第3話 「彼女の都合と俺の不都合」
昔々、そのまた大昔の話。
リロウスは当時を懐古するような声で語りかける。
俺は聞き漏らすことがないようにキーボードを叩く。
『元々、我々魔導師の世界には魔導師と傀儡師が住んでいたのだ。その当時は争いの絶えぬ世界情勢でな、傷ついた魔導師の体を転生させるために傀儡師という職業が出来た。彼らもまた、魔導師の端くれではあったのだが。しかし、戦争は長引いた。それにより魔導師の数と傀儡師の数が比例しなくなった。それが原因で魔導師による傀儡師の奪い合いが発生した。戦争の度に大量の傀儡が投入され、その殆どが無事には帰ってこない。皮肉にも魔導師たちを生き長らえさせる為に作った傀儡が、争いの道具になってしまったんだな」
ちょっと待て、と俺はキーボードから手を離しリロウスに問いかける。
まだ事態の理解が済んでいないことも含めて、疑問が多い。
「その話と、お前がここにいるのはどう関係しているんだ?」
昔話よりも現時点の状況が知りたい。
『それを話すために先に我々の事を説明しているのだ。いいから聞いておけ」
俺の精神と同化したというリロウスは、昨日死ぬ物狂いで「体を貸してほしい」と言ってきた人物と同じには思えないほど強気である。こいつめ、乗っ取ったつもりでいるな・・・。
『その傀儡師を巻き込んだ戦争は、突如として終わりを迎えた。一夜にして傀儡師が絶滅したんだ。自ら命を絶って』
「えっ・・・」
俺は思わず息を飲む。今しがた出てきたばかりの傀儡師が物の5分足らずで絶滅したのには驚きを隠せない。
「なんか、急展開過ぎないか?」
『急展開だったからな。急展開だったから魔導師たちは焦っているのだ』
焦っている。その理由はあまり頭のよくない俺でも分かる気がする。
「体が作られなくなったってことか」
『そうだ。魔導師とはいえ、君たち人間と構造は変わらない。腹が減ることもあれば眠ることもする。もちろん、性欲だってある。寿命もこれに限らずだ。しかし時折、強すぎる魔力に体が耐えられなくなる時がある。これはおかしいと思わないか?』
確かに。と俺は同意した。
「体の構造が人間と同じでも、魔力を使えるんだよな?ならなんで自分の魔力に体がついていけないんだ?人間が魔力を手にしたって言うなら辻褄が合うけど」
『そうなんだ。まさにその通りなんだよ。君は頭がいいな』
不意に褒められ、ドキッとする。
なんだかこうしていると通信教育を受けている気分だ。
『魔導師は人間に魔力を付与して生まれた生き物なんだよ。このことから察するに元々、この世界は1つの世界だったといえる』
「それがわざわざ2つに割れた理由は?」
『これはあくまで推測なんだが、魔導師の出来損ないが君たち人間なんだと思う。気を悪くしないでくれよ』
昨日からひたすら気を悪くしっぱなしの俺にとってそれは問題にはならなかった。
『端的に言えば、その実験を行い魔導師を生み出したのが我らの主だ。神にも等しい力を持っている。が、神ではない』
「いや、もうそれ神様だろ」
思わずツッコんだ。人間に魔力を注ぎ込み、魔導師に変えてしまうなど人間が出来る所業ではない。間違いなく。
『いや、あの方はどちらかと言えば悪魔だ。人間たちに魔力を与え、魔導師として生まれ変わった者たちを連れて、もう一つの世界を生み出した。君も授業で習ったことは無いか?大飢饉や、感染症、少なからず魔力の因子を植え付けられた人間たちは適応できずに流行病や伝染病で簡単に死んでいった。こうやって君のように生きていても病気をしたりするだろう?それが人間が欠陥である何よりの証拠だ。かくして魔導師は完全な体を手に入れたということ』
つまり魔力の残りカスが、人間の病気に一因していると言いたいわけか。
「でも、それは免疫に限った話って事だろ。要するに、あんたら魔導師ってのは人間の体が弱いから傀儡を使って戦ったりして生き長らえてた、寿命が来れば魔力で傀儡に転生して新たな体を得る、それにより不死に近い再生能力を得た。傀儡の体に病気は無いだろうしな」
『そういうことだ。魔導師の仕組みは分かってくれたな?』
「いや、全然」
病気に掛かるのはこいつらのせいだということは、理解したが。
『話を戻すが』
俺の理解力のなさに呆れたのか、スルーして話を戻したリロウス。
『体の転生を繰り返した魔導師にとって、傀儡師が絶滅したというのは死活問題だ。先ほど君も気づいた通り体が無くなるということだからな。私も然りだ。とはいえ、魔導師同士で転生し合うことは出来ない。精神の癒着が発生するから』
それはまさに今の俺の状況の事だろうな。
『以前、傀儡師が絶滅し魔導師を使って精神の癒着を繰り返した馬鹿が居た。無理やりに何十人という魔導師の体を転生し、その結果・・・』
「どうなったんだ・・・?」
『化け物になった。それを殺すのに10年かかった』
たった一体の化け物に10年?と思ったがそれを話し出した途端のリロウスの声は異様なまでに震えていた。
『たくさんの仲間が死に、傷ついた。しかし、我々にはもう傀儡がない。魔力を全力で使えば体は耐えられず粉々になる。それで10年だ』
