第29話〈流々禍ノ章〉「彼女の夏休み」
<この、へたれ器!少しは真面目にやれっ!!>
「待ってくれ。少しどころじゃなくてすんごい真面目なんですけど・・・」
『陸斗、そういうところがあるからな』
「どういうとこだよっ!」
『ツッコミはキレキレなのにな』<まあ、それは認めてやらんでもない>
少し早めだった夏休みが始まってすでに1週間が経った。
そして俺は今、なぜか怒られているというか罵られているというかからかわれている。
しかも、山奥。しかも、炎禍が苦手とする水辺であり、滝の真下だ。
所謂、修行というやつだ。
俺はその修行の第一段階でボロクソにダメ出しを受けている真っ最中。
俺の頭の中では魔導師と能力炎禍があーじゃないこーじゃないと騒ぎ立てる。
だんだん慣れてきている自分が怖い、いや、末恐ろしい。
<またじゃないか!いい加減にしろ、才能ないな全く>
ああ、しまった。また余計なことを考えていたら状態が解けていたらしい・・・。
俺に足りないのは、どうやら集中力のようだった。
―5日前——
俺はその日栞菜が入院している病院へと足を運んだ。
栞菜の病名は未だ不明で、本人もどうして退院させてもらえないのか分からないほど体は元気だと言った。
医者によると、脳波に異常な数値が出ておりそれを看過することができないようで名目上は検査入院ということらしいが、栞菜は今にもしびれを切らしそうだ。
「もうさあ、リクも退院しちゃって貶し・・・話し相手もいないし」
「ちょっと待て、今貶し相手って言おうとしなかったか」
「言おうとしたわよ。悪い?でも言い換えたあたし偉くない?」
いや・・・偉くねえよ。認めるお前はすごいと思うが。
「ねー、リク。また入院してきてよー。暇なんだよー」
「入院する理由がないな」
「理由ならいくらでも作れんでしょ」
そういって栞菜は、ファイティングポーズを取る。シュッシュっとパンチの素振りを俺に向けてきた。
「物騒なこと、言うなよな」
俺はなんだかんだでリロウスや枝紡の力のおかげもあり、普通じゃありえない早さで回復することができた。全治3か月以上ですねと言われたが3日で治してしまったのはやりすぎでは?とも思ったが。
「物騒も何も、体動かさないと腕鈍っちゃうじゃない!」
何の腕が鈍るのかは聞かないでおこう。
「鳴海が本を持ってきてくれるだろ?」
「持ってきてくれるけど、まるちゃんが持ってきてくれる本すんごい難しいの」
ちなみに栞菜も<小さな勇者>をもらったらしい。
それには大ハマりしたらしく、なんと1日で読み終えたのだとか。
栞菜が集中した時の熱中具合は小さなころから半端ではない。
「本ってさ、難しいほど読み終わったときの読後感がすごいんだけどまるちゃんセレクションはどの本もラスボス級なのよね」
「と、いうと?」
「あんたじゃ絶対読めないってことよ」
・・・絶対、話噛み合ってないよな・・・?
