが母への手向けなのだ」


俺が思っていた以上に、クオーネは大きく成長していた。騎士として、しっかりと母の教えを受け継いでいた。


「母はいつも言っていた。『生きることにこそ価値がある』と」


クオーネは俺に手を伸ばす。イルヴァナよりも華奢な手。

俺は立ち上がらせてもらうと、遠くにあるものを見つけた。


「十字架・・・?」


地面に斜めに刺さったそれは、あの教会のものだと確信した。


「ここはアタシらが食い止める!」「任せるのだ!」


俺の前に道が開いていく。

かつて俺が戦い方を教えた少女達は俺の想像を超えて強くなっていた。それが、2人とも同じ想いがこもった強さ。


”守りたい者がいる”


肩からの血は止まらない。気を抜いたら意識はすぐに飛んでしまいそうだ。

でも、一歩一歩を歩んでいく。


もうすぐ、もうすぐセレンに会える。


一歩を踏み出すごとに、これまでの後悔を思い返しては踏み潰した。


もっとはやく来るべきだった。

もっとお前の事を大切にすればよかった。

想いを言葉にして伝えればよかった。


手を離さなければよかった。



十字架の前に辿り着く。瓦礫や土を力を振り絞ってどかしていった。

イルヴァナたちが食い止めてくれているが、あまり時間はない。

〈ウェスト〉の崩壊のときは近い。

障害物がなくなると、木の板の床が現れた。

一枚ずつ、外していく。


外していく。また一枚、外して、もう一枚外して。


見えたのは階段ではなく、土だ。

ただの地面だ。


「・・・階段は・・・。はあ、はあ・・・!ここにあったんだ!階段が!地下への階段が!!!」


手を使って掘っていく。土は粘土質でかなりの力を入れないと掘れなかった。


「セレンっ!ここにいるんだろ!俺はっ!・・・俺も、ここにっ!!」


掘っても掘っても、階段は出てこない。

爪が割れて、体中の痛みが蘇る。痛みで体が震えた。

それでも、硬い土を掘っていく。


ここにあったんだ。確かに、ここに。

マーデイズが作った土作りの隠れ部屋が・・・。



あったんだ・・・・・。


あったはずなんだ・・・・・。


なんで、何もでてこないんだよ・・・・・。


なんで・・・、なんでだ・・・・・・。



土の上で打ちひしがれる俺に、イルヴァナが駆け寄る。暴徒の声は減っていた。


「ここ、なんか埋まってんだな!ちょっとどいてろ!」


そう言って、大剣を振りかぶって、力の限り振り下ろす。


教会の地面がひび割れていき、大きく地割れを起こした。


しかし、どこにも土作りの隠れ家どころか階段も見当たらない。


ここには、何も埋まっていなかった。


「なんにもねえぞ・・・って、エッフェンバルト・・・・・?」



全身の力が抜けた。

痛みと血は退いた。


代わりに、涙だけが溢れて、止まらなかった。


涙と一緒に思い出までもが流れていくような気がして、俺は涙を零してしまわないように何度も手で拭った。しかし、拭っても拭っても、涙は地面に落ちていく。


沁みこんでいく涙。


がらにもなく、声を上げて泣いた。

イルヴァナもクオーネも、何も言わずにただ、傍にいてくれた。








――セレン・・・。

  生きているのなら、どこにいる?

  

