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『te:tra』  作者: 坂江快斗
67/100

〈episode33〉少年とお姫さま


****** ****** ******



――〈ウェスト〉第7公国・ティルーシャ


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」


渇いた砂の大地。

照りつけた模造の太陽の下で、元気な足音が迷路のように入り組んだ狭い街を駆け巡る。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ」


ティルーシャは〈ウェスト〉の公国のうちのひとつである。

面積は、全8つある公国の中でも最小で子供1人が1日かけて歩けばすぐに隣の公国への境界門へと辿り着く。

人口密集レベルは国土面積を超えていて、土作りの家屋は所狭しと肩を並べて建っている。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ!」


また、ティルーシャは別名”流れ者の国”とも呼ばれている。

富を失った者、家族を失った者、名声を失った者などが浮浪の果てに行き着くのがここだった。

他国から〈ウェスト〉のゴミ溜めとも称される。

盗みや殺しも少なくない。

この小国に住む誰もが”流れ者”の血を引いている。


「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ・・・あっ!」


そんな、貧しく、血の生臭さが漂う小さな国で育った少年の物語。



*****


――[物運びの少年]――


おれは、両肩に木箱を持ち上げ道行く者にぶつからないよう心掛けながら走る。

この荷物は今走っている道を真っ直ぐ突き進み、突き当たったとこを左に曲がってすぐの家に届ける。中身は知らないが相当重たい。だが、同程度の重量物なら何度か運んだことがあるから特別、苦労もない。


もうすぐで突き当たり・・・というところでおれはよく知る顔を見かけた。

奴もおれの事を見つけるなり、にやりと笑ってどういうわけか持っていた書物をおれに向けて投げてきた。


「ぶへっ!!」


こっちは両手が塞がっているから避けようも防ぎようも無い。

奴が投げた分厚い書物は見事におれの顔面にめり込んだ。


「ひやっほう!あたりぃっ!!」

「て、てんめえええ、マーデイズっ!!!なにしやがんだ!!あたりぃじゃねえっ」


特に悪びれた様子も無いその男の名は、マーデイズ。

砂と太陽の国には少し似つかない白い短髪に白い肌。年もおれと同じ16だ。

おれたちは幼い頃に出会い、それ以来互いの身長がどうとか魔力の強さがどうとかいちいちどうでもいいことで競い合いながら生きてきた。



「いやいや、避けろよ~エフ~」

「こっちは届けなきゃならねえ荷物抱えてんだよ!」


マーデイズは落ちた書物を拾い上げ埃を払う。


「それ、どこ届けんの」

「あの曲がり角の家だよ」


相変わらずマイペースなやつだと思った。まさかいきなり書物を投げられるとは思っていなかったが。


「手伝ってやろうか」


何か心内で企んでいそうな顔をしている。

この男が口角を右に上げるときは、大抵よからぬことを考えているときだと相場が決まっている。


「いいや、いらん。どうせすぐだし」


だからおれは即答した。


「いいから、貸せって。重たいだろ」

「こんくらい平気だ。邪魔すんな」

「そんな遠慮すんなって~」


無理やりにでもおれから木箱を奪おうと右へ左へちょろちょろと動き回るマーデイズ。

こいつを見つけたおれが悪いのか、おれを見つけたこいつが悪いのか・・・。

はやいところ配達を済ませたい。


「なあなあいいだろ?手伝ってやるって言ってる親友の言葉を無碍にすんのか!?」

「誰も手伝ってほしいなんていってない!お前に客の荷物なんか触らせられるか!」


おれの根気が勝ったのか単にやつが飽きたのか、マーデイズは意外とあっさり退いた。「なんだよ~。暇つぶしに中身見てやろうと思ったのに」


・・・そんなことだろうと思った。

おれは呆れて何も言えず、そのまま目的地に向けて前を向く。

歩き出した直後にちょっかいを出してくる暇な男。


「なあなあなあなあ、オレと客どっちが大切なんだよ!」

「客」


そういい捨てた直後、後ろから呻き声のようなものがかすかに聞こえた気がしたが仕事優先の為、おれは無視して歩く。


・・・全く、お前も暇なら仕事を探せ!


