第28話 「今日は彼女が家に帰った」
ウィザードとの戦いを終えてから4日。
依然として、藤咲市跡地は封鎖を余儀なくされ、帰る場所を失った人たちはそれぞれ百合野町や桜見町へ避難したまま、これからの生活を強いられることとなった。
国の方からも、特別援助が出され新たに住宅などの建設が随時行われる予定らしい。
だが、藤咲市市民の誰もがあの街に帰りたいと願っている。
それがいつになるのか、皆目見当もつかない状態だった。
そんな中、俺たち藤咲学園の生徒たちは例年より1週間早い夏休みへと突入することになる。あの日、文化祭が開催され大成功を収めたのを最後に全てが崩壊した。
それ故に、生徒たちのショックも大きいし何よりも学び舎が無いのだから夏休みまでの一週間を学園としてどう過ごすのかは議論の余地も無かったようだ。
今は生徒の精神衛生をケアしよう。その為にも、学校は一時閉鎖。
俺が聞いた話は、そんなところだった。ちなみに円堂からの情報だった。
夏休みが開ける頃、俺たちはどうなってしまうのだろうか。
そういう不安も抱えつつ、というか、いろんな不安を抱えつつ、
俺は今、戸惑っている。
*****
「なーなー、おまえ、ねえちゃんのかれしだろー?」
「ちがうよー、だんなしゃんだよー」
「おねね、およめしゃん?」
「ぼくはみとめないぞー!ねえちゃんはぼくとけっこんするんだもん!」
・・・俺は戸惑っている。
なぜか。
それは俺と栞菜が入院している病室に大家族が押し寄せているからだ。
そう、鳴海の弟たちだった。
「えいっ!」
いきなりの右ストレート。右頬にクリーンヒットだ。
まだ傷が癒えない俺への容赦ない、悪意の無い、先制攻撃。
「い、いふぇえぞ」
「おまえ、よわっちいぞっ!そんなんでねえちゃんまもれるとおもってんのか!」
再びの右ストレート。今度は左頬への一撃。・・・悪意、ないよね?
「い、いふぇえって」
「ちょっとははんげきしてみろー」
枝紡に『炎禍』になってもいい?と、聞いてみたが『栞菜ちゃんいるでしょ!』というマジな理由をマジなトーンで言われる。あの、俺、やみあが・・・
「おりゃっ」
「ふんがっ」
俺の鼻の中へ2本の指が突き刺さる。
決して、悪意は無い。そう思いたい。ないよね?
おい、やめろ、豚鼻にするんじゃない!
「くくっ、あはははははっ!!!リク、豚じゃんっ!!!!まずそうっ」
隣から腹を抱えて、瞳には涙を浮かべて笑う幼馴染。
実はお前の爆笑が一番心にくるのだが・・・。
その後も、鳴海の弟たちからの悪意が絶対に無いはずの攻撃と口撃を受け続けていると、ようやく鳴海が戻ってきてくれた。花瓶の水を替えてきてくれた。
「こーらっ!先輩をいじめないのっ!」
めっ、と注意をする鳴海。
そうか、俺いじめられてたのか・・・。そうか・・・。
注意をする鳴海はいつもの鳴海とはほんの少し違って見えて、その表情はやはり長女にしか出せないものだと感じた。それについては、栞菜と椎菜をよく見てきたから分かる。
鳴海に注意された幸太と福之は、ちゃんと俺に対してごめんなさい、を言える男の子だった。幸太は8歳、福之は7歳。俺がそのくらいのときは、近所の犬と毎日鼻水たらしながらじゃれあってたことを思い出した。
双子の妹たち、笑美と莉笑は5歳。双子、というとどうしてもあいつらのことを思い出してしまうが、それはもう終わったことなんだ。
だからこそ、この子たちが今日を過ごしてくれていることが俺は嬉しかった。
俺にも守れたものが少しだけあったんだから。
「先輩、ごめんなさいです。この子達がご迷惑を・・・」
鳴海がぺこぺこと頭を下げる。子供たちもそれを真似していた。
「鳴海、いいお姉ちゃんしてるんだな」
俺の口からはそんな言葉さえ出てしまう。鳴海の心の奥底に秘められた強さを俺は知ったが、鳴海はずっとそれに蓋をするかのようにして過ごしてきた。
