表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『te:tra』  作者: 坂江快斗
73/100

〈episode36〉奪還と逃亡

――[選択]――


眼が覚める。俺の記憶に覚えの無い場所。土のにおいが鼻をつき、篭った空気が不快感を引き立てる。


「つんつん」「いきてるのかなぁ?」「おーい」「だめ、しんでる」

「ええー、いきてるよー」「いきしてるもんね」「おじさーん」


ぶわっと起き上がる。誰だ、おじさんと言ったのは!?

俺はまだ・・・とここで周りを見渡すと小さな子供ばかり。

なんだ、ここは?

全く記憶が無い。なぜ自分がここにいるのか・・・。


「よーやく眼ぇ、覚ましたかこの馬鹿」

「なっ、誰だ!?」


声の先にはマーデイズとクレア。見るからにイラついている表情だ。


「俺たちの問いかけにはちっとも起きなかったのに『おじさん』って言葉で眼を覚ますとはな。呆れたぜ・・・」

「いっそどこか切断して痛みで起こそうかとも思ったぞ」


恐ろしい会話が繰り広げられているが、俺には何が起きているのか分からない。気がついたらここに居たという感じだ。

当然、この子らも知らない。顔もはじめて見た。


「それにしても、流石は王家の魔力。記憶のすっ飛ばし方がえぐい」

「いったい、さっきから何の話をしてるんだ?」

「あん?てめえの話だよ!あっけなくセレンの魔力に負けやがって!」


セレン・・・?


「誰の事だ?それは?」


俺の言葉に眼を丸くするふたり。


「まじか。自分の存在そのものを消したのかよ」

「まあ、それも愛ってやつだなぁ・・・」


と、おもむろに俺の方へと近づいてくるクレア。

なぜか拳を振り上げる。


「でも、潜在意識ってのには刷り込まれてんだろ。なんせ私が育てた騎士だ。痛みで戦闘を覚えたんだから痛みで思い出すこともあるだろう」

「よく分からん理屈だが、可能性はあるな」


ふたりのよく分からない会話の後で、俺は再び意識を失う。

その際、頭が割れたと思うほどの衝撃が襲ったが痛みを感じる時間は無かった。


*****




*****


「おじさーん」


俺はぶわっと起き上がる。だ、誰だ俺をおじさんと言ったのは?

俺はまだ・・・って、痛ぇ・・・。

側頭部に鈍い痛み。視線の先にはニヤニヤしているマーデイズとクレア。


なぜ、笑っている!?そんな場合ではないだろう!


「・・・セレンはどこだっ!?今、夜か?朝か!?」


指をパチンっと鳴らしたマーデイズ。


「よし、行くぞ、エッフェンバルト!」

「あ、ああっ」

「いや、待て」


熱くなる俺たちを他所に、冷静な言葉をかけてきたクレア。

勢いよく階段を駆け上がろうとしたマーデイズはずっこける。


「なんだよ!」

「処刑遂行まで残りは2時間。ティルーシャへの放火防げないが、民の犠牲は無くせる。お前が眠っている間に避難は済ませておいた」


俺はどのくらいの時間気を失っていたんだ・・・?


「で、ここからが問題だ。まず、セレン奪還のチャンスが1度しかないこと。それは処刑台に上がり、刑が執行される瞬間だ。次に、奪還した後の逃走路だ。王都は衛兵騎士団に完全に包囲される。各境界門も全て。奪還はエフが遂行するとして逃走路は団長という立場上どこかを抜け道にするわけにもいかん」

「それに関しては俺に任せろ。当てがある」


マーデイズが自信たっぷりに言った。王都・カリヴェラの地図を広げてそのまま続ける。


「まず、クレアが執行者として処刑台にあがる。そこを俺が襲う。俺とクレアが交戦中にエッフェンバルトがセレンを攫う。・・・クレア、手加減しろよ?」

「するものか。こういうのは本気の方がいいに決まっている」

「そうですか・・・。そんで、エッフェンバルトがセレンをつれて一番奥の・・・ここ、第5公国キーサへの境界門までいけ」

「なぜ一番奥なんだ?近いほうがいいんじゃないのか?」

「一番近くは守衛が多いからに決まってんだろ!王都の殆どの民が神殿前の処刑台に集まってくる。もしかしたら、またどさくさに紛れて暗殺を計画してる奴も居るかも知れねえ。処刑っつっても女王が死ぬわけじゃないからな。警備は厳重に固める」