書物の直撃により痛む鼻を押さえることもできずに、俺は足早に荷物を届けにいった。



*****


「おお、帰ってきたかエフ。ご苦労じゃったの」


無事に配達を終えて家に戻ると、育ての親であるグリフが迎えてくれた。


「今日の分はおしまいかい?」


おれが肩を回しながら聞くと、グリフはしわくちゃな顔にさらにしわを寄せながら笑った。「ああ。おかげで予定よりも早く終わったわい」


「それならよかったよ。明日は休んでていいから」


グリフは老体ながら時には公国外まで配達に出掛けることもあった。

しかし、やはり年齢には抗えないようで最近はよく仕事を休んでいる。

今日のような重たい荷物はもう運べなくなっていた。


「無理はしないでくれよ、グリフ」

「ああ、分かっておる。じゃがのエフ。あまりワシを老人扱いするでないぞ」


ふぉっふぉと笑うグリフ。

彼も気持ちは元気なだけに歯がゆい思いをしているのかもしれない。



おれには両親という存在がいなかった。という話をグリフから聞かされたことがある。

物心ついたときからおれにとっての親はグリフで、顔も思い出せない両親の事など心底どうでもよく思っていた。


ある雨の日。グリフは公国外からの配達から帰ってくると境界門前に捨てられていたおれを見つけたという。雨ざらしにされ、衰弱しきっていたおれを迷うことなく拾い家に連れてかえって3日3晩抱きしめ、温めてくれた。おれの体に体温が戻ると、”この子は自分の子供”として育てることに決めたらしい。


それ以来、おれはずっとグリフと一緒に過ごしてきた。

グリフから配達の手伝いを任されたときは「ようやく恩返しができる」と喜びが心の底から湧いた。


一生かかってもグリフには恩返ししきれないと思っている。

今となってはグリフの生きがいになっている”配達”の仕事もいつかはおれが正式に継いでいきたいとまで考えている。


日に日に衰えていくグリフを見るのはつらい。

グリフがいなくなればまたおれは天涯孤独だ。


親に捨てられたあの頃には分からなかった恐怖心が、今になっておれを襲うこともある。

そんなときこそ、仕事をして気を紛らわせるのだ。

仕事をしている間は無我夢中になれる。荷物を届ければ客は笑顔になり感謝の言葉をおれに向けてくれた。


みんなは街を駆けるおれにこう言うんだ。


”がんばりやさんのエフ”―――と。



*****


「じゃあ、今日も行ってくる」


まだ模造の太陽も昇らないうちに、家を出る。グリフから受け取った小包や手紙を麻の袋に入れて肩にかける。


「気をつけるんじゃよ。いってらっしゃい」


グリフの後押しも受けて外へと飛び出す。

昼間は体が触れ合うほど多くの民が往来する街の通りも今は閑散としていて走りやすい。

今日は初めて公国外への配達を任されているから早めの出発となった。

行く先は、第6公国のシルフィン。

隣国なのですぐに帰ってこれるだろう。


シルフィンに向かう前にまずはティルーシャの民へ小包と手紙を届ける。

当然だが、手紙の中身の内容なんて分からない。だが、この手紙を受け取り中身を読んだ者たちはどんな表情をするのだろうか。

いつもそんなことを考えながら街を走る。


全て笑顔だといいな、なんて思いながら。


手紙を送り届けた頃には空が朝焼けの色に変わっていた。

民も目覚めだし、いくつかの話し声も聞こえてくる。

おれは一息つく間もなく、境界門へと駆けた。



「よ~、遅かったじゃねえか」


・・・なぜお前がここにいるんだ!

