〈episode27〉幽閉
「一体、何のつもりかな?オリオン」
彼女はこちら側に戻ってくると、俺の事を捕縛し、あの部屋へと連れてきた。
つい先日まで、俺が幽閉されていた部屋だ。
「フューリ。お前は少々、勝手な行動を起こしすぎた。やはり我々で話し合いの場を設け作戦を立てるべきだったんだ」
オリオンは俺の両手をクーが作った特製の錠に填め、両手の自由を奪うと後ろから半ば強引に歩行を促してくる。俺としてはあの部屋は嫌いじゃない。幽閉されるのも問題は無い。ただ、彼女の行動は意味がないと思っている。
「作戦・・・ですか。では、オリオン。あなたは彼女たちが負けるとでも思っていたんですか?」
俺は不意に立ち止まる。
オリオンはウィザードの本当の史実を知らない。それは、ウィザード自身が次元を歪めたからだ。ウィザードは魂が二つに分かれる瀬戸際で神にも等しき力を使った。結果、ウィザードはウィンディとティックの子供として転生することが成功し、歴史上のウィザードは世界に災厄をもたらした悪魔と言われるようになった。
俺は、その「災厄」を殺しておかねばならなかった。
「負けるとは思わん。だが、負けた。それにあのウィザードが復活してもだ。
もし、あのままウィザードがこちら側の世界まで侵攻してきたらどうするつもりだったんだ」
オリオンは語気を強める。彼女が抱いているアーフェンへのコンプレックスとウィザードの強大な魔力が類似して、世界滅亡の光景を脳裏に浮かべたんだろう。
「そのときは、そのときだよ。僕は正直それでもいいと思っていた。僕がこちら側に来た頃にウィザードと出会い、昔の彼女の事はよく知ってるつもりだ。だから、彼女を呪いから救ってやりたいとも思っていたし、彼女の最強の力であちら側の脅威を破壊できればとも思った。実際、僕としては今回ウィザードを救うことが出来たと思っているんだけどね」
オリオンのほうを振り返って言う。
オリオンは表情をぴくりとも変えなかった。
「我々に相談もなしにか」
「ええ。僕個人の思いだからね」
俺がふっ、と笑うとオリオンは思い切り俺の胸ぐらを掴み壁に押し付けた。
彼女の表情は鬼気迫るものへと変化していた。
「お前の!!お前のその勝手な判断が、ウィズとウィードを・・・っ。大切な仲間だったんだ!それに、イルヴァナも含めて我々は強大な戦力を3つも失った。どういうことか分かるかっ!!!」
・・・大切な、仲間、ねえ・・・。
そんなもの、俺にとっては心底どうでもいいんだが。
逆に俺は表情を変えずにオリオンの眼を見た。充血していた。
オリオンの怒りが上昇するのと反比例して俺は落ち着いていく。
「ええ、分かるよ。だが、僕にしても全てが予想外だった。まさかあちら側の器がここまでやるとはね。さっきも言ったとおり負けるはずなんてないとは思っていたけど」
俺は敢えて、煽るように言った。
「フューリっ!!」
オリオンが俺を殴りつけようとしたとき、ヒビが入る音が小さく聞こえた。
その音は、間違いなくオリオンからのものだった。
彼女は俺を殴らず、振り上げた拳を降ろした。
「ねえ、オリオン。僕の方からも聞きたいことがあるんだ」
「・・・なんだ」
「どうして、あちら側に行ったのに君は器を殺さなかったんだい?あの場でやろうと思えばできたはずだよ」
新たな力を手に入れていたとはいえ、ウィザードとの戦いで器も限界は近かったはずだ。
もっとも、現段階で器に死なれても困るけれど。
オリオンは少し間をおいてから答える。
「・・・ウィンディの頼みだったからな。『どんなことがあっても戦わないで欲しい』と」
なるほど、ウィンディならそう言うか。
だけど、俺には他の理由があることも分かっている。が、指摘はしない。
「そうか。それなら仕方ないね。あくまで目的はウィザードの救出ってわけだ」
「ウィズとウィード、だ。それに・・・」
「それに・・・?」
