第32話〈流々禍ノ章〉「彼女の禍の力」
「黒炎!?」
炎禍の指令に俺は思わず間髪いれずに聞き返した。
黒炎と聞いて思い出すのは、あの戦いだ。
確かにウィザードは俺と枝紡の真っ赤な炎とは対照的に、
禍々しいほどの毒気を帯びた真っ黒な炎を操り、攻撃してきた。
炎を纏う体であるにも拘らず、炎禍状態の体は灼かれた。
体感したから分かるが、力の差は歴然で同じ〈炎〉なのに熱さが違うんだ。
攻撃力・防御力・攻撃範囲・どれをとっても今の俺たちの能力を凌駕していた。
それは単に最強と言われた魔導師・ウィザードと俺たちとの能力差によるものだと思っていたが、炎禍によればそういうことでもないらしい。
俺たちとウィザードとの間には間違いなく、実力の差はあったが炎禍本来の力を引き出すことができればその差は縮めることも可能だったと。
現に、俺が気を失っていた(眠っていた)とき、体の占有権は枝紡に移り、
あの双子と戦うことで枝紡は内に秘められていた炎禍の人格を完全に覚醒させた。
そして圧倒したという。
〈まあ、要するに我が我として戦うことが出来るのは君が死に掛けたときに無理やり体の占有権を奪ったときのみだ。だが、いちいち死に掛けられてもたまらんし、そうそう幸運も続かない。器が器の力として我の黒炎を使いこなさなくてはな〉
俺が黒炎と聞くたびにウィザードの事を思い出していると
炎禍の後にリロウスが続いて語りだした。
『補足をするとしよう。前にも言ったが、魔導師たちは傀儡を使いほぼ全力での攻撃が可能になる。いいか、ほぼだ。100%が全力だとしたら95~98%程度だと思え』
「ちなみに炎禍状態の俺は?」
『今の君なら、せいぜい97%ほどだろう』
能力を完全に使えていなくてもそんだけの力はあんのか・・・。
枝紡すげーな・・・。
『だが、たとえ100%の力を手にしたところで互角になるわけではない。
君と魔導師との間には決定的な差があるんだ。何か分かるか?』
俺は少し考えを巡らせる。果たして、なんだろうか・・・。
「・・・武器?」
『君は単細胞なのか?』
答えは違うらしい。
「んー・・・」
『戦闘経験だッ!』
なかなか答えをださない俺に痺れを切らしたリロウスが、ややキレながら言う。
「戦闘経験?」
『そうだ。いくら君が神がかり的な力と運を持っていても、つい先日までろくに戦ったことなど無いだろう?』
・・・はい、だって俺、裁縫もろくにできませんし・・・。
・・・そもそも戦う状況にならないし・・・。
『イルヴァナやウィズとウィードと戦って分かったはずだ。炎禍や嵐禍の能力値以上に、あいつらの戦闘能力は高いという事を。我々魔導師は、100年以上前から常に争いの中で生きてきた。そして、〈大戦〉が勃発し過酷な戦場を生き残ってきたんだ』
「ああ・・・。それは出会った頃に聞いたが・・・」
『君は日常生活の中で、後ろからいきなり斬りかかられた事はあるか?』
「あるわけないだろ!!」
思わず声がでかくなる。通り魔事件で物騒だった藤咲市だったが俺はリロウスが言ったような経験をしたことは無い。
『つまりはそういうことなんだ。我々は常に死と隣りあわせで生きてきた。一瞬でも油断すれば足元をすくわれる。自分は敵を見て、敵もまた私を見ている。生きるためには犠牲を生み出すしかなかった世界だ』
リロウスのこの話は何度か聞いたことがあるが、俺は聞くたびに気が滅入った。
生きるための殺し合い・・・。
現代でもそれはいつもどこかで起きている。
どうしてこうも、争いを好むのか。
人と魔導師の共通点が「争い」だったことに、嫌気が差した。
『戦場で生き残ってきた魔導師と日常を生きてきた君だ。純粋な力だけなら絶対に敵わない。君の100%と魔導師の100%でも、経験の差で彼らは君を圧倒する』
「じゃあ本題に戻るとして黒炎を使えても勝てるとは限らないんじゃないのか?」
すると、今まで黙っていた炎禍が話に加わる。
〈あくまで黒炎は目安に過ぎん。我の真なる力を引き出せたかどうかのな。この修行は100%を目指す修行ではない〉
俺の頭の上にはクエスチョンマークが並んでいた。
〈器よ・・・、お前本当に察しが悪いな。・・・100%、つまりは限界値を超えて101%を引き出せと言うておる。限界さえ超えればあとはいくらでも能力は向上する〉
なるほど・・・とは言いがたい。が、クエスチョンマークは消えた。
「101って。俺の体吹き飛ぶんじゃ・・・?」
〈まあ、大丈夫だろう〉
まあ、ってなんだ!!
