第34話〈流々禍ノ章〉「彼女とふたりで」
あたしと式瀬君は同じクラスだった。
クラスの皆はあたしを見るなり、ぽかんと口を開けていたりじいっと見つめてきたり、大きな拍手をしてくれたり、あたしが思っていたのとは違った反応だった。
あたしの席は、偶然か式瀬君の隣。
式瀬君は教室の入り口から一番遠い端の窓際。
あたしの自己紹介を含めたホームルームが終わるとすぐに授業が始まった。
その授業で、式瀬君は何度も青空を眺めてた。
あたしはあたしで、式瀬君を何度も見ていたんだな・・・。
休み時間になると、大勢の生徒があたしの机の周りを囲んで質問をいっぱい受けた。
どこからきたの?
きょうだい、いる?
この学校はどう?
前に住んでた所はどんなところ?
あたしはひとつひとつの質問に答えてく。
隣で式瀬君は爆睡していた。よだれ・・・。
給食の時間は班ごとに机をくっつけて食べるみたい。
あたしと式瀬くんは第4班。あたしの目の前に式瀬君が机をくっつける。
目が合って、にこっと笑っていた。給食が楽しみなのか、あたしに向けた笑顔なのか分からないけど。
あたしは転校初日ということもあってクラスの皆に馴染めずにいた。
あたしから話しかけることは殆ど無くて、一方的な質問に答えるばかり。
もうすぐ夏休みが始まっちゃうのに。
夏休みが始まっちゃったら、もう皆との距離を縮めることはできないのに。
いつも今日こそは、と思いながら学校に向かうけど
いつも今日もダメだった、と帰り道を1人で歩く。
そんな日々が転校してから1週間続いた。
質問してきたクラスメイトも一週間もたてばあたしに関することは全部聞いてしまったらしく休憩時間は静かになった。
このクラスにあたしが来る前の日常が戻ってきただけなんだ。
別に特別なことじゃない。気にすることなんて無い。
結局、あたしは何も変われずにこの学校に通うだけなんだ。
ある夜、前にいた学校のお友達から電話が来た。
一ヶ月もたっていないのにとても懐かしく思えて、何度も涙が溢れた。その女の子とは一番の仲良しだった。お母さんから「もう寝る時間よ」と言われるまでずっとお話してた。できることならまた会って話したいって思う。
・・・思うことしかできない。
自分の部屋があたしを閉じ込めてる檻みたいに感じる。
「・・・がっこう、いきたくないな・・・」
早く夏休みになっちゃえばいいのに。
そうすれば学校に行かなくて済む。
そうすればあの子にも会える。
ベッドに入り、体を丸めて小さくなる。
あたしは踏み出せなかった勇気を、ぎゅっと両手で握りつぶした。
*****
「じゃじゃーーん!」
夕べはあまり眠れなくて、体が重たかった。お母さんに「頭がいたい」と伝えるとお母さんはあたしの様子を見て、学校を休ませてくれた。
お母さんは椎菜の定期健診で、病院に行っちゃってあたしは1人。
なん・・・だけど・・・。
「なに・・・これ・・・?」
とっくに登校時間は過ぎているのに、あたしの家の玄関には式瀬君がいた。
「青空っ!おれが描いたんだぜ!すげーっしょ!」
それは一面真っ青な画用紙。本人が言うには「絵」らしい。
「描いたって・・・、塗ったの間違いでしょう?」
どう見てもただ青く塗られた画用紙にしか見えない。
でも式瀬君は頭を掻きながら照れ臭そうにしている。
「いやあ、褒めんなよな」
いやあ、褒めてないよ・・・。
「これ描いてたらさ、いつのまにか朝でさ。寝るの忘れたんだよね」
「だから、この時間まで寝てたの?」
「寝てた!そんで今から学校行くんだけど、いかねえの?」
遅刻をすることよりも、寝ることを優先するなんて。
「そもそも、どうしてあたしのおうちに寄ったの?」
