〈episode34〉騎士と女王さま
――[別離]――
『貴様らには、1日だけ猶予を与える』
ついさっきティルーシャに帰郷したおれの頭の中には女王の言葉が巡り巡っている。
よほど辛気臭い雰囲気を漂わせていたのか、行き交う民からは心配そうな眼差しを向けられ、グリフからは『しばらく物運びは休め』とまで言われた。
女王暗殺未遂事件の知らせは瞬く間に〈ウェスト〉全土に散っていった。
皆の議論の焦点はひとつ。”どこの国による作戦だったのか”ということ。
しかしそれについては、おれも、撃退に当たったマーデイズも、そして女王を含めた衛兵団たちにも正体はすぐに分かった。
犯人は、ティルーシャの民だったのだ。
女王を狙撃した彼は意識を取り戻した後、半狂乱気味に叫んでいた。
『俺たちを流れ者にしたのは、てめええだああああっ!!!!!』
男はすぐに連行され、その後どうなったのかは知らない。
女王は去り際におれとマーデイズに向けて告げた。
『この事実は発表されない。が、貴様らは知ってしまったし、その上で私を救うという決断をした。実に優秀かつ有能な民である。よって断ることは許さぬ。”ゴミ溜め”はいつでも焼却できる。そうできる力が私にはあるのだ。貴様らの利口な答えを期待しているよ』
たった数時間の出来事がおれたちの明日を決めてしまった。
逆らえばあの女王は本気でティルーシャに火を放つだろう。
なんせ、女王を殺そうとしたのはティルーシャの民だ。
ただでさえ認知もされていない”ゴミ溜め”なんだ。多くの民が女王に賛同し、
この小さな国は焼き尽くされるだろう。
そんな未来を回避することができるのはおれとマーデイズだけ。
お手上げ状態だ。選択肢もない。ティルーシャは確かに腐敗した国。だが、それなりにおれは気に入っていたし何より、グリフがいる。マーデイズにだって家族がいる。たとえ”流れ者の国”だとか”ゴミ溜め”と言われようが、おれたちの故郷に変わりない。帰る場所はココしかないのだ。
故に、おれたちは出て行くしかない。
”ゴミ溜め故郷”を守るために。
グリフは今、配達に出掛けている。
おれはまだ言えずにいた。どう切り出せばいいものか分からない。
グリフの体の状態を考えると、そばにいてあげたいし配達の仕事も忙しくなってきたのでグリフの負担は増えるばかりだ。できることなら連れて行きたいと思っている。
女王が許してくれるか分からないが。
一方のマーデイズはすぐに心を決めた様だった。
シルフィンの街から帰ってくる道中、彼は『オレは行く。家族の命をかけられたら迷っている余地は無い』と言っていた。おれにも彼のような想いはある。しかし、あと一歩が踏み出せずにいた。
今も家の中で、何から始めるべきかをぼーっと考えているだけだ。
このまま何もせずに今日が終わり、明日が終わり、何事もなかったように日々が過ぎていけばいいのに、なんてことまで妄想する。
ふと、あの少女の事が頭をよぎる。
紺碧の眼を持つ王女のことだ。あの子が次期女王となるのだろうか。
眼が合った瞬間のざわめきを思い出す。なぜおれはあの子にざわめきを感じたんだ?
眼が合ったというのも、もしかすればおれの勘違いなのかもしれないのに。
考えているうちに、何度目か分からない溜息をついた。
窓の外を眺めれば、のんびりと民たちが往来している。
あんな事件があったというのに。しかも犯人はこの国の民だったというのに。
小さな子供たちは追いかけっこをし、大人たちは精一杯仕事をし、浮浪している者達はどうにか生きようと助け合う。
いつもと変わらない風景じゃないか。おれが過ごしてきた風景。生きることを許された場所・・・。そして・・・・・、
「やあやあ、今日は忙しかった」
生きることを許してくれた”父”がいつもと変わらない笑顔をおれにくれた。
*****
「おつかれさま、グリフ。やはりおれも手伝ったほうが良かったんじゃ?」
荷物を降ろし、ゆっくりとおれが座っているテーブルの前に腰を下ろすグリフ。
「いやいいんだ。たまには体を思い切り動かさんと鈍るからなぁ」
グリフはそう言いながら肩を回していた。パキパキと音が鳴る。
「明日はどのくらい?」
「ん~、今日の半分くらいかの」
「そうか」
自分が思っている以上に会話が続かない。いつもどんな話をしていたのも思い出せない。
二人してぼんやりと窓の外を眺めた。何をするわけでもなく、何かを話すわけでもなく、こんなに静かな一日は久しぶりだった。
沈黙の時間が長くなるだけ、おれの中にある思いは強くなる。
おれはグリフのそばにいたいんだ。まだ何も恩返しができていない。
今、目の前にいるグリフは誰が見ても弱弱しく痩せこけていて、疲れきっている。
彼の元をおれが去れば彼はどうなってしまうんだろう。かといっておれがここに残ることはティルーシャの民全員の死を意味する。
どうすればいい・・・?
