<episode29>混沌
——<サウス>国王宮殿
国王・ガイアルは王宮を駆ける足音に心底ウンザリしている。
彼は煩い音が嫌いだった。
どんなに僅かな音でさえ彼の耳にはつんざくように聞こえてしまう。
その理由は彼自身の魔力を国全土に張り巡らし、不穏な気配や民の営み、
目に見えない国家の情勢を耳で聞いているからだ。
それゆえに、王宮内の物音は彼をひどく悩ませる。ここ数日間、彼は寝つけていない。兵士たちが妙に騒がしいからだ。
無論、彼は兵士たちに対し注意をした。王宮内での私語、物音(足音)等は厳重に注意せよ、と。
しかしどうだ。今日、彼の意向に反し兵士はざわめき、あろうことか駆けまわっている者もいるのだ。
彼は玉座の肘掛に手を置き、頬杖をついた。頭が痛む。兵士の出来の悪さと音によって。
やがて足をゆすりだすと、玉座に仕える王直属の兵士団たちにも緊張が走った。
「一般兵の分際で・・・。規則も理解せんとは。果たしてどう処罰してくれよう・・・」
低く唸るような声に兵士団は背筋を伸ばす。
足音は徐々に王の間へと近づいてきている。
それにより、足音は大きくなっていくばかりだ。
「・・・もう、我慢ならん・・・・・っ」
ガイアルが玉座から腰を上げようとしたその時、
足音が止まり、勢いよく扉が開かれた。
「ガイアル国王陛下!」
「黙れ!愚か者ッ!!」
王の間に響くガイアルの怒声。そして、苦悶の声。自らの声量に頭を抱えた。
「国王陛下・・・、大丈夫でありましょうか・・・?」
側近である王子・べリアルが国王へと寄る。
「き、貴様も少し離れよ・・・」
ガイアルは体裁を整えてから、再び駆けつけてきた一般兵を睨み付ける。
「お主、何故規則を破った?」
一般兵は背筋をピンと伸ばし、ガイアルへと返答する。
「そのご無礼は、深くお詫び申し上げまする国王陛下。しかしながら、早急にお伝えせねばならない事案がありまして、この度勝手ながら国王陛下の意向に背いてしまいました。罰は甘んじてお受けいたしとう思います」
一般兵はガイアルの眼、一点だけを見つめて言った。
ガイアルも少し間をおいてから、彼にその先の発言権を与える。
「その事案とやらを話せ」
「はっ!我が無礼に対する深きお心に私は国王陛下への一生の忠誠をここに誓います。では、早速なのですが・・・」
そう言うと、一般兵は懐から細い筒を取り出し、きゅぽんっと音を立てて蓋を取った。すると中から紙が出てきた。彼はそれを読み上げる。
「クリア・セントラルに関する報告。クリア・セントラルの要、王の城直属の魔導師、大剣使いのイルヴァナと双子の魔導師ウィズとウィードの死亡を確認、現在」
「何!?今、貴様なんといった!?」
ガイアルは勢いよく立ち上がり眼を大きく見開き、自ら大きな声で言え、と彼に促した。
「大剣使いのイルヴァナ、双子の魔導師ウィズそしてウィードの死亡を確認した、と」
「貴様、それは真の事実か?」
「はい。この一報を受け、真意を確かめるべくクリア・セントラルへ向かい情報をくれた魔導師と接触。イルヴァナ、ウィズとウィードの魔力の動きは無し、念のため墓地にも向かいイルヴァナの墓には大剣。そして、ウィズとウィードの墓には・・・あのウィザードと見られる者の亡骸が埋葬されておりました」
彼の報告に王の間にいる一同が息をのんだ。
災厄の名を聞いて。
「隠された伝承は真だったのか・・・。かつてこの国の民を大量虐殺し、死地へと変えた魔導師・ウィザード。その魂はあの双子に宿っていたか・・・」
深く考え込むように顎に手をやるガイアル。
彼がまだ幼いころ、父から聞いた災厄についての伝承を思い返す。
王家にしか伝わっていない真の歴史には「ウィザードの魂は生きている」とされていた。
「・・・先日のあの巨大な魔力はウィザードのものだったか」