なるほどなと思った。全力で戦えば一瞬でカタを付けられたのかもしれないが自らを守る為に手加減が必要ともあれば魔導師はどちらかと言えば人間より不完全な生き物なのかもしれない。俺はそう思った。
『今年で傀儡師が絶滅して100年になる』
今更そういう数字では驚かなくなっている自分がいた。
『年を取り、衰弱する者もいれば体が朽ちていく者も居る。魔導師たちは決断を迫られているんだよ』
「…誰か傀儡師になろうってやつはいなかったのか?」
そこで生まれた技術ならば、作れるやつが居てもおかしくないはず。
『ああ、試したさ。私もその一員だった。だが作れなかった。理由は簡単だった』
リロウスは、少し息を吸い込み深く吐き出してから結論を述べた。
『傀儡は、傀儡師にしか作れない技法で生み出されていたんだ。どうしても私達にはその方法がわからなかった。魔導師にしか分からないこともあれば傀儡師にしか分からないこともあるという事。実際それで戦争が起きたわけだからな』
「結局、傀儡は作れなかったのか?」
『…私は禁忌の方法を試してみることにしたんだ。生身の魔導師から魂を抜き取り人体そのものを傀儡にしてしまう方法。それを共に作業に励んでいた仲間に試した。が、結果は最悪だった…』
リロウスの声は、最後の方はほとんど聞き取れないほど小さくなっていった。
「それで怒った魔導師に追われているってわけか」
『簡単にまとめてくれるな、君は』
自嘲した笑い声が聞こえる。
呼吸を整えた後、リロウスは改まった様子で俺に聞いてきた。
『…私がもし、人間の魂を抜き取りにやってきたと言ったら君はどうする?』
突然の問いに俺は固唾を飲んだ。今までの話を聞くにその可能性は大いにあり得る。追放されたと言っていたが、ここに来る為に仕掛けたことかもしれない。そう思ったが、俺にはどうもこいつが嘘をついているようにしか思えなかった。
なぜならこいつは化け物の話をしたときには言葉を詰まらせ、自分を作り出した神に等しき主とやらを悪魔と言った。それだけで、判断するのは心許ないが…。
「リロウス、本当の事言ってくれよ。でなきゃ、俺、今すぐここで死んでやるよ」
俺は本気だった。多分、いや、どうせこれから巻き込まれていく面倒くさいことを想像して、脅しをかけてみた。
『…っ!…そうか。やはり君は〈器〉たる存在なだけはある。君を選んでよかった』
それを聞いてなぜかホッとする自分がいたが、それでいいと思う。
『実はな、私を追放するという形でここに飛ばしてくれたアーフェンという魔導師がいる。彼女から聞いた話だと、近いうちに魔導師たちはこの世界を1つにするために侵攻してくるらしい。それに対抗してほしいといっていた。』
アーフェンってのはどうやらすごい魔導師らしい。リロウスも「アーフェンは最強の魔導師」だと鼻高々に言った。
『しかし、私は仲間殺しで拷問を受け、魔力をほとんど削がれた。昨日の戦闘と防衛魔法で、寿命をエネルギーにしたがもう使えない。君の体には迷惑をかけているが私にはもう戦える力が備わっていないのだ、すまないが、今の君は結局のところ生身の人間に近いんだ』
じゃあなんでお前、ここにきたんだよっ!!何で俺の体を乗っ取ったんだよっ!!というツッコみはどうやら野暮のようだ。リロウスは続ける。
『最初の話に戻るが、我らの主は大昔に人間に魔力を与えたと言っただろう?』
「ああ、そんな話もしてたな。でもこの世界に居る人間は所謂出来損ない、なんだろ?」
『仮に人間に紛れて、能力を覚醒させたまま生活している魔導師がいたとしたらどうだ?』
「そんな都合のいい話・・・。そんなの傀儡と一緒じゃねえか…」
『いや、いるんだよ。魔導師の力を持った人間が。この世界に辿りついた時から強い魔力を感じている』
リロウス曰く〈器〉という立場の俺にとって、それは吉報ではないと思えた。
要するに・・・。
『その人間を見つけ出し、その魔力を使って侵攻してくる魔導師たちと戦うんだ』
ですよね・・・、そうなりますよね・・・。
『昨日戦った魔導師は、君のおかげで何とか退けたが奴はしぶとい。また襲ってくる』
「知ってるやつか?」
『ああ。金髪の大きな剣を持った女には気をつけろ』
了解。とは言えないが、ここまで話を聞きこんでいると気を付けざる負えない。
「じゃあ、俺がこれからやることは…」
『魔導師の力を覚醒させている人間を探す』
俺は、溜息混じりにしぶしぶ了解と言い、パソコンを閉じた。
しかし厄介、厄介すぎる。
魔導師側の自分勝手すぎる侵略に巻き込まれる人生なんて、
全く持って願い下げなのだが…。
いつになればまた普通の日々が送れるのだろう…。
もしかしてこれが俺にとっての普通の日常だったのか…?
とにもかくにも、リロウスという魔導師は、確実に俺の中に居るわけで。
これから始まる、〈失っていく日々〉を
このときの俺はまだ、知る由もなく、その覚悟も無かった訳で。
世界を守る、なんてたいそれたことはあまりにも
過酷で、
無慈悲で、
狂ってた。
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