おれは無意識にまた溜息を漏らしてしまった。慌てて、口を押さえる。
そんなおれのことをグリフは微笑んで見ていた。
「・・・ほほ。若いのに溜息なんてな。幸せとやらが逃げるぞ」
「幸せ・・・?」
「そう、幸せ。満たされた気持ちになることをそう言うらしい。どうやらエフは満たされた気持ちではないらしいの」
どれ。といってグリフは立ち上がる。
おれは必死に「幸せ」の言葉の意味を思考している。
すると、立ち上がったグリフがおれに提案を向けてきた。
「なあ、エフ。ちょっとワシに付き合わんか?」
眼を丸くするおれは、グリフの笑みが何を意味するのかまだ分かっていなかった。
*****
模造の太陽が傾き始め、空には夕焼けの色が染まっていく。
おれはグリフに連れ出され、山に登っている。さほど険しい山でもない。標高も高くは無いため登ること自体は苦にならない。
おれは何も言わず、グリフの後を追う。グリフもまた何も言ってこない。ただひたすら上を目指して歩いた。仕事終わりのグリフは疲れているはずだが山道を踏みしめる足には力強ささえ感じる。
おれたちは一度も立ち止まることなく、山頂へと辿り着いた。
そこには夕陽に照らし出された〈ウェスト〉のほぼ全域が見渡せた。
8つに分かれた公国の中心に当たる位置、女王が住まう神殿も微かに確認できる。
明日、おれはあの場所に向かわなくてはならないのだ。
「どうじゃ、綺麗じゃろ。こんな山でも〈ウェスト〉を見渡せるんじゃ」
グリフは嬉しそうに語りだす。
「実はな、お前を拾ったあの日もココに連れてきたんじゃよ」
「ここに?」
「ああ。お前はちっとも泣き止まんかったからの。ここにくれば泣き止んでくれるかと思ってな。効果覿面てきめんじゃったわい」
「・・・全く覚えていないな」
「それはそうじゃ。まだ赤ん坊だったからの」
また、ほっほと笑うグリフ。それにつられておれも笑った。
景色に見蕩れてお互いに沈黙が続く。とても静かな時間だった。
「・・・出て行くんじゃろ?ティルーシャを」
「えっ」
グリフから出た言葉に鼓動が跳ねた。おれから話すべき言葉を言ってきたからだ。
「シルフィンで起きた暗殺未遂事件、あれの犯人を女王たちは隠しているようだが犯人はティルーシャの者なんだろう?長年この街にいると、誰が突然いなくなったのかなんて分かるからの」
「それで・・・どうして、おれが出て行くと?」
「こればっかりは、当てずっぽうじゃ」
まんまとしてやられた気分になる。でも、心のどこかでグリフには確信があったのかもしれない。おれが言い出せずにいたことを彼から言われることで心の栓がぽんと抜けたようにおれの緊張も解けた。
「出て行くというより、行かなきゃならない・・・というか」
「どうせあの気ままでわがままな女王の事だ。欲しいものは何でも手に入れなければ気がすまんのだろうな。助けんでも良かったかもしれんぞ?」
笑いながらすごいことを言う。
グリフが言うには、おれたちが暗殺を阻止したことはティルーシャ中に噂が広まっているらしい。
「配達の途中に聞いたときは嬉しくてな。うちの子が女王を救ったのだと。まあ、あんな女王じゃが。それと同時に、予感もあった。きっとタダでは帰ってこんだろうと」
グリフには何もかもお見通しだったようだ。
分かった上で、おれが話しやすくなるように手助けしてくれている。
やはり彼には一生頭が上がらない。
「で、迷っているようだが、ワシから言えるのはひとつだ」
「ひとつ・・・?」
グリフはおれの右肩にか細い左手を置いた。
心なしか、真っ直ぐにおれを見つめている眼が潤んでいるようにも見えた。
「・・・いってこい、エフ。いってこの世界の広さを感じて来い」
ぎゅっと力が込められた手。おれはその手に自分の左手を重ねた。
「でも、おれが行ったらグリフは・・・」