叫びたい気持ちを一心に抑えて、境界門の前に立ちふさがる親友に対し睨みを効かせる。


「おいおい、そんなに睨むなよ~。これでもかなり早起きしたんだぜ?」

「何のためにお前が早起きなんか・・・」

「そりゃもちろん、お前の手伝いだ」


また始まった・・・。と思った。


「いらんといっている」

「必要としてくれ。というかオレにはお前が必要なんだ!」

「言っている意味が分からん!!!」


呆れる間もなく怒号が飛ぶ。

別に迷惑ではないがグリフの受け売りでおれはこの仕事に誇りを持っているし、生半可な気持ちではやっていない。適当なことをやって客の荷物に何かがあったらグリフの信用に関わる。それだけは避けたい。


「なあ頼むよお。オレさ、つれてってほしいとこがあんだよお」


打って変わって撫で声を出してくるマーデイズ。


「・・・気持ち悪いぞ、お前」

「気持ち悪くてもいいから、聞いてよお」


本当に気持ちが悪いので話しだけでも聞いてやることに。

まだ時間的に余裕はあった。


「で、何が目的なんだ、昨日から」

「簡単に言おう。オレを公国外に連れて行け」

「なんで命令口調なんだよ」


しかも、いろいろと省きすぎだろ・・・。


「というのもな。今、シルフィンで古書市ってのをやっているらしい。オレ、そこで本を買いたいんだなぁ」

「それと配達に何の関係が?」

「いやあ、最初はお前に頼んで買ってきてもらおうとも思ったんだが、お前バカじゃん?」


おれのどこかがぶちんと切れそうになった。


「・・・すまん、バカは言い過ぎた・・・」

「・・・続けろ」


怒りは収まらないが続きを聞くことに。


「古書市っていうくらいだからそりゃ本がいっぱいあるわけよ。本好きのオレからしたらそりゃまさに天国なんだな」

「それで?」

「じっくり見て、選びたいなぁって思ったんだな」

「それで?」

「連れてってほしいと思ったんだな」

「嫌だ」

「うん。そうか、嫌か。なら仕方ないなっておいっ!!!!!」


1人盛り上がっている男。境界門の守衛も欠伸をしてこちらを眠たそうに見ている。


「1人でいけばいいだろう。俺は仕事があるんだ」

「じゃああの守衛、説得してくれよ!」


こくこくとうたた寝をしている守衛を指差した。


「古書市が始まったその日から何度もあいつに言ったさ。『門を開けろよ!』って」

「いや、まず頼み方おかしいだろ・・・」

「でな、あいつなんていったと思う?『通行証を持たぬ者は通さない』だって」

「守衛が言うことが正しいな。諦めて自室に篭っていろ」


おれがすたすたと守衛の元へ行くなり、足にしがみついてくるマーデイズ。

歩きづらいったらない。


「ひでえや、エフ。いつから、ひでえやさんのエフに?」

「お前、本当に殴るぞ」


拳を握り、一瞬振りかぶるとマーデイズは「ひいッ」と体を硬直させた。


「・・・なあ、頼む。一生のお願いだ」

「お前は何度一生を終えるつもりだ」

「頼むうううう、おねがいしますううううう。あなただけが頼りなんですぅぅぅぅ。古書市、今日までなんですぅぅぅぅぅ」


ついには泣き出してしまう始末。守衛の冷めた眼がおれに突き刺さる。

おれは天を仰いで、溜息をついた。


「・・・そこまでして行きたいのか?」


我ながら甘いと思いつつ。


「・・・う、うん。いぎだいよおおおおおおおっ!!!!」


嘘泣きだと知りながらも。

いや、嘘泣きでも泣きすぎだろ・・・。

ちょっとおれは引いた。


「・・・仕事の邪魔はしないな?」

「じな゛いよお゛おおおおおおお!!!!」


鼻水を垂らして、首をぶんぶん横に振る16歳の男。

哀れんではいけない。こいつは一応親友なのだ・・・。そうなのだ・・・。


「はあ・・・。・・・分かった、ついてこい」


