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『te:tra』  作者: 坂江快斗
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第33話〈流々禍ノ章〉「彼女と出会ったバス停」


・・・・・・・・。


・・・・・。


・・・。


「・・・・・バス、こないなぁ」


目の前を通り過ぎていく車をどのくらい数えただろう。

お母さんからもらった腕時計を見る。

11時47分・・・もう10分も過ぎているのにバスは来ない。


あたしはもう一度バスの到着時刻を確認してみる。

30分に1本ずつしか来ないバス。

その1本、11時37分のバスに乗りたかったのに。


また時計を見る。3分進んで11時50分。


この待合所が影作りになっていなかったら、バスよりも先に救急車が来ていたかもしれない。

あたしは3人掛けのベンチの端に座って、お家から持ってきた麦茶の水筒をリュックから取り出して1杯だけ飲んだ。喉の奥がひんやりしてほんの少しだけ涼しくなった。


みいいいん、みんみんみいいいいいいいい・・・・・・


トタン板で囲まれたバス停の外からセミが元気よく鳴いているのが聞こえる。

あたしが住んでいた街ではこんなにセミは鳴いていなかった。



――1ヶ月前の6月。

お父さんのお仕事の都合であたしたち家族は「ふじさきし」っていう街に引っ越すことになった。そのお知らせは突然で、あたしもお母さんも聞いたときは驚いたし、不機嫌にもなった。もうすぐ1才になる妹だけがきゃっきゃとはしゃいでた。


幼稚園からのお友達や、小学校入学で出会ったお友達ともお別れをすることになって毎日泣きながら1人1人にお手紙を書いた。あたしが出発する前日にはお別れ会もやってくれてあたしはそこでまた大泣きした。

本当は転校なんてしたくなかったし、新しい学校での生活も知らない街での生活もとても怖くて、家から出られない日が続いた。


お父さんから何回も「ごめんな、急に転勤が決まっちゃったんだ」って言葉を聞いたけどあたしは聞こえないふりばっかりしてお部屋の中でお友達からもらったお手紙を読んでいた。