  生きてさえいるのなら、それでいいんだ。


  生きてさえ、いてくれれば・・・・・・・・・・・・。










その後〈大戦〉は、さらに激化していった・・・。



*****



――[真実]――



〈大戦〉が始まって、8年の月日が流れた。


毎日が地獄のような日々で、俺は〈ウェスト〉から帰還した後、様々な戦地に赴いた。

ひたすら、戦争を鎮めるために戦った。あれ以来”守るための剣”は抜かず、俺は斧を使うことにした。自分が一番傷つけられた武器だったからだ。


何人の民を殺せば、戦いは終わるのか。

どのくらい血を流せば戦いは終わるのか。

いつまで眠れぬ夜を過ごせば戦いは終わるのか。


いつしか、考えることをやめた。


眼の前に存在する悪を殺すことだけを考えて、



俺は生き残った。



ボロボロになりながらクリア・セントラルに戻ってくると、ここだけは平和な時間が流れているように思えて、死にたくなった。


部屋に帰り、服を脱ぐ。

右肩の傷は魔力で消すことなく残している。

右肩から胸部にかけて深く抉られた傷だ。

この傷を見るたびに、あの日の絶望を思い出すために。


ひとやすみしたら、また次の戦地に行かなくてはならない。

〈大戦〉は永遠に続くのではないかという気さえする。


だが俺は行かなくてはならない。

俺が生きる意味など、戦うことでしか得られない。

騎士だから生きることを許されている。

騎士である事をやめることができたら生きる意味も失って死ぬことも許されそうなのにと考えては壁を殴って痛みで忘れた。


コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。

もう戦地に向かう時間か。

でも、今はそのほうがいい。この部屋に篭っていては壁が持たない。


俺が開ける前に扉が開いた。

そこには、久しぶりに会う親友の姿があった。


「よう、エフちゃん」


いつもと・・・あの頃と変わらない調子で挨拶をしてくるマーデイズだったが彼も表情から疲弊の色を隠せない。



「・・・なんだ、こんなときに・・・」

「こんなときだからだよ。ちょいと面貸せや」


彼は杖をつきながら足を引きずって俺の前を歩く。

連れてこられたのは、彼の研究室。


真っ暗な部屋にマーデイズがパチンと指を鳴らすと明かりがついた。

何かに幕が掛けられている。結構な数がある。


「これ、人間の世界で言うところの〈電気〉っていうらしいぜ」


びききぃと亀裂が入る音。指を鳴らした方の手には大きな亀裂が這っている。


「おい・・・お前、体・・・」

「気にすんな。俺も気にしてない。というかよ、こっちをみろって!」


マーデイズはゆっくりとした動きで幕の袖を持つと、一気に剥ぎ取った。


そこに現れたのは、7体の傀儡だった。

見覚えのある顔・・・。地下の子供達の顔に間違いなかった。


「ふう、苦労したぜ・・・。でもぎりぎり間に合ってよかった」

「なんなんだ、これは・・・」

「セレンからの、置き土産かな・・・っいてて・・・」


わき腹を押さえて蹲るマーデイズを俺は支えてやる。

しかし、これはなんだというんだ・・・?

今、この男はセレンの置き土産と言わなかったか・・・?


「セレンな・・・実は8年前にお前と入れ違いでここに来たんだよ。この子達の破片を持って。あいつも、体中にヒビ入ってて死ぬ寸前だった。俺はセレンに傀儡を渡した。今すぐこれに転生しろって。でも、あいつ拒否したんだ。何でだと思う?」


俺には答えようがない。まず自分の中で整理ができていなかった。

あまりにも突然の告白だったから。


「『この姿を失ったらエフに嫌われちゃうから』だとよ・・・。馬鹿にもほどがある。あいつも・・・、それに頷いちまった俺も・・・」


「マーデイズ・・・」


「エフ・・・、悪かった・・・。もしかしたらセレンは生きることができたのかもしれないんだ。俺があいつに無理やりにでも転生させていれば・・・。その後でもあいつに似せて体は作れたかも知れねえのにさ・・・」


