〈episode30〉思惑
――〈ウェスト〉、第4公国・ベルテリア
第13代女王皇帝陛下・セネが統治する〈ウェスト〉の全8つある公国の内のひとつである。
ベルテリアは国の中央に位置する女王の神殿から第2公国・フアルカと第3公国・リノエンテを挟んだ位置にあり、国境に近い。また、どの公国よりも魔導師の数が少なく面積も狭い公国だった。
無論、国境沿いの為守護任務にあたる衛兵は配置されているがベルテリア自体は温和な雰囲気を持っており、争いとは距離を取っている。
そのベルテリアの雰囲気が今日はいささか慌しい。
賑やかと言ってもいいが、民はどこか緊張の面持ちも浮かべている。
民は皆、家の前でそのときを待つ。
手には花束を持ち、見つめる先は神殿がある方角だ。
ひそひそ話している声が聞こえてくるほどの静寂に段々と馬が蹄を鳴らす音が混じってくる。徐々に大きくなっていく音と共に民たちの緊張も高まっていく。
そして、蹄の音が1度止まると第3公国・リノエンテに通じる鉄門がぎりりと重たく開いていく。
鉄門が開ききったとき、民たちの歓声が上がった。
「「「「セネさまああああっ!!!!」」」
「「「女王陛下さまあああっ!!!!」」」
幾重にも飛び交う女王への歓喜。
その花道の先頭を女王直属衛兵団長・クオーネが歩く。
クオーネは長い黒髪を麻紐で結い、赤い甲冑を身に纏っているが汗はひと粒もかいていない。当然、クオーネへの歓声も凄まじく、彼女の耳も少しばかり痛んだ。
「やれやれだ。どこもすごいが、ベルテリアは特にすごいのだ」
ぼそっと呟くが、民には聞こえていない。
このままでは女王が出づらいかもしれない。
そう思ったクオーネは持っていた槍の尾で地面を思い切り叩く。
もちろん、クオーネとしては威嚇の意味ではないのだが民たちは今までの歓声が嘘かというほどに静まり返ってしまった。
槍の尾で叩いた地面を見てみると、大きな亀裂が入っていた。
ようやく彼女の額にじわりと汗が湧いた。
彼女はゴホンっと咳払いをしてから、声を出す。
「みな、歓迎ありがとう。歓声も嬉しいのだ。だが、こうも賑やかだと陛下が馬車から出づらいのだ。少しだけ静粛に・・・」
「何を言っているの、クオーネ?」
「へ?じょ、女王陛下!?!?」
セネはすでに馬車から半身を乗り出していた。
「久しぶりの展覧なのに怒ってはダメよ?」
「え、あ・・・あの・・・」
セネが再び民たちへ手を振ると、息を吹き返したように盛り上がる。
そのときだった。
「あらっ」
身を乗り出していたセネが窓の淵から手を滑らせ落下しそうになる。
「セネっ!!」
ドスンっと鈍い音の後、土煙が晴れるとセネを両腕で抱きかかえるクオーネの姿が現れる。勇ましい彼女の姿により一層、民たちは歓声を上げた。
「大丈夫ですか、女王陛下」
「クオーネ、久々にセネって呼んでくれたわね」
「じょ、条件反射なのだ、女王陛下・・・。無礼を許してほしいのだ・・・」
「はいはい。ありがと、もう降ろしてくれるかしら」
「わかったのだ」
セネがベルテリアの地を踏むと、小さな子供たちが花束を持って駆け寄ってくる。
「じょおうさま!じょおうさま!!」「おはな、どうぞ!!」
花束を受け取ると、セネは子供たちの頭を優しく撫でた。嬉々とする子供たちを見てクオーネも自然と笑みがこぼれる。
街を縦断し、中央の広場に辿り着くとセネは観衆をの前に立つ。
周囲を囲まれる形になったため、クオーネも意識を尖らせた。
平穏なベルテリアと言えど万が一を忘れない。
命を懸けて女王を守ることが彼女の使命だからだ。
観衆が期待の眼を向ける中、セネが口を開く。
「皆様、この度はこのような温かい歓迎をしてくれてありがとう。またベルテリアに戻ってこれて私は幸せです。どうか、その温かさと優しさを持ち続けてください。皆がそうあればこの世の争いなど消えてなくなるでしょう。民を守るのが私の使命であります。皆様には笑顔でいてほしいと、願っております」
セネは360度見渡しながら、言葉を紡いだ。民の中には涙を流す者さえ居た。
「まだ、この世界のあちこちで争いが続いています。私にはなぜそのような事態が収束しないのか疑問です。我々は〈大戦〉という教訓を得たはずなのに。繰り返してはいけないのです。もう、あのような悲しい想いをしてはいけないのです。だからどうか、どうか、笑っていてください。皆様の笑顔が私は大好きなのです」
セネは両手いっぱいの花束を抱えながら囲む全ての民へと笑顔を向けた。
沸き起こる歓声ひとつひとつに手を振って応えていく。
「ん・・・?あれは・・・?」
クオーネが眉をしかめ、真っ直ぐに見つめる。
数多の歓声の中、物凄い勢いで民を掻き分けてくる者の姿が映った。
「っ!!!女王陛下、後ろへ!」
「え、なに?」
―――ど、どいて、ください!とおして、くださいっ!!