家の場所も教えていないし、寝坊している彼はあたしが休んだことを知らないはず。
「ほら、バスのおっちゃんがさ、『今日はあの女の子乗ってこなかったぞ~』って言ってたからどうしたのかなって思って。この辺で降ろしてもらって適当に歩いてたら『矢薙沢』っていう表札見つけたからここかなって」
その行動力を授業に回せばいいのにと思う。
もし表札を見つけなければ彼はいつまで探し回ったんだろう。
「だからって、わざわざ来なくても・・・」
「え~。1人で学校行くの嫌じゃん?仲間は多いほうが良いっていうし」
「なんの仲間よ!」
「遅刻の同罪」
「嫌!あたしは今日、体調が悪くてお休みしてるの!」
なぜか疑いの目を向けてくる。
「おれも元気はないけど」
「寝てないだけでしょ」
というか元気にしか見えないよ・・・。
「んー。じゃあ、おれも学校休もうかな」
「なんでそうなるのよ」
式瀬君はもうランドセルを下ろそうとしている。ここで食い止めないと彼は本当にうちに上がる気だ。
「ちょっと!式瀬君、学校行くってことになってるんでしょ!お母さんに怒られるんじゃないの?」
「大丈夫じゃない?母さん、天然だし!」
そういうことじゃなくて!
あたしは思わず頬を膨らませる。
「おれのことはいいんだよ!それよりも具合悪いんでしょ。寝てなよ」
「し、知らない人お家にあげたらだめなんだもん!」
ぴたっと、式瀬君の動きが止まったように見えた。
彼はもうすでに靴を脱いでスリッパに履き替えようとしていたところだった。
ロボットの電池切れみたいに動かない式瀬君。なんだかちょっと怖い・・・。
さすがに「知らない人」は言い過ぎだったのかな・・・。
「ん?おれたち、もう友達だろ、栞菜」
初めて見る彼の真面目な顔。
きょとんとしたあたしの顔も彼には初めて見せる顔だ。
「え、あ・・・その・・・」
「今日はさ、いっぱい話しようぜ!おれ、学校ではみんながお前にくっついてるから話しかけづらくてさ!」
また、いつもの笑顔に戻った。
鼻を指で掻き、しししっと笑うのが彼の癖なのかもしれない。
友達っていう言葉の響きがあたしの心の中で弾けた。
彼だけが、そんな風にあたしを見ていてくれたのが少し嬉しかった。
「そんじゃ、おじゃましまーす」
「ちょっと!!」
まだ、距離は全然追いついていないけどさ。
*****
その日の午後は、式瀬君とたくさんお話をした。
式瀬君のこと、あたしのこと。
この街のこと、あたしが住んでいた街のこと。
家族のこと、学校のこと、友達のこと・・・。
なんでも、彼の一番のお友達は同じクラスの委員長の円堂昴くんらしい。
確かにふたりが一緒にいるところを何回か見た。
他にもいろんなお話を身振り手振りでしてくれた。
最後はほんとかどうかも分からないようなお話まで。
最初は警戒していたあたしもだんだんと笑えるようになっていてあたしが笑うと彼のお話も過熱していく。時間はあっという間に過ぎていった。
「・・・あ、もう下校時間じゃん」
時計は午後4時を過ぎている。ホームルームも終わった頃だ。
同時に、うちのインターホンが鳴る。
多分、お母さんが帰ってきた。
「ただいまぁ~・・・ってあれ?この靴は誰のかしら。栞菜ちゃ~ん」
1階からお母さんの声が飛んでくる。
まずいと思ってあたしは立ち上がる。けどその間に式瀬君が1階まで全速力で降りていってしまった。これは本当にまずい。
「こんにちは!お邪魔してます!」
あああ・・・。まずい。と2階に階段に隠れて様子をみる。
「あらあらぁ!あなたはどなた?もしかして栞菜ちゃん?」
そんなわけないでしょ!お母さん!!
