〈episode35〉使命と証明
――[5年の月日]――
――王都・カリヴェラ 神殿内 中庭
「ええいっ、やあっ」
後ろ髪をひとつに結い、ゆさゆさと揺らしながら俺に対し一生懸命に木刀を振るう小さな体。ぶんぶん振り回している割には全く脅威も感じない。
「もお!よけるなっ、えふ!!」
「俺は別に避けていない。お前が下手くそなんだよ、クオーネ」
木刀を振るう力は持っているみたいだが当てる技術がない。
いくら強い力を持っていようとも当てなければ意味がない。
「へ、へたくそなんて!あててないだけなんだからっ!」
「またしょうもない強がりを言って」
そろそろ相手にするのも面倒になってきたところで俺はクオーネが木刀を頭の上に振りかざしてきたのをいいことに、すぐさま懐へと潜り込む。といってもクオーネはまだ小さな子供だ。潜り込むというより抱っこをしにいったというほうがいいかもしれない。
一気に両手で持ち上げて、高い高いをしてやった。
「ちょっと!やめろっ!たかいのこわいっ!」
「お前、騎士になりたいくせに高いところ苦手なのか?」
「にがてじゃないっ!こわいだけっ!」
どんな理屈だ・・・。
俺は何度か上げたり下ろしたりを繰り返した後、クオーネを肩に担いだ。
「はい、お前の負けな」
「まけてないっ!えふ、ずるばっかり!!」
肩の上でもがいているが、肩こりには効きそうもないな。
「おお、やってるねぇ、衛兵騎士新副団長殿~」
背後からの声に振り返ると、そこにはクレアがいた。
ニヤニヤしながらこちらにむかって歩いてくる。
「やめてくれ、その長ったらしい肩書きで呼ぶのは。新団長殿」
「はっは、良いではないか。女王陛下より与えられた栄誉だぞ?」
「どうだか・・・」
溜息混じりに言葉を返すとクレアはクオーネの状態を見て大声で笑い飛ばした。
「あっはっはっは!なんだクオ、その負けっぷりは!!」
そんなに笑うか?と思うくらい大声で笑うから俺は呆れた。
クオーネは余計にじたばたしている。
「まけてないよ、ははさま!いま、ゆだんさせてるの!」
「おおそうかそうか!お前のおかげで母さんは腹を鍛えられそうだ!」
そう言ってまたはっはっはと笑う。煽るとクオーネが暴れるからやめてほしいのだが。
「んもうっ!おろせっ!えふ!」
「うん?なんだ、降参でいいのか?」
俺が横眼を向いて聞くと、クオーネは若干涙眼になっている。
「こうさんってなんだ!いみしらないしっ!」
いや、お前その反応は意味知ってるだろ・・・。
仕方無しに降ろしてやった。尚、クレアはまだ腹を抱えて笑っている。
「す、すきありっ!」
「お前がなっ!!」
性懲りもなく撃ち込んでくるから俺はクオーネの頭にチョップをお見舞いしてやる。
「いだっ!!」
木刀を落とし、すぐに自分の頭を抱える。
「はい、負け~」
「・・・っ!・・・うう・・・うう・・・」
クオーネの大きな眼の中にどんどん涙が溜まっていく。
唇を震わせて、これはもう今にも・・・
「うええええええええええん、えふのばかあああああああああ」
子供らしく号泣した。かたや、ついに芝生にのたまいながら爆笑している団長殿。
「・・・はあ・・・」
溜息ひとつついた後、俺は空を見上げる。
今日は雲が少ない。快晴とまではいかないが、雲の切れ間には青空も見えた。
ぐしゃぐしゃに泣いているクオーネが爆笑を止めない母の元へと駆けて行く。
しかし、クレアは特に慰めることもなく泣いている娘の前で笑いを堪えながら娘の涙や鼻水を拭いてやっていた。
――平和、だと思ってしまった。
そう感じてしまうのも無理はない。
俺が5年前にティルーシャからここに連れてこられ、強制的に衛兵騎士団への入団を命じられた。戦い方、むしろ剣の握り方も知らなかった俺とマーデイズにとって地獄のような訓練の日々だった。今、俺の眼の前で情けない姿を見せているクレア団長も当時は副団長として俺たちをしごいた。正直、クレアに殺されていてもおかしくなかった。