事細かに計画を練っていくマーデイズ。事前に用意していたかのように計画を話す。


「俺の当てってのは、トレバートだ。全部あいつから聞いた。セレンを1度逃がしたことも、何が起きるのかも。まるで予言だ。別れ際にあいつは言ったんだ。『遠き場所で待つ』って。だから俺はここまでお前とセレンを連れて行く」


すなわちそれは、マーデイズとともに国を出てクリア・セントラルへと向かうということ。亡命だ。


一国の騎士3名、しかも衛兵団のトップに位置する3名が女王を裏切り、姫を攫おうと企てている。捕まれば間違いなく死は免れられない。

リスクを承知の作戦に俺はひとつの疑問を浮かべた。


「・・・クレアは、それでいいのか?」

「ん?何がだ?」


首を傾げて聞き返してくる団長に俺はさらに問い詰める。


「お前は長年、女王の最側近として過ごしてきたんだろ?お前はてっきり向こう側だと思っていたが」

「確かに女王との関係はただの君主と側近だけでは済まないものもある。だが、私は私だ。正しいと思っていることだけを遂行する」


クレアは俺に向けていた視線を1度下げた後に続けた。


「・・・そう考えるようになったのもつい最近さ。団長が死んで初めて、彼が背負っていたものの重さを知った。私が間違ってしまってはいけないんだと。騎士たちを正しい方向へ導かねばならんのだと」


そのあと、きっぱりとクレアは言い切った。

――今回の女王の判断は、間違っている。と。


「もし、今がこの先の道に対する”分岐点”だとするなら、進む方向はきちんと見定めなくてはな。私が協力するのはその為だ」

「クレア・・・」


紛争で団長が戦死し、持ち上がりで団長の名を背負うことになったクレア。

数万の騎士を束ねることになった彼女には幾多の苦悩もあったはずだ。

彼女の迷いが、全ての騎士の命に関わる。彼女は背負う立場であり、守る立場に君臨する。

紛争自体が誤った決断だったことを今も悔いて、それでも尚彼女は選択を迫られた。”今度こそ、正しい道を選ぶ”

彼女にとっての決断は、最初から決まっていたものだったのかもしれない。


パチンっとマーデイズがまた指を鳴らした。


「やられる前にやっちまわないと、俺ら全滅だからな。このまま女王の好きにさせちゃいけない。この国のためを思うなら」


互いに目配せをし、それぞれの瞳に強さが宿っていることを認め合った。


この瞬間、俺たちの意思が結束した。


――セレンを救う。未来の為に。


決して成功が保障されているわけじゃない。

失敗すれば、死。誰も助からない。

たとえ成功したとしても、その先に待ち受けている運命が何なのか分からない。

だが、セレンを救えなかった未来が絶対に良い未来だとは思えない。


俺はセレンに言ったんだ。

”生きていくことにこそ価値がある”と。

そのことを、教えてやらなきゃならない。セレンにも、この世界の全ての民にも。


世界を変える術があるとするなら、今の俺にはそれしか思い浮かばない。

変えるんだ、何もかもを。俺たちの手で。


「よっしゃ、そんじゃ行くか」

「ああ」「ええ」


俺たちが地下の子供部屋を出ようとしたとき、俺の脚に引っ付いてきた女の子が居た。名前は確か、セナと言っていたか?