心の中で大きく叫んだ。
「おれ・・・僕は式瀬陸斗っていいます。栞菜ちゃんの友達です!」
「お友達さん?そうなの~!栞菜ちゃんにもお友達ができたのね!しかも男の子の!あっ、もしかして君が栞菜ちゃんがバス停で会ったっていう・・・」
「そうです!今日は栞菜ちゃんがお休みと聞いたので具合をみにきました!」
嘘をつくんじゃない・・・式瀬君・・・。
でも、心配してきたのは本当だったか。
「そうなのね~。栞菜ちゃん、ちゃっかり男の子のお友達作っているじゃない!」
「えへへっ」
また照れたように笑う彼。そして、そんな彼を疑わないお母さん。
うちの母親の天然っぷりも彼から聞いた話に引けを取らない。
「どうぞどうぞゆっくりしていって!おやつもあるから!陸斗君!」
「えっ!?いいんですか!?って言いたいんですけどもう帰らないといけない時間で・・・」
「あらそうなの?ざんねん・・・」
お母さんはかなり落ち込んでいる。たった今、式瀬君と出会ったばかりとは思えない。彼は彼でとても申し訳なさそうにしている。
「あのう・・・、また来てもいいですか?」
「もちろんっ!いつでもいらっしゃい!栞菜ちゃんも喜ぶわ!ほら、椎菜も嬉しいでしょ?」
と、お母さんに聞かれるけど抱っこされてぐっすり眠っている椎菜。
あたしもなんだか出ていくにいけない・・・。
「ありがとうございます!じゃあまた遊びに来ます!」
そういった後、式瀬君は2階にいるあたしに向けて親指を立てた。
そして、帰り際にまたお礼を言うと物凄いスピードで帰っていった。
あたしは部屋に戻って窓を開け、彼が走って帰って行くのをただぼーっと眺めてた。
小さくなっていく式瀬君の姿。
きっと彼はこの後、かなり怒られるんだろうなぁ・・・。
でも、彼はそんなことも気にせずあたしと過ごしてくれた。
あたしにとって彼はまだ、友達と呼べる存在にはいないけど、
いつかそうなればいいなあって思うようになった。
『おれたち、もう友達だろ、栞菜』
いつまでも残っている言葉。いつまでも大切にしたい。
夕暮れの中、式瀬君を目で追えなくなるとあたしは窓を閉める。すると後ろに人影。お母さんがにやにやしながらあたしを見ていた。
「・・・な、なに?」
「さあて、なんでしょう?栞菜ちゃん、式瀬君とどんなお話をしたのかな~」
お母さんの悪巧みの顔だ。
こうなると逃げられない。
あたしは、お話したこと全部をお母さんに話した。
あたしの顔が赤くなるたびに、お母さんはほっぺを突いてきた。
「今夜はパーティね!」
そんなことを言いながら。
*****
次の日。
「・・・ど、どうしたの・・・?」
あたしは隣の席で魂が抜けたみたいに突っ伏している式瀬君に声を掛けた。
「・・・いや、べつに・・・」
絶対何かあったな・・・。
多分、帰ったあとに。
「怒られた、とか?」
「・・・うん。母さんにめちゃくちゃ怒られた・・・。あんなに怖い母さん初めてだ・・・。頭握りつぶされるかと思った・・・」
頭を握り潰される状況は分からないけど、実は昨日学校をサボった式瀬君の行方が知れなくなり警察や救急隊が出動することに。街の人たちも協力し合って式瀬君の行方を探したという。それだけ迷惑かければ怒られるなぁと思いながらも半分、あたしのせいもある。ごめんよ、式瀬君・・・。
「罰として毎朝5時に起きて、近所のラジオ体操出席だってさ・・・はは、あはは」
よっぽど早起きが苦手か嫌いなんだろうな。
あまりにも顔色が青白いので、申し訳なく思ったあたしは
「あたしも参加するよ、自転車で行けばすぐだし」
と言っていた。
「あは、あははは、ほんと?うれしいなあ・・・。あははは」
式瀬君・・・完全に壊れてしまったみたいだった。
それなら・・・、
「じゃ、じゃあ、今日はあたしが式瀬君のおうちに行ってお母さんを説得する」
自分でも何言ってんだろって思うけど、今の彼は見てられない。彼にとって早起きとは何にも変えられない苦痛なのだ。
「い、いいよ・・・、おれが悪いんだ・・・あははは・・・」
「よくないよ。あたしもいっしょに謝るから!」
なんだかクラスの目があたしたちに向いている。
普段、誰とも喋ってなかったあたしに対する嫌な目線に感じた。
放課後。
結局、式瀬君は一日中魂が抜けていて、授業もまともに受けていない。・・・これはいつもどおりか。
あたしはふらふらと歩く式瀬君について行く。彼の後ろを歩きながら、彼をここまでの状態にしてしまう(頭を握りつぶせる)お母さんってどんな人なのかなと内心怖かった。
見慣れない場所。バス停がひとつ違うだけで景色は全然違って見える。
きょろきょろしあがら歩いていると、一匹の犬が吠えてきた。
――わんっ!!