もう会えないって考えると寂しくなっていっぱい泣いた。



ぽつんと1人でバスを待つ間にも、お友達のことを思い出して目の前がぼやける。

あたしは洋服の裾で涙がこぼれないうちに拭いて、おおきく息を吸って吐いた。


明日から新しい学校での生活が始まる。知らない人たちでいっぱいの場所。

この街に知っている人なんていないから当たり前だけど、あたしは不安でいっぱいだ。

今日だって、お母さんからお父さんが忘れたお弁当を持っていってと頼まれなければ家の中にいたかった。どうせ明日から嫌でも外に出なくちゃいけないんだから。

でも、お母さんは妹のお世話をしたりまだ手付かずの荷物を整理しなくちゃいけないから動けるのはあたしだけ。

嫌々だったけど、バスに乗ればすぐに着くからと言われてあたしはお弁当と腕時計を受け取った。


何も知らない妹がうらやましい。家を出るときも満面の笑みで見送ってくれた。


そして、しばらく歩いて見つけたのがこのトタン板のバス停。

全体的に錆びていてあちこちに穴が開いているけど、太陽の日差しは防げそうだったからここで待つことにする。

時刻表には11時37分発と書かれていて、それよりあとは12時を過ぎていた。

お父さんのお昼に間に合うのはこの時刻発のバスしかないから丁度よかった。


丁度よかった、はずなのに。

バスは全然やってこない・・・。


はやくしないと、お父さん困っちゃう・・・。

あたしは少し焦っていて、心臓がどきどきしている。タオルで顔を拭いていないと常に汗が出てくるくらい暑かった。


「・・・どうしよ・・・。ほかのバス停行ったほうがいいかな・・・」


でも、もし歩いている途中にバスが横切ったら・・・。

そう考えると動き出せそうもなかった。


車やバイクは通っても、この真夏の日差しの中歩いている人は見かけない。

まるで自分だけこのバス停に取り残されているみたいな気持ちになる。


「はあ・・・。こんなことなら外でなければよかった」


あたしが椎菜の面倒を見るってお母さんに言えばよかった。

もう帰りたいな・・・。


と、思っていたときのことだった。


「あっ・・・」


あたしの目の前をバスが素通りして行ったんだ。


「ちょっと、まって!!あたし、乗りますっ!」


あたしは持っていた水筒を急いでリュックに詰めてバスを追う。

バスは結構なスピードで走り去っていく。運転手さんから見えるように立っておかなかったからいないと思われたのかもしれない。


「はあ、はあ・・・まって!」


ぐんぐんとあたしを突き放していく緑色のバス。その先は下り坂なのか、バスはあたしから見えなくなっていった。


すたすた・・・すた・・・すた・・・と足が止まる。

汗びっしょりになりながら、バスが走り去った方をただ見つめていた。


「はあ・・・はあ・・・はあ・・・」


息が整わない。ぼおっと道の先を見つめているとなんだかとても空しくなってきて結局涙が溢れた。


「うう・・うっ・・・ううう・・・」


おつかいすらもまともにできない。

バスにも置いていかれる。

汗をかいて気持ち悪い。


太陽があたしを大笑いしているみたい。本当に暑い。


みいいいいん、みんみんみいいいいいいい・・・・・・

みいいいいん、みんみんみいいいいいいい・・・・・・


「もう、いいや・・・かえろ・・・」


下を向いてとぼとぼと走ってきた道を歩く。

お父さん、ごめんなさい。お母さん、ごめんなさい。と何度も心で謝りながら。


―――わんっ!!!


突然、目の前から犬の鳴き声。

その大きな声にあたしはびっくりして後ろに引いた。


白くて、もこもこで、大きな犬が暑そうに舌を出してこっちをみている。


・・・・・・。


・・・見ている。


じいいいっと見つめている。よく見ると首輪とリードが付いている。誰かのお家から逃げてきちゃったのかな?


白い犬は特にこっちに来るわけでもなくただそこであたしのことを見続けている。

あたしも同じだった。にらみ合いではなく見つめあいが続く。

へたに近づいて咬まれたらって思うと動けなくなった。


毛玉かと思うくらい、もこもこの毛に包まれた犬はあたしからみても暑そうだし、見ているこっちもどんどん暑く感じる。早く影に入りたい・・・。今一番近くの影はあのバス停しかない・・・。喉も渇いた・・・。あっちいってよ、犬・・・。


本当に家を出たことを後悔した。こんな気持ちのまま明日から学校だなんて、やっていける自信がない。目の前の犬にさえ近づけないんだから。


「・・・もう、あっちいってよぉ・・・」


震えた声で抵抗してみる。犬は相変わらずこっちを見たまま動かない。なぜか尻尾を振り出した。明らかにバカにしていると思った。


「・・・もぉ・・・やだぁ・・・」


また涙が目に溜まる。助けを呼ぼうにも人も歩いていなければ車もバイクも横切らない。いつまでも鳴いているだけのセミが助けてくれるわけもない。


あたしの目から涙が零れ落ちそうになったとき。


そのときだ。


「・・・ぉ-い。すてぃいいいいぶううううっ、どこいったんだよおおお!」


声が聞こえた。男の子の声。犬にも聞こえたのか声の方向に向いたため、あたしは犬の動きにびくっと体を震わせた。


声の主は近づいてきている。


「すてぃいいぶうううっ!!!頼むからでてきてくれよおおおお!俺たち親友だろおおおおっ!!!」


すてぃいぶ(?)とはこの犬の名前かな・・・?

犬もまた、声の方向を向いて尻尾を激しく動かしている。

あたしとしてはそのまま声がするほうに走り去ってほしいんだけど。


――ゥゥゥ、ワンッ!!!


