〈episode31〉世界の行く末
――〈イースト〉 数日前の出来事。
「久しぶりだな、エミル。いや、今はエミル国王と呼んだ方が良かったかな?」
ユーマにとって、〈イースト〉への来訪は他国への潜入に比べると、
やや特別なものだった。
フューリによって作られ、彼が最初に言い渡された任務は〈イースト〉への潜入及び前国王・エミュークスの護衛に就くこと。
長い時間をこの場所で過ごした。
エミルとは兄弟のように接しユーマは”あの日”が来るのを虎視眈々と
待っていたのだ。
無論、ユーマに〈イースト〉の連中への情はない。
フューリからの命令を確実にこなすことだけが、彼の存在理由なのだ。
彼の突然の来訪は、エミルの心臓を跳ねさせる。
父親が死んだあの日、エッフェンバルトと共に任務に当たっていたエミリアが忽然と姿を消した。
一時、国王殺害の犯人はエミリアだという噂さえ流れしばらく経った今も彼のことを犯人だと疑うものは少なくない。
裏切りがばれて、エッフェンバルトに殺されたと言ったものもいた。
しかし、エミルはエミリアという男を信じていた。
”彼はやっていない。今もどこかで必ず生きているはず”と。
信じ続けていた結果、今、目の前にいる。
今このときが全てを知るチャンスなのだ。
エミルは玉座から立ち上がり、一歩だけ前に出て口を開いた。
「やっぱり生きていたんだね。エミリア」
「・・・ああ。大変なときにすまないな」
気にするな、と首を振るエミル。「よく帰ってきてくれた」
エミルの返答に対し、ユーマも首を振った。
「いや、帰ってきたわけじゃない。またすぐに出て行くよ」
「どうして?今、この国は内政が不安定なんだ。兄弟のように過ごした君にならよく分かるだろう?手伝ってほしいんだ」
そういうと、エミルは1歩ずつユーマに近づいていく。
そんな彼に右手を突き出し、止まれ、と静止させる。
「手伝う?俺には内政なんて向いていない。この国はお前のものだろう。お前が作らなくてどうする。今日来たのは、お前に知っておいてほしいことがあるからだ」
ユーマからの静止にエミルは立ち止まると、納得しないままにユーマの言葉を聞く。
「近いうち、〈ウェスト〉の衛兵団がここへくる。奴らは各国に衛兵団を送り”調査”という名目で潜入するらしい。俺がやったときと同じようにな」
エミルは彼の最後の言葉に妙な引っ掛かりを覚えた後、大きく目を見開いた。
「ど、どういうことだい、1から説明するんだ」
かかった、とユーマは内心ほくそ笑んだ。
突如、国王として祭り上げられた男には、この程度のハッタリでも効く。
「1からか・・・。まず、この国で起きていた爆発事件と〈ウェスト・サイド〉の件。それも全部、〈ウェスト〉が仕組んでいたってことだ。これから起きる事への土台として。俺はその決定打を打ち込んだ。どうだ、その玉座。座り心地は?」
エミルの顔が蒼白になっていく。
「お、お前が・・・父を・・・?」
「俺が、エミュークスを。セネからの指令でね」
「う、嘘を言うなっ!!!どうして、お前が!!!」
「どう解釈するかは、エミル、お前の自由だ。俺をこの場で処刑するのかどうかも。お前は国王になったばかりで苦労が多いと思うが言っておく。この世界は争いに満ちている。どの国も、隙あらば”支配”に手を伸ばしてくるんだ。だから、決して弱さを見せるな。国王が暗殺され、弱体化していると知られているこの国は尚更だ」
ユーマの言葉にエミルは狼狽してばかり。
絶対的だった王を失った国民からは、エミルへの批難も少なくない。
しかし、彼は彼なりの政治を行ってきた。
少しでも父のような偉大な王になるために、命を削ってきた。
それも全て、仕組まれたことだったと。
あろうことか元凶から教えられたのだ。
その元凶は、エミルが最も心許す、兄弟のような存在だった。
「お前はどうする。俺をここで殺さないというなら俺はこのまま北へ向かう」
決断しなければならない、とエミルは逡巡する。
考えれば考えるほど、鈍器で殴られたように頭が痛くなる。
国と民を守るのが自分の役割。
長らく続いていた平安を脅かそうとしてくる他国の脅威。
今、目の前にいるのがその脅威なのだ。
決断しろ、決断しろ、決断しろ。とエミルの内側に語りかけてくる声。
「はあ・・・はあっ・・・ハア・・・ッ!!」
鼓動も呼吸も荒れる。ユーマは瞬きひとつせずにエミルの事を睨み続けた。
「・・・答えは出せないか。それもいい。お前はヤサシイオウサマだな」
くるりと背中を向けるユーマ。
カツカツと歩きだし、遠ざかる姿にエミルは半ば狂乱的に立ち上がって剣を抜いた。
そして―――。
「・・・なるほど。剣の腕も、素早さも、間合いの詰め方も、何もかも戦地にいたあの頃と変わらないな。王になってから怠けて座っているだけかと思ったが」
腹部より突き出した剣を撫でながら、ユーマはエミルへの言葉をかけた。
「いいか、エミル。その憎悪を忘れるな。大切な者を失った痛みを知ったのなら、その痛みを味あわせてやればいい。守りたい者たちがいるのなら、お前の剣で守るのだ。それは、お前にしかできないこと」
「貴様・・・、能弁を垂れよって・・・ッ!裏切り者ッ!!!」
またずぶりと、剣がユーマの腹部を滑る。彼は苦悶の表情1つしなかった。