「それで、あんた、今日は何しに来たわけ?」
「お見舞いだけど」
俺はここのところ毎日栞菜の見舞いに来ていた。
俺以外にも栞菜の友人たちが来て、毎日誰かしらと面会しているようだが栞菜はありがたいと思う反面、藤咲市崩壊で皆も大変なはずなのに、と自分の状況を置いて考えている節もある。
それに、皆毎日来れるわけじゃないからせめて俺だけはと思い、毎日通うことにしている。もちろん、家族も毎日。
栞菜を一人にしちゃいけないから。
「お見舞い、お見舞いってあんた、せっかくの夏休みなんだから遊んだりしなさいよ。友達いないわけ?」
・・・否定できない自分が悔しいぜ・・・。
「遊んでなんかいられないだろ。昨日、桜見町に引っ越したしいろいろと手続きもあるし。今はとにかく地に足つけて生活していかないとな」
「・・・リクのくせになんかしっかりしようとしててムカつくね」
「なんでだよっ!」
栞菜はやっぱり元気だ。
こう話していても、栞菜の脳に異常があるとは思えない。
脳波はきっと何かの間違いだろうと、俺は思う。
俺と話しているときの栞菜は、確かによく貶してきたり毒を吐いたりするけどよく笑う。いろんな顔をする。俺が知っている栞菜がそこにはいるから、俺自身が栞菜にはこの場所にいてほしくないとさえ思う。
栞菜にはやっぱり外を走り回っていてもらいたいんだ。
「そういえば、今日はまるちゃん遅いなぁ。いつもお昼前には来るんだけど」
時計を見るともう12時30分を過ぎている。
「もしかして、もうすぐそこに来ていたりして」
「どうしてそう思うんだ?」
栞菜は引き戸の方を伺うように見ている。
俺が見てこようか?と聞くと、いらない、と言われた。
「ほら、まるちゃん気遣い屋さんだから。あたしとリクが話しているのが聞こえて邪魔しないようにしてるのかも」
「そこにいる前提で話が進んでるな」
「かわいいオーラが漂っているからね。あと、まるちゃんフレグランスが」
俺もじいっと引き戸の方を見つめてみるが、何も感じない。
あの力の雰囲気さえも。ここまでくると、気になってしまう。
俺は再び引き戸へ向かおうとすると、栞菜が強く俺の手を握った。
「きゃあ、リク!!!やめてっ!!そ、そんなふうに強くあたしの手を握らないでっ!!」
「・・・は、ハア!?」
栞菜の突然の暴走に俺は何が何だか分からない。
呆気にとられる俺を無視して栞菜はさらに続けてきた。
「だ、だめっ!ここ、病院・・・だから・・・!り、リクっ!!!」
「ちょちょちょ、お前、ほんと何言ってんだよ!」
そのとき、引き戸ががたがたと震えていた。
「う、うわあ、リクのすごいよう・・・。でも、リク誰かに見られちゃったら・・・、あ、やんッ!!!」
「・・・・・・」『式瀬くん、栞菜ちゃんにこんなこと言わせるなんて』
がたがたガタガタガタガタ!!!!
栞菜はなぜか表情までとろけているように見えるのだが・・・。
「リク!ああ、もうだめっ!!誰か、だれかあああ!!!」
栞菜が、かなり艶のあるマジな声をあげたとき引き戸が勢いよく開かれた!
「お、おい君たち!!ここは病院だろう!!!」
そこにいたのは円堂だった。
「んだよ、テメーかよっっっ!!!!!!!!」
栞菜は、思い切り枕を円堂の顔にぶち込んだ。
栞菜が感じた可愛いオーラとまるちゃんフレグランスとはいったい何だったのだろうか。
*****
その日、結局鳴海は来なかった。というか来れなかったらしい。
あのおじいさんの引っ越しの手伝いや、弟たちの世話もあり今日だけはごめんなさいです、と電話があった。栞菜もそれなら仕方ないし、毎日くる必要もないからね!そう言って鳴海との通話を終えた。
円堂は、しばらく俺が使っていたベッドで気を失っていたが目を覚ますなり栞菜にお見舞いのフルーツバスケットを渡して、帰っていった。円堂曰く、栞菜へのお見舞いは初めてだったから来てみたらいかがわしい声が聞こえたので聞き入ってしまった、らしい。あいつはどこまでもあほだった。が、憎めないやつでもある。
小中高と一緒だったが、円堂は百合野町へ転校になったという話も聞いた。
「あんたの周りって、飽きなさそう」
栞菜は円堂が置いていったフルーツバスケットを見て言う。
「・・・ああ、飽きないな。いろんな意味で」
「楽しい?」
「ああ、楽しいよ。こんなときに言ったら不謹慎かもだけど」
それならいいんだけど、と栞菜は枕に頭を置いた。
「そう、楽しいならいいじゃない。あ・・・ごめん、少し、眠いかも」
このところ栞菜は突然眠たくなる。
時間は関係なく、ただどうしようもなく眠たくなるらしい。医者が検査した時、睡魔が訪れるときの脳波がかなり乱れていると言っていた。
「おう、寝ていいぞ」
俺が言葉をかけたときにはもう、すやすやと眠っていた。
本当にぐっすり眠っているようにしか見えない。でも、このとき栞菜の脳内で何かが起きているのだ。
その原因さえ突き止められれば、栞菜は・・・。
俺は栞菜に掛け布団をかけてやると、また来る、とだけ言って病室を後にした。
何時だろうが、一度眠ると朝がくるまで起きない時もある。
俺は静かに引き戸を閉めた。
病院を出てから、栞菜の病室の方を見上げる。
栞菜から見える景色は限られていて、その風景は毎日変わらない。
俺は栞菜と過ごしてきた夏休みの事を少しだけ思い出した。
俺にとっても、栞菜にとっても、こんなふうに過ごす夏休みは初めてだった。
*****
『陸斗、山に籠れ』
桜見町にあるアパートに帰り着いた途端、リロウスがいきなり言い出した。
「何をそんな急に?」
『前々から言っていただろうが。君にはもう少し戦う訓練が必要だ』
確かにその通りではある。
イルヴァナとの戦闘もウィズ、ウィードとの戦闘もウィザードとの戦闘も結果として俺は殆ど役立たずだ。枝紡の力を引き出せたのも偶然だし、鳴海を巻き込むという最悪の決断もしてしまった。結局俺自身が彼女たちを危険な目に合わせてばかりなんだよな・・・。
『あの破壊された街には山があっただろう?そこを使え。水辺はあるか?』
「あったとは思うけど・・・。具体的にどんなことするんだよ?」
<それは、我が説明してやる>
・・・・・?