オリオンの頬にひとつだけ、涙がこぼれた。俺の首元が苦しくなくなった。
「もう、ウィズとウィードは戻ってこない」
そのことを言うと、オリオンが俺を部屋の中へと押し込む。懐かしい匂いがした。
「頭を冷やせ。そして、もう二度と勝手な行動はするな。次は無いと思え」
「穏やかじゃないね。肝に銘じておくよ」
扉が閉まる直前、俺は彼女に向けてこう言った。
「体は大切にね」と。
「さて、この鬱陶しい錠は外すかな」
俺は2,3秒ほど時間を使い錠を外した。俺にこんなものは意味が無い。
扉も開けられるけど、しばらくはここで過ごしてもいいだろう。
ここからの眺めも最高だし。
窓の外を眺める。城下の街、リンフィルはいつもと変わらない光景。そこにウィズとウィードの死は感じないほどだ。
「オリオン、君が言うとおり、彼女たちの力はこの世界の抑止力になっていた。それは認めてあげるよ。でも、その抑止力が無くなりクリア・セントラルの戦力は半減した。これが何を意味するか、君だって分かるはずだ。もちろん、将軍もね。君たちはいつまでこの世界の秩序を守ることが出来るかな。俺が撒いた種は今も尚、巨大な根を張り続けている。そして、芽が出たとき・・・」
俺は錠を片手で砕いた。
「そのときがオリオン、エッフェンバルト、お前たちの最期だ」
準備は整った。
あとは、ユーマにこちら側への次元を開けてもらえばいい。
あいつが行動しやすいように、街をひとつ破壊させたんだから。
――彼らを招きいれようじゃないか。こちら側の、魔導師の世界に。
俺はふと、窓際の鳥篭を見る。
以前、ここを出るとき逃がしてしまったので当然中身は空だ。
「・・・逃がすのは惜しかったかな」
自由に羽ばたける翼を想像して、俺はまた眼を閉じた。
*****
――クリア・セントラル、小さな丘の墓地
その名も無き墓地に私が向かうと、ウィンディとその夫ティックがいた。
ウィンディの両手にはウィザードと成り果てた双子の亡骸。少しでも力を加えてしまえば粉々になりそうなくらいその体には亀裂が入っている。
もう彼女らの表情に苦悩は無かった。
「あら、オリオン。来てくれたのね」
ウィンディが私に気づくとこっちへ、と手招きしてくれた。
間近で見るウィザードは、死んでも尚魔力を滾らせているように感じる。実際、そんなことはありえないが。
「オリオン、今回は妻の頼みを聞いてくれてありがとう」
私は首を横に振る。大したことはしていないから。
「埋めるんだな」
「うん。やっと、終わったから」
――彼女の償いが。とウィンディは言った。
そおっと亡骸を墓穴に置く。
私たちは、しばらくの間眠っているように死んでいるその姿を見つめることしか出来なかった。本当に、安堵した表情で死んでいるから。
長い沈黙のあと、口を開いたのはウィンディだった。
「あの子達がトレバート様に見出されて家を出たときから、いずれはこのときが繰るんじゃないかって思ってた。だから覚悟はしていたけど、やっぱりつらいわ。わたしたちはまだ、生きているというのに」
私は少しずつ、亡骸に土をかけていった。ウィンディたちはただただ黙ってそれを見守り続ける。
全てが埋まると、ウィンディは私に「何もかも、ありがとう」と言ってくれた。
私がここにいるのは野暮かもしれない。そう思い、私はウィズとウィードへ祈りを捧げ、心の中で「愛している」と呟いた。
そして、墓地に背を向けた。
絶対に振り返ってはいけない。
ウィンディの想いには。
――ウィズ、ウィード。
また、いつか、一緒に。
それまでは、さよなら。
*****
「帰ったきたか」
城の前には久しく見る屈強な男がいた。
彼は、私が声を掛けるまでずっとあの小さな丘のほうを見ていた。
「ただいま、オリオン。何があったのかは察した。が、現況を詳しく聞かせてくれ」
「ああ。そっちの報告も」
私たちは向かう。
かつての仲間たちはもういない、円卓の間に。