「・・・どうした?」

俺は腰を落とし、彼女の眼線に合わせる。大きな瞳には溢れるものがあった。


「あのね、セナたちよくわかんないんだけどね、セレンちゃんのことだよね?」

「ああ、そうだよ」

「もしね、セレンちゃんがあぶないことになってるなら、たすけて!」


セナの言葉に同調するように、他の子供たちも頷く。

セレンを本当に母親として慕っている眼差しだ。


「・・・もちろんだ。必ず救う。約束しよう」


俺はセナの小指を自分の小指と絡めた。

すると、他の子供たちも周りに寄ってきて俺とセナの小指に手を重ねた。

俺とこの子達に”ツナガリ”なんてものは微塵もなかったはずなのに、こうしてこの子達の温もりを感じると不思議と力が沸いてくる。


約束を誓うと、俺は立ち上がり子供たちに見送られながら土の扉を閉めた。



階段を上がっていく途中、俺はマーデイズに質問を投げた。


「あの子達も連れて行くよな?」


前を行く彼からの返答がない。俺は変に思い、もう1度同じ事を聞いた。

マーデイズはそれから3歩ほど階段を登った後にようやく答えた。


「いや、置いていく」


彼の声は冷徹だった。


「置いていくって、なぜ!?」

「身動きが取れなくなる。人数は少ない方がいいに決まっているだろう」


狭い階段をどうにか駆け上がり、彼の左肩を掴む。マーデイズには全く力がはいっていない。


「説明しろ。連れて行かないとはどういうつもりだ?そんなことを言っては、さっき俺たちが誓い合ったことはなんだったんだ?」

「今は!・・・今はそうするしかない。セレンを無事に逃がすことが最優先だ」


俺を制するように左眼が睨み付けてくる。膠着状態が続いてから、さらに先を行っていたクレアが話に加わった。


「しばらくの間、私がこの子らの面倒は見る。国の情勢が安定し次第、この子達を連れてクリア・セントラルに向かう」

「子供たちは知っているのか?」

「知るわけ無いだろ。何も知らないからこそ、この地下でセレンの事を待っていてもらう」


それは酷な話じゃないか・・・。

セレンだって、この事を知れば自分だけが助かってしまったと悔やむに決まっている・・・。


「頼む、子供たちも連れて行こう」


俺の言葉に2人は何も答えてくれない。淡々と階段を上がっていくだけ。


「なあっ!!!」


2人が階段を上がりきった後、未だ途中で取り残されている俺を見下ろしてくる。


ついさっきとはまるで違う眼線。

俺は思い知る。彼らの決意の固さと自分の決意の脆さを。


「エフ、お前は何を救いたい」


親友から突きつけられた問い。俺が救いたいのは・・・。


「エフ、セレンと子供たちの2つを救うチャンスはこの一回だけだ。階段をあがるのか、下がるのか、今すぐに決めろ」


団長としての言葉が俺に決断を迫らせる。

俺が救いたいのは・・・。


「私を信じ、全てを賭けろ」「俺たちは絶対に子供たちも諦めない」


俺が・・・救うべきなのは・・・・・。


『もしね、セレンちゃんがあぶないことになってるなら、たすけて!』



セナの言葉が頭をよぎる。俺の背中の先に、彼女たちが居る。

あの子達は、この地下の中でずっと待ち続けることになるかもしれない。

ひたすら、セレンの事を待つことになる。

セレンが死んでしまったら、永遠に待ち続けることになる・・・。


迷うな、エッフェンバルト。

信じろ、仲間を。


迷うな、迷うな、迷うな、迷うなッ!!!