「こんな老体のことなど気にするな。お前も老体になれば分かるが若いうちにいろいろとやっておけばよかったと思うようになるぞ」
「・・・なら一緒に行かないか?」
「行かんよ。ワシが生きられるのはティルーシャだけじゃ」
「そんなこと・・・」
「ある。ワシは、お前ぐらい若い頃あの、”災厄”が引き起こした事件に便乗していろいろと悪いことをした。・・・その罪滅ぼしにティルーシャへと流れ、仕事を作り、お前と出会い、育てた。それでも、ワシがやった罪は消えんのよ。ここでいつくるか分からん死を待つことがワシの最後の役割じゃ」
おれは何も言えなくなった。
グリフはその一生を”罪滅ぼし”に捧げてきた。
ずっと一緒に過ごしてきたが、初めて知る真実だ。
「悪いとも思っておる。”罪滅ぼし”なんかでお前を育ててしまって。あまり良い気分ではなかろう?」
・・・いや、そんなことない。
感謝は絶えない。あなたがいたからおれはこの景色をみている。
「もし・・・もし、こんなワシのことを少しでも”父親”だと思ってくれたのならそれがワシにとっての”幸せ”なんじゃよ」
グリフもまた、ずっと幸せを求めて生きてきたんだ。
おれはグリフに幸せを与えられたのだろうか。おれにはわからない。けど、
「・・・おれの父親は世界でグリフだけだ」
たとえ、どこにいようとも。
どんなに離れていても。
おれの父親はグリフだけしかいない。
「ほっほっ。・・・・・・るわい・・・」
グリフはおれから体ごと顔を逸らし、背中を向けた。
その小さい背中におれは何度も背負われた。何度も後を追った。
大好きな背中だ。
「この恩は、必ず」
「・・・ああ。また、帰っておいで」
夕陽が沈む。
おれは涙がこぼれてしまわないように、薄い青色の空を見上げた。
帰り道。
軽くなったグリフをおんぶして山道を下った。
――少しでも、恩返しになっているといいな。
*****
「ほれ、これも持っていけ」
翌日の朝、衛兵団がティルーシャの境界門まで馬車をよこしてきた。
おれとマーデイズを迎えに来たのはあの赤い甲冑の騎士だ。
見送りにきてくれたグリフとは夜明けまで語り合った。たくさん笑い、たくさん泣いた。あの土作りの家にまた思い出ができた。
グリフから剣を渡される。一点の曇りもない業物だ。
「なにか困ったら売っちまえばいい」
なんてことを言うが絶対にそんなことはしない。
大切にしよう。この剣は”守る為の剣”だ。
「そんじゃあな、グリフのじっちゃん」
「ああ、マーデイズ。エフを頼むぞ」
「おう!任しとけ!じっちゃんも元気で!」
握手を交わす二人。先にマーデイズが馬車へ乗り込んだ。
「・・・じゃあ、行ってくる」
「ほっほ。・・・エフ、大きくなったな」
昨日のようにグリフはおれを見上げてきた。
「あなたのおかげだ」
「ここで拾ったお前をここから送り出せる日がくるとは、運命とは実に奇妙だ」
「でも、その運命のおかげであなたに出会えたこと、感謝する以外にない」
「ワシもじゃよ。エフ、・・・いってらっしゃい」
グリフは強く、おれのことを抱きしめてくれた。
おれも同じくらい強く返す。
「・・・いってきます」
馬車の窓から遠くなっていくグリフを見つめた。
「グリフーーーーっ!!!!!」
彼はただ何も言わずに、手を振っていた。
「・・・がんばっておいで、・・・わが愛する息子よ」
やがて馬車は速度を上げて、あっという間にグリフの姿は見えなくなった。
*****
――王都・カリヴェラ、女王の神殿
「連れて参りました、陛下」
馬鹿でかい神殿の最上階、そのフロアの最深部に女王が座していた。
玉座は階段を上がったところにある。
隊列を組んだ衛兵たちは微動だにしない。女王の隣にはあの王妃もいた。王妃の隣にもさらに小さい女の子がいた。妹だろうか・・・?
