第31話〈流々禍ノ章〉「風は彼女を。炎は俺を」
「うおおおおおっ」
俺は今、豪快に滝に打たれている。
藤咲市にもこんなに立派な滝があったんだなと感心している余裕すらない。
轟音とともに大量の川水が炎禍の炎をなんとしてでも消そうと降りかかる。
だが、この修行を始めて一週間だ。
毎日、自分の意識の中に居る奴らに怒られはするものの、
日に日に炎禍状態の持続時間は延びている。
心なしか炎禍からの罵倒も減ったような気がする。
「うおおおおおっ」
滝は基本的に同じ水量を落としてくるが、たまに流木や土砂を含んでくる。
そのときは要注意だ。3日前、流木が大量に俺の頭を直撃しなぜかリロウスたちに怒られた。『痛いぞ、陸斗!!』と。
俺の心配は・・・???
「・・・・・ハッ!!!」
それが今では、直撃する寸前に炎でのガードが出来るようになった。
まあ、半分は炎禍によるカバーのおかげなんだけど・・・。
〈・・・よし、器よ。これで持続時間は3時間を越えた。残り、10秒としよう〉
やっと終わるううううっ!!!!
俺は、心の中で歓喜する。その瞬間、『〈集中しろっ!!〉』と奴らに注意された。
〈それでは、カウントするぞ。10、9、8・・・〉
あっと7秒!あっと6秒!!
〈5・・・、4・・・〉
ようやくこの滝行からの解放だ!!!早く0になれ!!!
〈2・・・、い〉
「あっ、陸斗先輩っ!!ここだったですか!!」
「はっ!?」
突然、現れた鳴海と目が合った瞬間、炎禍の炎が一瞬にして鎮火した。
「ば、ばびばぼおおおおおっ!!!!!(ま、まじかよおおおおおっ!!!!!)」
*****
〈器よ、我は呆れて何も言えぬ〉
じゃあもう何も言うな。〈おい、殴るぞ〉
・・・ごめんなさい・・・。
「はい、先輩。タオルです」
「あ、ああ。ありがとう、鳴海」
滝が相変わらず轟々と流れ落ちる中、俺は鳴海から受け取ったタオルで髪を乾かす。
・・・これが栞菜の言う、まるちゃんフレグラ「先輩、匂い嗅がないでほしいです」
鳴海はいかにも山登りをしてきたという服装だった。カーキの色の小さなハットに白いTシャツの上からデニムのオーバーオール。しっかり登山靴を履いて、トレッキングポールも装備していた。
「山の中、歩いてきたのか?」
「そうですよ。この時間だと、空飛べないです」
律儀だとも思ったが、あまり「空飛べないです」という文を聞いた事が無いから少し戸惑う。
「鳴海って、意外と行動派だよな」
「でも山登りは初めてです。しっかり登山に関する本を読み込んできたです!」
そういうところは鳴海らしいといえば鳴海らしい。
「それで・・・、本当にやるのか・・・?」
俺は鳴海に問いかける。
鳴海の力は確かに必要だけど、鳴海の中に少しでも引き返したいという気持ちがあるのならそうすべきとも思っているから。
でも、俺の考えとは裏腹に鳴海の答えは単純明快だった。
「はい、わたしも強くなるです。先輩と一緒に」
鳴海がそう断言すると、森の木々が風でざわめいた。
そして、俺にも彼女の声が聞こえてくる。
〈ふふふ。本当に優しくていい子。まるこって呼ぼうかしら〉
「だ、だめですっ!」
どうやら鳴海と嵐禍はかなり仲がいいらしい。
あああ、羨ましい。炎禍と違って嵐禍は穏やかな性格じゃないか・・・。
〈なんだ、器よ。我に対する侮辱か。不満か。今着ている衣服を燃やそうか〉
いいえ、違います・・・。服は燃やさないでください・・・。
「先輩たちの会話、面白いですっ」
鳴海は口元を両手の指先で隠すようにして笑っている。
そうか、鳴海にもこういう会話が聞こえているのか。
〈おい、嵐禍と言ったか?〉〈ええ、そういうあなたは炎禍ね?〉
〈貴様の主は優秀そうだな〉〈ええ、とてもいい子なの〉
〈なぜそんなに優秀なんだ?〉〈んー。いつもお勉強はしているわね〉
〈だそうだ、器。勉強しろ〉
「おい、お前ら勝手に会話しといていきなり俺に振ってくんなよ!」
「ふふふふっ」
会話がツボに入ったらしく、鳴海は小刻みに肩を震わせながら笑いを堪えていた。
〈で、貴様らも修行するというのなら一緒にやるか?〉
炎禍からの提案。そういえば、俺の第一段階はクリアなのだろうか・・・?