俺が、救うべきなのは・・・。


「セレン・・・」


足がこんなに重たいと感じたことはない。

1歩ずつ踏み出していくが、なかなか進まない。

振り返ろうとしてやめる。1歩ごとにその繰り返し。


迷うな、進め。信じろ、これから先の未来を―――。


「セレン・・・、くッ・・・」


噛み締めた唇から血が滴り落ちる。

痛みなんてない。本当に痛いのは唇じゃない。


最後の一段。狭かった階段の終わり。

差し伸べられた2つの手。俺はその両方を握る。


マーデイズが地下の階段を魔力で埋めた。そこにあるのはただの地面。

その上から、一枚ずつ板を張っていく。教会の床が元通りになった。


俺は跪き、額を床につけて何度も懺悔する。


――必ず、救ってみせる。セレンも、お前たちも。


握り締めた拳からも、血が滲んだ。



*****


――[奪還]――


明朝。

俺たちの故郷、ティルーシャの街に大火が放たれた。

クレアの手引きにより、住民の全てが消えた街が燃え盛っているのが王都の神殿からはよく見えた。だが、感傷に浸っている時間はない。


すぐさま、ティルーシャ大火災の情報が〈ウェスト〉全土へと流れる。

皇女セレンによる企てということも。彼女を捕らえたのはクレアだということも。


女王は玉座に座りながら薄ら笑いを浮かべている。

俺は衛兵団の隊列の先頭にいながらこれが女王が自分の支配を強めるための茶番劇だと考えただけで虫唾が走る。

爆発しそうな怒りを静めるのに精一杯だ。今すぐにこいつを殴りたい。

そんな俺に気づいたのか、女王の隣に立つマーデイズから視線が飛んでくる。

”落ち着け”という意味を込めて。


情報の伝達を務める衛兵たちが何度も王の間を訪れては出て行った。

逐一報告をしているらしい。女王は彼らからの情報を聞くたびに笑う。


そして、ようやく口を開いた。


「よし、準備は整った。セレンを見送る時間が来たようだ」


女王は腰をあげて衛兵団を見渡す。1人1人の眼を見ているかのようにゆっくりと。

やがて俺とも眼が合った。


――女王は、笑った。


「ふん、皆のもの・・・今すぐに・・・」


俺は瞬時に察した。どうやらマーデイズもクレアも同じように。

先に叫んだのは、クレアだった。


「まずい!作戦はちゅう・・・」


――刹那。女王の剣がクレアの腹部を貫いた。


「し・・・だ・・・」


力なく倒れるクレア。

女王はにやりと笑って宣言する。


「今すぐ、エッフェンバルトとマーデイズも捕らえよッ!!」


活き活きと高らかな宣言により、部下である衛兵たちは堰を切ったように俺たちに襲い掛かってくる。


「くっ!なぜだ!!」


捕らわれないよう、俺はすぐに剣を抜き応戦する。女王の命令とあれば例え上官だろうと関係ないらしい。どいつもこいつも本気で俺を捕まえに、いや、殺しに来ている。


「フンッ!!」


マーデイズは1度捕らえられるも魔力で土壁を作り衛兵を押しのける。

しかし、彼のすぐそばには女王が・・・。


「ぐあああっ!!」


為すすべなく、女王に首を捕まれ、苦しそうに悶える。片手で彼を持ち上げている女王は狡猾な笑みを浮かべ始めた。


「何もかもお見通しだよ。お前たちの事などな。お前たちと出会ったあの日からずっと考えておった。どう利用してやろうかと。どう私の踏み台にしてやろうかと。大方、お前たちの動きなど見えておったわ。敢えて野放しにしてやっていたというのにお前たちときたら[奪還作戦]だと?片腹痛いわっ!!!」


さらにマーデイズの首に力を込める。このままでは骨まで砕けてしまう。

しかし、俺も衛兵に囲まれ、動くに動けない。襲い掛かってくる衛兵たちも俺たち同様、クレアの訓練を受けて育っている。並大抵の強さではない。


「あ゛あ゛あ・・・」

「苦しいか?でも、遅かれ早かれこうなる運命だったんだ。死んで後悔するがよいぞ。あの時、私を救ったことをな?」


マーデイズの首を締め上げながら俺の方に顔を向ける女王。

クレアはそのすぐそばで倒れたまま、ぴくりとも動かない。


「お前たちはここで死ぬが、安心せい。お前たちの死がこの国の安寧に繋がるのだから。民は私による支配で満たされる。争いなき〈ウェスト〉に生まれ変わる。やがてそれは世界に届く・・・ッ」

「そんなもの、幻想に過ぎん!!」

「幻想の何が悪い?理想も幻想も、すべて私の手によって事実に変えてやる」


女王はクレアの頭も踏みつけた。まさか、死んでないよな・・・?

クレアっ!マーデイズっ!


「うおおおおっ!!!」


かつて共に戦った仲間たちを切り刻んでいく。

そうしなければ、〈ウェスト〉が滅んでしまう。迷う時間すらも与えられない。あれだけ綿密に立てた計画も全てが台無しだった。結局、俺たちはあいつの支配から逃れることが出来なかった。

自分の理想郷を作るために、あいつは俺も、マーデイズも、クレアも、セレンさえも利用した。


5年前の出発の日。

グリフは俺を涙しながら見送ってくれた。

彼だって願っていたはずだ。”平和な世界”を。


俺たちが作るべき、未来を・・・。


「おああああああっ!!!!!」


――――ッ!!!!!!!!!!!


