〈episode32〉六体の傀儡
クリア・セントラルにそびえる王の白城。
その中枢、円卓があるのと同じフロアに俺の子供たちが住まう部屋がある。
俺は彼らと離れて暮らしているが、他国への遠征時には彼ら6体のうちの3体を棺に入れて運ぶ。その際、俺たちには〈亜空間を開く〉ことで棺を呼び出している。
いちいち、持ち運ぶのは手間だ。自分の魔力で作り出した亜空間に封じ込めておけばどんな状況下でも傀儡を取り出すことができる。
この技術のおかげで傀儡を苦労なく持ち運ぶことも、安全に保存しておくこともできる。
この技術を開発したのも傀儡師たちだ。
各国より、クリア・セントラルに集められた上位魔導師の5人。
そのうちの1人、マーデイズは俺の幼い頃からの友人だった。
西の国で生まれ、ともに育ち、ある事件をきっかけに王族の騎士となった。
そして、マーデイズは秘めた能力の高さを見出され、傀儡師となった。
俺の子供たちは、彼マーデイズが作成した子供たち。
――傀儡の子供たち。
俺は静かに扉を開ける。円卓ほどの広い空間が広がっている。
もちろん、円卓が置いてあるわけでもなく何も無い殺風景な部屋の真ん中には一体の傀儡が背中を向けて立っていた。
「・・・セナ、他の兄弟たちは、」
―――ッ!!!
言いかけた瞬間の事。俺は上からの殺気に反応し2歩後ろに下がる。すると、目の前に着地したのは3番目の子、ルナ。手にはハンマーを持っていた。
ルナは躊躇することなく手に余るような大きさのハンマーを俺の頭部に向けて
かち上げてきた。が、俺は体を少しだけ後ろに反らすだけで回避する。
次に感じた殺気は、真後ろからだ。左眼で睨むように背後をみると5番目の子、レナが掌底を打ち込もうと左手を引いている。目の前にはハンマーで第2撃を狙うルナ。背後には掌底を構えるレナ。俺は避けることを諦め、受け止めることにした。
「フンッ!」
頭上から華奢な体で力いっぱい振り下ろされるハンマーを右の手のひらでそっと触れるように衝撃を吸収する。受け止めてから、手のひらを大きく開きハンマーの打撃部分を鷲掴みした。
次に半身を返し、左手でフルパワーの掌底をこれも鷲掴みに。俺はそのまま両手首をくるりと半回転させて、ルナとレナをひっくり返して、床に叩きつける。
まず2体の傀儡が戦意喪失となる。
「・・・お前たち」
俺が呆れている理由は、まだ向かってくる殺気があるからだった。
――右ッ!!!
猛烈なスピードで突進してきた突撃槍を難なくかわすと、持ち主の頭を掴んでこれもまた床に沈める。2番目の子、マナだった。
「そろそろ、」
と、また言いかけで左側に一閃が走る。
この太刀筋は、4番目の子、ドナのものだ。
「まったく・・・」
俺は軽く床を蹴り、ドナから距離を取ると背中から両刃の大斧を取る。
一気に間合いを詰めてくるドナに対し片手で大斧を打ち込んだ。
が、ドナは大斧の半分にも満たない太刀でそれを受けきる。ぎりぎりと刃が擦れあう音が部屋に響いた。
そして、ドナは刃の先端をがくんと下げて、俺の大斧を滑らせる。力を込めていた分、大斧は瞬間的に床に突き刺さった。
「ぐッ・・・」
木っ端微塵に吹き飛ぶ床、目の前からは太刀を薙ごうと飛び込んでくるドナ。
しかし俺に焦りはない。
この子らの主である自分が負けるはずがないのだ。
ガキンッ
またしても鈍い音。がちがちと刃が小刻みに揺れる。
俺はドナの太刀を歯で噛むことで受け止めて見せた。
全く動かない刃にドナの眼は大きく見開く。
その表情を見た後に、俺は首を強く真横に振って、太刀ごとドナを吹っ飛ばした。
床に転がっていくドナ。一息をつき手をぱっぱと叩いた。
「いつもいつも、部屋に入るたびお前たちは・・・」
―――チェックメイトです、お父様。
呆れた声の3度目の言いかけで、俺の体の周りにはたった今戦闘不能にした子供たちが各々必殺の構えで俺を包囲していた。
「セナ・・・、むやみやたらに兄弟たちを操るんじゃない」
少しでも動けば、体は粉砕される状況だ。
子供たちの表情からは覇気が消えている。1番目の子、セナの魔力により操作されているからだった。
「降参してくれますか、お父様」
冷たく響くセナの声。
「わかったわかった、降参する。お手上げだ」