微かに聞こえた声は、徐々に歓声よりも大きくなっていく。
なんだなんだ?とどよめきに変わる中、小さな女の子が大衆の中から抜け出てきた。
「はあ、はあ、はあ、はあ・・・」
両膝に両手をつき、乱れた呼吸を整える少女。
クオーネの指示により、部下の衛兵たちも槍を構える。
「貴様、何者だ」
「ちょっと、クオーネっ」
「陛下はじっとしていてほしいのだ」
クオーネとしても、よもやこの少女が反乱分子とは思いたくないがやはり万が一を考える。
「はあ、はあ、はあ・・・。わ、わたし、第6公国・シルフィンの・・・はあ・・・、マイヤ・・・です・・・」
セネもクオーネは顔を見合わせる。どうやらお互いの知り合いではないらしい。
「どうしますか、公衆の面前ですが」
「強い魔力は感じない。・・・いいわ、話を聞きましょう」
そう言ってこくりと頷きあうと、クオーネは警戒を解いた。
「では、マイヤといったか?女王陛下の前へゆっくり来るのだ」
「は、はいっ!!」
マイヤは背筋をピンと伸ばし、ぎこちなく歩み寄ってくる。クオーネは視線を配り周りの衛兵の警戒態勢は解かなかった。
大衆が見守る中、マイヤがセネの目の前まで来ると、セネは腰を下ろしマイヤと同じ目線になった。
「やあ、マイヤ。知っているとは思うけどまずは挨拶ね。私はセネ」
セネが右手を差し出すとマイヤはその手に握手をした。「マイヤです・・・」
「ふふ。会いに来てくれて嬉しいわ。でも、つい先日シルフィンには行ったわよ?」
「はい、見ていました。でも、今日は違うんです」
「違う?どういうことかしら?」
マイヤが唇を噛み締める。目線は下に向いたまま。体は小刻みに震えている。
クオーネはすぐにでも動けるよう、ほんの少しだけ槍を握る手に力を込めた。
「・・・・が、・・・ちゃう・・・」
「ん?なに?もう一度、言ってくれる?」
セネの問いかけにマイヤが顔を上げた。
その表情は涙でぐしゃぐしゃだった。
「せ、戦争が起きちゃう!!!クリア・セントラルが襲われちゃうっ!!!」
その瞬間、観衆全員が〈戦争〉という言葉に息を飲んだ。
*****
―――〈ウェスト〉中心部 女王の神殿
神殿内は慌しく駆け回る衛兵たちの足音で満たされ、クオーネも指示出しに精を出す。
「準備が出来次第、各小隊は〈サウス〉、〈イースト〉、〈ノウス〉へと迎え!私の部隊は〈クリア・セントラル〉へと向かうのだ!」
彼女としては珍しく大汗をかく。その後ろから、セネが声を掛けてきた。
「クオーネ、少しいいかしら」
「はい、どうしたのだ?」
二人は玉座の間に向かい、二人きりになる。
先に口を開いたのは、セネだ。
「あの、マイヤの話、どう思う?」
「それを確かめにいくのだ」
「でも、あのイルヴァナとウィズとウィードが死んだって・・・。こんな短期間にありえないわ!」
「だから、確かめに」
「クオーネ!!!」
セネは、自分が取り乱していることを隠しきれなかった。
彼女自身の〈大戦〉によるトラウマが彼女の声を震わせる。
「・・・セネ、確かめないことにはこちらも迂闊には動けないのだ。私だってまだ信じられない。イルヴァナとはよく戦地で背中を預けあった。彼女は強い。死んだなんて・・・。とにかく今は情報が必要なのだ、セネ。一国の主が取り乱してはいけない」