おれの根負け。連敗記録を更新だ。

守衛に通行証を見せた。「こいつは同伴だ、構わんだろう?」


「よし、それじゃあとっとと行こう」


我先にと歩き出す馬鹿。

涙も鼻水も一体どこに消えたのやら。


「おい、こらあああっ!!!!」


こんな奴だが、憎めない男である。

悲しいことに。



*****


――[女王凱旋]――



――第6公国・シルフィン 古書市


「えーと、それもおねがいします。あっ、それも!いや、それはいらん!」


さっきからそれそれと連呼する男は、もうすでに20冊近く古書を買い込んだ。そのどれもが、おれにはさっぱり理解できない。

本当にこんなものが読めるのだろうか。


「なあ、エフ。ちょっと銀貨貸して」


貸して還ってきた例は無い。

が、また泣き喚かれても困るし、配達も少しだけ手伝ってくれたので駄賃として銀貨を一枚渡す。


「あんがと。とりあえずはこんなもんでいいかな」


マーデイズが手に入れた冊数は40冊を超えていた。

素手での持ち運びが困難のため木箱に入れて持って帰ることに。

木箱は二つに及んだ。本の配分が明らかにおかしい。

本が30冊以上入った木箱を指差し、おれが持つようにと促してくる。


「実はこういう役割もお願いしたかったり・・・?」

「・・・・・・」


おれは黙って木箱を持ち上げた。

昨日の荷物に比べたらなんてことはない。


ここに長居する必要も無いのでおれたちは古書市の店員に礼を言うと踵を返す。

すると、店員からすぐに呼び止められた。


「おや、あんたたち展覧行進は見ていかないのかい?」


聞き覚えの無い言葉におれとマーデイズは顔を見合わせた。


「展覧行進って・・・なんだ?おっさん」

「毎年、この時期に女王皇帝陛下ご一行が公国を見て周るんだよ。だから展覧行進」


店主の話に目を丸くするマーデイズ。おれも見た事が無いし、女王陛下の顔も知らない。


「なんだい、お姫様たちはティルーシャには行かないのか」


店主は唖然としていた。ティルーシャから初めて公国外に来たおれ達にとっても初めての情報だった。グリフは知っていたのだろうか。


「そんなら、女王さまに頼んでみるといいぞ。ティルーシャにもおいでくださいってな」


・・・いやそれは頼めないな。

今の今までティルーシャに足を踏み入れなかったのには相当な理由があるだろうし、ティルーシャに住んでいる俺たちにはその理由がなんとなく分かる。


”ゴミ溜め”には、近づきたくも無い。まあ、そんなとこだな。


そんな風に思われていると思うと女王たちの展覧行進など見ても仕方ないと思い、おれはマーデイズに帰郷を促す。


が、


「すっげーみてみたい!!な、おっさん、それいつはじまんの?」


当の本人は乗っていた。


「そろそろ境界門が開く頃じゃないか?ここから1本向こうの通りを行進するらしいから行ってみるといい」


マーデイズは店主からの助言を聞くと、木箱をその場において一目散に駆けて行く。

おれはまた溜息をつくことになり、木箱を置いて後を追った。



*****


「すげー数いるな」


ティルーシャのお昼時を髣髴とさせる民の数。身動きも取れない。

みな、各々女王陛下について会話をしているみたいだが、どの情報もおれに有意義なものだとは思えなかった。

まだ、内心ティルーシャは見捨てられているという引っ掛かりが残っているのだ。


「なあなあ、エフ。お前、オレを肩車しろよ」

「ああ?何でだ?」

「親愛なる女王陛下殿が見えないからだよ!オレたち目立てるかもしんないし」


目立つほうが嫌に決まっていると言ってやった。

だが、その考えが変わってしまう物をおれは見つけてしまった。


・・・あれは、弓矢・・・?