そのとき、いきなり王の間の天井が崩壊。瓦礫と共に、影が舞い降りた。


「なんだ・・・!?」「何者だ!?」


土煙が晴れていく。大きな体躯が現れた。

肩には誰かを・・・、セレンを担いでいた。


「時間になっても来ないから何事かと思えば、内輪揉めか。

 さあ、行くぞマーデイズ」


見覚えがあった。この男は、クリア・セントラルの魔導師・・・。


「と・・・とれば・・・と・・・」


突然の崩壊にも拘らず女王はマーデイズの首から手を離さない。

衛兵たちも息を吹き返したように、襲い掛かってくる。


「邪魔だ。お前たちに用はない」


トレバートが足を地面に打ち込むと、その場所から波動が発生し、衛兵たちのみを吹き飛ばす。多くの衛兵が壁に激突し、王の間の形を崩していく。もはや、「間」とは呼べない。


「手数だが、彼を放してくれないか。非常に重要な存在だ」

「お主・・・、〈中央〉の民であろうが?なぜ、邪魔をする?なぜ、こいつが重要なのだ?」

「彼は後に世界を救う存在になる。それが分からないようでは、民の上に立つ資格などない」



あの女王に対し屈しないトレバートという男。

肩に担がれているセレンは意識を失っているのか全く動かない。


「ここで死なれては困る。いや、困るのは俺ではなく、この世界か・・・」


トレバートは女王に右手を差し向ける。

一秒もしないうちに、女王を青白い光が包んだ。


「ぐああっ!!」


ついに解放されたマーデイズは呼吸もままならないのか苦しそうに咳き込む。

青白い光が消えると、女王は髪を振り乱し、怒りを露にしている。


「貴様ァ・・・、私の・・・私の顔に傷をつけたなッ!!!」

「ああ、それは顔だったか。・・・すまないことをした」


プチンっと何かが切れたように女王がトレバートに向かってくる。狂ったように叫びながら。

しかし、尚平然としているトレバート。女王はもう目前に迫っている。


「おい、あんたっ」

「世界を変えたいと思う者は、強き者だ」

「えっ・・・?」


意味が分からない言葉を発した後、女王はトレバートに辿り着く前に止まる。

意識を取り戻したクレアに抱かれるようにして。


両者の剣が、互いを貫いている。


「強き者は・・・負けない」


トレバートは小さく呟いた後、マーデイズの所へ向かう。

ただの一度も、貫きあう二人を見ずに。


「クレア・・・」

「はやく・・・いけぇ・・・。逃げろ・・・」


擦れていく声。こんなに弱々しい声を聞いたのは初めてだった。


「クレアッ!お前ッ!女王に刃をッ!!!」

「もう、いいじゃないか・・・。支配なんかにこだわってどうするよ・・・?」


狂人化した女王と深手を負いながらも落ち着いているクレア。

どっちが一国の女王たる器なのか・・・。


「どけえ、クレア・・・。裏切り者ォ・・・」

「どかないよ。希望がある限り」


またずぶずぶと差し込まれていく両者の剣。尋常じゃない量の血が噴出し、俺の足元にまで流れてくる。


「はやくいけっ!エフ!彼についていくんだ!」

「行かせん!貴様ら皆、皆殺しだ!!」


うろたえる俺にトレバートが手を差し伸べる。彼は左肩にセレンを、背中にはマーデイズを担いでいるのに顔色ひとつ変えない。


「彼から話は聞いている。お前がエッフェンバルト、だな?」


ああ、と頷いた。

女王とクレアの命の削りあいの様子から見ても俺に迷っている時間はない。

俺は剣を構え、彼女たちへと詰める。

クレアの体から女王を引き離して、縦一閃に剣を振り下ろす。

女王の返り血が俺に降り注ぐ。血の海にばちゃんと倒れこんだ女王には”女王”の威厳など微塵も感じない。

一方で倒れているクレアの体を抱え上げると、彼女は俺の腕の中で微笑んだ。


「へへ、いってぇなぁ。・・・そんな顔すんな。私は死なない。これくらいなんてことないさ」