吹き飛ばないって断言してほしいぞ。
〈幸運なことに実戦は、あの娘と鍛えればよいしな〉
「あの娘って、鳴海のことか?」
そういえば鳴海は今頃どんな修行をしてるんだろ?
山の中に風は吹いていないし、静かだ。
〈それしかない。やらなければならないこと、足りないものは多いんだ。いつ次の刺客がくるか分からんであろう。今かもしれんし、明日かもしれん。いい加減、割り切れ〉
炎禍の言葉が突き刺さる。割り切れって言ったって・・・。
鳴海と戦うというのは、流石に億劫になる。
とにかく実戦のことは置いておこう。
まずは炎禍の真の力ってのを引き出すほか無い。
「・・・その黒炎を出して滝の水を蒸発させればいいってことだな」
〈ああ。第一段階で得た集中力で、黒い炎をイメージしろ。そして、何かひとつ心に覚悟を持て〉
覚悟・・・。
いつも無我夢中で戦ってきた。その度に、俺は覚悟を決めてきたつもりだった。
そう、つもりだっただけ。
確信を持たなくちゃいけない。
自分はどうしたいのかを。
守りたいのか、世界をどうしたいのか。
いろんな人たちの顔を思い浮かべる。彼らが過ごした場所はもうないのだ。
彼らと過ごしてきた思い出ごと、藤咲市は灼け落ちた。
――覚悟を決めよう。
―――もう、みんなの思い出もこれからも灰に変えちゃいけない。
「・・・わかった。協力頼むぞ。・・・ふたば」
〈・・・。それでは、第二段階、始め〉
俺は、右手に力を込めた。
*****
――桜見市、中央病院 505号室
「おはよー!お姉ちゃん!」
勢いよく病室の扉が開くと、元気な声と一緒に椎菜が入ってきた。
手には、あたしが好きな花のひまわりを一輪、花屋さんで買ってきてくれたらしい。
椎菜が買ってきてくれたのは、ミニひまわりという小さめのサイズのものだ。
「おはよ、椎菜。夏休みなのにあんたも毎日暇そうね」
椎菜はミニひまわりを窓際に置くと、太陽の方角に苗を向けた。
「あんたもって。どっかの誰かさんと一緒にしないでほしいな!」
多分、どっかの誰かさんとはリクのことだろう。椎菜は頬をムッと膨らませている。小さな頃は「りっくん、りっくん!あそぼー」とか言いながら擦り寄ってたのに今はなぜか犬猿の仲だ。
「あんたさ、別に毎日来なくたっていいのよ?そんなにお姉ちゃんが好き?」
少しおどけたように言うと、椎菜は、
「うん、大好き」
と、即答してくるものだからアタシは不意を突かれた気分だ。思わず「ひぇっ!?」っと変な声が出た。
「お姉ちゃんがおうちにいないから、シイもつまんないの。お父さんとお母さんはなんとか平気そうにしてるけどやっぱり暗いのはわかるし・・・」
小学5年生ながらにして、大人びた考え方だなと思った。
小学5年の頃のあたしなんて、リクと一緒に毎日狂ったように河原で水切りにはまってたのに。妹は姉に似ず、しっかり者だ。
「そりゃあねぇ。あたしだってとっとと退院したいし、新しいお家にも行きたいさ。病院のお風呂は気が抜けないし、消灯時間早いし、テレビはイヤホンしないと見れないし、やっぱりあんたよりあたしの方が暇だわ」
3週間の病院生活を思い返すと、気が滅入った。