「えっと、今のは、枝紡・・・?」
『今、私の隣にはいないぞ。いないが、炎禍がいる』
さて、これはいったい・・・?
炎禍=枝紡じゃないのか・・・?
<おい、我が器よ>
「あ、はい」
声は枝紡のまんまだから口調が変わるとなんか違和感がある。
<弱すぎるぞ>
「あ・・・、はい・・・」
<カスレベルの弱さだ>
「はい・・・、おっしゃる通りで・・・」
<正直、お前が器と聞いて我は非常に憤りを感じておる>
「はい・・・、すみません・・・」
部屋の中、たったひとりで頭をぽりぽりと掻きながら謝る高校2年生が他にいるだろうか。いないな、いや、いてほしくない・・・。
<リロウス、と言ったか>
『ああ、そうだ』
<お前も管理が甘すぎる。間借りしている立場とはいえもっと厳しくしろ>
『陸斗は、厳しくすると不貞腐れるんだ』
おい、俺がいつ不貞腐れたよ!!
しかも、俺をほっといて二人で火花散らすんじゃない!!
<うるさい、黙っておれ>『静かにしろ、陸斗』
ああああ、はいはい・・・。もう好きにしてください・・・。
そのあと、1時間に渡り炎禍とリロウスの俺の教育(?)方針に関しての議論が繰り広げられていた。
*****
<ということで、山に籠れ>
どういうことなのかはさておき、山に籠るというのは意見が一致しているようだ。
「じゃあ、あんたが修行の手引きみたいなことしてくれんのか?」
<あんたじゃない、炎禍だ>
「なら、炎禍。山に籠るのはいいとして1日中はダメだぞ」
俺は炎禍とリロウスに今の生活状況と栞菜のことを伝えた。
二人とも、しぶしぶだが納得してくれた。山籠もりは朝6時から夕方の16時までということになった。
「で、いつからやるんだ?」
<明日からに決まっているだろうが!>
いや、そんなに怒んなよ・・・。びっくりするだろ・・・。
「それじゃあ、修行はいつまでやるんだ?」
<我が認めるまでに決まっているだろうが!!>
多分、果てしない時間だろうな・・・。
朝6時となると、4時ごろに起きて薄暗いうちに旧藤咲市に飛ばないといけない。
それに母さんには何といえばいいんだろう。
「陸斗くう~ん!ご飯できましたよお~」
丁度、キッチンから母さんの声が聞こえてきた。
<母君か。うまく説明するのだぞ>『最悪、バレても構わん』
さすがにバレるのはよくないと思うが、母さん変なところで勘が良かったりするからなぁ。
「陸斗くう~ん。まだ~?もしかして、今、手が離せないのかしら~?っていやあね、男の子だもんね!もうお母さんったら気が付けなくてごめんね~?」
俺は、全力でキッチンへと向かった。
*****
「ん?明日からアルバイトをするってことかな?」
母さんは首を傾げて聞き返してくる。俺は頷くと母さんは質問を投げてくる。
「どこでどんなアルバイトをするの?」
しまった、そこまで考えていなかった。考えている暇がなかったな・・・。
「えっと・・・」
朝と言えばなんだ・・・?俺は藁にも縋る思いであいつらに聞いてみる。
『おい、朝の仕事はなんて言えばいいか?』
<仕事?なんだそれは?>『朝といえば、散歩だろう』
俺は思う。こういうときになぜ枝紡は炎禍と同化しているんだ、と。
「陸斗くん?・・・お母さんには言えないお仕事なの・・・?」
「えっ!いや、そういうんじゃ・・・」
俺の頬に冷や汗が伝う。
「言えないお仕事なのね!?・・・海征さん、ごめんなさい・・・。あなたと私の子は親にも言えないお仕事を始めるとカミングアウトしてきました・・・」
母さんは父さんの遺影を前にしくしくと告げる。
「いや違うんだ!母さん!そんないかがわしい仕事じゃ・・・」
「いかがわしいのね!?この年頃の男の子は逆のことを言うってお隣の苅部さんが言っていたわ・・・。海征さん、ごめんなさい・・・。あなたと私の子は親にも言えないいかがわしいお仕事を始めるとカミングアウトしてきました・・・」
母さんはまた、父さんの遺影を前にしくしくと告げる。
『君の母上は、面白いな』
面白がるな、魔導師!!