微笑に生気がなくなっていく。

王の間の崩壊が見えたのか、神殿の外から衛兵たちの声が聞こえる。

ここにやってくるつもりかもしれない。


「クレア、あんたもいっしょに・・・」


クレアは首を振った。


「ダメ。まだここにはセネとクオーネも居る。あの子供たちも居る。私が見守ると約束したろ?私を信じろ。絶対に守る。そして、連れて行く・・・」


次の瞬間、クレアは大量の血を吐き出した。

彼女を抱きしめる力が強くなる。


「ふふ、あったかいなぁ。エフは。いつのまにそんないい男になっちまったんだい?」

「クレア・・・」


もうすぐ傍まで衛兵が来ている。

トレバートが俺とクレアを無理やり引き剥がした。


「まっ、まて!」

「もう待てん。私の目的はあくまでマーデイズだけなのだ。条件として、お前たちの保護を頼まれた」


そういうと、次元を歪める。

俺は引きづられるように歪みの中へ。


「クレア!死ぬなよ!必ず、必ず迎えにっ!」

「へっ・・・。いらねえよ!それより、セレンの事、しっかり支えろよな」


――頼んだぜ、エッフェンバルト・・・。


俺たちは完全に歪みの中に消えた。


クレアは最後まで団長としての尊厳を失わなかった。



*****


「へへ、すげえな。次元歪めるなんて魔力の使い方、みたことねえ」


私は痛む腹を押さえながら剣を支えに立ち上がる。

憐れな姿で死んでいる女王。絶命に至った太刀筋はエフの成長を感じさせた。


「これからが、大変だな・・・。まず、あいつらに何て説明すっかだな・・・」


数多の足音。彼ら衛兵とて、意思はある。

女王への忠誠を誓っていた者なら怒り狂うかもしれない。

もし、そうではない者がいたら・・・。


「約束は、必ず守るぞ。エフ。だから、しっかり生きろ・・・」


生きていれば、それだけで価値があるんだろ?

私たちで証明してやろうぜ。この・・・



争いだらけの世界に。



*****


――[逃亡]――


辿り着いたそこには、大きな円卓があり、突然現れた俺たちに対して一同が怪訝な表情を浮かべた。



「おかえりなさい、トレバート」


蒼い髪を束ねた女がトレバートに駆け寄る。

氷のように冷たい視線が重なった。


「うひょ?どれがマーデイズ???」


変な口調の男が歩み寄ってくる。


「こいつだ。怪我をしている、治療してやってくれ」


トレバートはその男にマーデイズを投げた。男はしっかり受け取るとスキップしながら部屋を出て行く。


「・・・で、彼らは?」


蒼い髪の女の言葉をキッカケに、

興味津々といった具合でみなが俺を見る。


「まあ詳しい話は追って話す。急で悪いが、サンドロとルシアは今すぐ〈ウェスト〉に向かってくれ。予測どおりのことが起きた。収束を任せたい」


トレバートの言葉に頷いた二名の魔導師は彼がやったように次元を歪めて消えた。


「では、紹介しよう。彼の名はエッフェンバルト。こっちはセレン」


セレンは未だに気を失っている。


「ではエッフェンバルト、あちらを」


俺は前方を見ることを促された。


そして、言葉を失う。

言葉など、不要だ。その姿に全ての感覚を奪われる。


眼を離す事が出来ない。

今にも吸い込まれてしまいそうなほど、真っ白な微笑み。


「彼女が我ら全ての魔導師の〈主〉、名を」

「テトラ・・・」


知っていたわけじゃない。〈主〉の存在そのものを信じていたわけでもない。

だが、彼女の名前を俺は知っていた。

刷り込まれていた記憶が蘇るように、その名を口にした。


「よし、それでいい。歓迎しよう、クリア・セントラルへ」



このときから、世界の歯車が徐々に狂い始めていった・・・。

〈朽体病〉が現れたのはそれからたった3日後の事だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