暇つぶしに裁縫を続けてはいるが、どうも作業は進まない。
「お姉ちゃん、はやく良くなるといいなぁ。今年の夏、お姉ちゃんとまだどこにもいけて無いじゃん!」
また妹は、ムッとする。膨らました頬をあたしは両手で包んだ。
「ごめんね。外出許可が下りればどこへだっていくけどさ~」
「外出、だめなの?」
「今のところはね。いつ、また脳波?が乱れるか分かんないからずっとこれつけてないといけないの」
そういってあたしは、頭に取り付けられているヘッドセットをとんとんと指で叩く。
「まるでサイボーグだね」
「サイボーグ栞菜ちゃん、どう?強そう?」
あたしがまた冗談を言うと、椎菜の表情も緩む。
「外出許可…かあ。確かにサイボーグお姉ちゃんで外出るのはね」
「サイボーグお姉ちゃんは、響きが嫌よ!サイボーグ栞菜ちゃんにして!」
我ながらつまらないこだわりを張ってみた。
「あはは、ごめんっ。でも、もうすぐだよ?」
「ん?もうすぐってなにが?」
最近の予定で何かあっただろうかと、思い返す。
脳波計モニターが、少しだけ反応を見せた。
「藤咲市の花火大会。今年は、あんなことになっちゃったから桜見市と共同でやるんだって」
そうか、花火大会か・・・。
また脳波計が反応している。
「もうそんな時期なんだねぇ・・・。1年が過ぎるのはあっという間だ」
1年前、ふたばと出会った夏休み。
初めて、リクと一緒に出掛けた花火大会。
初めて、リクの事を男の子として意識した1年前の夏休み。
「ん?お姉ちゃん、どうしたの?ぼーっとしちゃって」
「いやあ、年取ったなぁと思ってさ~」
あたしはひまわりを眺めながら言った。
そよ風に当たって気持ち良さそうに揺れている。
「お姉ちゃん」
椎菜がトーンを少し低くして声を掛けてきた。
「なあに?妹よ」
「今年はシイと一緒に花火大会、行こうね」
妹はいつになく真剣な表情だった。
「はいはい、可愛い妹にそこまで真剣に言われちゃあ行くしかないでしょ!何なら本当にサイボーグ栞菜ちゃんで外出てやるわっ!」
「ほ、ほんと!?」
あたしは笑う。妹が顔を綻ばせたから。
「ほんと!お姉ちゃんに任せなさいっ!」
言いながら、力こぶをぐっとだしてみようと腕を曲げた。
あたしの腕は、木の枝みたいに細くなってた。
*****
―――旧藤咲市 山中の滝
「ぬおおおおおおっ!!!」
―――シュンッ
バシュッ―――
・・・・・・。
まるで餌を食べるように、滝は赤い炎を飲み込んでいく。
どれだけ火力を上げても、鎮火は一瞬だった。
「はあっはあっはあっはあっ・・・」
肩で息をすることも多くなった。気がつけばもうお昼前。太陽が真上に来ている。
「こんにゃろっ!!」
気合一発、俺はまた右手に炎の弾を作る。
そして、思いっきり滝に向けて放つ。
また、食べられる。
そもそも、炎は赤いままだ。
〈・・・・・〉『・・・・・』
「あのう・・・」
〈・・・・・〉『・・・・・』
「お2人とも、黙りこくるのやめてもらえませんかね!?」
〈・・・すまん、あまりの暇さに〉『眠ってしまっていた』
いや、協力しろよっ!
というか、この状況で寝んなよっ!!
なんで喋りまで分割してんだよっ!!!