あの白い犬はスティーブだ。そういえば真向かいの家の犬って言ってたから式瀬君のお家は・・・。
「・・・ここ、おれんち」
力なく玄関を開ける式瀬君。あたしも少し緊張してきた。
「お、おじゃまします・・・」
「母さん、ただいまあ・・・」
すぐに返事が返ってきた。まだあたしの声には気がついていないみたい。
「りくとくん、おかえりなさーい!」
足音が近づいてきた。
あたしの緊張も一気にマックスだ。
「こ、こんにちは・・・!」
颯爽と奥からやってきたお母さんはかなり若い見た目で式瀬君が怖がるような人には見えない。何より、頭は握りつぶすとは思えない。見るからに優しそうな人。
「???こんにちは?え、えっと・・・。えっ?りくとくん!?サボりの次はお持ち帰り!?!?」
しまった・・・。
本当にうちのお母さんとそっくりなくらい天然だ・・・。
「えっ!どうしよう!!りくとくんが、りくとくんが・・・。まさかこの年でお持ち帰りするなんて・・・」
式瀬君のお母さんは両手で顔を覆っている。
あたしの隣では未だに魂が抜けている式瀬君。いや、君が何か言ってくれないと!
あたしは肘で式瀬君をゆすった。
「あ、ああ、母さん。この子、栞菜ちゃん」
「いやああああっ!!!もう下の名前で呼び合う仲なのね!?」
・・・あたしは呼んでないですが・・・。
お母さんは大きな目に涙を浮かべ始めてる。
「い、いや違うんだ母さん・・・。この子は」
「言わなくてもいいわ、りくとくん。昨日お母さんがあんなにひどいことしたからよね。だから、新しい人を連れてきたのね」
式瀬君のお母さんの中であたしは一体どういう存在になっているの???
「そうじゃないんだってば・・・」
さすがに式瀬君の魂も戻り始めていた。
「そうじゃないって、なにがよぅ!お母さん、嫌われちゃったのよ!りくとくんに!!」
この人は、うちのお母さんよりも天然だな・・・。
「だからね、今日は母さんにこの子が謝りたいんだって!」
思い切り言い切った式瀬君。
でも、「だからね」の使い方が最悪だよ・・・。
それだと、あたしがほんとに式瀬君をお母さんから奪いにきたみたいに聞こえちゃうよ。
「やっぱりいいいっ!!!・・・もう、お母さん生きてけない。海征さんにどんな言い訳をすればいいのか分からないわ・・・」
ほらあ!式瀬君のせいで話がややこしくなっちゃったよ・・・。
このあと、1時間くらい玄関にいた。
*****
「なあんだ、そういうことだったの~」
やっとリビングにあがって、昨日の事を話すことができた。
あたしが式瀬君のことを許してあげてくださいと言ったら、
「許すも何も私、そんなこといったかしら?」と返ってきた。
多分、これで一件落着だ・・・。そう思おう。
式瀬君も安心したみたいで良かった。これから毎日あの魂が抜けた姿を見るのは嫌だったし。
彼に元気が無いのは、なんだか似合わないし。
「栞菜ちゃん・・・だっけ?最近、この街に転入してきたのよね?」
式瀬君のお母さん、美空さんが少し前のめりになって聞いてきた。
「はい。6月の終わりに」