「でも、でも陸斗くんがやるっていうのならお母さん止めないわ・・・」
母さんはすでにティッシュ箱を一つ空っぽにしてしまっている。
母さん、俺、今ものすごく罪悪感でいっぱいです・・・。
「か、母さんのために一生懸命働くから、さ!」
俺は心を鬼にして親指を立てた。
ごめん、父さん、そして母さん。
あなたたちの息子は立ち入り禁止区域でお金にもならない修行をするんです・・・。
母さんとの晩御飯は母さんの鼻水をすする音と、俺の謝罪ばかりが聞こえることになった。枝紡、早く戻ってきてくれ。
*****
『起きろー!式瀬くん、起きろー!!!起きろっ起きろっ起きろっ起きろっ!』
「ん・・・、まだ朝じゃないだろ・・・」
『起きろって言ってんだろおおおおお!!!!』」
どばあっと飛び起きると時刻は午前3時を回ったところ。
まだ真っ暗な時間帯。
あれ?そういえば今の声は・・・。
「枝紡・・・?炎禍じゃない・・・?」
『うん!ふたばです。昨日は炎ちゃんがどうしてもっていうからさ』
炎ちゃん・・・。
リロウスの事もリロと呼んでいるし、枝紡のコミュニケーション能力の高さは恐ろしい。
枝紡によると、炎禍はもう一つの人格みたいな感覚らしい。枝紡に宿っていた魔導師の能力だし、鳴海のときも嵐禍の声が聞こえたしな。
「枝紡のもう一つの人格ってあんななのな」
『ちょっと、あんなってどういう意味かな?ねえ、どういう意味なのかな?』
もう一つの人格説が今、崩れ去りそうだった。
俺は準備を済ませて、部屋を出るとキッチンに明かりがついていた。
そおっと覗くとキッチンには母さんがいて何かを作っている様子だった。たちまちいい匂いが鼻をくすぐる。
「陸斗くん、嘘までついて・・・。お母さんも強くならなくちゃ」
母さんがそんなことを呟く。
嘘をついていたことはどうやらバレていたらしい。
さすがに修業とは思わないだろうけど。
やはり勘がよくて、なんでもお見通しの母なんだ。
俺が帰られる場所に待っていてくれる人。
俺は静かに部屋へと戻る。
そして、修行開始時刻ぎりぎりの5時30分。キッチンから母さんが作ってくれたお弁当を持って家を出た。
<ありがとう。行ってきます!>
とメモを残して。
—— 現在 ——
<おい、器よ。あれから何日経ったかわかっているか>
「・・・2日」
<5日だ!言葉の響きしか似ておらんだろうが!!>
怒るとこそこかよ・・・。
<いつになったら第一段階を突破するのやら・・・>
ついにあきれ果てる炎禍。
修行が始まって今日で5日目。激動の7月、その最終日。
俺は修行第一段階「炎禍状態をキープしたまま滝行」に未だ苦戦していた。
ちなみに、修行はあと
<余計な事考えんでもいい!!!本当に集中力がないのだな>
はい、すみません・・・。
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