「憎いなら、殺せ。みな、この国を真っ先に落としに来るぞ。お前を見くびっている。エミュークスの七光りとな。胡坐をかいている奴らに憎しみを込めて剣を振れ。そして欺け。この国はお前のものなのだ。お前の想いひとつで国は動き、世界は変えられる」
――この理不尽な世界は。
「貴様は、〈イースト〉を裏切り、自らの祖国〈ウェスト〉も裏切るのか!」
「さて、どうだろう。俺は裏切りだとは思っていないがな。友人だった者への忠告かな」
そういいながらもユーマは自分を作り出したフューリの顔を脳裏に浮かべた。
ユーマの存在理由は彼にしか与えられない。
この世界に存在していい理由を、彼がくれる。
彼のためなら、どんなことでも遂行してみせる。
魂の根底にある揺らぐことの無い硬い意思。
「屑め・・・」
「そう思うなら、早く殺してくれ。エミュークスは苦しむことなく殺してやったんだから」
―――一閃。
右側半分へ横薙ぎされた剣。王の間に飛び散る赤黒い鮮血。
ユーマは力なく倒れ、体が液状化していく。
やがて、跡形も無く消失した。
「・・・はあ、はあ・・・」
エミルはごくんと生唾を飲み込むと、剣を握る力が無くなった。
そのあと、両手で顔を覆い、激しく慟哭する。
芽生えていくのは、悪意だった。
こうしている間にも、他国は機会を伺っているのだ。
〈イースト〉を落とそうと。
かつての戦地でもこんな感情は知らない。
争うことそのものを憎んではいたが、敵を排除することへの抵抗は常に持っていた。
それが今は、何もかもが憎く思える。
結局自分は、手のひらの上で踊らされていたのだと。
いや、自分だけじゃない。父が作り上げた〈イースト〉自体が嵌められていたのだ。
「許さん。許さん許さん許さん許さん許さんッ!!!女王セネッッッ!!!」
エミルは再び剣を取り、ユーマの鮮血がこびりついたままの顔面で王の間を飛び出していった。
*****
「へぇ~。お芝居が上手くなったねぇ、ユーマ」
〈ノウス〉を出立してしばらく。ユーマは次元の亀裂を探していた。
全ての報告を終えると、フューリはおどけたようにユーマを褒めた。
「俺はフューリの血から生まれたんだ。だから、フューリの血でしか殺せない。・・・流石だよ、本当は傀儡も作れるんじゃないのかい?」
淀んだ空に手を掲げ、僅かな歪みを探しながら主との対話を楽しむ。
「傀儡に関しては、君を作った後何度も試したけどね。お城にはかつての傀儡師たちが残した実験資料と施設があるから。それでも、無理だった。間違いなく彼らは何らかのトリガーを完全に消し去っている」
「フューリにもできないことはあるんだな」
ユーマがそういうと、フューリはひとしきり笑う。
「そうだよ。だから自分にできることだけをやるんだ。俺にできないことを今、お前にやってもらっている。・・・・・計画は最終段階だ」
「・・・うまくいくといいが」
ユーマとしては主の指示に従い各国を回り、任務は完璧に達成したと思っている。
しかし、その後は彼が出会った国王たちに委ねるしかない。
彼に与えられた役割は、国王たちに〈キッカケ〉を与えるというものだった。
「この世界は狂っている。誰もが淡々と他者の足元をすくってやろうとしてるんだ。でも、皆キッカケが無い。だから、拮抗状態が続く。それはやがてストレスになり小さな争いが生まれる。俺たちはキッカケを与えてあげるだけでいい。後は勝手にやってくれるさ」
「そのキッカケ作りに、クリア・セントラルの戦力ダウンは含まれているのかい?」
「ああ。それに関してはあちら側の少年がよくやってくれている。着々と力をつけているようだ」
なぜかフューリは嬉しそうにあちら側の少年について語っていた。
と、そのとき。
ユーマの右手には確かな感触。
「・・・あったよ。次元の亀裂が」
「よし。いいかい?その僅かな亀裂を徐々に広げていくんだ。あちら側に辿り着いたらその亀裂を思い切り破壊しろ。そして、ここまでの道を作り彼らを誘いざなえ」
「・・・了解。これが俺の最後の任務って訳だな」
「そうなるね。ここが一番の肝になる。やってくれるね?」
ユーマに迷う瞬間は無い。即座に返答すると、亀裂へと手を伸ばす。
体ひとつ分、亀裂をこじ開けると、ユーマは這いつくばるように体をねじ込んでいった。
ユーマを完全に飲み込んだ次元の亀裂は、ぷつんっと消失した。
*****
「行ったか」
俺は幽閉部屋の窓を開け、空をみる。
淀んだ空。
厚い雲。
遠くに走る稲妻は、龍という幻獣を想起させた。
ユーマの魔力でのあちら側到達は、早くて2週間とみるべきか。
オリオンクラスの魔導師ともなればあっという間なのだが、まあこれは仕方ない。
正規の方法でもないしな。
それに、こちら側にも準備がある。
今はユーマが無事に辿り着くことだけを祈るばかりだ。
「あっ・・・」
空を見渡していた俺は一瞬、目を疑った。
あの白い鳥が、元気に飛び回っているのが見えたから。
「ふふっ。元気そうで何よりだ。世界をみてきたかい?」
鳥は応えずに、またさらに高く飛んでいった。
すぐに白い鳥の姿は見えなくなった。
「さあ、もうすぐだ。もうすぐ、君はここへやってくることになる」
待っているよ。
式瀬陸斗 くん。