シルフィンの街の真ん中に走る1本の街道。

その遥か先の教会の鐘に影を見た。その影は何やら物騒なものを構えている。

形状からして弓矢だと分かったが、ここまで距離にしておよそ1キロ以上。

弓矢が届く範囲ではないが・・・。

マーデイズが静かになっているので恐らく同じものをみているか、感じているか。


明らかに殺気を放っている。それもかなり悪質な。


なぜ誰も気がつかない?

熱狂が感覚を鈍らせているのか。


おれはマーデイズを肩車し、はしゃいでいる民を装って影の正確な位置を割り出した。


「んー。こっからだと全力ダッシュして7分かかるね」

「暗殺目的か?」

「多分。じゃなきゃあんなとこから狙わないでしょ。どうする、お姫様ご一行が来る前に―――」


「「「「きゃああああっ!!女王陛下様がお目見えよーーーーっ!!!!」」」」


最悪のタイミングと思った。

ぶわっと湧き上がる大歓声にマーデイズの声がかき消される。

蠢く聴衆のせいで肩車のバランスが崩れた。


もみくちゃにされどんどん引き離されていくおれとマーデイズ。

だが、互いにアイコンタクトでやるべきことを伝え合った。



―――おれがなんとか弓矢を止めてみせる。

オレは本陣叩いてくるぜ―――。


最後にこくりと頷きあって散る。

しかし、聴衆を掻き分けての移動は困難を極めた。


のん気に手を振る女王の姿。


「・・・あれが、おれたちの王様・・・」


別に守る義理はないし、そもそも今まで顔すら知らなかった。当然、名前も知らない。あまつさえ、自分たちの国には展覧にも来ない。


そんなやつを守る必要ってあるのか・・・?