「分かってる・・・。でも、この前エッフェンバルトが来たときは何も言ってなかったわ」
「クリア・セントラルにも何か事情があるのかもしれない。彼らはかつてより争いの中立だ。それができていたのもあの〈主様〉の存在と圧倒的戦闘能力があったから。その力が半減しているとなると、知られてはいけないという理由になるだろう?」
クオーネの語りかけるような声にセネも落ち着きを取り戻す。
「マイヤの話を信じるとすれば、今、クリア・セントラルの残存戦力はエッフェンバルトとオリオンだけということになる。アーフェンとリロウスの謀反についても調べなくては・・・」
そのとき、玉座の前で各小隊の隊長が、声を上げた。
「女王陛下殿!クオーネ衛兵団長殿!各調査小隊、すべて出立の準備が整いました!」
「ああ!!しばし待つのだ!!」
「ハッ!!」
クオーネはセネを見つめる。セネの表情は、つい先ほどまで花道を歩いていたものと反対に沈みきっていた。
「・・・女王陛下、命令を」
「・・・調査、だけよ・・・」
搾り出された声は、とても小さくかすれていた。
「はい。真実かどうかを確かめるだけです」
「争いは、もう絶対に起こしてはいけないの」
「はい。あなたに誓って、この槍は振るいません」
槍の尾を床に突く。今度は砕かないように。
「命令はひとつよ。・・・帰ってきなさい」
「心得ました」
クオーネはセネに背を向ける。
玉座の間の扉を開けて、扉が閉まるまでクオーネは振り返らなかった。
「いって・・・らっしゃい・・・」
セネは、力が抜けたようにぺたんとその場に崩れた。
*****
―――〈ノウス〉要塞山、国王宮
切り立った標高5000メートルの山岳を削り、要塞化した要塞山ようさいざん。その最上部に国王・ハーディは座していた。
彼にとって今日という日は笑いが止まらない日になる。
「それは本当か、旅の者よ」
「ええ、クリア・セントラルの〈主様〉の器から聞きました」
「器・・・、ああ。あのいけ好かない笑いを浮かべる男か。まあいい。わざわざ嘘を言って回るほど貴様も酔狂では生きておらんだろう。信じてやる」
ハーディは、もうすでに口角が上がっている。何度も舌なめずりをした。
「それは何より。各国すでに動き出している模様です。ハーディ様も後れを取らないほうがよろしいかと思いまして」
「黙れ。貴様に物を言われる筋合いは微塵も無い。・・・しかし、これはまた面白い。面白い・・・おもしろい・・・。愉快だ・・・」
「過去への復讐をするようですね」
「ああ?復讐ではない。新たな世界への出発だよ。〈サウス〉のガイアルがあの事件に対し何を思っているのかは知らんが、ワシはウィザードに敬意を持っている。奴がしでかしたことのおかげで我々はまだ殺し合いが出来る」
ユーマは、ふうっと溜息をついた。ハーディには悟られないように。
「では、私めはこれで」
「待て、貴様これからどこへ向かうのだ。全ての国は回ってきたのだろう?」
「いえいえ、まだ行ってないところがあるので」
にやりと笑う。どうやらハーディの顔を見ていると表情までうつってしまったらしい。
「どこだ、それは?」
ユーマは、遠くの空に浮かぶ偽りの月を見ながら言った。
「もうひとつの、世界ですよ」