縋るように泣くマーデイズ。

俺は何となく、マーデイズが体を提示してもセレンは拒否しただろうと思った。


「セレンは、いつ死んだんだ」

「ここに来て、2日後。死ぬ寸前、約束を持ちかけられた」

「・・・・・」



*** *** *** ***


~8年前~


「セレンっ、頼むから転生するんだ!」

「だめよ。今は私のことより、これをあなたに託したいの」


セレンは7体分の破片を研究室の机の上に広げた。


「この子達をもう1度生まれ変わらせてあげて」

「これは、もしかしてあの地下の・・・」

「みんな、傀儡ができるまで持ちこたえることができなかった・・・。ひとりずつ、私の腕の中で崩れていった・・・」


言いながらもセレンの体の崩壊は進む。


「可能な限り破片は集めた。でも、もし・・・もし体に足りない部分があったら・・・そのときは・・・」


――私の破片を彼らに使ってほしいの。


「そんなことできるわけ・・・」

「あなたにならできる。信じさせて。それと・・・」

「なんだよ?」

「このことは、〈大戦〉が終わるまでエフには言わないであげて」

「えっ?」

「何の為に生きればいいか、それをこの子達から彼に教えてあげるのよ」


ひとつの破片を手に取り、胸に当てるセレン。

その表情はまるで本当の母のように優しかった。


「この子達は、自由な世界も優しい世界も知らない。父親も母親もいない。何も知らないまま死んでしまった。そんなのってあんまりよ。だから私はこの子達に未来を与えたい。この世界がどれだけ腐敗していてもいい。いつか絶対におひさまの下を歩かせてあげたい。私はこの子達のお母さんに、エフがお父さんに。そしたら彼は生きる意味を見つけてくれると思う」


「・・・お前は、本当にそれでいいのか・・・?」

「ええ。ただ、最後にね・・・。たったひとつだけ願いが叶うなら・・・」



もういちど、エフに会えたらなって、思うの。



*** *** ***



「セレンは、死ぬ直前まで城の前でお前が帰ってくるのを待っていたよ」


待っていてくれた・・・?セレンが、ここで・・・。

どんな思いで、セレンは2日間、待っていたんだ・・・。


「それから俺はトレバートに知恵を借りて、クエイにある程度まで素体の製作を手伝ってもらって、ようやくここまで形にできた」


2人で見つめる7体の傀儡。今にも動き出しそうなほど精巧に作られている。


「そんで・・・、最後の仕上げだ。・・・血分けを行う」

「血分け・・・?」


俺が尋ねると、マーデイズは懐から木筒を取り出す。

中から破片をひとつ取り出した。


「これが、セレンの破片だ」


手渡された小さな破片。どこの部分かも分からない破片だった。


「その破片に、お前の血を沁みこませる。そして、彼らに植え込む。お前の魂の情報とセレンの情報、子供達自身の情報を元にしてこの子達は”魂の拠り所”になる。そのあと、おまえ自身の魂を8分割して、彼らに分け与える」