〈お前はツッコミだけは上達していくな〉『その要領で頑張れ』
褒められているとは思えないこの言われっぷり。
「第一、どうすればいいのかわかんねえんだけど」
まず、真の力とやらの発動条件を知らない俺だった。
〈どうするもこうするもない。まず自分の限界に挑め〉
なんかのCMみたいなこと言いやがって・・・っ!
俺は歯軋りしながらも、また右手に炎を意識する。
「こなくそおおおおっ!!!」
半ばヤケになって、炎を滝にぶち込んだ。
結果は変わらない。
頭の中ではウィザードの姿を思い返し、奴が作り出していた黒炎をイメージしている。
しかし、俺の炎は一向に真っ赤なままだ。
限界に挑む・・・とは・・・?
〈いいから物事を頭で考えず、とにかく炎を撃ち込んでみろ。お前の体そのものに自分が炎であることを記憶させろ〉
――器である体と炎の力との境界を無くせ。
もうさっぱり意味が分からない。
とりあえず言われたとおりに、がむしゃらに炎を打ち込む。
「うおおっ!!」
――シュンッ
「おらあああっ!!」
――シュンッ
「こいつめえええっ!!」
――シュンッ
「まだまだああああっ!!」
――シュンッ
「負けるかああああっ!!」
――シュンッ
「ばかやろおおおおっ!!」
――シュンッ
「どおおりゃあああっ!!」
――シュンッ
「いい加減っ!!」
――シュンッ
「消えろおおおっ!!」
――シュンッ
「・・・えんどおおおおおっ!!」
――バシュンッ
「・・・えんどおおおおおおおっ!!!!」
――バシュワンッ
・・・まじか、円堂。お前の愚行は今、役に立っているぞ・・・。
疲労しきった俺には心なしか滝の水が円堂のキラっとスマイルに見えて仕方なくなった。なんか無駄に爽やかで白い歯が光っていてなんか、なんかむかつく。
ああ、腹減った・・・。
*****
「っはあ・・・、もうダメだ・・・」
俺の限界とはいったいどこにあるんだ・・・?
と、自分の限りない限界に酔いしれることも無く。
乱れ打ちを始めて1時間くらいが経った。
『ちなみにこの1時間で君は570回炎を撃ち込んでいたぞ』
感覚としては、1000発くらい撃ったと思っていたんだけど・・・。
「腹が減ってうごけねぇ・・・」
〈お前はガキか〉
この際、ガキだろうがなんだろうがどうでもいいや・・・。
仰向けになりながら右手に力を込めてみるが、蝋燭程度の炎しか作れない。
〈・・・仕方ない。そんなに動けぬというなら飯とやらを食え。全く人間という生き物は不便だな〉
炎禍はどうか知らないが、リロウスたち魔導師には食事が要らないらしい。彼女たちからしてみれば確かに人間の〈食欲〉こそ、無駄な機能だと思うかもしれない。
けど!!
「おう・・・、いったん休憩で・・・」
人間には食事が必要だということを分かってくれ・・・。
俺はぷるぷる震えながら立ち上がる。母さんからのお弁当も持ってきているが、
鳴海もお弁当を作ってきていると言っていた。
今ならどんだけでもご飯食べれるぜ・・・。
そういえば、俺は鳴海がどこにいるのかを知らない。
2時間前に別れたっきり、森からは音沙汰もない。
携帯を開いては見たが圏外だった。時刻は午後1時過ぎ。
「とりあえず鳴海が歩いてった方向に進んでいくか」
・・・どっち行ったっけ・・・???