〈いえいえ、こっちはこっちでやるわ。まるこ、びしばしいくわよ?〉
「まるこって呼ぶなです。修行はがんばるです」
鳴海たちは山の反対側で修行を行うらしい。滝行じゃないのか。いいな・・・。
〈それじゃあ、行きましょうか。まるこ〉
「む・・・。分かったです、らんこ」
あああ、羨ましい。
俺が遠い目になっていると、歩き出していた鳴海が振り返って俺の元に小走りで駆け寄ってきた。
「先輩、お弁当作ってきたのでお昼に一緒に食べましょう!」
『おい聞いたか、リロウス、炎禍。この子みたいにお前らも、』
〈焼くぞ〉『焼かれろ』〈とっとと滝に打たれろ〉『打たれろ』
・・・・・・。
「・・・おう、ありがとな!ほんっと、ありがとなっ鳴海っ!!!」
「先輩、どうして目が赤いです・・・?」
首を傾げている彼女になんでもねえよと言い放ち、俺は脇目も振らず滝に突入した。
「うおおおおおおっ!!!」
やってやらああああ、ちくしょおおおおっ!!!!
*****
〈それじゃあ、この辺で始めましょうか、まるこ〉
「もう!その呼び方、やめるです!」
わたしは陸斗先輩が居た滝のところから20分くらい歩いた山の中腹に来ていた。
遠くに滝の音が聞こえるくらいで、物静かな雰囲気。わたしの周りを何本生えているか分からない木が囲んでいる。
「ここで、やるですか?」
〈ここでやるですよ?〉
嵐禍はよくわたしをからかう。別に嫌ではないけど、まるこは嫌だ。
家では長女であるわたしにとって、嵐禍は年上のお姉さんのような感じ。
多分、わたしをからかって反応を見るのが楽しいと感じているのかもしれない。
「・・・それで、何をするですか?」
〈そうね~。まずはお話をしましょうか〉
「お、お話ですか??」
わたしとしては実技的なことを想像していたから嵐禍の提案には驚いた。
あっちでは陸斗先輩が滝に打たれているのに、お話をしていていいのかな・・・。
〈不安みたいね。でもね、心と心を通わせるって大切なことなの。特に私とあなたの場合はね〉
「どういうことです?」
わたしは、傍にあった切り株に座って嵐禍の話を聞くことに。
〈彼、陸斗とあなたは似ている存在なの。彼はその身に〈炎禍〉の力を持つ少女を宿して己の力としている。そもそも彼本来に特別な力はないからね。そしてまるこは、私〈嵐禍〉の能力を覚醒させた。あなたの中に力が宿っている状態って言えば分かるわね?〉
「はい・・・なんとなく・・・」
〈要するに、あなたはすでに魔導師化しているってこと。つまりは、私の力をあなたの体でも使えるということなの〉
「そ、そんなことが!?」
わたしは思わず大声を出してしまう。でも、ここでは誰にも聞かれていないから安心した。
〈あの化け物と戦ったときの事、覚えているわよね?あの時、まるこは自分で風を操っていたわ。それが何よりの証拠。はっきり言うけれどあなたはもう・・・人間ではない〉
嵐禍からの言葉に、一瞬心臓がドクンと跳ねた。
人間ではない、という言葉が頭の中で残響する。
「人間じゃない・・・ですか・・・」
〈あ、ごめんごめんまるこ!そんなに落ち込まないで!〉
嵐禍は慌てたように言う。
でも、わたしは思った。
先輩だって、こういう運命を背負って戦ってきたんだと。
その先輩の力になりたいといったのはわたし自身なんだと。
「・・・大丈夫です。お話を続けてほしいです」
〈・・・・・〉
嵐禍は、まることは呼ばなくなった。
〈・・・続けるわね。魔導師の力にはそれなりのリスクもある。たった今、あなたは人間ではないと言ったけれどそれは魔力が使えるから。あなたの体の構造自体が変わったわけではないの〉
「体は、人のままってことですか?」
〈そう。だから、あなたの体のままで私の力を全力で使ってはいけない。出しても90%。それ以上はあなたの体がもたないわ。それ以上を引き出すために必要なのが・・・〉
わたしは、ここでピンときた。
「陸斗先輩の体・・・」
〈ええ。〈器〉である彼の体なら私の力は100%発揮できるの。魔導師たちには〈傀儡〉という器を模した入れ物があるんだけどね〉
あの日、この山の山頂に埋めた2つの体。あれの事だろうか。
〈傀儡を使ってもせいぜい95%って所ね。あれは、単なる入れ物でしかないから。でも、彼は違う。彼はかみさまに選ばれた器なの。だから、彼はこれからものすごく辛い想いを抱えていくかもしれない〉