4年間の訓練と任務をこなした後、ある事件が勃発した。
”ティルーシャ民による公国への攻撃”
俺の脳裏には真っ先にグリフの事がよぎった。あの別れから一度も会えていなかった。たまに便りが届いたが彼との交流はいつしか途絶えてしまっていた。事件が起きる前後で彼からの返信が無くなった。
彼に会いたい、と俺は任務参加を志願。
マーデイズとともに戦闘が行われていた第8公国・ディードへ。
しかし、そこは我々が想定したものよりもずっと悲惨な有様だった。
同じ〈ウェスト〉の民でありながら、どうしてここまでやる必要があるのだと俺は拳を握り締める。
ディードの街に敵も味方もなかった。狂ったように殺しあう両公国の民たち。
俺たちもまた標的にされた。戦闘はティルーシャでも行われており、俺はディード抜けてグリフの元へと急いだ。
たった4年だ。それなのに、俺が知るティルーシャの街ではなくなっていた。
土作りの家々はもはや家と呼べるものでもなく、道の脇に民たちは寝そべるか座るか。誰からも生気を感じない。俺は走った。グリフと何度も呼んだ。
だが応答は無かった。
俺とグリフが過ごした家は、跡形も無かった。
何が悪くて、何が正しいのだろうか。
呆然と更地になった家の跡を眺めて、様々な思い出を思い返す。
遠くの方でまた爆発の音が聞こえた。
俺はグリフから授かった剣を力いっぱい握り締め、歯を食いしばった。
もう一度だけでも、グリフに会いたかった。
会って、話がしたかった。その顔が見たかった。
この場所へ帰ってくる理由を失った俺は再び戦地へと踵を返す。
ただの一度も振り返らず、そして、”守るための剣”で民間紛争に終止符を打った。
結局、敗者しか残らなかった紛争だったと思う。
クレアにとっての上官である当時の騎士団長が身を挺して俺たちを守ってくれたおかげで多くの騎士が生き残った。戦果を挙げた俺には副団長という肩書きが、クレアは団長の跡を継ぐ使命を背負った。
今、俺に打ち負かされ泣きじゃくっているクオーネという少女はディードの街で生き埋めになっていた少女。瓦礫の中から聞こえる泣き声を辿り、クレアは死ぬ物狂いで救助した。
まだ生まれて1年か、2年の幼子は両親に守られるようにして生きていた。
クオーネにはその記憶が無い。物心もついていないときだったから。
少女にとっての母親はクレアしかいないのだ。
紛争終結から1年。
警戒はまだ解けないが、微かな平穏が戻りつつある。クオーネの成長は俺たち衛兵騎士にとって希望の象徴に思えた。
「なんだ~エフ、そんな面して~」
ようやく笑い済んだクレアが声を掛けてくる。クレアはまだぐずっているようだ。
「何も。ただ、平和だなと思って」
「平和、か。平和ねぇ・・・」
クレアは泣いているクオーネを抱っこして立ち上がると俺の方に近づいてきた。
実の子供ではないにしても、彼女は立派に母親の顔をしている。
尤も、母親を知らずに育った俺がそう感じるのは不自然だが。
「なあ、エフ。平和とはどんな時の事を言うんだろな」
彼女からの問いに、俺は答える事ができない。
俺にだって、平和が何を意味するのか分かっていないから。
「今この瞬間が平和というのなら、それもいいかもしれないな。・・・たったひと時でも」
「クレア?」
眼線を下に向け、彼女らしくない表情を見た気がした。俺とクレアの間には風が通り抜け、クオーネの鼻水をすする音が一定のテンポで聞こえた。
「ん?」
「どうした、エフ?」
俺はクレアの背後、中庭の入り口付近に二つの影を見る。
ひとりはマーデイズ、そしてもうひとりは見たことの無い者だった。
「クレア、あれは誰だ?」
クレアも振り向くと「さあ?」と言って首を傾げた。
マーデイズはその男と話す間何度も俺の方をちらちらと見て、話し終えたかと思うと男と別れてこっちに向かってきた。