二手に分かれている山道。
一方は下り、一方は上り。整地されていない道もあるが、今の俺の体力では確実に正しいルートを選ばなければ行き倒れになる。
〈いいじゃないか。お前は死に掛けが一番強い〉
・・・・・枝紡さんや・・・、今だけは人格戻っておいで・・・。
と、その時だった。
目の前にある木々が少し揺れたかと思うと、途端に突風が駆け抜けてきた。
「な、なんだ!?」
立っていられなくなるほどの風力。砂や木の葉、小石も飛んでくるから顔を腕でかばう。台風並みの暴風だった。
でも確かに感じた鳴海の。いや、嵐禍の魔力のにおい。
あろうことかそれは上りの道からだった・・・。
風が止む。目を開けると、いくつかの大木がへし折れていた。
*****
―――滝の反対側、山の中腹
その光景に俺は思わず目を疑った。
言葉さえでない。
木々はほとんどへし折られ、木の葉は全て落葉していると思う。
開拓地のようになった森の真ん中に、人がいた。
「・・・鳴海・・・か?」
目を凝らす。蝶々みたいな羽、お尻まで真っ直ぐに伸びた黒い髪。
薄い緑色をした陰陽服に身を包み、両肩を跨ぐようにふわふわと浮いている羽衣を纏う。
「・・・はあ・・・できた・・・です・・・?」
遠目からそういう風に聞こえた。やはりあれは鳴海らしい。
いつものボブカット丸眼鏡の女の子はそこにいない。
ただ、表情そのものは鳴海だった。髪が伸びるとああいう風になるんだな。
鳴海は俺に気づいてないらしく(その時点で自分の集中力の無さを思い知った)1人ぶつぶつ何か呟いている。嵐禍との対話をしているようだ。
「・・・ふぇ?不合格・・・ですか!なんでですか!!」
語気を強める鳴海。一体どんな勝利条件があったかは知らないが鳴海は不合格と言われたらしい。
「ななな、納得できないです!説明を求めるです!」
ほぼ更地と化した山の中腹で陰陽服を着た女子高生が1人で誰かに説明を求める光景は俺の心の中に永遠にしまっておこう・・・。
「そ、そんなの説明になってないです!『木を倒さずに』なんて聞いてないです!あと、まるこって言うなですっ」
木を倒さずに?鳴海、ほぼ木は倒れているぞ・・・?
〈どうやらあの少女は、お前と違う意味で力がコントロールできていないらしいな〉
不意に炎禍が話し出す。
「と、言うと?」
〈お前は力を全力で発揮できない。彼女は力をセーブできない。以前お前もやったことあるだろ。蝋燭の火で力をセーブする練習を〉
ああ、忌々しい記憶だ・・・。漫画もCDも炭になり、
今、俺の新しい部屋にあるのは鳴海からもらった洋書だけだ・・・。
〈まあ、お前よりは間違いなくセンスあるがな〉
おい、一言多いぞ。
必死に抗議している鳴海だが、俺の腹の虫も猛抗議をしている為、
とりあえず俺は鳴海を呼ぶことに。
「おーい、鳴海~!」
「・・・へ?わっ!!陸斗先輩っ!!」
鳴海が俺に振り向いた瞬間、
物凄い突風が俺を山の外側まで吹っ飛ばした。
「あああああああっ!!!!!」
*****
―――滝の前
「先輩、ごめんなさいです・・・」
「いや、大丈夫だ。気にすんな」
物の見事に吹っ飛んだ俺だったが、最後の気力を振り絞り炎禍の羽で事無きを得た。
「それよりもさ、鳴海のお弁当、食べてもいいか?」
俺はとっくに母さんからのお弁当を平らげていた。
「あっ、はいです!どうぞ」
鳴海は自分用と、俺用で二つお弁当を作ってきたらしい。
しかも中身は同じじゃなかった。
俺のお弁当箱は鳴海のお弁当箱より一回りくらい大きくて、それで足りるのかと聞いたら鳴海は少し眉を寄せて、「女の子はこれくらいでお腹いっぱいになるですっ」と言った。
『少しはさあ、乙女心ってやつを知るべきだね、式瀬くんは』