「そうかと思われます。これから察するに、何らかの原因でウィズとウィードが覚醒し、ウィザートが復活、その後完全なる死亡を遂げたものだと」
「イルヴァナとアレを倒したものがクリア・セントラルに?」
「そちらは現在調査中であります。先ほどの報告の続きにまいります。現在、クリア・セントラルの主要戦力はエッフェンバルトとオリオン、そしてフューリ。尚、テトラは未だ眠りの中です」
一通り報告を終えた一般兵は紙を筒に戻し、その筒を懐へとしまった。
「要するに、クリア・セントラルは手薄だと言いたいのか?」
「・・・攻めるなら、今かと」
一般兵である彼の発言に辺りには緊張が走った。
彼からは強気さえ感じ取ることができる。
国王と一般兵、彼らの沈黙に声をまずあげたのはべリアルだった。
べリアルはガイアルに耳打ちする。
「国王陛下、報告が事実であることを再度確認すべきです。クリア・セントラルによる罠かもしれません。我々の出方を伺っているのかもしれないですし、ここは判断を慎重になされた方が」
ガイアルにとってもべリアルの言葉は尤もだった。
ガイアル自身、ウィザードが起こした事件に対する憤りや国王としての立場もある。
争いを終わらせるための争いを。
かつての国王はそう宣言したことがあると聞いた。
ガイアルもまたその思想がある。いつまでたっても終わらない争いの原因はクリア・セントラルの魔導師による邪魔が入るからだ。だったらその脅威を排除し真に争って勝者を決めればいい。
何度も煮え湯を飲まされてきた彼らにとって、クリア・セントラルの戦力ダウンは吉報と言えた。
しかし、何かが引っかかる。
激動すぎる。
まるで、争いを起こせ。と言われているような感覚がガイアルを突いた。
「そうだな。お主の言う通り様子は見よう。他国の動きもだ。焦ってはならん。ただ、準備だけは怠らぬよう指示を出しておけ」
「はっ!」
小声での会話を済ませると、べリアルは王の間を後にする。
ガイアルはまた一般兵を見つめた。
「貴様、先ほどの報告の中で『情報をくれた魔導師と接触』と言っていたな」
「はい」
「そやつは、<サウス>の者だったのか?」
「いえ。クリア・セントラルの民だと言っておりました」
「その名は・・・?」
「はい。名をユーマ、と語っておりました」
聞き覚えのない名前だ、とガイアルは深く溜息をつく。
そして、天井を仰いだ。
イルヴァナとウィズとウィードが死んだ。
あの一騎当千級の魔導師たちが。
いったい、誰が殺したんだ・・・。
クリア・セントラルの内情を想像しているといつの間にか一般兵は立ち去っていた。
*****
「これでいいのかな?」
『ああ、いいよ。よくやってくれた』
「でも、今攻めてこられると困るんじゃないのかい?」
『いや、彼らはまだ攻めてこないさ。必ず様子を見る。そうさせるために情報を一気に渡したんだから。ガイアルは慎重な男だからね』
「次はどうする?」
『同じ情報を残りの3国にも。これで互いの国同士牽制しあうさ』
「相変わらず、こき使うなぁ」
『仕方ないだろう、幽閉されてしまっているからね』
「そんなもの、どうとでもなるくせに。半笑いがいい証拠だ」
『ユーマ、すべてが終わり次第、あちら側に向かってくれるかい?』
「ああ。彼らにも準備が必要、なんだろ?」
『よくわかっているじゃないか。よろしく頼むよ、ユーマ』
思考の通信を終える。
眼を開けると、部屋の中は真っ暗だった。
俺は窓から世界を見下ろした。
日々、変わりゆくことのない世界。
100年という時間が生んだ、平穏。
その裏にある陰謀。
この世界は、どうしようもないくらいに変わらない。
変わらないからこそ、終わらせる。
「・・・それにしても、暇だな」
俺は、うんっと背伸びをした。