突然怒っているように吼える犬。何もかもが突然だからあたしもいちいちびっくりする。


「あああ!!!いたあああああっ!!!!すてぃいいぶうううううっ!!!!」


100メートルくらい先の曲がり角から男の子が走って犬に駆け寄ってくる。

犬もまた男の子に向かって走り出す。感動の再会みたいだ。

あたしにとってもようやく動き出せるという安心感が芽生えていた。


「た、たすかった・・・。はやくかえろ・・・」

「ぐへひっ!!」


あたしが歩き出した瞬間、潰れたみたいな変な声が聞こえた。

真っ直ぐ先を見ると、白い犬が男の子のお腹に猛突進で直撃していた。

直後男の子が仰向けで倒れた。


「・・・もう、なんなのよぉ・・・」


あたしはとぼとぼ歩いていく。

同い年くらいの男の子の元へ。



*****


時計をみた。

もう12時を過ぎていて、バスの時刻表を見てみると次のバスは12時20分だった。

次のバスには乗ろう。置いてかれないようにちゃんと外で待とう。


そんなことを思いながらあたしはぐったりしている男の子にタオルで風を送る。

どうにかここまで運んだのはいいけど、あたしも身動きが取れなくなった。

3人掛けのベンチは横になるには狭いから、男の子の頭をあたしの膝の上に乗せている。膝枕というのを初めて、なぜか知らない男の子にやる羽目に。


「うう・・・」


男の子が声を漏らす。

彼をこの状態にした犬は、何事もなかったみたいに舌を出しながらこっちを見ていた。


「ちょっと・・・だいじょうぶ・・・?」


あたしの声に目を覚ます男の子。犬の攻撃は物凄い衝撃だったみたく、お腹を押さえた。


「・・・ん?すてぃいぶが、おんなのこに?」

「あたし、犬じゃないんだけど・・・」


男の子は完全に目が覚めたのかあたしと目が合った瞬間、がばっと頭を上げた。

そのせいであたしの頭とぶつかってとても痛かった。


「いったぁ・・・」「いってえええっ・・・」


お互いに頭を押さえる。


「ちょっとぉ、いきなり起きないでよ」

「ご、ごめん。というか、きみ、だれ?」


こっちの質問だ、と思った。


「きみこそ、だれ?この犬、きみの犬なの?」


あたしは名前を言う前に聞き返す。「あぶないじゃん、リード放したら」


「ご、ごめん。おれは、しきせりくと。この犬は真向かいのおばさんが飼っている犬でスティーブっていうんだ。今日は散歩の日だったから・・・」


スティーブは散歩という言葉に反応してわんっ!と吠えた。


「家から出た途端、勢いよく飛び出していくからついリードを放しちゃってさ」

「そうなんだ。思い切り突進されてたみたいだけど」

「あれはスティーブなりの愛情表現だよ」


気を失うほどの愛情表現って・・・。


「ところで、きみは?みかけない顔だね」


しきせりくとという名前の男の子がじっとあたしを見てくる。


「あたしは」


名前を言いかけて止まる。名前を言う必要があるのか考えた。

どうせこの子にはもう会わないだろうし、言っても仕方ないし、変に関わってしまうのが何か怖かった。大好きなお友達とお別れしたばかりだったから。


「ん?名前は?」


男の子はあたしの膝の上で首を傾げる。

真っ直ぐに見つめられている。


「・・・そんなのより、ここのバスっていつもこんなに遅れるの?」


迷ったけど結局あたしは名前を言わないことにした。


「あー、ここのバス停、使われてないよ」

「えっ!?」


男の子からの衝撃の事実にあたしは大きな声を出した。

スティーブもびくっと驚いた。


「ここにバス止まらないよ。バスの会社が変わったとかでこの先に新しい停留所ができたの。だからここはお年寄りたちの休憩場所みたいになってるんだ」


だからいくら待ってもバスは時間通り来ないし、素通りしていったんだ・・・。


「本当はココのバス停のほうが便利なんだけど、停留所の間の距離が短いからここは素通りになっちゃったんだ」


お母さん、知ってたのかな・・・?