「ご苦労だった、クレア衛兵騎士副団長」
「ありがたきお言葉、頂戴いたします」
そう言ってクレアという名の騎士は甲冑面を外した。
今まで男だと思っていたが、甲冑面の中からふわっと躍り出た髪の毛は長く、顔立ちは女の子、しかもおれやマーデイズと同じ年頃だった。
「では、お前たち、陛下の前へ」
彼女に促されると、おれたちは衛兵たちが隊列で作った花道の真ん中を歩いていく。
玉座への階段の手前で止まった。
「利口な判断をしたことは、褒めてやろう」
低く冷たい声がフロアに響いた。
マーデイズが先に口を開く。
「ご招兵仕り、やって参りました。褒めていただけるようなことなどまだしておりません」
やけに饒舌な親友におれは疑問符を浮かべる。
そのとき、彼の右頬が少しばかり上下するのが見えた。
何かを企んでいるときの癖だ。
尤も何を企んでいるのかは知らないが・・・。
「うむ、それでよい。見た所、貴様は頭がきれそうだ。あの日も古書市を見に来ていたと言っておったな。本が好きか?」
「はい」
「では、書庫にて好きなだけ読むがいい。得た知識や知恵を私たちの為に存分に活かせ」
「ありがとうございます、女王皇帝陛下殿」
「うむ。で、貴様は私に触れた蛮族であったな」
ギロリとおれを睨む。おれも負けじと睨み返した。
「そう、その眼だ。その眼をする者が欲しかったのだ」
女王は恍惚といった表情を浮かべる。おれはあの表情があまり好きではない。
「貴様はクレアに稽古をつけてもらえ。いいな、クレア」
「えっ!あ、はい、仰せの通りに」
少し慌てたように応えた赤甲冑。まさか自分に振られるとは思っていなかったようだ。
「いいか、貴様ら。謀反はもちろん許さぬ。忘れてはおらんだろうが、ティルーシャにはいつでも炎を放つことができるのだ。大切な者たちとの別れもあっただろう。彼らを守れるのは貴様らしかいないということも忘れるなよ」
おれは嫌々に返事をした。
「で、貴様ら、名はなんと申すか」
そういえば言ってなかったな。
先にマーデイズが自己紹介を終えるとおれは自分の名を告げる。
「・・・エフ・・・とな?」
「はい」
「真の名か?」
「はい」
女王の視線が鋭くなったのが分かる。
同時にびりびりと魔力の圧力がおれとマーデイズに押し寄せてきた。
「・・・私の前で嘘をつくな。真名を答えぬか」
おれが躊躇すると、またギロリと睨まれる。
おれの名前はグリフが付けてくれたもの。しかし、ほとんど略称で呼ばれていたため自分でも、”エフ”と呼ばれるほうが気楽なのだ。
グリフから聞いた名前の由来は、かつてその名を冠した戦士がいたそうな。
久々に名乗るということもあり、躊躇してしまった。
別にこの名前が嫌いなわけではない。
「おれの、真名は・・・」
―――エッフェンバルト。
その名を口にしたとき、女王の表情が一変し、また嫌な微笑みを浮かべた。
「そうか、エッフェンバルトか。・・・大層な名前であり、良き名だ」
噛み締めるようにおれの名前を何度か呟いた後、女王は玉座から腰を上げる。
衛兵たち全員に緊張が走ったのが分かった。
「それでは、エッフェンバルト、マーデイズ!」
おれたちは「ハッ」と返事をする。
「〈ウェスト〉の為に強くなり、これから強く生きよ。
本日、貴様らには”王族特務衛兵騎士団”への入団を命ずる」
オオオオオオッッッッッ!!!!!と衛兵たちが勝鬨をあげた。
彼らなりの歓迎なのかどうかは知らないが、いい気分には到底なれそうもなかった。
―――そして、5年の月日が流れる・・・・・・。