「よおよお、お二人さん。じゃないな、クオも入れてお三方」
いつもの調子で話しかけてくるマーデイズ。俺はさっきの男が何者なのかを聞いてみることにした。
「ああ~、あれはなぁ・・・」
マーデイズはなぜか言いづらそうに指で頬をかく。
「誰なんだ?もったいぶってないで教えんか」
別にもったいぶっているわけではないと思うが、流石に痺れを切らしたクレアが問い詰める。
「あれはぁ、そのぉ・・・なんというかぁ・・・。ねえ?」
「「ねえ?、じゃない」」
声が揃う俺とクレア。
「そんな怒んなよ」
「「怒ってない」」
再び声が揃う俺たち。
「仲いいなぁ、お前ら。そんなとこ見られたら皇女様が飛んでくっぞ」
「「話を逸らすな」」
「逸らしてねえしっ!」
俺たちは木陰に座り、マーデイズの話を聞くことに。
クオーネは泣き止んだ後、俺たちから見える範囲で芝生を上を走り回っている。
「クリア・セントラルって知ってるよな」
「・・・ああ。あの〈主様〉がいるっていう」
実際に見たことは無い。が、聞いた話によればその姿は〈かみさま〉そのものだという。
「さっきのは、クリア・セントラルからきた魔導師。名前はトレバート」
「なんでわざわざ〈主様〉付きの魔導師がここに?」
俺が聞く前にクレアが聞いた。
「何でも、手が足りてないらしく、今あちこちを周って優秀な魔導師を探してんだとよ」
マーデイズは”優秀な”を強調していった。
「ほう、それで”優秀な”魔導師を探しているはずがなぜお前と話してるんだ?」
「いや、だからね団長?俺の力が必要って向こうが言ってきたんだよ」
あくまで真面目に真顔で話すマーデイズに対し、クレアは今にも大笑いしそうになっている。
「お、おま、おまえが・・・お前が・・・」
「笑うとこじゃねーぞー」
「それで、なんて返事をしたんだ?」
ぷぷぷと笑いを堪えているクレアを他所に俺たちは会話を進める。
「まあ、保留だわな」
「どうして?わざわざお前を見込んでやってきたのだろう?」
「向こうはな。でも、俺の気持ちは違う。突然すぎて何が何だか」
言いながら両肩を竦めると、そのまま続けた。
「悪い話ではないと思う。なんせ〈主様〉の側近だ。うちのわがまま女王とは比べ物になんねぇ」
「あまり大きな声で言うなよ」
「失敬失敬。だが、その女王様に仕えているのも事実だ。1年前ティルーシャの街が半壊しちまった以上、あの”脅迫”がまだ生きてるとは思えんが、ここを出て行く理由にはならねえ」
マーデイズも、俺と同様、1年前の紛争により家族をみな失った。
当時は『仕方ねえよ、こればっかりは』と強がっていたが、何日も眠れない日々が続いていたらしい。
「ここがどんな国であっても、ここが俺の生まれ育った故郷だし、なかなか一歩は踏み出せん。国を裏切りたくは無い。それに・・・」
「それに、なんだ?」
にっこりと笑って、彼は言った。
「お前らがいるしなっ!」
その言葉に、ついに我慢の限界を超えたクレアはさっきにも退けをとらないくらい大笑いを飛ばす。
「あーっはっはっはっは!!あははははっ!!何を真面目にそんなことを!ぷぷ」
「笑ってんじゃねえよ!」
「・・・もう、笑わせないでくれっ!!ぷぷぷ」
「勝手に笑ってんのはあんただろっ!!」
一応、クレアは騎士団長だが俺たちとしてはあまり敬意を持っていない。彼女との訓練課程においてそんなものどうでもよくなってしまった。お互いに。
「ねー、まーでいず!クオがけいこつけてあげる!ほら、たって!」
突然、クオーネがマーデイズの元へ駆け寄ってくると彼女は意気揚々とマーデイズを立ち上がらせた。
「いよおーしっ!コテンパンにしてやらあっ」
袖を捲り上げ、肩をまわしながら横眼で俺の方を見た。
「ま、この話はまた今度な。俺もよくわかんねえんだ。あとさ・・・」
―――・・・・・、・・・・・。
何か声に出さず口だけを動かして俺に伝えてくる。
・・・皇女から、眼を離すな・・・?