「6月の終わりって言うと30日かしら」
「そうです」
「実はその日ね、陸斗くんの誕生日なのよ~。ね~陸斗くんっ」
そうだったんだ・・・。覚えておこう。
式瀬君はというと安心しきってまた机に顔を伏せて寝ている。
「栞菜ちゃん、いろいろと大変でしょう?」
「い、いえ・・・そんなことは・・・」
「いいのよ、まだこっち来たばっかりなんだしまだ子供なんだからそんな畏まらなくても」
美空さんは優しい声で言ってくれる。自分のお母さんとは違う温かさがあった。
「陸斗くんもね、まだこーんなに小さいときお友達がなかなかできなくていつも泣いてたの」
右手の親指と人差し指で式瀬君を豆粒ぐらいに小さく表現する美空さん。
「でもいつの間にか陸斗くんの周りには人が集まるようになっててね。びっくりしちゃった。本人に聞いたら、ご近所さんみんなに挨拶して回った!って言ってね」
その頃の事を思い出しているのか、幸せそうに笑う美空さんは式瀬君を生んだ後に旦那さんである海征さんを事故で亡くしたらしい。その日からずっと1人で式瀬君を育ててきた。
式瀬君なりにお母さんには安心してもらいたいって思ったのかもしれない。
「この子、おばかさんだけど本当に優しい子なの。誰にだって優しい。私がそういう風に育てたわけじゃないし、この子自身がそうなろうって決めたのかもね。だからこうして栞菜ちゃんに出会ったと思うわ」
そうだ。
式瀬君は出会ったばかりのあたしに手を差し伸べてくれたんだ。
来たばかりで何も知らないあたしにいろんなことを教えてくれた。
きっと、あたしに同じことはできない。
「・・・式瀬君があの時来てくれてよかったと思います」
そうじゃなきゃ、あたしは今こうやって美空さんにも出会えなかった。
美空さんはずっと優しい眼差しであたしを見つめている。すると、あたしの手を美空さんが両手で包んでくれた。
「この子も同じ子と言ってたわ。『おれ、スティーブの散歩してて良かった!女の子助けたもんっ!』ってね」
式瀬君らしいや。
ふたりして笑う。本人は相変わらずよだれをたらして寝ているけど。
「栞菜ちゃん、これからも陸斗くんのことよろしくね。私とも」
「はい。あたしたちは・・・」
――か、カピパラッ!?!?
あたしの言葉に被せるように式瀬君が大きなねずみの名前を突然叫んで目を覚ます。
どんな夢を見ていたのだろう・・・?汗だくだ。
「か、かぴぱら・・・」
「こらこら、陸斗くん、カピパラは飼いませんよ?」
ああ、飼うか飼わないかの話をしたことがあるんだ・・・。
あの生き物、家で飼えるのかな。
カピパラについて考えていると時計が目に入った。時間は18時前だった。
「あ、そろそろあたし帰ります。お母さんに買い物も頼まれているので」
「そうなの?それなら、送ろうか?」
「いえっ、そこまでしてもらうわけには!!」
「子供が遠慮しないのっ!お買い物もあるんでしょう?小学生の女の子が荷物持って夕方に歩くのはちょっと危ないし。送るわね」
右目をウィンクしてポケットから鍵を取り出す美空さん。
・・・それ、家の鍵では・・・?