そんな彼女が一番に素直になれる存在が家族なんだろうな。
弟たちと話す鳴海も鳴海と話す弟たちも、屈託の無い笑顔だ。
それを見ているだけで、こっちも幸せになってくる。
「・・・リク、にやけすぎ」
こう、いつも俺が幸せ的な何かを感じているときにすかさず指摘をしてくる幼馴染がいるというのも、幸せなことなんだと思う。だから、ほっぺ摘むのをやめろ。
「そういや、鳴海。おじいさんは元気なのか?」
俺は頬を摘んでくる栞菜を無視してあの晴れの日書店のおじいさんの事を訪ねた。
「はいです。おじいさんも元気になって、今は百合野町の図書館にいるみたいです」
「図書館?働いてるのか?」
「いえ、ボランティアで子供たちに読み聞かせをしたり本の管理をお手伝いしたりしてるみたいです」
おじいさんの近況を話している鳴海はなんだか嬉しそうだった。
おじいさんは、おばあさんの遺影を受け取ったあとに俺に対してもありがとうと伝えてくれと言ったそうだ。鳴海は何も話していないと言うが・・・。
「そういえばさ、まるちゃん!この前の文化祭の衣装もすっごい評判良かったみたいで、まるちゃんに手伝ってもらったんだ~って言ったらあたしの友達も皆驚いてたよ!あの子、多才だね~って!」
栞菜がそういうと、鳴海は見る見るうちに顔を赤くしていく。
「たたたたた、多才じゃないですっ。いいいいつも、家でやってることですからっ」
「やさい?」「おねね、やさい?」
この3姉妹は、絵に描いたようにそっくりだった。3人とも丸眼鏡だ。
「リクもさぁ、見習いなよ?あんた、家事できる?」
「・・・やろうと思えば」『本当?式瀬くん?』
俺の小さな対抗心が燃えた。
「ふーん。じゃあ、料理は」
「レシピをみれば」『ふふ、絶対嘘でしょ、式瀬くん』
「それなら、肉じゃがの作り方、言ってみなさいよ」
「・・・」『ちなみに、私は分かるよ、式瀬くん』
・・・絶対頼りたくねえ・・・。
「・・・肉とじゃがいもを、まず切るんだよ。まずはそれからだろ」
「で?」『頼ってもいいんだよ、式瀬くん』
・・・なんで今日の枝紡はこんなに煽ってくるんだ・・・。
「それを鍋に入れて、煮込むんだよ」
「で、調味料は?」『教えてあげるってば、式瀬くん』
「いや、いらねえって」
「はあ!?調味料いらないわけ無いでしょ、馬鹿なのあんた!?」
いや、なんでそこまで言われにゃならん!しかも、枝紡に答えてしまったし・・・。
相変わらず思考の回線がパンクする。
そんな俺の脳内の事を知る由も無い子供たちがきゃっきゃっと笑う。馬鹿を連呼するのは止めさせてくれ、鳴海・・・。
*****
しばらく鳴海の弟たちとの時間を楽しんだ後、鳴海が彼らを連れて帰った。
鳴海たち家族は百合野町の親戚の家で過ごさせてもらっているらしい。
いつの日か鳴海と交わした、〈鳴海の家に行く〉という約束は果たせない。
帰り際、鳴海は小さな声で「先輩のせいじゃないですから」と言ってくれる。
その言葉が、今はありがたい。肯定してくれる人が1人でもいてくれるのは心強かった。
鳴海は、また来ますね、と笑ってから病室の扉を閉めた。
外では、ヒグラシが鳴いていた。
「はあーあ、帰っちゃったね。賑やかだった分、なんかさみし」
ベッドの机に片手で頬杖をつきながら言う栞菜。視線は扉のほうだけを見つめていた。
「確かにな。でも、お前いいじゃん。椎菜ちゃんも来てくれるし」
「そりゃそうだけどね。なんていうか、まるちゃん、変わったなあって」
「変わった?」
「うん。垢抜けたっていうか、一皮むけたっていうか。自信が持てるようになったみたいでさ」
鳴海のことを思いながら話す栞菜は、それこそ妹を見守る姉の表情をしていた。
「鳴海は、本当は自信を持っていいくらいすごい女の子なのにな」
「うんうん。あたしらに無いものいっぱい持ってるもん」
「栞菜には無いものが多すぎると思うけどな」
「はあ!?あたしの胸見ながら言うとかほんと、ゲスだね、最低」