「おらあああっ!ちびすけえええっ!!」「きゃああっ!まーでいず、くるな!」
颯爽とクオーネに飛び掛っていく彼の言葉が、俺の読み取りと一致しているのかどうかは分からない。
ただ、不穏な言葉であるだけに一致してほしくないというのが俺の想いだ。
「あいつはあいつで、悩むこともあるんだな。いつも本能で生きていると思っていたが」
笑い終えたのか、急に真面目な口調で話しかけてくるクレア。
「俺もそう思っていたけど、あいつは頭がいいから」
いつも一緒にいたから分かる。あいつのいい所も悪いところも。
心の内では行きたいはずだ。
でも、ここでの生活が彼を縛っている。
ああやって馬鹿を装うが、本当に真面目で頭のいい男なんだ。
彼の答え次第では、俺は思い切り背中を押してやろうと心に決めた。
「すきありぃっ」「ぎゃああああっ!!!」
・・・ここで死ぬなよ、友よ・・・。
―――たたたたたっ
「ん?」
神殿内から物凄い速さの足音が聞こえた。しかもそれはこっちに向かってきている。
「あーやばいっ!来るぞっ!」
なぜか隣に座っていたクレアは素早く立ち上がり、俺から距離を取る。
―――だだだだだっ・・・ダンッ!!
「あ・・・」
神殿の最上部から中庭にいる俺に向かって飛び込んでくる影。否、女の子。否、皇女さま。
「エフさまあああっ!!!!」
「ちょっ、ちょっとまっ」
!!!!!!!!!!!
とてつもない衝撃とともに俺は芝生に食い込むと、皇女様の体をどうにか受け止めることができた。避けたい!避けろ!と言った防衛本能はどこかに捨てた。
「だ、大丈夫ですか?エフ様?」
俺の上できょとんと首を傾げる皇女様。悪気は全く無いように見えるから性質が悪い。
「だ、だいじょうぶだ・・・皇女殿下殿」
俺がそう言うと、皇女様はどんっと俺の胸に両手を叩き付けた。グーで。
「おうふっ」思わず変な声もでる。
「皇女殿下殿、ではございません!セレンとお呼びくださいっ」
どんっどんっと俺の胸に拳を叩きつけてくるセレン。
「わ、分かった・・・呼ぶから叩くのはやめてくれ」
「はい、ではどうぞ?」
奴らの視線が突き刺さる。どいつもニヤニヤしやがって!
「どうぞ?」
セレンの一押し。言わなくちゃならんのか・・・。
心の中で溜息をついた。
「・・・せれん」
「愛している、が抜けています」どんっ!