また違った不安をあたしは感じた・・・。
*****
「はい、とうちゃーく!」
車内から返事はない。美空さんだけがウキウキしている。あたしと式瀬君はというとあまりの恐怖にがたがた震えていた。
「し、しぬかとおもった・・・」
「お、おなじく・・・」
「ジェットコースターみたいで面白かったでしょ!」
美空さんが後部座席のあたしたちを向いてウィンクしてきた。
「お、おれ・・・、帰りも乗るのか・・・」
お気の毒に、式瀬君・・・。
あたしが玄関のドアを開けてお母さんを呼ぶとすぐに出てきてくれた。そして、あたしのお母さん・しおりと式瀬君のお母さん・美空さんが奇跡の対面を果たした。
2人は目が合った瞬間に、なぜか握手をしてそのままあたしの家の中に入っていく。もちろん式瀬君もだ。
そして、そのまま皆で一緒に夕飯を食べることに。キッチンに並んだ2人の母親の背中は雰囲気がそっくりだ。これがW天然が持つ空気・・・。
「おーい、しいなちゃん、りくとおにいちゃんだぞ~」
リビングでは式瀬君が椎菜を抱っこしてあやしている。
椎菜も嬉しいのか、笑い声を上げたりしていた。あたしのときはあまり笑わないんだけどなぁ。
「ほら、できました~」「今夜はすき焼きね~」
夏に鍋というなんだか不思議な夕食が始まったけど、ご飯は美味しかった。
そういう風に感じたのも久しぶりだった。やっぱりご飯は大人数で食べるほど美味しくなるんだね。
隣でどんどんあたしが育ててたお肉を盗っていく男の子もいるけど。
「栞菜、今年もおばあちゃんち行くわよね?」
みんなでお話しながらご飯を食べているとお母さんが思い出したように言ってきた。
毎年お母さんの方のおばあちゃんちに行くのが矢薙沢家の恒例行事だ。
おばあちゃんのおうちはあたしが前に住んでいた場所からも結構遠くにある田舎。
行くのは大変だけど、田舎だから自然がいっぱいであたしは大好き。
「うん。行くよ?いつものことでしょ?」
「いつにしようか?お父さんはお仕事の休みとれそう?」
「いやあ、どうだろうな。転勤したばかりでなんとも言えないんだ」
お父さんはスケジュール表を取り出して確認している。
「いや、今年は長い休みが取れないな・・・。開いてるのは祭りの日の次の日からだ・・・」
ちらっとお父さんのスケジュール表が見えたけど隙間がないくらい文字で埋まってた。本当に忙しいみたい。
「そう・・・。それならどうしましょうか。お祭りにはいけないかも・・・」
えっ・・・。
お祭りにはいけない・・・?
「ねえ、栞菜。今年はお祭りは、」
「嫌だよ!あたし、お祭りはいきたい!『流ながれ様の舞』みたいもん!」
「でも、お父さんがね・・・?」
「やだやだ!毎年見てるんだもん!」
さっきまでの楽しい雰囲気があたしのわがままでしんとしてる。
でもあたしもこれだけは譲れないんだ。
『流様の舞』はあたしの憧れ。初めて見たときからいつかあの舞を踊ってみたいと思っていた。
あたしにとっての夢でもあった。
「俺のことは気にせずに行ってきたらどうだ?」
「あなた・・・」
「栞菜にも今年はきつい思いをさせているし、ゆっくり羽を伸ばしてきたらいいさ」
あたしはすごくお父さんに悪い気がしてくる。
お父さんだってお仕事が大変なのに、あたしばっかりわがまま言ったことを後悔している。
「栞菜、お父さんこういう風に言っているけどどうする?」
「・・・・・」
お父さんの事を考えると何も言えなくなってしまった。
しかも、今はお客さんがいるのに。
式瀬君も美空さんもきょとんとしている。
2人には何が起きているのか分からないはずだし。
そんな2人を見ていると、あたしはとても失礼なことをしてるんだって思った。
「・・・今年は、いいや・・・」
自分でもちゃんと声が出たか分からない。
式瀬君に取られないように自分のお皿に入れておいたお肉ももう食べる気がしない。
ココに来てから、良い事よりも悪いことばかり多い気がして悲しくなる。
おばあちゃんもいつもあたしたちがくるのを楽しみにしてくれているのに。
なんだか、いろんな想いがまた込み上げてきてリビングにいるのがつらくなった。