・・・とんでもない被害妄想が・・・。
「ま、リクがゲスなのは今に始まったことじゃないし」
「いや、俺ゲスだったことないし」
「いやいやいやいや、あるよ!式瀬ゲス斗時代!あっ、これうまいね」
「うまくねえよっ!」『いやあ、さすがは栞菜ちゃん』
「ほら、あたしとリクが初めて二人で旅行に行ったときのこと、まさか覚えてないとか言わないわよね」
そのとき、ふっと俺の頭の中に思い描かれたイメージ。
それはひまわり。まだ小さかった俺たちよりも大きなひまわりがたくさん並ぶひまわり畑。あれは、確か夏の事だった。
「お・・・ぼえてる」
「覚えてないんだね、ゲス」『式瀬くん、ゲスだって!お腹痛い!』
枝紡の事はまあ置いといて、あの頃の記憶については正直、曖昧だった・・・。
「お・・・もいだすよ」
「いいよ、記憶が書き換わるまで殴るから」
俺がなんとかひねり出した謝罪をねじ伏せる栞菜の一言。
本当にやりそうで怖いのが栞菜である。
「あーあ、なんかショックだー。あんなことしといて、忘れてるなんてさー」
不貞腐れたように背中を向けて横になる栞菜。
小声で何か言っているが俺にはなんといっているか聞こえなかった。
「だって、あれ、もう10年くらい前の事だろ?」
「・・・たった、10年だよ。正確には9年前の夏休み」
また、ヒグラシの鳴く声が大きく聞こえるようになる。
9年前の夏休み。
俺たちが8歳のとき。
二人で初めて、栞菜のおばあちゃんの住む田舎に行ったときのこと。
――あのとき、なにがあった?
――どうして、思い出せない・・・?
「あたし、いつまで入院なんだろ。体は異常ないのに。暇だなー。明日もまるちゃんきてくれるかなー」
栞菜は同じ姿勢のまま、独り言みたいに呟く。
そういえば栞菜は何で入院しているんだ・・・?
俺は、今の今までそのことについて聞いていなかったことに気づいた。
だから、聞こうとした。そのときだった。
「式瀬陸斗くーん。起きてますか?退院の日程が決まったのでお知らせに来ました」
看護師が入ってきて、俺に説明をする。どうやら俺は2日後には退院できるらしい。
・・・じゃあ、栞菜は・・・?
俺はそのことを看護師には聞けなかった。看護師は伝えるべきことだけを伝えると病室を去っていく。
俺と栞菜の間には、長い沈黙が流れる。
栞菜は俺が説明を受けているときも、一切反応を示さなかった。
「な、なあ、栞菜。俺・・・」
もう夕暮れは終わるとき。
意を決して話しかける。
「よかったじゃん、退院決まって。おめでと、リク」
栞菜の姿勢は変わらない。ただ、儀礼のような言葉だった。
「お前は・・・?」
退院しないのか?までは聞けない。
栞菜は元気そのものに見えているから。本来なら退院しててもおかしくないはず。
その先を俺には、聞く勇気がなかった。
「あたしのことはいいよ。お見舞いにはきてよね。・・・・・おやすみ」
栞菜が寝ていないことは分かっていたけど、俺はもう何も話しかけられない。
いつしか、ヒグラシも鳴くことを止めていた。
*****
その日、部屋を包み込んだ嫌な空気が俺に、栞菜の夢を見させた。
その夢の中で栞菜は泣いていた。何かを必死に訴えるようにして泣く。
俺はその姿をみても、何も出来ずにただ見つめているだけ。
そんな夢。
悪夢からの解放は、夜中の3時過ぎ。
滝のように汗をかいていた。
俺は慌てて隣のベッドを見る。
栞菜は、そこにいた。
最初、ぐっすり寝ているものかと思っていたけどそれは違っていて栞菜は小さな声で呟いている。
俺が飛び起きたことにも気づかずに。
俺は耳を澄ます。
次第に、栞菜の声だけが耳に入るくらいになっていった。
栞菜は、同じ言葉を繰り返す。
「あたしも、おうちに帰りたいよ」
その一言だけを。
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