ああ、女王に知られたらまず殺されるな・・・。
*****
――[変化]――
「ねえ、エフ様っ」
「あまりくっつくのはやめろ」
セレンは俺の腕を自分の両腕で抱くようにくっついてくる。俺は歩きづらいのだが、彼女はそうでもないらしい。満面の笑みで隣を歩く。
「それで、どこに向かうというんだ?神殿外にでていいのか?」
「大丈夫ですよ、見つからなければ!」
そのことが心配だから言っているというのに・・・。
俺が腕をふり、彼女を引き離そうとしても全然振りほどけない。
完全に捕まっている状態だ。
「エフ様と久しぶりの外出ですもの。離しませんっ」
「・・・・・」
「ふふ、だいすきです」
後ろから後をつけてきているのが奴らだというのは承知だが、クオーネ以外が笑いを堪えている声がたまに聞こえてくるので、若干腹立たしい。
そもそも、セレンは最初からこんなにべったりな子ではなかった。
というより、こんな子だとは思ってもいなかった。
まあ、確かに俺はあの暗殺事件の日に彼女を見て一目惚れに近い感情は抱いていた。どうやら彼女も同じ気持ちだったらしく俺が衛兵騎士団への入団を命じられると訓練場に毎日欠かさず彼女は足を運び遠目ながら俺を見ていた。
決定打になったのは、入団して3年目のある日の事。
俺とマーデイズは対魔導師訓練として真剣で立ち会っていたとき、マーデイズが持っていた剣を俺が折ってしまった。するとその刃先が勢いよくセレンの元へ飛んでいき、まずいと思った俺は女王を守ったとき同様、身を挺して刃から彼女を守った。
抱きしめてしまったのだ。ただ、俺も悪い気はしなかった。
彼女に触れたのはその時が初めてだったからだ。
あの時の少女が自分の腕の中にいる。と考えると鼓動が早くなった。
セレンも同様で、俺の背中に腕を回すと、そのまま俺に口づけをした。
『愛しています。一眼見たときから』そう言って。
その後は、徐々に距離を詰めながらの付き合いでセレンも口付けはやりすぎたと思ったのか一切近寄ってくることもしなかった。俺が近寄れば逃げるほどだ。
しかし、あの紛争後、傷だらけで帰ってきた俺を見て彼女の中に変化が起きた。
『心も体も遠くなっていく気がして不安でした。毎日が怖かった』と泣き、以降俺にくっつくようになった。これが正しい変化なのかは彼女しか分からない。と思う。
ようは、伝えたいことをはっきり伝えることにしたらしい。
でなければ騎士と付き合う上で後悔すると思ったとかなんとか。
「私、しあわせです」
結果がこれである。悪い気はしないが、いかんせん視線が気になるのだ。
今も、民の少ない道を選んで進んではいるが・・・。
いつもセレンとの外出は冷や汗がつきない。
「今日はエフ様に知っておいてほしいところがあるのです」
「知っておいてほしいところ?」
その場所が近づいてきたのか、少しだけ早歩きになるセレン。俺は引っ張られるように彼女についていく。
そこは古びた教会。中には誰もいないようで静まり返っていた。
「ここを教えたかったのか?」
俺が聞くと、セレンは腕から手を離し奥にある大きな十字架の前で立ち止まった。
「この地下ですわ」
セレンがコンコンっと床を叩くと、確かに空洞に抜けている音がする。
がこっと床板を一枚ずつ外していくと、地下へと続く階段が見えた。
「・・・俺、通れるか?」
「・・・がんばってくださいっ」
セレンが通っていくのもきつそうな狭さ。
俺は体を横にして、横歩きで下っていくことに。
それでもかなり窮屈なのだが。
しばらく下っていると、微かに声が聞こえる。・・・子供の声だ。
それも多数。男の子と女の子の声。
やがて階段を降りきると、土を切り出して作った部屋が目の前に現れる。隙間から少し明かりがこぼれている。
「では、開けますね」
「ああ」
セレンが土の扉を押し開くと、中には7人の子供たちがいた。
開いた瞬間、全員がこっちを見る。
「あーっ!せれんちゃんっ!」
セレンを見るや否や女の子がすぐ駆け寄ってきた。
他の子は俺を見たりセレンを見たりしている。
「セナ、いい子にしてた?」
「うんっ!きょうもね、みんなにおべんきょうおしえてたの」
セレンがセナと呼んだ子はこの中では一番年長らしい。長い髪をおさげにしている。
みんな、幼い年に見えた。
「セレン、いったいこの子達は・・・?」
「おじさん、だあれ??」
ぉ、おじ・・・おじ・・・?さん・・・??
やや俺の思考が混乱した。おじさん・・・だと・・・?