「ちょっと、栞菜っ!!!」「おいっ!!」
ただ、おばあちゃんちに行けないだけ。
ただ、お祭りに行けないだけ。
ただ、舞が見れないだけ。
たったそれだけのこと。
なのに。
あたしの大切なものがどんどん取り上げられている気がするんだ。
式瀬君にもみっともないところ見られちゃった。
美空さんにも嫌な思いさせちゃった。
あたしって、ほんとだめな子だ。
またベッドの中で丸くなる。
こうしていると、自分を守っているみたいで気持ちが少し楽になる。
いつも嫌なことがあるとこうしている。
――コンコン
・・・そういえば部屋の鍵をかけるの忘れてた・・・。
入って来られちゃうかな。お父さんかな、お母さんかな。
「おーい、栞菜ー」
・・・式瀬君・・・。
「あっれ?寝てんのかな」
――コンコンコンコンコンコンコンコン
連打はやめて・・・。
「んー。寝てんならいいや。おれさぁ、何があったのか知んねーけど、ずっとお前の友達だからなぁ。なんかあったらいつでも言えよなー」
・・・・・。
「じゃ、そゆことで~」
・・・・・・。
「・・・ぅぅぅ、うぅ・・・」
ともだち・・・。
何も知らなくても友達でいてくれるの?式瀬君。
あたし、こんなにわがままなのに。
「うああ・・・あああ・・・っ」
こんなに、泣き虫なのに・・・。
車のエンジン音が聞こえた。
「あっ・・・」
あたしは泣くのをこらえてベッドを降りる。
このまま帰したらいけない!
でも、部屋のドアの前であたしの足が止まった。
「・・・やっぱり、優しすぎるよ、君は・・・」
きっと彼は、鍵が開いているのを知っていてた。
それでも入っては来なかった。
あたしがちゃんと閉めていなかったドアは真っ暗な部屋に一筋だけ光を差し込んでいる。
車の音が、どんどん遠くなっていった・・・。
*****
終業式が終わって、あたしはたった2週間の転校生活に1度区切りをつけることに。
結局、式瀬君と彼の親友である円堂くん以外のお友達はできなかった。
夏休みは静かだった。
あの日から、式瀬君の家に行くのもなんだか申し訳なくて家に篭ったまま。
この際だから、一気に夏休みの宿題を終わらせてしまおうと考えている。
どうせ、今年はどこにも行けないんだから。
あとでおばあちゃんにも電話しよう。そう思っているときだった。
それは突然のこと。
あたしの部屋のドアが思いっきり開けられたんだ。
一生懸命、ノートに漢字を書いていたあたしには何かが爆発したと思ってびっくりした。恐る恐るドアの方を見てみると、爆発があったわけではなかった。
かわりに、ひとりの男の子が立っていた。
「よっ!!!栞菜!」
し、しきせくん・・・???
彼はなぜかリュックサックを背負っている。
「おい、準備してあるか?」
「え・・・?えっ???」
いきなり意味の分からないことを言い出す式瀬君。
もう何がなんだか分からない。
「行くんだろ!ばあちゃんち!」
「・・・へ?」
「だーかーら、今からいくの!!栞菜のばあちゃんち!!」
いや、そんなキラキラな目をして言われても・・・。
「今日行けば、祭り間に合うんだろ!!」
「ま、間にあう・・・けど・・・」
「じゃ、決まりだなっ!!!」
彼は部屋に入ってくるとあたしの手を取る。
小学生の男の子とは思えないくらい力強くてあたしはぐいぐい引っ張られていく。
「ちょ、ちょっと式瀬君!どういうこと!?」
とりあえず説明がほしい。
「んなもん、あとあと!どうせ移動時間長いんだ!そんときに言うから早く準備しろ!バスに乗り遅れる!」
そういいながら式瀬君があたしの着替えを適当にランドセルへと詰めていく。
「よし、これでいいなっ!」
「ぜんぜんよくないよーーーっ!!!」
急いであたしもリュックを取り出し、荷物をつめる。
何が起きているのか、これから何が起きるのかよくわかんないけど、
でも、あたしはなんだかドキドキしていた。
そして式瀬君との、旅が始まる。
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