先輩があの時、わたしに向けていた表情を思い出した。
先輩は本当に、わたしを巻き込みたくなくて、
わたしたちの力を使わずにいたかったんだ・・・。
〈彼の気持ちが分かったみたいね。その上で磨瑠は、まだ彼と共に戦いたいと思う?〉
わたしは、ほんの少しだけ考えを巡らせた。
でもやっぱり、出てくる答えは変わらない。
「・・・うん。守りたいです」
〈この前は、彼の体で戦ったからあなたは怪我をしなかったけれど次はこの体で魔導師と戦うことになるかもしれないわよ?それでも?〉
もう一度立ち上がる。そして、大きく深呼吸する。
「それでも、です」
〈でもでも、魔導師たちは強くて、恐ろしいのよ?それでも??〉
「はいです」
〈でもでもでもでも、うっかり100%の力を出しちゃって磨瑠の体が粉々に弾け飛んじゃうかもしれないのよ?それでも???〉
「嵐禍、しつこいです!やるったらやるんです!先輩を守るですっ!」
その宣言もまた、大きな声で。
無意識に、両手をぐっと握っていた。
〈ふふ。からかいすぎちゃったわね。それでこそ私の主様。その覚悟をもって私はあなたへの忠誠を誓うわ〉
「ちゅ、忠誠ってそんな・・・」
〈それじゃあ、磨瑠。気が変わっちゃいそうなくらい厳しい修行を始めましょうか〉
気が変わっちゃうくらいって・・・。
少し怖いな・・・。
「お話は終わりですか?」
〈また後でお話しましょう。あ、夜寝る前にも!〉
「いつもしてるじゃないですか。わかったです。それで、どんなことをすればいいです?」
わたしは、リュックサックを切り株に立てかけるように降ろしハットも置いた。
準備運動をしながら嵐禍の言葉を待つ。
〈まずは私の力をコントロールする修行ね〉
「はいです。どんとこいです!」
〈んー。それじゃあ手始めに今、磨瑠を取り囲んでいる木の葉っぱ、風の力で全部落としてもらえるかしら?〉
「・・・えっ・・・?」
*****
〈3・・・、2・・・、いち・・・・・、終わりだ!〉
「びょっびゃあああああっ!!!!(よっしゃあああああっ!!!!)」
終わりの号令と共に緊張が解けて俺の口の中には大量の水が。
ようやく終わった!!苦節一週間。長かった・・・。
〈少し、休め。・・・ん?ああ分かった・・・〉
炎禍は多分枝紡と話している。ということは・・・。
『おつかれー、式瀬くん。元気?』
こっちの苦労を知らず能天気な枝紡だった。
『能天気とは失礼なっ!』
「お前、ほんと二重人格な」
『なあに~?まるちゃんたちがうらやましいの~?
らんちゃん、優しそうだもんね~。式瀬くんは、年上好き、と・・・』
なぜ煽るんだ、枝紡よ・・・。
『炎ちゃんだって、本当は心苦しいのかもよ?』
「その炎ちゃんは、お前だろ!」
『そうなるのかな?うん、私も心苦しいから!!』
「嘘だっ!」『嘘じゃないっ!』
枝紡は炎禍に人格を変えているとき、よく休んでいるせいか元気だ。
俺に元気を分けてくれ、と両手を挙げて言いたくなる。
『で、どうだった?滝行』
「どうもねえよ。強いて言うなら夏でよかった」
『あははっ。そっか!少しは強くなったかな?』
「どうだろ。滝に打たれただけで強くなってたら苦労はし・・・」
『ねえねえ、リロ!式瀬くん、まじめにやってる?』
まだ俺の話の途中だろ!!なんてつっこみも野暮らしく、枝紡はリロウスとの会話に花を咲かせている。こいつらほんと、仲いいな・・・。
『えっ?ああ、うん。わかった、じゃあまたよろしくね、炎ちゃん』
リロウスとの会話の途中だったが、炎禍的には休憩時間の終わりらしく間もなく鬼教官が戻ってきた。
〈鬼教官とは失礼なっ!〉
やはり、二重人格でも元は同じなんだな。
「で、次は何を?」
俺は鳴海タオルで髪を乾かしながら聞く。
服は着替えなくても、どうせ乾くし。
〈次は、この滝の水を全て蒸発させろ〉
・・・また、滝かよ!!!
〈文句を言うな!!つべもこべも許さん!!〉
「鬼」
〈鬼で構わん〉
「この水、蒸発させたらいろいろとまずいんじゃないか?」
〈どうせ、この地域は人も立ち寄れんのだろう?誰も気には留めんよ〉
否定できねえ・・・。
〈さ、第二段階だ。我の真の炎、黒炎を引き出せ〉
to next story is...