「ふふ、おじさんですってエフ様っ。ふふ。この子達は私の子ですっ」
さらに衝撃的な告白を受け、俺は元来た道を帰ろうとしたがすぐにセレンに止められた。
「エフ様!この子達は私の子ではありますが、実の子ではないのです・・・」
俺を引きとめながらしゅんっとして言うセレン。
言われてみれば確かにセレンの年齢で七人の子供は多すぎる。
ようやく冷静になれた。同時に、なんとなくこの子達がどういう境遇の子供たちなのか想像できた。
「・・・この子達は、1年前の事件で生き残った子供たちのなのです」
想像は当たった。でも、喜びなんて無い。
この子達の親を殺したのは俺かもしれないんだ。
聞いたら聞いたで俺は背を向けたくなった。それもセレンに止められる。
「エフ様にどうしてもこの子達にお会いしてほしかったのです。勝手なことをしたと思っております。でも、この子達の存在を知っておいてほしかった」
さっきまでの気の抜けたセレンとは打って変わり真剣な眼差し。
彼女が時折見せるこの表情には芯の強さが見える。
「クオーネだけではなかったんだな。幼くして身寄りを失ったのは・・・」
「はい・・・。クオーネを救出した後、私は何度かディードへ向かいました。助けを待っている子がいるかもしれないと思い。この事はクレア団長にも協力していただきました」
あの団長め、一言もそんなこと言っていなかったぞ・・・。
「この七人の他にも子供たちは見つけていたのですが・・・」
その先をセレンは言い出せなかった。本当は全員を救ってあげたかったのだろう。
「当初は神殿でお世話をしようと考えていましたが、クレア団長にやめたほうがいいと言われました。母上が許してくれないだろう、と」
あの女王なら言い兼ねないな。全員追い出せ、か、殺せ、か。
「ですから、やむを得ずこの場所に地下を作ってもらいました。・・・マーデイズ様に」
・・・あいつも協力者か!知らないのは俺だけかっ!!
魔力を使うのに長けているあいつならこのような部屋を切り出すのは造作も無いだろうが、なんだか悔しい。
「エフ様自身も、私も、この子達も落ち着いてから顔を合わせてたくて」
「セレンが言いたいことは分かったが・・・」
正直、この子達とどう接していけばいいのか分からない。
この子達の反応を見れば俺と同じように考えているのは明白だ。
「子供たちも戸惑っているし、何より俺自身が戸惑っている」
「すみません・・・、でも今日しか時間が無くて・・・」
「どういうことだ?」
セレンはセナの頭を撫でる。少女は気持ち良さそうに眼を細めた。
次々にセレンの周りには子供たちが寄ってくる。ひとりひとりの頭を優しく撫でていく。
やがてセレンは、これまでの和やかな雰囲気を一変させるほど、冷たく静かに言葉を発した。
「明日の朝、女王はティルーシャに火を放ちます」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。
「なんだと・・・?」
火を、放つ?と言ったのか・・・?
なぜ・・・?
「そして、その実行犯が私ということになります」
「な、なにを言っている!セレンっ!」
淡々と告げていくセレンに対して慌てた俺はセレンの両肩を掴む。強引に俺の方へと体を向けさせた。
紺碧の眼に迷いが見られない。
「女王はあのような性格ですから少なからず反感を買います。それは主にティルーシャの民であり、女王が目指す”絶対的な支配”において彼らは公国として邪魔になったのでしょう。エフ様とマーデイズ様への当て付けではありません。ただ、支配をしたいのです、女王は」
――一切の反逆を許さないのです。
セレンの声は徐々に震えていく。
「なぜ実行犯がお前なんだ!」
「私が皇女という立場だからです。私の指示で公国が燃え、灰になる。私がそう指示したことにするつもりなのです。これは当然女王に対する反逆です。それを罰するのは女王として当然のこと。ティルーシャは消え、自分への忠誠は強固となり支配力は増す。例え家族であっても罰することができるんだという姿勢をみせたいのでしょう」
俺は言葉がでない。ただ、手に込めた力だけが強くなる。
このままではセレンを砕いてしまいそうなほどに。
「明日、私は処刑されます。でも私が処刑されればこの子達は一生誰にも知られぬままこの場所で私の事を待つかもしれません。だからあなたに知っていてほしかった。私がいなくなってもこの子達を見守ってほしかった」
「馬鹿を言うな!いきなり、そんな風に言われて納得などできるかっ!なぜ相談しなかった!なぜ今まで隠していた!なぜ!なぜっ!!!」
「あなたのことを、心の底から愛していたからです!!!」
ぼろぼろと、涙の粒が子供たちにふりかかる。
子供たちは何が起きているのかまだよく分かっていない。
それは俺も同じだ。
「女王が決断したのは今朝でした。何もかもが突然の事でした。朝、目覚めて最初に言われた言葉は『私の為に死ね』ですよ。夢かと思いました。でもすぐに、夢であってほしかったと思いました。本当は牢に閉じ込められていたのです。でも、とある方が助けてくださいました。トレバート、と言いましたか」
その名はさっき、マーデイズが口にしていたクリア・セントラルの魔導師・・・。
いったいなぜ彼が・・・?