枝紡が呆れたように物を言う。
休憩時間には枝紡が戻ってきてくれるみたいで安心した。
「あっ、枝紡先輩っ!」
枝紡の声は鳴海にも聞こえるようになったようで、鳴海は枝紡との会話を始める。
俺は鳴海のお弁当に夢中だった。うまい。
「あの、枝紡先輩」
『ん?なにかな、まるちゃん』
「ほんとうに、枝紡先輩なんですよね?」
『そうだよ?まるちゃん』
「わ、わたしあのとき、いっぱいいっぱいで何がなんだかよく分かってなくて…」
『そりゃそうだよね。私もさ、無我夢中で式瀬くんと一体化しちゃったから』
・・・タコさんウィンナーか・・・。うまい。
「先輩は、その・・・」
『そう、イルヴァナっていう魔導師に式瀬くんが襲われてまるちゃんがやったみたいに『愛してる』って言って式瀬くんの力になったの。そしたら、イルヴァナに抜け殻の体から心臓奪われて握りつぶされちゃったんだ』
「そうですか・・・。だから陸斗先輩はあの時わたしの体を先に運んだんですね」
『うん。私のときはリロも私も式瀬くんも初戦でいっぱいいっぱいだったから、私の抜け殻を気にする余裕なんてなかったんだよ』
鳴海はお弁当に手をつけず、じっと枝紡との対話としていた。
俺も、あの日の事を思い出し箸を止めた。
『自分は死んだんだって思ったけどね、式瀬くんが言ってくれたんだ。『お前は生きているじゃないか、俺の中で』って。私、その言葉を聞いた瞬間、泣いてた。涙は出ないけどね。そういう気持ちになって、私はこの人を一生守ろうって思ったんだ』
枝紡がそんなこと思っていたなんて知らなかった。
俺の心内は筒抜けなのに、枝紡には秘めた想いがあったんだな・・・。
『あ、でもまるちゃんみたいに式瀬くんを恋愛的に好きとか守りたいって思った事は無いから安心してねっ!』
かなり早口でまくし立てる枝紡。
グサリと鋭いものが突き刺さった感覚が・・・。
俺にも枝紡に対しそんな感情なかったにしても、学園のアイドルにはっきり言われると相変わらず刺さるものがあるな・・・。
「わわわわたしは、その・・・。もう、話かえるですっ」
鳴海はお弁当箱のプチトマトみたいに赤くなる。
『わあ、真っ赤だねまるちゃん!本当にこの甲斐性なしが好きなんだ!』
甲斐性なしで悪かったなっ!
「ま、まるちゃんって・・・言うなですぅ・・・」
鳴海の反論、そこ!?
そんな2人の対話を聞きながら、また俺は箸を進めた。
「えっとえっとわたし、陸斗先輩と栞菜先輩のことも知りたいです」
「・・・えっ?」
てっきりこのまま枝紡と話を続けるかと思いきや、俺に話を振ってきたので思わず箸からおにぎりが零れ落ちる。ぎりぎりでキャッチした。
「あ・・・もし言いたくなくて、気に障ったのなら申し訳ないです・・・」
「いや、そういうわけじゃなくて」
『ほんとさあ、式瀬くんは乙女心を知らなすぎだよ。いつか刺されるよ?』
もう何回か刺されてるだろ・・・。
枝紡は無視して俺から話し出す。
「いやあ、かなり昔の事だからなぁ。あいつと出会ったのも」
「そんなにですか?先輩がよろしければ聞いてみたいです」
栞菜との出会い、かあ。
改めて思い返すと、俺の過去には栞菜と遊んだ記憶ばかりだ。
・・・なんか水切りしまくってたよな・・・。
あれ、いつだっけ・・・?
「先輩?顔が怖いです」
「へ?」
「ものすごく、にやついてました」
なぜだ・・・。
でも、栞菜との思い出は楽しいものばかりだったな。
・・・・・・。
「先輩?」『式瀬くん・・・?』
・・・いや、楽しい記憶だけじゃない。
俺が栞菜の傍にいるって決定付けた記憶がある。
――栞菜の精神混乱の原因。
それは、俺のせいじゃなかったか・・・?