やっぱりあたしはこの街について知らない事だらけだった。


「で、きみの名前は?」


なにが、「で」なのか分からないけど、あたしは名乗ることもなく溜息をついた。


「というか、もう元気なら起きてよ。太もも痛い・・・」


少し痺れてきたから男の子にどいてくれと頼む。男の子は今の今まで膝枕されているとは思っていなかったらしくまた飛び起きようとした。あたしは今度こそ上手く避けた。


「ごめんごめん!」

「いいよ、別に」


止まらないバス停でずっと待ちぼうけしていたことがまた悲しくなった。

だから膝枕のことを謝られてもどうでもよかった。

あたしはもう早く帰りたい。


「なんで、ここでバスを待ってたの?」


あたしの気持ちを無視するみたいに男の子はまた質問してくる。


「・・・お父さんにお弁当持って行きたかったから。ここが一番近いバス停だし」

「だよねぇ。ここ便利なバス停だったのに。・・・もしかしてこの街に来たばかりなの?」


質問攻め。

あたしは仕方なくこくりと頷いた。


「そうなんだ!で、そのお弁当届けなくていいの?」

「だって、もうお昼時間なくなっちゃうもん。今からいったって・・・」


時計をみると、12時20分を過ぎていた。

本当にここのバス停には止まらないらしい。


「んー」


男の子はあたしの隣で腕を組み、目を閉じて何かを考えている。

あたしも帰るに帰れなくなった。


「んーー・・・。ちょっと待っててくれる?」


そういうと、男の子はあたしの返答も聞かずスティーブも置いたまま太陽の下に駆け出していった。


「ちょっと・・・、あたしどうしたらいいのよぉ・・・」


せめてどこへ行くかだけ教えてほしかった。

今度はバスではなく、男の子をまつ羽目に。また溜息をついた。


待っている間、スティーブと目があう。よく見ると可愛い。

スティーブは尻尾をふりふりして、あたしを見ている。


撫でていいのかな・・・?


もこもこの毛だ。触ると気持ちいいに間違いない。

あたしはスティーブの頭に手を伸ばす。ゆっくり、恐る恐る。


ちょんっと手が触れた。


――くぅぅん


さわさわしてあげるとスティーブは気持ち良さそうに目を閉じて喜んでいるように見えた。本当にふわふわもこもこの毛並みで撫でているあたしも気持ちいい。

こんなに可愛い犬に頭突きを食らわされる彼は、よほど嫌われているのかもしれない。本人は愛情表現と言っていたけど・・・。


スティーブと遊んでいると、遠くから大きな乗り物の音が聞こえてくる。

バスかもしれない。

でも、ここで待っていて止まってくれるだろうか。

あたしが住んでいた街のバスの運転手さんは時間ぴったりにやってくるけど乗り遅れた人は乗せてくれない。停留所じゃないところで待っている人なんてもってのほかだ。

そのくらい都会は時間に厳しくて、運転手さんたちも時間を守ってお仕事しているだけなんだ。


またこのバスも通り過ぎていくんだろうって思った。

けど、さっきみたいな気持ちにはならない。もう、諦めてるから。

このバスが通り過ぎたら帰ろう。

どうせ、もう男の子にも会うことないだろうし。


そう思っていたのに、バスは止まった。


そして、前方のドアが開いて運転手さんとあの男の子があたしの方を見た。


「な、なんで・・・?」

「ほらあ、運転手さん!いたでしょ!やっぱりここ、また使えるようにしたほうがいいって!」


あたしの戸惑いなんて無視して男の子は運転手と仲良さそうに話している。


「でもなあ、陸斗くん。本当は規則違反なんだからね」

「いいじゃん、円堂のおっちゃん!おれ、おっちゃんが周る時間全部知ってるから」


知り合いらしい。2人は話した後にまたあたしを見てきた。


「ほら、乗らないの?」

「他にもお客様がいるから、乗るなら乗って!」

「えっ・・・あ、はい・・・」


あたしはスティーブの頭から手を離して、バスに乗り込む。


「あ、おっちゃん!スティーブも乗っけていい?」

「それは絶対にダメ!!」

「なんだよおお。じゃあおれはここで降りるか。おっちゃん、ありがとね!」


そう言って男の子はバスを降りた。


「それじゃあ、ドア閉めるよ。揺れるから掴まってて」


バスの中には座れないほど人が乗っていて、運転席近くの手すりに掴まるしかなかった。本当にここで止まってはいけなかったのかもしれないのに。この人たち皆急いでいたかもしれないのに。


なのに、みんな、あたしをみて微笑んでいる。


バカにしたような笑いではなくて、あたしはなんとなくこの街の人たちに

迎え入れられたように感じた。


「あらぁ、りくとくん、可愛い女の子つかまえたのねぇ」

「ほんと!この子の為に走ってきたのね。青春だわぁ~」


そんな言葉が聞こえた。


あたしは閉まったドア越しに男の子を見る。


「まにあうといいねーっ!」

――わんっ!!