「すぐにあなたに会いに行こうと走りました。多分、今頃血眼になって私の事を衛兵たちが探していると思います。マーデイズ様やクレア団長が食い止めているかもしれません」
今日何が起きるのかを、クレアは女王から聞いていた・・・?
今日何が起きるのかを、マーデイズは恐らくトレバートという魔導師から聞いていた・・・?
さっきの口の動き・・・。皇女から眼を離すな・・・。
頭の中でいろんなことが繋がり始める。
「そんな・・・、急に・・・。うそだ・・・」
「嘘であってほしいのですが、そうもいかないようで・・・。これがこの世界の在り方なんですよ、きっと」
犠牲の上に成り立つ平和がこの世界の在り方だと言うのか?
自分の理想の世界を作るために、我が子でさえ利用するのか?
俺は、選択を間違ったのではないのか・・・。
俺はいったい、誰を救ったんだ・・・。
誰も、救えていないんじゃないのか・・・。
”貴様には衛兵騎士副団長への着任を命ずる”
女王の宣告が脳裏を掠めた。そんな位などいらなかった。
それが意味する所は、どれだけ女王への貢献を果たしたか、だからだ。
すなわち、どれだけの反逆者を殺したか、だ。
俺は最初から最後まで女王に利用されていただけなんだ。
いや違う、女王は利用できるものはなんであれ利用するんだ。
その矛先が、セレンに向いたんだ。
何のための、5年間だ・・・・・・・・。
「・・・・・逃げよう、セレン」
俺の口から出た言葉は一番間抜けな答えだった。
言葉を捜しても何も見つけることができない。
ただただ、今自分が置かれている状況、セレンが置かれている状況に背を向けてしまいたかった。
「・・・できません。この子たちがいます。私が死ななければ〈ウェスト〉が崩壊し、母上も、妹のセネも死んでしまいます」
「違う!お前が死んでいい理由になんかならないっ!!!」
「なるんですっ!!私の命ひとつでこの世界の争いが無くなるんですっ!!!」
「無くなるものか!!お前の命で全ての争いがなくなるほど、お前の命に価値なんか無いっ!!!」
「無くなります!そうなるなら、死ぬことも本望・・・」
―――ッッ!!!
渇いた音が、部屋に響く。
俺はセレンの頬を力いっぱい引っ叩いた。そして、包み込むように抱きしめた。
「死なないでくれ。簡単に『死ぬ』なんて口にしないでくれ。この世界から争いはなくならない。未来永劫、この世界は変わらない。戦いに出てその事実を充分に突きつけられた。だから俺ははっきり言える。生きることにこそ、価値がある。お前が生きていく日々にこそ大きな価値があるんだよ、セレン」
「・・・・・いいえ、私はそうは思いません。大切な者たちを失ってまで生きようとは思いません。私はみなに、生きてほしいのです。それが私にとっての太平です」
セレンの意思は固い。
彼女は自ら俺の抱擁から身を引いた。
もう、泣いてはいなかった。
「この子たちを、よろしくおねがいします」
最後に背伸びをして、俺の額に自分の額をくっつけて言った。
「愛しています、エッフェンバルト」
そこで、俺の意識が遠のいた。
セレンの魔力によって。
真っ暗な闇に、沈んでいく・・・・・・・・・・