そのとき俺の脳裏にいくつかの光景がフラッシュバックしてくる。
バス停、古い家屋、崖、見渡す限りのひまわり畑・・・
「俺が・・・栞菜と出会ったのは・・・」
過去を掘り返すように口が勝手に動く。
俺の中で点と点が結びつこうとしていた。
俺が栞菜と出会ったのは・・・
「あのう、せんぱい・・・?」
『ちょっと式瀬くん、私、苦しいよ・・・・・?』
俺、たち、は・・・、
―――ッ。。。。。
突然、目の前が赤く染まって
プツンっと俺の意識がそこで落ちた。
*****
―――桜見市 中央病院 505号室
「そろそろお昼ごはん食べに帰ろっかなー」
椎菜は、んんーっと背伸びをして時計を見る。
「そうしなさいよ。毎日3食食べないと出るとこ出なくなるわよ」
あたしがそう言うと、椎菜はあたしのある一部分を細めで見てきた。
「確かに」
あたしの自爆だった。
「あ、そうだ。あんた帰るならこれ、お母さんに持っていって」
椎菜に手提げ鞄を渡す。
「なにこれ?」
「暇つぶしに作ったのよ」
椎菜は手提げ鞄に手を突っ込み、あたしが作ったぬいぐるみを取り出した。
「・・・ライオン・・・?」
「惜しい。ケルベロスね」
一瞬、椎菜の顔が引きつっていたが今回は大目に見ておこう。
「これ、前も作ってたよね?ちっこいやつ」
「あれはリクへの誕生日プレゼント」
「あれ、あげたんだ・・・」
・・・今日だけは大目に見ておいてやろう・・・。
「でもさあ、お姉ちゃんと陸斗にぃって本当に仲いいよね」
「仲いいっていうかな?腐れ縁でしょ」
「またまたそんなこと仰って~」
おばちゃんみたいにあらやだ~と左手を口元に、右手でひょいひょい動かしている。
妹よ、どこぞのドラマでそんな仕草覚えたんだ。
「お母さんから聞いたことあるけど、シイが生まれた頃に藤咲に引っ越してきて出会ったんだよね?」
「そっ。まだ椎菜が1才くらいのときかなぁ」
思い返す。あの夏の日の事を。
「ねえねえ、詳しく教えてよ!詳しく詳しくっ!」
「ええ!?ていうかあんた、ご飯食べに帰るんじゃないの!?」
「お姉ちゃんの恋ばなでお腹を満たす!」
「いや、別に恋ばなじゃないし」
そう、あれは恋のお話なんかじゃない。
あたしはあの頃はまだ、リクに恋をしていなかった。
あの頃は。
・・・今は・・・?
「ほらほら、話してよ!あっ、お菓子見っけ!」
過去。
あたしの過去には、リクばっかりだ・・・。
「あっ、ジュースも発見!お姉ちゃん、だめだよ!病人がこんなの飲んじゃ!」
いつもリクがそばにいた。
でも1度だけ、リクを・・・。
失いかけたときがある。
「ぷはーっ、美味しいっ!・・・ってお姉ちゃん???」
失いかけた・・・ことが・・・ある・・・。
ベッドの隣で咲いているひまわり。
あたしがひまわりを好きな理由は・・・。
「おーいお姉ちゃん?どうしたの?返事しろー!ダイナミックシカトやめてー!」
みいいいん みんみんみいいいいいいいい――――
セミの声が頭の中に聞こえた。
それはだんだんと大きくなっていく。
ミ゛イイイン ミ゛ンミ゛ンミ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛ッ――――
やがてその鳴き声が頭の中を支配すると――――。
「お姉ちゃ―――」
あたしの目の前が真っ赤に染まって、
セミの鳴き声も椎菜の声も聞こえなくなった。
××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××
××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××
みいいいん、みん みん みいいいいいいいい・・・
―――真夏。
セミの鳴き声があたしの周り全ての方位から聞こえる。
汗がぽとりと落ちた。
・・・あの日あたしは、
ひとり、トタン板で囲われた錆びれたバス停で
なかなかやって来ないバスを待っていたんだ。
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