動けないから手は上げないが。
「・・・初勝利。みんな、初勝利だ」
セナによる操作が解け、力なく倒れこむ5体。
俺はこつんとセナの頭を小突いた。
「いつも〈操作〉を使うなと言っておろうが。言うことを聞けんのか」
「ううう、こうしないとお父様には勝てないからです・・・」
セナは小突かれた部分を両手で撫でた。
「毎日、襲われる俺の身にもならんか。毎度戦術を変えてくるのは見上げたものだがな」
「ですが、セナたちには敵がおりません。腕が鈍ってしまってはお父様をお守りできません」
セナの反論に俺はまたこつんと小突く。
「痛いですぅ・・・」
「お前たちに守られるほど腑抜けておらん。勘違いするな。俺がお前たちを守るのだ。子を守るのが、親としての役目だ」
分かったか?と語気を強めると、セナは納得していないようだったが小さく頷いた。
「どれ、丁度寝ているようだし体のチェックをするか」
「手伝います」
俺がドナとルナとの体に異変がないか見る。セナはマナとレナの体を見ていた。
「手加減はしたつもりだが、大事無くてよかった」
「マナとレナも同じくです」
「・・・ラナは相変わらずか?」
俺はこの場にいない6番目の子についてセナに聞く。
「はい。奥の部屋で横になっています」
「そうか。お前はここにいろ。みな、目が覚めたら部屋に」
「かしこまりました」
闘技場と化した部屋の中心を抜け、一番奥の扉を開く。
そこには7体分のベッドが置いてあり、右端から2番目のベッドには膨らみがあった。
「加減はどうだ、ラナ」
傍によると、上掛けから顔を出すラナ。顔の半分に亀裂が入っていた。
「・・・お父様、気にしないで」
か弱い声で訴えてくる。そっと彼女の髪を撫でた。
「気にしないわけないだろう。子供が親にそんな気を使うんじゃない」
「ですが、ラナはもう・・・」
「大丈夫だ。俺が何とかしてやる」
俺の言葉に安心したのかラナは少しだけ微笑んだ。
「・・・エナは、見つかりましたか?」
――エナ。
アーフェンに拉致された7番目の子。
ラナの妹。
ラナからの問い掛けに俺は首を横に振ることが体と精神面にどんな影響を及ぼすのか怖かった。
「今、探している。必ず連れて帰るからな」
「お願いします。エナは、ラナの可愛い妹ですからね」
エナの事を思い出しているのか、ラナはまた幸せそうに微笑む。
が、頬を緩めるたびに亀裂が広がっていった。
「お前の新しい体も見つけなくては」
気がつくと、兄弟たちがラナの周りに集まっていた。
「お父様、ラナは元気になりますか?」
両の手のひらを祈るように組むレナ。
「ああ、すぐに良くなる。エナも帰ってきたら皆で・・・」
今度は自分で言いかけて口篭った。
「お父様、どうなされましたか」
ドナが眼を細めて俺を見る。
他の子たちも心配そうに俺を見た。
「一斉にそんな顔をするんじゃない。俺のことは気にしなくていいから」
そういうと、また一斉に俺をみるのを辞めた。
ふうっと溜息を漏らした。
「お父様・・・」
呟くような細い声でラナに呼ばれる。
「なんだ?」
「今、お父様が言おうとしたのは、お母様の事?」
はっとする。
こんな反応を見せては、父としての威厳が保たれたものじゃない。
しかし、ラナから指摘されると思っていなかった。
「お母様・・・?」
セナとマナは顔を見合わせる。お互いの眼が合った後、下を向いた。
俺はこの子達に母親、セレンの話を一切してこなかった。
彼女の話をしても意味が無いと思っていたから。
そもそもセレンの存在すら知るはずが無いのだ。
――彼らは傀儡だから。
傀儡に母がいるはずがない。
強いて言えば彼らを作った傀儡師のマーデイズが親のような存在なのかもしれない。
だが最近、子供たちからは明らかに誰かを思い返している表情を見かけていた。
俺はオリオンの娘がまともだった頃をよく見ていたから分かる。
子供たちの仕草は、母を求めるものだ。
セレンのことを逡巡していると、やはりそれは見抜かれる。
母を求めているから尚更だ。
「お父様、ラナは知りたいです。ラナたちのお母様の事を」
他の子供たちもラナの意見に同意していた。
「ラナはおそらくもう長くないです・・・」