女王の周りにはいかにも強そうな守衛兵が並んで行進もしている。

自分がわざわざ危険を顧みることもない。


おれの進む足が止まりそうに・・・なったとき。


”彼女”の姿が眼に映った。


年はおれと同じくらいで、茶色がかった長い髪を揺らして純白のドレスを纏っている。紺碧の眼は吸い込まれそうなくらいに丸く大きく、


一瞬。

たった一瞬。


気のせいかもしれないが、眼と眼が合った。


時間が切り取られたみたいに、何もかもが静止して見えた。


「あ・・・ああ・・・」


まるで言葉になっていない声を発した後、鼓動がどくんと跳ねる。

おれはあの鐘のほうを見た。


目いっぱい引かれた弓から、矢が解き放たれようとしている。


「・・・まずいっ」


いくら声を上げても届かない。

何万という観衆がおれの声を踏み潰す。

配達で鍛えたおれの動きを半減させる。

もう強引に、前へ前へと突き進んだ。


そして―――。


「来るッ!!」


殺気が尋常じゃない速さでこちらに向かってきている。なのに誰もそれに気がついていない。


このままでは女王の体に穴が開く。


だがおれにとって、守りたいのは女王なんかじゃなかった。


あの紺碧の眼を持つ少女を助けたい。

その一心。


間に合え。そう何度も心のうちで叫んだ。

力の限り、聴衆を掻き分け街道へと飛び出す。


「ナ、何者だっ!!貴様っ!!」「女王皇帝陛下の展覧であるぞ不躾なっ!!」


こいつらは何も分かっちゃいなかった。

気にしている暇は無い。

タイミングはたった一瞬だ。おれは何としてでも受け止めなければならない。


「うおおおおおおおおっ!!!!!!」

「おい、貴様、止まれえええええええっ!!!!」



――見えた。が、もう弓矢は手を伸ばしても掴めないだろう。


そうすると残された選択は・・・。


「女王陛下殿、失礼するぞ!」


おれは思い切り女王の胸に飛び込んだ。


その直後、おれの背中にずぶりと刃が食い込んで肉を裂いていく感触が走る。

貫通してしまっては意味が無い。思い切り体中の筋肉を隆起させた。


「カハァッ」


息が漏れる。マーデイズが間に合ってなければ第二射が襲ってくる。

少なくとも安全が確保されるまでおれは気を失うわけにはいかないのだ・・・。


馬に乗っていた女王に抱きついた形になったため女王は結構な高さから落下したがおれが半身になって落下したから怪我は無いはず。


辺り一体がしんと静まり返っている。一体何が起きたのかおれとマーデイズ以外には把握できていないようだ。


「じょ、女王陛下殿!」「お怪我は・・・?」

「き、貴様、どういうつもりだっ!!!」


どうもこうもない、背中のものをみてくれ・・・。

王国の騎士ともあろう奴らがそんなことでは笑える。


女王はしばらく動かずにおれの腕の中に居た。

その間、一言も言葉を発しなかった。


「貴様、とっとと離れよ!!」


そう言われて、満身創痍の中、無理やり立ち上がらされるとすぐに槍を向けられた。


「貴様・・・、どういうことだ?女王に襲い掛かるなど」


女王はというと赤い甲冑を身に纏った若い騎士とあの紺碧の少女に肩を借りておれの事を見ている。少女は怯えた様子だった。


騎士どもは未だに状況把握できていないようなので、おれの方から説明してやる。

おれは向けられた槍に臆することなく背中を見せた。


「ここから約1キロ先の教会の鐘。そっから放たれてる。殺気も半端じゃなかったのにあんたらは気がつかなかったのか?」


第二射が来ない。おそらくマーデイズがうまくやってくれたのだろう。

騎士どもは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。


「とりあえず、今向こうにおれの友達が犯人をとっ捕まえていると思うから手助けに行ってくれ。もしかしたら怪我をしているかもしれないし」


そこまで言うと、おれにもじんじんと痛みが襲う。

足元には血溜まりができていた。

騎士どもは駆け足で鐘に向かっていった。

聴衆たちもざわめきだしている。


ふと、女王と眼が合った。


「お主、アレが見えたのか」


まず女王の口から出たのは感謝の言葉ではなかった。


「・・・見えた。声を掛けようにもこの聴衆の歓声だ。届くはずが無い」


依然として、女王と甲冑騎士と少女がおれを見ている。

警戒の気を緩めない。


「そうか。良い眼をしておる。それに加えて度胸も、よく見れば体つきも良いな」


おれの体を舐めるように見渡した女王。おれに槍を向けている3名の騎士に槍を下ろすよう指示してくれた。途端に、おれは跪いた。血を流しすぎたのだった。

頭の中がぼんやりする。


「うむ。良い。実に良い。お主、シルフィンの民か?」


残響のように聞こえる女王の声。おれは違う、と首を振った。


「シルフィンの民ではないお主がなぜここにおる。どこの生まれだ」


もうおれにそんなこと応える余裕は無いんだが・・・。

おれは朦朧とする意識の中でティルーシャの方角を指差した。

きっと今頃、グリフは心配しているな・・・。街中を捜し歩いているかもしれない。


「・・・ほほう。お主、あの”ゴミ溜め”の生まれか」


その言葉におれは、カチンと来た。一気に頭に血が上り、ぼんやりだった思考がスッキリする。

刹那。拳を振り上げて女王への暴挙に出る。


―――ガシイッ!!!


甲冑騎士におれの右腕は掴まれ、相手の右手がおれの喉を圧迫する。

一瞬の早業。甲冑面の奥に光る赤い瞳は瞬きひとつせずにおれを殺してやろうと睨む。


「ふふ、ふはははははははっ。女王であるこの私に拳を振り上げるとは中々に見上げた男よな」


手も足も出ない。頭に上った血が背中から全部流れている感覚。今にも意識は飛びそうだ。・・・マーデイズは無事か・・・?


甲冑騎士に阻まれ全く動けなくなったおれの顎に手をのばし、品定めするようにおれの顔を見る女王。


にやりと笑った後、信じられないことを言った。



「うむ。気に入った。お主を我が衛兵団騎士として迎え入れよう」



またしても、おれの時が止まった。

結局、女王から感謝の言葉のひとつもかけられず。

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