「魂を分割・・・。従来の傀儡とはまるで違うじゃないか・・・」

「当たり前だろ。この子らは特別なんだ。なんてったって・・・」


――お前とセレンの本当の子供として生まれ変わるんだからよ・・・。


「俺とセレンの子供・・・」

「そうだ。上手くいけばだけどな・・・。なんせ、お前の魂を8個にわけんだ。死んだら呪ってくれ」


やつれながら笑顔を見せるマーデイズ。右の口角が上がっていた。

何か企んでいる・・・ということは、自信があるらしい。

自分の命の瀬戸際で彼は、大仕事を成功させようとしている。



「最後に朗報だ。明日、〈大戦〉は必ず終わる。断言する。だから俺はお前にセレンからの伝言を伝えた」

「明日・・・。なぜ分かる?今日も戦況は変わっていないんだぞ!」

「明日変わるんだよ・・・。ってて・・・。あんま喋ってる余裕もねえ。

 ほら、手伝え」


まだ状況も分かっていない俺の手を取り、破片の角で指を切る。血が滴ると、7つの破片に付けていった。


もはや、支え無しには歩けないほどマーデイズの足はボロボロになっていた。

俺は彼に肩を貸し、足並みを揃えて傀儡たちに最後の破片を埋め込んでいく。


「・・・なあ、おぼえてるか・・・」

「いきなりどうした?」

「質問に質問返すんじゃねえよ。・・・俺らが出会ったときのこと」

「・・・いや、覚えていない」


本当は覚えている。


俺が物運びの手伝いをしていたとき、マーデイズの家に配達へ行った。

それが後に間違いだったことが判明して、俺はグリフに怒られた。


たったそれだけの出会いだ。


「2人で、勝手にグリフの配達の荷物開けてすっげえ怒られたよなぁ。若い頃のグリフは本当に殺してきそうで怖かった」

「・・・・・」

「全部、全部がさ、俺にとってはいい思い出だ。でもたまに考えるんだよ。あの日、エフが荷物を間違えて配達していなかったらさ・・・、俺達出会ってなかったのかなぁって」

「・・・・・」


6体目の破片を填める。

お互いに、顔は見なかった。


「多分さぁ、あの日が最初の分岐点だとしたらさぁ。今頃、世界はどうなってたんだろうな」

「・・・・・」

「平和な世界、だったのかな・・・」


7体目の破片を填めた。

傀儡たちの質感が、より本物に近くなったのが分かった。


「共同作業は・・・終わりだな」


マーデイズが俺の肩から手を下ろす。

机に立てかけていた杖を取る為に背中を向けた。


ここで何も言えなかったら俺はまた後悔する。

もう後悔ばかりは、ごめんだ。



「俺はッ・・・」「・・・おう、お前は・・・?」


涙なんて枯れたと思っていた。

枯れてしまえと思って流したはずなのに。

まだこんなにも溢れてしまう。


「せかいが・・・世界が何週しても、お前の家に行くよ・・・。

 お前に荷物を間違って届けるよ!」


「そりゃあ・・・使えねえ配達だな・・・っ」


「出会って、兄弟みたいにたくさん馬鹿やって怒られて、生きていくんだよ。

 俺達は、ずっと・・・」


「それはぁ、幸せすぎる世界だな・・・」


マーデイズは振り返ることなく扉の前に行く。

振り返らないまま、最後の手順を言った。


「あとはいつもどおりにな。全部吸われないように気をつけろよ?

 この子たちの本来の自我が目覚めたときは、ちゃんと話してやれ。

 自分たちの役目と自分たちを愛してくれたセレンの事を」


「マーデイズっ!!!」

「あ、エフ、いいこと教えといてやるよ。心して聞けや」


振り返った彼は、凛々しく気高く、誇りを持ち、信念を貫いた男の表情をしていた。

俺に向けて指を差すと、笑って言った。


「『生きることにこそ、価値がある』らしいぜ。一番信頼している奴から聞いた言葉だ。間違いねえ」



そんじゃあ、またな。



「マーデイ――」


扉が閉まり彼は、消えた。


「マーデイズ・・・。クレア・・・。セレン・・・・・」


ひとり取り残される。

恐らくもう二度とこの部屋の持ち主は帰ってこない。

傀儡たちを見上げて、余計に自分がひとりになってしまったことを痛感してまた、

泣いた。


眠れぬ夜が終わりを告げて、

俺の涙が枯れ果てると、



世界中から、最後の大火が上がった。




マーデイズが言ったとおり〈大戦〉は、終わった。


終わらない戦いに終止符を打ったのは生き残っていた全ての傀儡師たち。

彼らは自らの魔力を全て解放し自爆。


各国に甚大な被害をもたらすと共に長すぎた殺し合いを終わらせた。


傀儡に関する研究資料は彼らと一緒に葬られ、傀儡は歴史の遺物と化した。



魔導師は、死を待つだけの生き物に戻ってしまった。



だが、戦いは終わったのだ。


生き残ってしまった者たちから、

ありとあらゆる大切なものを奪い去っていった〈大戦〉は、




やっと、終わったんだ。




*****


――[未来へ]――


「セナ、マナ、ルナ、ドナ、レナ、ラナ、エナ」


俺が名前を呼ぶと、微かに光を帯びる傀儡の子供達。


まずは、セナ・・・お前からだ。



小さな額にくっつける。

この子は、どんな女の子になるだろうか。


セレン、君はどう思う・・・?


・・・いい子に育ってくれると、いいよなぁ。



「・・・セナ・・・、愛している・・・」



これから先の未来、

世界がどうなるのかは分からない。


俺達が犠牲を払って手にした未来が、平和であるとも限らない。


でも、俺達は生きていくしかない。


残された希望も、待ち受ける絶望も、全てを背負いながら。


生きていくことの価値を、噛み締めながら。



「おはよう、セナ・・・」


「・・・だあれ?」


「・・・おれは・・・お前の・・・」




愛する者と、手を繋いで。




〈エッフェンバルト篇〉結

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