「そんなこと、お前が勝手に決めるんじゃないっ!!」
声が大きくなる。
いつ訪れるのか分からない「死」を恐れているのは俺も同じだった。
どれほど強くなろうとも、「死」は全てを無に帰す。
後には何も残らない。
〈大戦〉で、そのことは痛いほど身に沁みた。
あの〈大戦〉の最中さなかで、セレンは死んだ。
この子たちを守った為に。
「この話は終わりだ。早く寝ろ」
俺は逃げるようにその場を立つ。
しかし、行く手をドナが塞いだ。
「行かせません。お父様、何か知っていることがあるのでしょう?」
「邪魔だ、また床を這い蹲りたいか」
ドナの頬に向けて左手の甲を払う。
が、その手は簡単に掴まれた。
「やはり秘めていることがあるのですね」
「離せ」
「いいえ。話して下さるまで、離しません」
「父に背くのか。魂を分け与えたこの父にっ!!」
「なら、その魂を抜き取ったって構わない!!」
ドナは譲らなかった。俺の左手を掴む力を一切緩めることもせず。
彼らが俺に対し、初めて見せた自己意識に戸惑いは隠せない。
「・・・なぜ、そこまでして母親の事を知りたいのだ。お前たちは…」
「傀儡。お父様に付き従うただの傀儡です。体を構成する主な材料は木材と鋼鉄」
割って入ってくるセナの声。
冷たい声に変化は無い。
「お父様の魂によって生きることができる、傀儡です」
目の前のドナは俺の眼から視線を外さない。
「ルナたちに思い出が無くても、お父様の魂には思い出があるのです。だからルナたちはお母様のことを思い出してしまうのです。お父様はそれほどまでにお母様を愛していたのではないのですか?」
必死な表情で訴えてくるのはルナ。これも俺の魂の一部だとは信じがたい。
でもそれが真実なのだ。
俺の魂を共有していれば、そうなるのも必然だった。
確かにマーデイズはそんなことも言っていたか。
『――この子たちの本来の自我が目覚めたときは、ちゃんと話してやれ。
自分たちの役目と自分たちを愛してくれたセレンの事を――』
親友の言葉が、懐かしいあの声が俺の力を抜いた。
そうだったな・・・。約束…していたな、マーデイズ。
まさか、こんなに子供たちが自我を覚えるとは思わなかったぞ・・・。
親友が天才であったことを思い出し、笑う。
突然笑みを浮かべた俺は、子供たちからしてみればかなり不気味だったことだろう。
話すべきことではないと蓋をして、
セレンの記憶から背を向けていたのは他でもない俺自身だったのだ。
子供たちに見抜かれるなんて、落ちぶれたものだとも思った。
「・・・年は取りたくないものだ。お前たち、眠らずに聞ける自信はあるのか?」
ようやく折れた父の言葉に子供たちは顔を見合わせ笑う。
母のことを聞けるのがそんなに嬉しいのか?
今まで父親をしてきた俺はなんとなくセレンに負けた気分だった。
「・・・お父様、本当にお話してくれるのですか?」
ラナが起き上がろうとしていたのを静止し、また横にする。
「お前たちの気持ちがここまで高まってしまってはな・・・。話す他あるまい」
「・・・ありがとうございます、お父様」
俺の手を強く握るラナ。
手のひらにも亀裂が見えた。
「・・・お前の事も、エナのことも俺は諦めないしお前たち皆の事も俺は失いたくない。今から語ることは、お前たちの信頼を奪うものになるかもしれない」
俺の不安を、彼らは一瞬で払拭する。
全員が、俺とラナが繋いだ手の上に手を重ねてきたのだ。
「いいえ、僕らはお父様を信じています」
「聞かせてください、お母様の事を」
「セナたちを愛してくれたお母様のお話を」
「お母様を愛した、お父様のお話を」
輝きとは違う眼の奥の光。
傀儡なのに、こんな表情をするのか・・・。
こんなに子供らしい表情を・・・。
こうなることなんて、一切予想していなかった。
今日ばかりは、この部屋に来たことを後悔すべきだな。
・・・いや、今日後悔しなくてもいずれ今日は訪れたかもしれん。
子供たちは今や遅しと俺が語るのを待っている。
「・・・さて、まずどこから話せばいいのか・・・」
一番古い記憶は、俺がまだこの子らと変わらないくらいの背丈のとき。
まだ剣の握り方も知らない子供の頃。
西の国の小さな公国で、俺はセレンと出会ったんだ・・・。