バスはぷしゅーっと音を立て、動き出す。

男の子は手を振っていた。バスの人たちにも、あたしにも。


あたしは何も言えず、手も振り返せずに満員のバスに揺られてお父さんが待つ会社へと向かった。



*****


次の日、憂鬱な気持ちは変わらず新しい制服に着替えて学校への準備を済ませる。

昨日はぎりぎりお昼の時間に間に合った。

あたしは運転手さんやお客さんたちにお礼を言ってお父さんにお弁当を届けた。


お母さんには帰りが遅いからすごく心配されたけど、男の子の事を話したら

「運命の人かもしれないわね~」

と、目をハートにして話してた。

・・・あの子は絶対にそんなんじゃないと思う。


朝ごはんを食べたあと、

お父さんと一緒に家を出ることに。


「いってきます」

「はーい、いってらっしゃい。栞菜、学校がんばってね」


気持ちは沈んだけど、大きく「うん」って頷いた。

行くしかないんだ。いつまでもお母さんに心配かけちゃダメだ。


今日から頑張ろうって気持ちを作った。



正しいほうのバス停からバスに乗り込む。

この時間はまだ空いている時間らしい。運転手さんは昨日の人だった。


「あっ、きみは昨日の・・・。ん?その制服は・・・」

「お、おはようございます。昨日はありがとうございました」


あたしがお礼を言った後、お父さんもお辞儀をしながらお礼を言った。


「多分、次の停留所から彼、乗ってくるよ」


運転手さんは少し微笑みながら言う。

彼、とは昨日の男の子のことかな。

会うことはないと思っていただけに少し緊張してくる。


もういちど頭を下げてあたしとお父さんは真ん中にある左側の席に座る。


知らない風景。知らない人々。

バスは風を切るように走っていく。


今日から新しい学校生活が始まる。

慣れていかなくちゃ。


5分ほど走った後、停留所に止まった。

しかし、男の子は乗ってこなかった。

運転手さんも運転席から外を見ていたけど、停留所に男の子の姿はない。


「うーん、まあいつもどおりかな。それでは出発しまぁす」


いつもどおりってなんだろ・・・?

バスは定刻どおりに走り出した。


すると・・・。


「ちょっとまってええええ!!!おっちゃああああんっ!!!」


大声が聞こえてきた。しかもあたしが座る席の外から。


あの男の子が全力で走っている。ほぼバスと並んで。


「ちょっ!待てって!止まってええ!!!今日は、遅刻するわけにはいかないんだああああ!!!」


運転手さんはゆっくりバスを止める。そしてドアを開いた。


「たまには停留所に待っててほしいんだけど」

「たまにはおれのことまっててほしいんだけど」


そんな会話が聞こえてきた。周りのお客さんも笑っている。

バスは男の子を乗せた後、また動き出した。


「今日、なんで遅刻するわけには行かないんだ?いつも遅刻ギリギリの癖に」

「えっ?それはさ、うちの学校に転校生が来るって噂だからだよ!」


あたしはどきっとした。


「へえ~。男の子?女の子?」

「女の子って聞いた!」


よくみると、男の子の制服はあたしの制服と似ていた。

というか男子用の制服だった。


「そりゃよかったな!」

「可愛い子だといいなぁ~」


どうしよう・・・。なんか落ち着かないな・・・。


「その転校生、あの子じゃないのか?」


あたしゃ運転手さんの言葉にまたどきっとした。

どうしてあたしに話を向けるの!?


「えっ?」

当然のように男の子はあたしの方を見た。

お互いに目が合うと、あたしは顔を隠すように下を向いた。


「・・・あ、ああああ!!!!きみは、昨日の!!」


バスの車内に響く男の子の声。

あたしの顔は多分、真っ赤だ。すごく恥ずかしい・・・。


「えっと・・・。あれ?名前なんだっけ?」


そういえば言ってない。必要ないって思ってから。


「スティーブ・・・じゃないな」


違うに決まっているだろ、と言いたくなる。


あたしは顔を伏せながらも、ちらちらと男の子を見た。

言ってもいない名前を真剣に思い出そうと考えている。


その姿が、なんだかおかしかった。

あまりにも真剣だったから、あたしはついにぷぷって笑っちゃったんだ。


「あ、わらった・・・」


きょとんとあたしをみている男の子。

バスはもうすぐ次の停留所。



・・・これはお礼だ。

そう考えよう。

そうしないと、この子はずっと考える。


多分、この子とは長い付き合いになるかもしれないってそのとき思った。



だから、あたしは・・・。



「かんな、だよ」

「へっ???」


間抜けな声が男の子から出た。あたしは構わず続けた。


「やなぎさわ かんな。スティーブじゃないよ、しきせりくとくん」


あたしがこの街で自己紹介をした、初めての男の子だった。




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